主に寝取られ物を集めた、個人文庫です。
「N課長、ご存知でしたか?Sさん、明日この本社に帰属しますよ」
「久し振りだな、N。元気そうじゃないか」
数年前と変わらぬ、浅黒い貎が破顔する。
「お前もな、S。いや、全く変わっていないじゃないか」
本当に何も変わっていない。
その笑顔の奥に隠された<何かを読み取ろうとする、盗もうとする、その狡猾さ>も。私には解るんだよ、S。
だが、もう・・・・・・アイツはお前のモノじゃないぞ。
奪われる者の辛さを、身を焼く様な嫉妬を、思い知れ。
重い瞼が漸く開く。見慣れた天井。微かな物音。
【なるほど、今日は休日だったな】
ベッドから半身を起こし、煙草を手に取る。習慣だ。如何に躯に悪いと言われようとも止められないモノが人間には在る。特に、私の様に「意思」の弱い男には。
昨日は泥酔した。それは覚えている。問題は奴に何を話したかだ。
「あら、やっとお目覚めですか?午前様のご主人様」
悪戯っぽい笑みを湛えた白い顔がドアの隙間から覗く。
私は渋い表情で、煙草を灰皿に潰す。煙が目を撫でたからでは無い。その妻の甘く睨む表情に、私は年甲斐も無く照れていたからだ。
その脇から幼い笑顔が飛び出す。今年で五歳を数える健康優良児は「TVのヒーロー」の如く、私に飛び掛ってきた。
二日酔いの頭に、幼い男児の笑い声が響き渡る。
「裕君、ダメ。パパは未だ眠いんだからね」
白い半袖のセーターにベージュのタイトスカート。笑いながら柔らかい物腰で我息子を抱き上げようと腰を折る妻。
目前に、深いV字に開いた胸元が覗く。真っ白い双方の房が、重たげにゆったりと下がり、揺らぐ。ブルーのブラジャーは、その豊かな乳房を隠し切れていなかった。
「どうなさるの?」
「・・・・え」
「もう、朝食」
再度、私を上目遣いで甘く睨む。思わず鼓動が早くなっていた。
妻は私の視線には気付いていないのだろう。
「もう少し、お休みになる?それとも」
「ああ・・・・食べるよ」
「パパ、朝ご飯がお昼になるよ」
妻に手を引かれ、振り返って笑う幼稚園児。そして妻。
無造作に一束で結った光沢の在る髪が、馬の尾の如く揺れる。
三十路を過ぎ、更に脂を纏い盛り上がった尻に、スカートの生地が引っ張られて張り詰めていた。その下で穿いているパンティーは、激しくその臀部に噛付き、肉に食い込んでいる様が容易に確認出来た。
- 2014/05/25(日) 00:30:07|
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クラブとは、名ばかりのスナック。
緩めたネクタイ。厚化粧の女の香水。五月蝿いカラオケ。
「でもコイツ、Nはさあ、こんな課長止まりで済む器じゃないんだって」
無骨なSの掌が馴れ馴れしく私の肩に掛けられる。
「ですよね、N課長はデキル男って感じッスから」
頭にネクタイを巻いた部下が、饒舌になる。
やめろよ。心にも無い事を言うな。
「でさあ、奥さんが又美人で」
何を言ってるんだ、S。数年前ならその話はタブーだったんだぜ。
若い連中は知らないが、社内では有名だって事を忘れたのか。
「俺、聞いた事あります。スッゲエ色っぽい奥さんだって」
「おいおい、もういいよ嫁さんの話しは」
「へー、そうなんだ」
然して興味も無い相槌が、真っ赤な口紅から放たれた。
同じ色のペディキュアの塗った脚が、組替えられる度にその邪魔さ加減にうんざりする。
何を遠慮している。誰に?Sにか?それとも。
「あの娘、幾つになったっけ」
「三十一だよ、忘れたのか」
「ああ、そおかあ。もうそんな歳かあ」
よせ。もういい。
「あの娘?え?Sさん、ご存知なんスか?課長の奥さん」
「ああ、7年位前迄、社内にいたんだゼ」
「へえ、僕、初耳です」
「俺も」
「なあ、もうその辺で」
いい加減にしろ。それにこの歌、誰が歌ってるんだ。あのボックスのオヤジか。お経でももっとマシだ。
「そうだ、折角の機会だから今度こいつ等を自宅に招いてやれよ」
「あ、いいですね」
「課長、俺、いい肉屋知ってますから、材料は任せてください。どうです焼肉パーティー」
「で、材料費はN持ちか」
愉快そうにSが言う。
「え、ああ・・・・そうだな」
嫌な汗がワイシャツの下を流れる。無論、金の事じゃない。部下を自宅に呼ぶ事か。いや、そうじゃない。
「やりましょう!やった、課長の奥さんを拝めるんスね」
「いい女だぜ?俺が保証する」
妻の「女」呼ばわりしたSは、悦に入った動作で腕組をした。
その言葉が鼓膜を振動させ、その言語の意味を脳が理解した瞬間、私の脳裏に、幾度も浮かんでは消える、在る光景が閃光となって駈け抜けた。
社内の給湯場。
制服を着た女が、激しく抱きしめられその身を捩りながら、前に立つスーツの男に唇を塞がれ、吸われている。
水色のタイトスカートの裾が掴まれ、一気に引き上げられる。
女は身を捩って半ば悶え、半ば抵抗する。
偶然、廊下を通りかかった目前。
スカートは豊かな尻の厚みに阻まれ、裾はその半分を露出して止まる。食い込んだ下着から、臀部の下部が大きく食み出していた。
男の浅黒い手が、その尻肉を弄り、掴み占めていた。
そして。
数秒。ほんの数秒だった筈だ。Sがそう言った後、一同が沈黙した。各々の脳裏には何かが確かに走った。それは決して、この雰囲気に合う「軽いモノ」では無かった。
その「ある種、危険な各自の思惑」を一番敏感に感じ取ったのは、誰でも無い、この私だった。
旋律が走って2秒程。沈黙を破ろうと部下の口が尖る。駄目だ。コイツに言わせてはならない。
対した事はない。Sを呼ぶ事は。そう思わせなければ。
「そうだ、S。お前も来いよ」
「・・・・・・ン?俺か?」
「ああ、アイツも久々にお前の顔を見たら懐かしいと思うだろうし」
未だ、後輩達は黙っている。伺っている。この微妙な空気を。
下手な「歌」が止まる。
厚化粧が面倒臭いと言わんばかりの拍手。
どうした、S。沈黙するな。考えるな。
「よーし、じゃあお邪魔するかな、俺も」
意外な程、自然な態度でSは言い切った。
「そうと決まったら、日を決めましょうよ」
「お前は、ホント、そういう段取りだけは早いよな」
空気は平常感を取り戻す。
良かったのか、これで。
何故、今更あの妻とSを合わせる必要が在る。
あの侭で若し「Sを誘わずに済ます」事は不可能だったのか。
あれ如きの雰囲気に私は絶えられないのか。
妻に、何と言えばいい。
部下の一人が、先程の「お経」と良い勝負をする歌唱力でマイクを握っている。厚化粧が、ダルそうに手拍子を打つ。
Sは何食わぬ表情で、グラスを煽った。
たった今まで話しをしていた私を、無視するかの如く
- 2014/05/25(日) 02:27:39|
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プレートで焼く肉は、大して美味くない。何時もそう思う。
幾ら高級な素材であっても。
だが、キャンプでしかも「気の合う大勢」で食べるバーベキューはどうだ。美味い。例え「安物」で在っても「その場の雰囲気」がそう思わせる。雰囲気か。全てはそれに牛耳られるのだろう。
然し私の思いを余所に、「焼き肉パーティー」は宴酣であった。
「お前、さっきから肉ばっか食ってンじゃねえかよ」
「ンな事ないって、ほらこの玉葱食えよ。置けねえだろ肉が」
部下が「若手の漫才師」宜しくその場を盛り上げる。
妻はその会話を聞くたび、堪え切れぬ様に口を両手で被う。
ノースリーブの白いブラウス。決して太くない二の腕の裏側が、笑う度に細かく震える。
そのやり取りを横目に、Sが一言辛口のジョークを飛ばす。
嫌味な響きをボーダーライン一杯に。手馴れた口調で。
皆が爆笑する。その中でたった一人作り笑いを浮かべる男を除いて。
妻に「このメンバーを自宅に招く」事を伝えたのは、昨日の事だった。
最初に部下の二名に付いて話した。妻は快く引き受けた。
そして、S。
通常の会話の中、その雰囲気の侭押し通す必要が在った。もう7年も前の事だ。根に持つ方がおかしい。
だが。
あの出来事に一番苦悩したのは、私よりも妻の方かも知れない。
又、あの「嫌な汗」が噴出すのを感じた。言わなければ。
「実はな、アイツ覚えてるだろ?上海に行ったS。アイツがさ、この前帰ってきたんだよ」
妻の瞳孔が一瞬、大きく開いた気がした。
「でな、アイツも誘ったんだよ。いいよな」
しまったと思った。「いいよな」なんて何故そんな聞き方になったんだ。これでは「嫌だろうが、我慢してくれ」と取れる。
