主に寝取られ物を集めた、個人文庫です。
私は41歳で妻は38歳、結婚15年目にも関わらず子供を授かることはできていません。
そんな私達夫婦でも仲むつまじくここまでやってこられたのはお互いに信頼しあってきた賜物だと思っています。
妻はどんな些細な事でも私に打ち明けてくれますし、私も打ち明けます。
しかし・・・たった一つだけ、妻は私に打ち明けてくれない秘め事があるのを私は知っています。
それは私と妻の性生活についての事です。
丁度一月前までは、私は妻のどんなことも知っているつもりでした。
しかし妻が実家の親戚の不幸で留守にした時、はじめて知ってしまったのです。
遠い親戚だということと、実家がかなり遠いこと、そして私の仕事の都合から、私一人で二週間自炊することとなってしまったのですが、何せ家事は妻まかせで私は何もできない始末でしたので、炊事、洗濯もままならず、朝仕事に出かけて夜遅く帰っても疲れから何もする気になれず、そのまま眠りって翌朝目を覚まして仕事に出かける、という繰り返しでした。
二日に一度妻から連絡が入るのですが「大丈夫、何とかやってるから」と不都合を感じさせないよう配慮し、安心させていました。
しかし一週間も経つと食事と風呂は適当に済ませていたので良しとしても、ワイシャツや下着、靴下などの衣に関しては完全に在庫が遂に底をつき、タンスをひっくり返しては奥からワイシャツを引きづりだして、何年も着ていなかったようなサイズの合わないものを無理矢理着るようにすらなってきておりました。
その日も朝ボサボサの頭で起きてシャワーを一浴びし、さてさて今日は何を着ていこうかとタンスをかき回していたのですが容易には見つからず、どこに何が入っているのかさえ判らない私は、引き出しを上から順に全部開けていきました。
すると三段目はさんざん衣類を引っ張り出して気付いたのですが、どうやらこの箱は妻の下着などが入っている段だったようで、探し損をした感を持ったまま三段目をしまおうをしたその時整然と仕舞われているタオルの中に、何か違和感を感じる物があることに気付いたのです。
すぐにそのタオルをかき分けると、奥から大きな大きな黒く不気味に艶々した物体が出てきたのです。
私にはとても理解できないものでした。
しかしすぐにこれがバイブであるとも気付きました。
それよりも、一体どうしてこんなものがここに仕舞われているのかが理解できず、私は唖然としました。
私達の性生活は至って普通でしたし、バイブなどを使った行為などしたこともありません。
妻がこんなものが好きだとも聞いたことはありませんでしたし、要求されたこともしたこともありません。
一体どうしてここにこんなものが仕舞ってあるのか、それが不思議でなりませんでした。
もうシャツも下着も探す気になどなれません。
呆然としながらもとりあえず携帯で会社には電話をし、具合が悪くなったと伝えて休ませて貰いました。
こんなこと位で会社を休むなんて・・・と思う人もいるかもしれませんが、それほど私にとってはショックだったのです。
タンスの前でしばし身動きをとれなかった私は色々妄想してしまいました。
浮気でもしているのか、それとも誰かから預かったものなのか、或いは誰かの罠なのか・・・。
- 2014/09/27(土) 09:21:45|
- 信頼関係・あきお
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もう取り留めもなくあれこれと考え込んでしまい、今まで一度も隠し事をしたことすらなかった妻の顔を思い浮かべては、とても信じられない思いばかりが募ってくるのです。
しかし現実に今こうして目の前に人為的に仕舞われた物体を見てこれを受け入れ、そして事実を解明しなければ気が済まなくなりました。
とはいえ妻に直接問い質してもし、とんでもない勘違いだったとしたら妻を傷つける事になってしまうし、この先今までのような信頼関係を維持できるはずもありません。
悩みぬいた末に私はとにかく私自身の力で事実を掴まなければならないと思い、妻には申し訳ないと思いましたが、今まで一度も詮索した事がなかった妻しか触れたことのない化粧台や戸棚を隅から一々調べてみることにしました。
しかしこれといって何か気になるものは見つからず、安堵感が込み上げたものの、ではあのバイブは一体何なのだろうかという疑念が交差するばかりでした。
結局妻の何か秘してしまいそうな場所はほとんど調べつくしてしまいましたが何事もなく、少し心に余裕が出てきた私はコーヒーを作ってリビングのソファに腰掛けた途端に、妻に対する信頼を裏切ってしまった自身への嫌悪感が襲ってきたのです。
妻を一瞬でも裏切ってしまった・・・たとえあんなものがあったとしても何かの間違いだと信じてやるべきだったのではなかったのか・・・。
そんな自責の念にかられたままもう一杯コーヒーを飲もうとした時、まだ探していなかった場