妻以上に、俺がSを妻に会わせる事を危惧していると思われてしまう。そう、意識させてしまう。嫌だろうに。酷い目に遭わされたその過去を露出させ、助長させてしまったのではないのか。
「ホントに?Sさん、帰って来られたの。じゃあ、Sさんの帰国のお祝いも兼ねて御持成しをしますね」
呆気に取られたのは、言うまでも無い。
妻は爽やかな微笑を浮かべ、そう言ったのだから。
夫の私が見抜けない程の、完璧な台詞だった。いや、本心からそう言ったのか。
そんな筈は無い。
私と付き合い、Sが途中から本社に異動し、そして私から妻を剥ぎ取り奪い、直ぐに捨てた。
まるで「只、その躯のみが目当て」だった様に。
更に、妻に、いやその肉体に対する下司な私見を誰かれ無く喋った。
「肌は真っ白で、掌に吸いついてくる。只、陰毛が薄すぎる。割れ目迄丸見えだ」
「乳は水を一杯に溜めこんだ風船みたいにグニャっとした感触だ。乳輪もデカイぜ。垂れ気味だけどな。乳首を噛んだら、仰け反って叫ぶ」
「ケツもデカイ。90センチは在るな。バックが好きで突き上げたらビチッて音が鳴る。その度に波紋にみたいに、その表面がブルブル波打ってさ、いい声で泣く。犯すように突き上げ捲くったら、吼えて失神までする。シーツに爪立てて泣きじゃくるんだ、アイツは」
妻が笑っている。本当に楽しんでいる様に見える。
Sが妻の耳元で何かを囁く。妻は首を左右に振って、再度その白い両手で口元を隠している。
躯のラインに張りついたブラウスの中で、柔らかく重い乳房が小刻みに揺れていた。
部下が、空いたビール瓶を片付けようと身を乗り出す。
「あ、いいです」
妻がテーブルに身を乗り出し、ビールを取る。それはSの目前に尻を突き出す形となった。その態勢の侭、余った皿を片付ける。
私の真横で、妻が背を反る様にして。タイトスカートの裾が腿の上部迄捲くれ上がる。薄いグレーのストッキングが、その網目が濃くなった付け根付近まで露出した。
「Sの事、何とも思わないのか」
「もう、言わないで」
「アイツに、ベッドでどんな風に抱かれた」
嫉妬に駆られて、妻を責めた7年前。
Sはお前をこうして抱いたのか、と言いながら妻を裏返し、その尻を持ち上げた。妻は高い悲鳴を放ち、だが、その狭間に在る亀裂は驚く程濡れていた。
部下は相変わらず、場を盛り上げようと掛け合い漫才を続ける。
しかし、Sは。
大きく伸びをし、その両足をテーブルに潜り込ませる。
腰が擦り下がり、その目線は妻の突き出したスカートの奥へ。
妻はその笑みを絶やさず、テーブルを拭いている。
その動作に合わせて左右に振られる盛り上がった三十路の尻。
Sの眼は、半眼に成り据わっていた。
それは決して、酔いのせいでは無いと、際限無く涌き出る「疑惑」と「嫉妬」の中、私はそう直感した。
- 2014/05/25(日) 02:29:42|
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どんな宴にも終わりは在る。午後十一時過ぎ。
誰が見るでも無く、只「日常的習慣」で点けられていたテレビがニュースを流していた。
ふと、会話の途切れた一瞬、見慣れたアナウンサーが神妙な口調で「一家心中の未遂事件」を伝えた。何時見ても最近は、嫌な出来事しか放映しない。これに慣らされれば、人はどうなっていくのか。
いや、やはり「対岸の火事」か。
自分より不幸な人を、人は見たいと言うのか。
「じゃあ、そろそろ俺達」
「お子さん、大丈夫でした?騒がしくしてしまって」
急に部下等が、切り出す。今のニュースで私の子供を思い出したのなら、余りいい気にはなれない。だが、独身では様々な思いは分かるまい。それにあれだけ盛り上げたのは、やはり彼等の気遣いか。然程酔ってもいない事が分かった。悪い連中では無い。改めて思う。
その横にいる男はともかく。
「もうお帰りですか?あの子なら気にしないで。一旦寝たら梃子でも起きないんです」
Sに半ば無理矢理酒を勧められた妻が、頬を赤く染めた顔を向ける。Sはその横で見た事も無い銘柄の煙草を吸っている。
ニュースに見入っている。まるで、この家の主の様な態度で。
「起きないよ、心配すんな」
私も妻に合せた。いや、逆なのか。
「でも悪いッスよ、これ以上は」
「はい、ホント、ご馳走様でした」
席を立とうと立ち上がる。
「じゃあ、コーヒーお出ししますね」
「いや、あの」
「いいじゃねえか、貰っとけよ。美味いぜ」
私の台詞を、Sが奪う。
「美味いぜ」か。やはりコイツは変わっていない。
【俺は、お前を許しはしないぞ、S】
まるで夫気取りのSに、妻は気にする事無く席を立ち、台所へ向かった。白いブラウスの背中に、ボルドー色のブラジャーが透けている。張り詰めたタイトスカートの裾は、裏腿の半分を露出させている。薄グレーのストッキングに、真っ白な腿の裏側が堪らなく卑猥に見える。案の定、下着のラインがタイトの生地に張り付き、その形状が手に取る様に確認出来た。締付けられるガードルが嫌いな妻は、相変わらず小さなショーツを穿いている。あれでは尻の半分も覆い隠せていないだろう。
歩く度に、その生地の中で円熟した臀部が左右に振り動く。
【そんなに、Sに会いたかったか。誰がそんなミニを穿けと言った】
【お前は、清楚な人妻を演じていた・・・騙されるところだったよ】
【今でも、あのSに抱かれたい。そう思ってるんじゃないのか】
何時の間にか、Sへの憎悪は我妻へと向けられる。
妻が真新しいトレイに五つのコーヒーカップを乗せ、テーブルを周る。最初に運んだのは、Sへ。
膝をクッと沈め、会釈するかの如くコーヒーカップをSの前へ置いた。Sは礼も言わずカップを取り、啜る。
私の名状し難い怒り、いや嫉妬は堪え難い所迄来ていた。
「ちょっといいか」
部下へコーヒーを運び終えた妻に、私は声を掛けた。
廊下を抜けて左に折れた八畳の洋室。私達夫婦の寝室だった。
其処に妻を連れ込んだ。話をするならこの部屋しか無い。
「どういう事だ」
「何が、なの」
強引に手を引っ張り込まれた妻は、驚いた様子だった。
「あのSに対する態度、どういう事だと聞いている」
自分でも声を荒げないつもりでいた。しかし、自分でも微かに奮えているのが分かる。
妻は押し黙った。
大きな瞳が揺れ、その視線が戸惑いながら落ちていきそうに下がっていく。
「・・・・・・お前、まだ」
「・・・・・・・」
「S・・が、す」
怒りと嫉妬に任せて言おうとした言葉が、喉に詰まる。
妻がその顔を上げ、こちらを見た。いや、睨んだ。その眼には今まで私が見た事も無い、怒り、いや敵意さえ感じられる鋭い感が在った。
「バカな事、言わないで」
私は更に戦いた。初めて聞く、妻の言葉が突き刺さった。
「どうして、私があのSさんを好きだと思うの?そんな筈ないじゃない!」
その眼には一杯の涙が溢れている。
「どうして、あんな人なんか連れて来たの。私にどうしろって言うの。無視して、冷たくして、返してもいいの?貴方と同じ職場の人達の前で!」
搾り出す様な声で、妻は言った。隣で寝ている息子が眼を覚ましたのか、微かな泣き声が響いている。
戸惑う私を押し退け、妻は隣で泣く息子の部屋へと飛び込んでいった。
【何て、情けない男なのか。俺は】
妻は我慢していた。
初めて招待した、部下達。その中にSがいた。妻が呼んだのではない。主の私が呼んだのだ。
妻はどう思ったろう。どんな思いで堪えていたのだろう。
大馬鹿野郎だ。俺は。
「あの、N課長」
背後から声がした。部下だった。
「あの・・・・Sさん、寝ちゃって・・・起きないんスよ」
- 2014/05/25(日) 02:31:57|
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誰にでも、隙が在る。
屈強な男でさえ、寝ている状態は無防備だ。無防備とは、構えない事か。ならば、一番素直な表情になるだろう。どんな人でさえ。
私は、息子の寝顔を見ていた。何故だかそうすると穏やかになれる。どれ程辛い事があろうと、今迄は、そうだった。
Sは起きなかった。
部下は担いで帰ると申し出たが、私と妻が制した。
Sの酒癖は私の知り得る処だ。テーブルのバーボンはその琥珀色の液体が、辛うじて底部を浸す程度迄減っていた。何時の間に飲んだのか。これでは酒豪で慣らしたSも、足を取られるに相違無かった。
【お前も、もう若くは無いな】
妻が敷いた布団に部下と三人掛かりで、その重い躯を横たえた。
今日が金曜日だった事は幸いだった。赤黒い肌に布団を掛ける。
Sは微かに呻くと、其の侭泥の様な眠りに落ちた。
部下が帰宅し、妻との二人になった。
「今日は、済まなかった」
素直な言葉が出た。妻は何も言わなかった。しかし、その代わりに薄い微笑みを私に向けた。
「お風呂、入れます」
そう言い、廊下で踵を反す妻。
「今日は、疲れただろ。先に入りなさい」
妻は振り返る。さっきよりも、明るい笑みを浮かべて。
どれほど、息子を見つめていたのか。
気が付けば午前一時を過ぎていた。息を殺してベランダへ抜けるサッシを開けた。音も立てずに閉める。
眼下には、街の灯りが瞬いている。
この山の手のマンションを買ったのは何時の事だったか。
あれから数年が過ぎ、子供が出来、妻はもう直ぐ三十二歳になる。
入社した頃から輝いていた妻は、今のその魅力を保っている。
子を産み、尚爛熟したその躯を思った。
欲望が、湧いてくるのを感じた。
ベランダは隣の寝室へと繋がっている。
風呂上りの妻は、必ず寝室へ向かう。その鏡台で頭髪を乾かす為だ。
私は寝室へ向かおうとし、その足を止めた。
薄暗い灯りの中、そのダブルベッドの上に、一つの黒い影が在った。
影はその腰をベッドに降ろし、上着を脱いでいる。夜目にも赤黒い、褐色の大きな背中が現われる。
私は影を凝視した。
平然とした態度で、下半身を脱ぎ捨て全裸になる。その侭、影は大の字にベッドに寝転んだ。漆黒で被われた股間には、生き物の如く、長く反り返った男根が揺れている。
影は頭の後ろに両手を組み敷き、その野太い肉棒を自ら見つめていた。びくん、びくん、と脈を打ってそれは蠢く。
その時、寝室の扉が開き、もう一つの影が入ってきた。
異変に気付いたのか、ドアの側に在る電灯のスイッチがその手で押される。
寝室の中が、一瞬にして白日の元に晒された様に輝いた。
其処には、長い風呂から上がった妻がいた。
全裸で立ち上がったSを見て、眼を見開き、その場に立ち尽くしている。長い髪にタオルを巻き付け、その裸体にはバスタオル一枚のみを巻いた格好で。
何故、奥の和室で寝ている筈のSが、この寝室に、しかも全裸で潜んでいたのか。全てが妻の理解の枠を粉砕していたのだろう。
悲鳴は愚か、一言も発さない。
本当の驚愕、恐怖とはこういう事か。
そして、この私でさえ、ベランダから声を掛ける事も出来ない侭、金縛りに遭ったかの様に動けずにいた。
更にこの胸中に、名状し難い「何か」が恐ろしい勢いで膨張し始めていくのを自覚していた。
Sが妻に近づく。怒張した男根が天を突いてゆっくりと揺れ動く。
丁度それは獲物を追い詰める毒蛇に似ていた。
首を擡げ、舌を出しながら。
妻はその眼をSに向け、カッと見開いた侭動かない。
その焦点は定まらず、微かに揺らいでいる。
Sが、妻の前に立った。
無言で、立ち尽くす妻のバスタオルを剥ぎ取る。その途端、妻は更に眼を裂ける程見開き、天を向く様に顔を跳ね上げた。
蛍光灯の下、真白い裸体が、その乳房をゆらゆらと揺らせながら一気に露出した。
盛り上がった胸元に、血管が透けて見える。
滑らかな隆起を見せる下腹部が、波打つ。
左右に大きく張り出した腰。
黒いナイロン地で作られた、大きくV字に切れ込んだ下着。
紐の様に細い部分が、その両脇の肉へと噛付く様に食い込んでいる。
Sは無言で、凝視している。
妻は金縛りに遭ったかの如く、只、Sにその豊かな下着一枚の裸体を晒して立ち尽くしている。
私も動けなかった。
そして、寝室の二人同様、無言の侭で立ち尽くしていた。
Sは、天井を仰いだ侭で硬直している妻の二の腕を、両脇から掴み、荒々しく背を向けさせた。
ギ、ギュッ、という妻の踵が床を回転する音が聞こえ、その裸体がSに背中を見せる。
Sは中腰になり、真白い尻に食い込んだ下着に手を掛けた。一気に足元迄引き下げられる。皮脂の厚い尻の表面が、その振動にブルブルと揺れ動きながら、Sに曝け出された。
両脇で垂らせた格好の妻の両手が、堪え切れぬ様に自身の尻を覆い隠そうと動き始めた。
Sがその手を掃う。妻の両手の動きが慌しくなる。
本格的に、抵抗を始めた。まるで我に返ったかの様な動きだった。
尻に貎を埋めようとしていたSがバランスを崩す。
妻は背を向けた侭、尻をくねらせ身を捩り、無言の激しい抵抗を続けた。隣には息子が、リビングには私が居ると思っての事なのか。
痛々しい程の、卑劣なSへの抵抗だった。
その動きは、Sを苛立たせた。
Sは、妻の振られる頭部のタオルも引き剥いで、濡れた長い髪を左手でわし掴んだ。妻は声も無く喉元を仰け反らせる。
引き擦る様にベッドに向かう。Sは鬼の形相を浮かべていた。
Sに頭髪を掴まれ、仰け反ったままの裸体が引き歩かされる。重い乳房が振り子の様に大きく左右に揺れ、尻から腿にかけての肉も激しく揺れている。
Sにその尻を蹴飛ばされ、妻がうつ伏せにベッドに倒れる。白い裸体が揺れながらバウンドした。
私の喉は、引き攣れそうに乾き切っていた。
目前で、愛する妻が犯されようとしている。
何故、助けない。
何故だ。
この・・・・限りなく歪んだ期待感は何だ。
この・・・・・・・・・興奮は何なのだ。
脚が関節を外す勢いで、震えている。
- 2014/05/25(日) 04:23:27|
- 招かれざる、客・使徒
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重い肉隗の跳ねる打音。
窪んだ腰の上部で交差し、慌しく開いては硬く閉ざす、真っ白い両の掌。
褐色の毛深い下腹部が、盛り上がった尻を叩き、突き上げる音。
野太い男根が、深い尻の亀裂に深く押し込まれ、引き出される。
顔を深くベッドに埋め、食い縛る唇から洩れる女の啜り泣く声。
憎き者への責めにも似た、波打つ尻への、男の執着。
その狂態を真横から凝視する、血走った眼。
次の一瞬。
這った女が苦悶に歪めたその表情を、責める男は鬼の形相で。
見た。眼が合った。
ベランダに隠れ、凝視する男を。
三者の視線が、窓越しに交錯する。
乱れた髪の下、大きく見開いた眼は驚愕と狼狽に狂いそうに揺れた。
「・・・・なた・・・・貴方ったら」
その声に、引き戻される。聴覚から、脳へ。脳から視神経へ。
瞼を開ける。白い光景、青いタイル、湯気、額を流れる汗。
「やだ。寝てらっしゃったの」
声の主がクスっと笑う。リバーブが掛り、響く。
「いや、起きていたよ」
寝ていましたと言わんばかりの口調が、私の口を割る。
【夢・・・・・・・・・?夢、だったのか】
「珍しく一緒に入ろうなんて・・・これだからオジサンはやだなー」 幾分生温くなった湯船に両手を入れ、顔を洗う私に妻は笑いかけた。
オジサン、か。違いない。
若いと思っていた妻でさえ、今や三十四歳になる。私は既に中年か。
だが。本当にそうなのか。
- 2014/05/25(日) 04:25:38|
- 招かれざる、客・使徒
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「ねえ、一馬ももう直ぐニ年生でしょ。あのランドセル止めようかと思うんだけど」
【待て。あれは何時の出来事だった?】
湯船に浸かる私を背に、長い頭髪を洗う妻。
その眼に痛い程、白い背中の正中線が鮮やかに窪んでいる。
両手を上げて洗髪する動作で、微かな泡が周辺を舞う。
「未だ使えるんだろ」
「うん、でもね、最近はランドセルなんて一年生だけなんですって。一馬、恥ずかしいみたいよ」
【思い出せない程、昔の事じゃない・・・だが、そもそも】
「仕方ないよね、だから買ってあげようと思って」
【真実、だったのか?】
「あの子ね、ほら、今流行ってる何とかクラッシュっていうアニメのが欲しいんですって」
妻がその華奢な首を左に回し、こちらを覗き込む。微笑し、子供よね、と言った。
「何とかクラッシュ?」
「ゴメンナサイ、私も分からない。もうオバサンかな」
笑う声と共に、脇から覗く乳房が重そうに波打つ。
【待て。何故、そんな事が急に思い出された?】
妻が頭を垂れ、シャワーで頭髪を洗う。窪んでいた背にその背骨が浮き出された。首元の左右から泡塗れの湯が流れ落ちる。
【妻は・・・犯されていた・・・俺は、それを見ていた・・】
アイボリーの風呂椅子に腰掛けた妻の尻がこちらを向いている。
目前に、自身の重量感で肉球が押し潰れる様に、左右に押し広がった尻が在った。三十四歳の、子供を一人産んだ女の尻だった。
【三年・・・そう、三年程前だ・・・間違い無い】
【妻は、俺の目前で犯されていた・・・】
【何故、そんな出来事を・・・今迄思い出さなかったんだ?】
三十半ばにして、その裸体は更に爛熟していた。
先程迄、私の脳裏に浮かび上がった狂態の記憶の頃よりも。
海底深く、沈んでいた木々が長い年月を掛け浮上する様に。
だがその記憶は朽ち果ててはいなかったのか。
「いいでしょう、あなた。買ってあげても」
【三年前・・・数ヵ月程、俺は記憶を無くした】
【この事が】
「ねえ、聞いてる?あなたったら」
洗い終えた妻が、今度はこちらを向かずに言った。トリートメントを両手に取り、頭髪を揉み込む様にしている。
背中は正した様に真っ直ぐとなり、再び背の窪みが深くなった。
その下に在る、真っ白い尻。その上部。
丁度、腰の真下か。左右にクッ、と尻笑窪が現われる。
そして、私の視線は更に下へ。
「ああ、聞いてる」
「じゃあ、買いますね」
【あの妻への陵辱が・・・記憶を無くした切欠だと言うのか】
笑窪の如く窪んだ左右の尻肉。
その直ぐ下に。
何かが、見えた。
【いや、待ってくれ。妻を犯していたあの男は】
何だ。あの尻にあるのは。
何故、今まで気付かなかった。
見えていなかったとでも、いうのか。馬鹿な。
左右に在る。丁度、双方の肉球の頂点に。
【誰・・・・だったんだ】
右の尻たぶには、三個。
左には一個。
あれは。
文字だ。
筆で書いたのか。
いや、違う。
妻は何かを言っている。背を向け、その尻を向けたまま。
聞こえなかった。いや、鼓膜がその音声を振動させてもその言語の意味を、私の脳は理解しなかった。脳は脊髄に繋がる視神経に、その全ての機能を集中させていた様にさえ、思えた。
盛り上がった、透き通る程に白い尻。
触れなくとも滑らかに軟く熟れていると判断出来るその凝脂の肌に、その彫り物と呼ぶべき「文字」が存在していた。
右の尻たぶには「榊五郎」
左には、「命」と。
- 2014/05/25(日) 04:27:28|
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それは、乖離性健忘の症状ですね」
銀縁の眼鏡の奥で、その眼だけがこちらを向く。
「ええ。らしいですね」
「らしい、とは?」
何かのカルテを書いている医師の手は止まらない。
どうしてその文を日本語で書かないのか。
何時も思う。
「そう言われましたから」
「診断された訳ですね」
「ええ」
白い壁に掛る「シャガール」らしき画。リトグラフか。
「貴方、えーと」
「永瀬です」
「永瀬さんの場合、自宅で転倒、階段からでしたね」
「ええ、そう聞いてます」
「聞いている?ご自身では事故を把握していないのですか」
「その時から記憶が無い訳ですから」
何を言っているんだ、この医者は。
落ちた時の記憶が在るなら、喪失等するものか。
「では、やはりその部分に問題がありそうですね」
「問題、ですか」
「一般的に乖離性健忘では、個人の重要な体験、まあそれも外傷的な体験に因って、今までの生活史の一部が欠落する。思い出せなくなると言う事が多い訳ですよ」
「・・・・・」
「どうしました?」
「それは何度も聞きましたよ」
もう出るか。やはり飛び込みで来るべき場所では無い様だ。
肝心な処は、飛ばされてしまいそうだな。
「いいですか。私が言っているのはその事故に因って永瀬さんの記憶が喪失した訳では無く、所謂心的外傷、非常に堪えがたい程の精神的苦痛を受けて、相互作用に因りそうなった可能性も在る」
「・・・・・・・・・」
「そう言っておる訳です」
有線か。ピアノの旋律が聞こえる。
私と同い年程の医師の言葉が、急に「医者らしく」聞こえてきた。
「何かが見えた、そうでしたね」
何だったか。この曲は。
良く耳にするのに、思い出せない。
「ええ。ずっと前から在ったのかも知れませんが、昨日、突然」
「見えたのですか」
「はい」
「具体的に・・・・言ってもらえませんか。何が?」
エリック・サティだ。
しかし、曲名は。
何を考えている。そんな事よりも、医者の質問に答えなければ。
「・・・刺青、です」
「刺青・・・」
額から、汗が滲む。嫌な汗だ。
妻の、爛熟した白い尻が脳裏に浮かんだ。
深い尻の割れ目が割った、双方の肉山。
独特の漆黒色で、縦書きに。
いや。
未だ俺の眼がおかしいのかも知れない。
堂々と、風呂に入ってきた妻。
そんなもの、夫の私に見せられる筈が無い。
「随分、前から在ったと推測出来ると」
「どうでしょう・・・ですが、気付いたのは昨日ですから」
あんな物、彫れる訳が無い。
極、普通の主婦が。
幻覚だ。
「視覚障害という症状は、ある日唐突に回復したりします。黒板の字が見えないと悩む子供さんを見た事もありますから。確かにそこには書いてある。しかし、その子供には見えない」
分かった。
ジムノペディだ。この曲は。
何だ、思い出せるじゃないか。
「その子供の視力を検査しても、正常でした。結局、その子供は在る教師の書いた文字だけが見えなかったという訳で。その子供も、特定の教師から外的障害を受けていた。詳細は避けますが、有り得ない話では無いですよ、永瀬さん」
そんな事が実際に在るのか。
だか、今回のケースは馬鹿げている。
「先生」
「はい、何でしょう」
「逆に、在りもしない物が急に見えたという事は」
「それも実際に在った話です。例えば」
「いえ、もう結構です」
人妻が、自身の尻に他人の男の名と、まるで忠誠を誓うように「命」等と入れるものか。あの、従順な妻が。
無理矢理でも、有り得ない。猟奇的でさえ在る。馬鹿げている。
あの陵辱も、きっと俺の妄想だ。
その夜、私は久し振りに妻を抱いた。
無論、精神科医に行った事は言わずにおいた。帰り際、白い袋に入った数々の薬剤も捨てていた。どうせトランキライザーの一種だろう。もう、飲みたくも無い。
寝室では一ヵ月振りに見る、妻の裸体は柔軟に私の行為に応えた。
愛しそうに、しかし恥じらいも漂わせながら、久し振りの行為に反り返った私の男根を咥える。
ベッドに寝そべった私の股間にしゃがみ込み、ゆっくりとその頭部を上下させる。結った髪が乱れ、下腹部を撫でている。
幾分張りの失せた乳房が垂れ下がって上下に弾む。長く太い茄子に似ていた。その乳を根元から掴む。甘く、くぐもった声で、妻は身を捩った。乳首は長く頭を擡げている。
その夫婦の営みを、ベッドの真後ろに置かれた鏡台が映し出している。妻からは見えない。私は湧き上がる快感を堪えながら、首を伸ばし、それを覗き込んだ。
懸命に奉仕する、妻の裸体が上下に揺れている。
私の膝を跨ぎ、頭を振り続ける妻。
薄明かりの中、豊か過ぎる尻が左右に押し広がって微かに上下する。
その、盛り上がった肉球に。
在った。いや、見えた。
右には縦文字で「榊五郎」左には「命」と。
鏡に、反対の向きで鮮明に。
私は唸り声を上げながら、妻を引き起こし、這わせた。
妻は小さな悲鳴を上げながらも従った。
天井を向かせる様に、その尻を抱え上げる。ああッ、と妻は高い声洩らした。その響きに抵抗感は無い。歓喜に満ちた女の悲鳴だった。
眼下に在る、妻の尻を凝視した。
大きく張り出した肉山を、縦の割れ目が深く割っている。
見える。幻覚としては余りにも鮮明に。
肉付きの丸みに沿って、「榊五郎」の字は縦軸のカーブさえ描き、それより二周り程大き目の「命」という彫り文字も、尻に沿って歪んでいた。
身体中の血液が、頭部と男根だけに一気になだれ込む。
狂った様に男根を、濡れそぼった亀裂に押し込む。
妻は背を反らして呑み込んだ。
突き上げた。我慢ならなかった。
妻が、突き上げる度に甲高い声を放つ。
重い尻の感触が、そのまろみが、下腹部を打ち返してくる。
わし掴んだ指は、その半分が軟い肉に埋まってしまっている。
「サカキゴロウ」の文字を指で引っ掻く。取れなかった。
妻はより高い悲鳴を放つ。
左手の中、「イノチ」の文字が、波打って揺れる尻の表面で、同じ様に波打ちながら、歪んでいた。
必死の形相で責める中年男を、嘲笑っている様に思えた。
- 2014/05/25(日) 04:29:40|
- 招かれざる、客・使徒
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休日でも無いのに、その百貨店は結構な混雑だった。
天井のあちらこちらから「サマーバーゲン」の垂れ幕が眼を惹く。
しかし、そう目当ての物ばかりが売価を下げているとは限らない。
永瀬麻利子は何という事でも無く、三階の婦人服売り場にいた。
息子の鞄を購入する為に来た。しかし、その足は一階から順番に満遍なく周っている。
客動線とは、巧く造られている。女なら尚更それに嵌ってしまう。
ワゴンセールで我先にと、商品を手に取る中年の婦人達を見て麻利子はそう思った。
人込みは苦手だった。特にああいう群集は。
先に進もうとして、目前のディスプレイに足を止める。
下着売り場だった。首から上と膝から下の無いマネキンが在った。
派手なのはその黒い色では無い。デザインだった。
そのブラジャーは小さな三角の布で、着けると乳房の半分も隠れはしないだろう。ショーツも鋭角に切れ込んだハイレッグのデザインで、前は総レースで出来ている。
こんな大胆な下着を一体誰が着るのだろう。
大きなショーツやガードルが苦手な自分でさえ、着る自身が無かった。きっと、若い女性なら嗜好が合うのかも知れないが。
「そんなに、その下着が欲しいのか」
背後から声が掛る。麻利子は思わず声を上げそうになった。
「久し振りだな、麻利子」
背後の声の主が続ける。
その独特の響き。
嘘。こんな処にいる筈が無いわ。
意を決して振り返る。
そして、その眼を見開いた。
振り返る麻利子の眼に飛び込んで来たのは、派手な配色のサマーセーターを着た男の姿だった。
「どうした。何を驚いてる」
麻利子は何も言えなかった。言葉が出ない。
「その表情、いいねえ。前にお前を裸に引ン剥いた時もそんな顔してたなあ」
その言葉の粗暴さに、麻利子は更に言葉を失った。
「相変わらず、いいケツしてるじゃないの。歩く度にブルブル左右に振りやがってよ、男でも誘ってんのか、え?」
男は麻利子の動揺など無視するかの如く続ける。
「どうしたよ、麻利子さん。久々の再会だぜ?何か挨拶はねえのか」 立ち尽くす麻利子に、男は告げた。
「いつ、出て・・・・来られたの、ですか」
自分では無い様な、低い声が出た。震えていた。
男は笑った。辺り憚らない笑い方だ。
周りの客等が、こちらの方を立ち止まって凝視している。
「何時出て来たかって?言うね、お前も」
男は続ける。
「なあ、時間在るんだろ麻利子」
「え・・・」
「久し振りに会ったんだ。ホテルにでも行こうぜ」
麻利子の横にいた中年の二人連れの女が、互いに耳打ちを始める。
「二年半振りか。あの頃より乳もケツも又肉付けたみたいだな」
横に回りこみ、麻利子の尻を右手で軽く叩いた。
「幾つになったよ、人妻さん。美味そうな身体になりやがって」
麻利子は蒼白な顔を地面に向けた。歯が鳴りそうだった。
- 2014/05/25(日) 04:31:26|
- 招かれざる、客・使徒
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連日の茹だる様な暑さ。
揺らぐ陽炎は見ているだけで気分が悪くなる。
ネクタイを緩めながら我慢し、歩くサラリーマンの脚、脚。
だがそんな光景を、冷房の効いた喫茶店の窓から見るのはそう悪くない。悩みさえなければの話だが。
私の目前にはアイスコーヒーが在る。
早く飲めばいいものを、手を付けていない。
先程若いウエイトレスが最初に運んできた水を、一気に飲めば何故か喉の乾きは治まってしまった。
何をする為にこの喫茶店に入ったのか。涼む為。それも在る。
しかし、本当は会社に帰るのが億劫だった。
記憶を無くし、数ヵ月でその大半を取り返した。
だが当然ながら今までの生活は元通りにはならなかった。
勤めていた会社は辞めた。
妻から聞いた内容では、私は二階に続く寝室に向かう際、脚を踏み外し、一階まで転げ落ちたのだという。
一時は意識不明となったらしい。目覚めて直ぐの私は、酷い症状だったと聞く。それでも妻の麻利子と息子の一馬の事だけは忘れていなかった。その事は今でも誇りに思う。
数ヵ月程入院し、私は徐々に回復した。
だが、出社するのは正直怖いと感じた。
その間、社内の様々な関係者が見舞いに来た。私も妻も丁重に面会を断った。嬉しいとは思ったが、何よりその人物が一体誰なのか、思い出せない事が怖かった。好奇の目に晒されるのも御免だった。
妻はその事を一番良く理解してくれ、献身的に尽してくれた。
会社を退社する事を勧めたのも、妻だった。
未だ幼い一人息子を世話し、私の看病も身上の始末も、全て妻が一人でやってのけた。
彼女には、感謝せずにはいられない。
この歳での再就職は困難を極めるかと覚悟していたが、案外早く内定を貰った。今までの職種からはかけ離れたが贅沢はいえない。
だが、所謂人間関係で会社が苦手になる事は在る。
【贅沢は、言えない・・・か】
悩みは生きている限り尽きない。人はそれを解消する為に生きている気さえする。
本当はどうでもいい悩みだった。本当の悩みは別の処に在る。
幻覚。完全と確信していた自身への不安。
【榊、五郎・・・・誰なんだ】
実在する人物ではないのか。しかしその名に全く覚えは無い。
その名は異常な形で目の前に現われた。
妻の尻に彫られた文字で。
何かの映画等で見た配役か。芸名か。
平然としている妻。
平和な家庭。
元気で可愛い息子。
何も異常な部分は無い。
在るとしたら。
私の脳。機能。記憶。学習機能。判断力か。
止めよう。妻には言えない。口が裂けても。
未だ私は完全では無さそうだ。
「サカキゴロウか、馬鹿馬鹿しい」
わざと口にし、私は伝票に手を伸ばした。
「聞こえなかったなあ、もう一度言ってくれ」
ラブホテルの一室。
あの中央に設置されたキングサイズのベッドに、一人の男が仰向けに寝そべっている。
その前に置かれた朱赤の皮張りの椅子に、女がいた。
「主人、とは・・・・月にいち、ど、くらい・・です」
女はその首を垂らせたまま、呻く様に言った。
全裸の身体の至る場所に、男が吸い、噛んだ痕が残っている。
「よく使うおまんこの体位を言ってみな」
男は上半身を起こし、煙草に火をつける。一度、女に放出した分余裕がその動作に在る。
女は首を垂らせたまま、黙している。
真っ白い両脚は裂ける程拡げさせられ、椅子の肘掛にその脹脛を乗せていた。足首には梱包用のビニール紐が巻かれ、左右に引き伸ばされている。その両端は天井の鴨居に固定されていた。
男に向かって、女の股間が剥き出されている。その膣口には黒いバイブレーターが半分程押し込まれていた。生き物の如く、蠢いている。
「言えよ。俺の言う事が聞けないのか」
男はその女の剥き出しの部分を凝視している。
「・・・・前、と・・・う、しろ、です」
「感じるのはどっちだ」
「どち、らも、感じ、ます」
女は低く唸る様に答えた。バイブレーターの蠢く音が部屋に響いている。
「へえ。そーかい」
男は煙草を消して立ち上がり、女の前に立った。
「俺は、お前はバックが好きだと思ってたぜ?」
バイブレーターを持ち、無雑作に奥へと押し込む。
女は短く叫び、垂らせた首を跳ね上げた。
それぞれの根元部分を一周巻かれる様に縛られた乳房が、ぶるんッ、と上下に撓んだ。
男の右手が前後に往復を始める。
女は背凭れの部分に首を乗せ、喉元を仰け反らせながら歯を食い縛った。低く、そして急激に高くなる嗚咽がその唇を割る。
根元で拘束された左右の乳が慌しく踊り、互いを揉み合って揺れる。天井を向いた足の裏が、内に外に、折れ曲がろうと蠢いていた。
- 2014/05/25(日) 04:32:56|
- 招かれざる、客・使徒
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取引先の応接室で、私は又、あの嫌な汗を流していた。
その会社へ訪問した際、「私を知っている人物」に偶然出会ってしまったからだ。
「いや、そうですか。あれから体調を崩されて・・・大変でしたなあ」
もう初老と言っていいだろう、その人物とは約三年振りの対面だった。いや、らしかった。そう言われてもこちらとしては相手を思い出せてはいなかったのだが。
「申し訳在りません。色々在りまして」
その大崎という人物は、この会社の元取締役だった様だ。そんな重要なポジショニングの人物さえ、この頭は消去してしまっている。「覚えていない」とは正直言えなかった為、話の辻褄合わせには苦労した。
今迄の知識と過去の断片的な記憶を、脳裏でフル回転させて対応する他無かった。冷や汗ものだった。
しかし商社とは縁遠い仕事に就いたつもりだったが。世間は狭いと思った。この温厚そうな人も今やリストラの対象か。名刺に書かれた「課長」の文字が小さく見える。
「あの一件では本当に助かりましたよ、流石は商社マンのエリート課長だと思いました」
そう言い、静かに笑う。仕事を請け負ったのは、一度か、二度か。
それさえも思い出せない。
「私はエリートなんかじゃありませんよ。恐縮です」
【三年前か、いやな時期だ。その時の記憶が一番曖昧ときてる】
「時に、あの頃部下をされていた佐々木さんと遠藤さんもお元気でしょうか。私もあれから、こちらの支社に来ましたから、ご無沙汰しておりまして」
「どうでしょうか。私も退社してからあの二人に関しては面識も在りませんので」
【佐々木に遠藤。あの二人なら良く覚えている。元気なのだろうか】
妙に尖がった勤務態度で始めは困惑したが、いい部下達だった。
急に胸中を懐かしい感情が湧いてくるのを感じた。
会いたいものだが、記憶を取り戻した当時、そんな気分にはなれなかった。今なら会えるだろうか。
「あれから私も暫くして、転勤しましたもので。同じ様な時期ですな。永瀬さんが退社されたのと」
「そうでしたか」
「お礼もろくに言えず、せめて年賀だけはご自宅のマンションに出させて頂きましたが、ご転居されておられましたね」
【転居?どういう事だ。何か勘違いしているのか】
「いや、それはありませんよ。ずっとあの一戸建に」
「一軒屋、ですか。マンションと聞いておりました。こちらの間違いでしたか、それは失礼しました。ではあの世田谷に」
【マンション?世田谷?何を言ってるんだ、この人は】
「あの、大崎さん」
そう私が声を掛けたと同時に、初老の携帯が鳴った。
「はい・・・そうか・・・・分かった」
携帯を切る。
「申し訳在りません。急用が出来ました。では後は宮村が」
そう言うともう一人の社員を残し、席を立つ。
私は挨拶をした。
「そうそう」
大崎はドアの手前で踵を返した。
「あの方にも年賀を出しましたが、届きませんでしたわ。歳ですなあ、すっかりお世話になった方々の住所を間違えた様で」
「誰宛でしたか」
何気なく聞いた。そのつもりだった。
「榊さんですよ。一緒に仕事をされていた」
「しかし、この字が見えないとはなあ。マジかよ」
榊五郎は、眼下に在る盛り上がった尻を両手でわし掴んだ。
「・・・・だと、思います」
永瀬麻利子はベッドのシーツに顔を埋めた侭、答えた。
榊は今や週に二度程、自分を呼び出す。
あの時に在る条件と引き換えに、麻利子は永遠に消えない烙印を、その尻に彫られた。強烈な睡眠薬で眠らされ、気が付くと其処にはおぞましい文字が彫り込まれていたのだった。
死のうとさえ、思った。榊の奴隷となる事を誓いはしたが、こんなものを彫られるとは考えもしなかった。
この字が夫には見えていない様だった。何故だかは分からない。
見えていない素振りが出来る代物では無い。
「どうだ。この尻に俺の名を彫られて一生を過ごす気持ちは」
「死にたい程、辛いです」
ある意味本心だった。この文字が夫にも気付かれれば。
だが、自分には子供がいる。母として、守り、育てる義務が在る。
「嘘だな、それは」
掲げた尻を節くれ立った掌が、裂く様に中心から割って拡げる。
剥き出された割れ目の上部に在る肛門に向け、生暖かいローションが垂らされていく。
麻利子は身を捩った。動けない。その両脚は榊の手で座禅を組まされ、両手は背中で縛られている。榊の性癖は、あの頃より一層歪み、強暴な屈折を遂げていた。
「ケツの穴に突っ込まれて、ひいひい泣きたいクセによ」
麻利子は固く眼を閉じた。感情は捨てなければ、堪えられない。
「どうなんだ。麻利子」
答える代わりに、唸り声が出た。榊の人差し指が根元迄押し込まれている。初めてでは無かった。出会った頃から、その場所も榊に使われている。
「答えろ。どうされたい」
指が内部で捻る様に動かされる。掲げた尻が痙攣じみた動きで跳ね始める。その度に短く、吼えた。
「お、かし、て、いただ、き、たい、ですッ」
榊の口調に同調させた。半ば本気で言った。卑猥で最低な女だと、自身でも聞くに堪えがたい声を上げながら自らを胸中で罵った。
「何処を、だ」
「あッ、ああッ、お、し、り、を」
「ほら」
「あっはッ!」
麻利子はシーツに裂ける程開けた口を押し付けた。
掲げた尻に跨がられ、その剥き出された肛門に、毒蛇に似た榊の亀頭部分が押し込まれていた。
「ほら、ゆっくり味わえよ、このケツで」
内臓を抉る大きさの男根が、内壁を軋ませながら進入してきた。
尻の痙攣は、麻利子の放つ悲鳴と同調して、震えた。
従業員の中年女は、ベッドメイクを終え廊下に出た。
鋭い悲鳴が、隣の部屋から洩れていた。
泣き叫ぶ様な女の声だった。男に突かれ、喚いているのだろう。
ああッ、ああッ、とも、あはッ、あはッ、ともとれる声だった。
先程すれ違ったカップルか。
男はヤクザ風だったが、女は三十前後の清楚な感じだった。
声はより激しく、その放つ感覚が短くなってくる。
不倫か。とんでもない淫乱女だと、思った。
眉を露骨に寄せ、中年の女はその部屋の前を通りすぎた。
- 2014/05/25(日) 04:34:26|
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未だ、日は高かった。
こんな平日に、街を歩く私を観ようとも誰も何も思わない。
当たり前の話だ。
スーツを着て、ネクタイも律儀に締めたサラリーマン。同じ様な格好の人種が、幾度と無く目の前を通り過ぎる。
極普通の光景。私も同じだろう。
只、違っている事は「彼らは今、仕事を真っ当に勤めている人種」で在り、私は「出張と称して、只ブラブラしているだけの人種」で在る事だ。
言わば「サボり」か。
思わず、自嘲の笑みに口元が歪む。奇妙な男に見えたのか、すれ違った女が露骨に眉を顰めた。
こんな事を始めて、もう二週間程に成る。
何時か会社にも、この放浪出張がばれるのではという危惧も、最近ではどうでも良く成りつつ在る。
【やはり俺は、頭がオカシイのかも知れんな】
無くした記憶。それはとうにこの手に掴んだと思っていた。詳細はともかく、大事な出来事、記憶、行動の大体は把握していると思い込んでいた。
<榊さんですよ、一緒に仕事をされていた>
あの、取引先で初老の紳士が放った一言。
この言葉が脳裏から離れない。悪質な腫瘍の如く、この頭の奥深く触手をべったりと伸ばし、爪を突き立てている。
あの時の、会話。
「あれから私も暫くして、転勤しましたもので。同じ様な時期ですな。永瀬さんが退社されたのと」
「そうでしたか」
「お礼もろくに言えず、せめて年賀だけはご自宅のマンションに出させて頂きましたが、ご転居されておられましたね」
「いや、それはありませんよ。ずっとあの一戸建に」
「一軒屋、ですか。マンションと聞いておりました。こちらの間違いでしたか、それは失礼しました。ではあの世田谷に」
世田谷では無く、練馬。マンションでは無く、一戸建。
現状と全てが全く異なる。
そして、何よりも。あの言葉。あの人物の名。
妻、麻利子の真っ白く盛り上がった尻に、掘られた文字。
右の尻たぶに、「榊五郎」。左には、「命」。
あれ以来、妻を抱いていない。
抱ける筈が無かった。あの文字は、本当に存在しているのではないのかという思いが、疑惑が、私の性欲を牛耳り、身動き出来ぬ様に拘束していた。
息子に聞こうかとも思った。あの一馬も今は小学生である。漢字を理解する能力は乏しいだろう。だが、妻と共に風呂に入る事の多い息子になら、見えている筈だ。あの尻に彫られた、墨黒の文字が。
だが、聞けなかった。あの字は何て書いてあるのと、逆に問われる可能性が高い。妻にも聞くだろう。いや、もう聞いているのか。
妻は、どんな言い訳をしているのか。
私にも見えていると知ったら、どう思うのか。
【いや、待て。本当にそれが在るという証拠は】
何処まで歩いたのか。
何時もこの事を考えては人込みの中をさ迷っている。
気が付けば、見た事も無い場所迄来ていた。目の前に大きな白い建物。病院だった。総合病院だろう。精神科も在るのか。
私の脚は、その方向へと向いていた。
同じ事を繰り返す懸念が在る。結局は、一番言いたい事が言えない。自分の妻の尻に、彫り物の文字が在る日唐突に見え始めたなどと、誰が正気で言えるというのか。
透明な自動ドア。これだけは、どの病院も同じ造りをしている。
冷たい緑色。一歩脚を踏み入れれば、何処かが必ず悪くなりそうな独特の空気、気配。
そのドアは左右に開いた。
女が現われる。
私は、その女を見て驚愕した。
女はビニールのような素材のホットパンツを穿いている。その丈は余りにも短かった。左右へと張り出す様に肉を付けた両腿は、その付け根迄を露にしている。その周囲を縛る如く、生地が食い込んでいた。
歩く動作に同調して、真っ白い素足の表面が波打つ。そのパンツは股上さえ異常に浅い。女の下腹部が、その半分程を剥き出させていた。窪んだ形の良い臍が見える。
鈍い光沢を放つ黒い素材は、ゴムではないのかとさえ思わせる。
上半身に張りついた白いカットソーは、その豊かな胸元を大きくU字に切り込んで開け放っている。血管が透ける程白い肌は、その谷間を誇示している。更には白い生地を突き上げる様に、双の乳首が突き上がって完全に透けていた。
大きな乳房を持っている事は、一見で確認出来る。但し、それは幾らかの張りを無くし、重たげに長い。
私は、声を掛けられなかった。
女が、真横を通りすぎる。太い茄子の様な乳が上下に揺れている。
下着を着けていないそれは、重力と自らの肉の重さを訴える。
その表情は、奇抜な容姿と反して堅かった。決して自らそれを楽しんでいる感は全く無い。俯き加減の、白い横顔が通りすぎる。
噛みつく様に、女を凝視した。
女の光沢の在る髪が、一束ねに結われている。馬の尾の如く揺れ、その細い項を見え隠れさせる。
抉れる様な曲線で窪んだ腹部。そして急激に肉を付け込んだ腰。
黒いホットパンツは、背後から見れば水着にしか見えない。
三十を過ぎた歳に見える女は、その盛り上がった尻の容量は遥かにパンツのそれを上回っている。黒い生地がそれを締めつけ、鬱血させる勢いで、女の尻に噛みついている。双の裏腿の付け根に、覆い被さって食み出した尻肉が、歩く度にブルブルと揺れ動いている。
私は何かを言おうと自身の口を開いた。だが、この状況に見合った言葉を私の脳は指令する事が出来なかった。
女の行き先には、一台のベンツが止まっていた。女の穿いているホットパンツと同じ素材で塗られているのではないかと思わせる色をしている。
そのベンツに凭れ、煙草を吹かす男。
その態度、風貌。
忘れていた何かが、地面の方から脚へ。そして脊髄を走り抜ける。
【お前か・・・・・・・・・・】
女がベンツに乗り込む。厚みの在る脂を纏った尻がこちらに向かって突き出された。息を呑む程の量感。
子供を造り、産んだ事の在る、爛熟した尻だった。
【そうか・・・・お前だったのか】
男は私に気付く事無く、ベンツに乗り込む。重いドアの閉まる音。
【榊・・・・・・・・・お前だったのか】
漆黒の車がタイヤを鳴らせて発進する。運転者の粗暴さが伺える動作で。
そのベンツに乗り込んだ、妻の麻利子を乗せて。
どの位、動けなかったのか。
数十秒。いや、数分か。
病院の前で突っ立ったまま、私は動けなかった。
そしてその間に、失われた記憶の断片が片っ端から脳裏に浮かんでは消えていった。
時には壊れかけたビデオデッキの如く、その再生画面に夥しい程のノイズを入れながら。
「あの」
「はい、何でしょう」
丸々と肥え太った顔がこちらを向く。
如何にも世話好きな風貌を持った、受け付けの中年女。
「さっきの、女性・・ですが」
「・・・・・え?」
「いえ、あの派手な格好の」
私は何を喋っているのか。だが、止まらない。
誰でもいい。今の女が妻で在る事を否定して欲しかったのか。
「ああ・・・・」
女は分かった分かったと、首を縦に振る。
「スゴイでしょう。お尻も胸も丸出しだもんね。もうブルンブルンって感じで」
女は小さな目を思い切り大きく開こうと頑張っている様に見えた。
「綺麗で上品だったのにねえ。あの奥さん」
「奥さん、ですか」
「で?貴方さんはどなた」
急に興味をこちらに移す。
「あ、いえ・・・あの女性が知り合いの方にそっくりだったもので」
疑われたか。こんな陳腐な言い訳は通用するものか。
「あ、そうなの。あの永瀬さんの御知り合い」
「あ、やっぱり」
声が上擦る。確認した筈なのに、念を押されたこの思いをどう処理すればよいのか。
「で、どこまで・・・ご存知なの、貴方」
女は又声を潜める。
「いや、それは」
わざを顔を顰めた。心臓は口から飛び出しそうに暴れている。この女は、何かを知っている。そしてその事を私は何も知らなかった。
「そうよねえ」
言えないわよねと、その顔が言う。
私の焦りは頂点に達した。
「で・・・永瀬さんのお見舞いの相手は」
「決まってるじゃないの、榊さんよ」
「・・・・・・・・え」
「旦那さんが、あの人を殴って植物人間にしちゃったでしょう?あれから、ずっと。そうね、もう三年位になるんじゃない」
「アイツ、中々死なねえな」
榊五郎は、ベッドに這い上がり、その中央に立ち上がった。
その手には、荷造り用の白いビニール縄が握られている。
ラブホテルの一室。その部屋は汗と熱気が充満し、温度が上昇している様に思えた。
榊は、真下で倒れる様にうつ伏せている全裸の女を仰向けに転がした。女の真っ白な裸体が翻(ひるがえ)る。双の乳房がゆらゆらと波打ち、力尽きた様に両脇へと流れる。
「しかし、麻利子。お前の声も相変わらずでけえな、そんなに俺のちんぽは具合いいのか」
永瀬麻利子は、その問いに答えられなかった。
榊の男根が、口に捻じ込まれている。顔を逆様に跨ぎ、たった今、麻利子に放出した男根を押し込んでいる。
「旦那の、短小ちんぽじゃあ、物足りねえよな」
麻利子は咥えた顔を持ち上げる様にして、唸った。左の乳房をわし掴まれ、上へと絞られていた。根元の部分に、ビニール縄が何重にも巻かれていく。
「三十四歳の人妻、SMに目覚めましたってか」
右の乳房も絞られる。呻く麻利子を余所に、根元を縛り上げていく。
榊は麻利子の顔に跨ったまま、その両脚を掴み持ち上げ折り畳む。逆上がりをする要領で、麻利子の尻が押し広がって天を向いた。
「なあ、今度温泉でも行くかよ、俺と」
そう言いながら、抱え上げた両足を中央で交差させる。
麻利子は首を左右に振った。身体が柔軟な麻利子でも、この体制で座禅を組まされる行為には、苦痛を感じざるを得ない。そして何より屈辱的だった。この体位には、どうしても慣れる事が無かった。
恐ろしい性癖を、榊は持っていた。
何処までも、際限無く辱められる。性欲以上の物を榊には感じる。自分に対し、その性器は愚か、口も肛門も、在りとあらゆる部分を使って犯してくる。
慣れれば、自身に対する自己愛も消えてしまうのだろうと、麻利子は思った。何故自分は一人身ではないのかと、自身の運命を呪った。
夫がいて、子供がいる。決して失えない大切な人物が。
死ぬ事は出来なかった。どんなに辱めを受けようと。
そして、心では全て否定し続ける榊を、麻利子の肉体はどう思っているのか。
聞けなかった。そしてその答えを導き出す行為こそ、麻利子が今、最も恐れる事だった。
光沢の在る廊下。
やはりこの部分も同じ造りだった。
あの中年女に聞いた、部屋番号。412号室。
私は夢遊病者の如く、その病院をさ迷った。
掃除婦は、溜息をついた。
又、あの男女が来ている。放つ、女の声で分かった。
「全く、どんな変態女だろうね」
女は、毒づいた。
永瀬麻利子は、叫び続けた。
乳房を個々に縛り、座禅を組ませるとうつ伏せに転がされた。形を崩せない両脚が交差したまま膝を付き、押し広がった尻を剥き出しにした。天を向いて晒した肛門に、何時ものローションが亀裂に伝い、ベッドに滴る程に垂らされた。身構えた時、何かを塗られた。冷たい感触に身を捩った。
「媚薬だ」
そう榊は言った。
そしてそのまま放置された。直ぐに肛門が熱くなってきた。堪らない感覚だった。熱く、そして猛烈に痒い。麻利子は嗚咽を放った。
榊は只凝視し続けた。触れもしなかった。
嗚咽を放ち、掲げた尻を振った。痒さは限界に来ていた。何でもいい、引っ掻くだけでもよかった。肛門がまるで呼吸するかの様に、蠢き、口を広げようとしていた。
「ああッ、ああああッ」
泣き喚いた。怒った様に両手を付き、その尻を振り、垂らせた首を振った。
両手は自由だった。縛られてはいない。その手を幾度と無く、尻に回しては止めた。指を入れ、掻き混ぜたかった。だが出来ない。どうしても羞恥と理性が、それに屈しない。
「お願い、お願いです!」
泣き声で訴えた。犯してくださいとも、叫んだ。
だが榊は背後に回り、もう一塗り今度は奥に捻じ入れた。
「アオオオオオッ!」
麻利子は尻を振りたくって叫んだ。両手を伸ばし切り、シーツを破れる程掴み締めた。
「お尻を、お願い!お尻を、犯して!」
涙が溢れている。その顔を狂った様に振った。
榊は未だ、犯そうとしない。
麻利子はついに、その手を掲げた尻に伸ばした。
折り曲がった指が、躊躇いながら激しく震えていた。
- 2014/05/25(日) 04:36:06|
- 招かれざる、客・使徒
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永瀬麻利子は、鏡台に向かい座った。
サッシから刺し込む日差しは未だその角度を十分に保ち、午後への頂点に差し掛かろうと眩くその光を注いでいる。
時計を見た。十一時には未だ早い。
人々はその日常に追われ、働く者達はこれから多忙になるだろうとする午前の時刻。
自宅。その六畳間の寝室に一人で麻利子が居る事自体、然程不自然でも無い。子供は小学校に、夫は会社に。そして専業主婦とでも呼称すべき三十四歳の自分。
その三十路を過ぎた女の顔が、鏡に映し出されている。
幾分痩せたのか。いや、そうでは無い。
では、肌が荒れ始めたのか。違う。少なくともその張艶は以前よりも増した様な気さえする。
シャワーを浴びた侭の格好。そのバスタオルを自ら剥ぎ取る。
真っ白な肌が露出する。重たげに揺れ出した双の乳房は、その重さと軟さを誇張するかの如く、ゆったりと揺れ動く。
自身の蒼白な顔が、それを見つめる。
大きく見開いた眼が、その乳房を凝視する。
乳房の肉脂を包み込む透けた薄い皮膜の肌に、蒼い血管が幾重にも走っている。乳輪と乳首の太さが子を育てた経験を示していた。
麻利子は、その裸体を晒したまま鏡に向かい、その乳房を揺する様に左右に振った。微かな肉の打音。そしてグミに似た感触の太い乳首が頭を擡げ始める。その先端の感覚が鋭くなっていく。
淫売___。そんな言葉が麻利子の脳裏に浮かんだ。
いや、足りない。今の自分には足りない。
そして、この身体には相応しく無い。
もっとおぞましく、そして狂いそうな程の歪んだ性への狂気に満ちた言葉。
決して日頃では口にはしない、あらゆる隠語が脳裏で浮かんでは消える。
麻利子は、立った。そして鏡の中の全裸の女を凝視した。
直立不動になる。自身に縛めを掛けるが如く。
喉元が僅かに上がる。不意に湧き出した唾液を飲み下す。
華奢な両肩。浮き上がった鎖骨。
その下から急激に盛り上がり、そして幾分重みに耐え兼ねる如く瓜の形状を示した太い乳房。
滑らかに波打つ腹部。窪んだ臍。
そして左右に張り出した幅を持つ腰。更にそれより張り出した両腿の付け根。
そして、今は自ら剃毛を施している股間。その縦に深い亀裂。
盛り上がった恥骨の部分は真白い肌だけを曝し、女で在る事を象徴する深い亀裂は幼児のそれとは異なり、成熟し、男根を呑み込む為に造られた性器という機能を誇張している。
踵を反し、背を鏡に向けた。
肩越しにその背面を覗き込む。
深い正中線。その窪みが背中を真っ直ぐに割り、括れた腰の上部で止まっている。
その下に在る、重たげに爛熟した尻。歳を重ねる毎に幾重にもその脂を増し、柔さを増す。
麻利子自身、只恥ずかしくもどかしい存在で在る決して好きにはなれないこの肉塊を好み、糧とし、玩具とし、そして突き貫いた侭、跨って突き動かす乗り物として使う男がいる。
麻利子はゆっくりとその尻を左右に振った。
その度に、鈍痛にも似た重い快感がその腰を支配し始める。
奴隷___。いや、性奴隷、か。
そう考えると熱病にでも侵された様に身体全体が奮えた。
麻利子は、ゆっくりと眼を閉じ、どこまでも堕ちていく自身をその闇に観ていた。
どこまでも果ての無い、恐ろしい闇であった。
余りにも救い様の無い、強烈な自責の念、そして果てない痛みと終わりの無い快感を伴った闇。
その闇に夫の顔が浮かぶ。
あなた、助けて。
そう叫びながら、股間に自身の長い指が滑り込んだ。
- 2014/05/25(日) 04:37:48|
- 招かれざる、客・使徒
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腰まで埋まりそうな皮張りのソファーに座り、腕時計を観る。
何度その行為を繰り返したのか。
昼間の休憩時間を使用した待ち合わせ。本当に彼は来るのか。
もう三年半振りの再開か。彼は私の事を覚えていた。
電話の向こう側、久し振りに聞く元部下の声は、幾ばくかの驚愕と
懐かしさが入り混じっていた。
無理も無い。呼び出す私でさえ、どれ程連絡を取る事に躊躇した事か。
記憶を無くし、その状況下の中、彼はどんな想いでこの私を観ていたのか。いや、どうでも良かった出来事なのだろうか。
「永瀬課長」
不意に背後から声が掛った。
「ご無沙汰していました」
そこには、あの懐かしい顔が微笑んでいた。
玄関のドアがゆっくりと開いた。
その他人の家に、一人の男が入っていく。実に無雑作に。
そして、靴を穿いた侭の格好で。堂々と。
永瀬麻利子は、廊下に響く足音を聞いた。
流し台に立った侭、食器を洗う手を一瞬止める。だが、その手は直ぐに皿を洗い始める。何も聞こえなかったかの様に。
しかし、その手は細かく震え、真一文字に噛み締めた唇の合間から、微かにその歯を鳴らせた。
名状しがたい興奮と、恐怖。背徳と裏切り。後悔と期待。
麻利子の眼はその皿を見てはいなかった。
脳裏に、昨日の電話での声が響く。
「明日の昼過ぎ、お前を強姦する」
「はい」
「自宅でだ。その方が燃えるだろう」
「はい」
皿を洗い終えた手は、いつまでもそれを置こうとはしない。
「手加減はしない。お前は俺の奴隷だ。縛り上げて責め続けてやる」
「・・・はい」
「どう犯されたい。白状してみろ」
「・・・・お任せ、致します」
「声が奮えているな。興奮するか」
「はい」
「はっきりと、言え。麻利子」
「興奮、しております」
キッチンのドアがゆっくりと開いた。
麻利子は気付かぬ振りで、背を向けた侭立っていた。脚が膝から抜ける勢いでガクガクと揺れ始める。
「どう、興奮するんだ?言えよ、淫乱女」
「自宅で、という事が・・・興奮、します」
「お願いしろよ、奴隷らしくな」
直ぐ背後に男の気配が在る。眩暈に似た動悸が襲う。
身体が傾いでいるのが分かる。
「主人と一緒に暮らす、この自宅で・・・私を犯して、頂きたいです」
不意に恐ろしい勢いで、麻利子の首が反り返る。
「あ、オウッ!」
束ねた髪が背後から片手でわし掴まれていた。大きく開いたその唇に真っ赤なギャグボールが押し込まれていく。一瞬で首をベルトが一周し、そのボールを噛ませた侭固定される。
「ン、ウ、ンッ、ンッ!」
赤いボールを咥えた顔を激しく左右に振り、男に許しを乞う。
男は何も言わず再び麻利子を流し台に押し付け、その両手を背後へと羽交い締めに固定していく。
始まった____。
両手を交差させられ、その部分を荒縄で縛られながら、麻利子は
さながら本気で陵辱される人妻を演じていた。
背後で犯そうとしている強姦魔は、あの榊であった。
麻利子を奴隷同然に扱い、週に幾度と無く犯すこの男は鬼畜と言える行為を繰り返す。
在りと在らゆる嗜好で、麻利子を陵辱し続ける。
そして今日、とうとうこの自宅にまで侵入した。
何故、抵抗しないの。本気で____。
後ろ手に縛られ、引き立たされたブラウスのボタンが左右に引き千切れて床に散らばる。
この日の為に用意していた黒いレースのブラが荒々しく掴まれ、首元に迄一気に引き上げられる。
「ン!ッグ!」
真白い喉元を反らし、麻利子は仰け反った。
先程風呂場で清めたばかりの乳房が、ぶらりと大きく弾んで露出する。
どうして、断らなかったの____。
「でけえ乳しやがって・・・ダンナにいつも揉ませてるのか」
強姦魔がその根元を掴み締めて言う。
麻利子は激しく首を振った。その動きに合わせて、掴まれた乳房も踊る。
「縛られたいンだろ、こんなデカイ乳だ」
麻利子はその眼を裂ける程に開いていた。首を振り続ける。
恐怖と、それ以上の興奮に今にも狂い出しそうな雰囲気で瞳孔が濡れ光っている。
夫にしか、触らせてはならないのに____。
しかも、ここは自宅なのに________。
何を、する気なの。
やめて。
床に引き倒され、腿の付け根迄を晒したタイトスカートを引き抜かれる。たっぷりと肉を纏った太腿の両脇に、黒いガーターベルトが減り込む様に食い込んでいる。
こんな下着を着けて。貴方は変態なの_____。
「おいおい。普通の主婦がこんな娼婦みたいな下着着けてるのか」
腰骨辺りまで切れ上がったV字の小さなショーツ。その三角形の部分を掴まれ、引き上げられる。
「ウグウウウ・・・」
反り上げた股間の亀裂に、その細いナイロン地は食い込む。そして更に細い一本の黒い帯と成って縦の割れ目に埋まり、麻利子を弓形に仰け反らせていく。
「へえ。お前、剃ってンのか?オマンコの毛をよ」
お願い。もう、やめて________。
嘘よ。もっと激しく・・・・虐めて_____。
死にたくなるくらいに。
- 2014/05/25(日) 04:39:34|
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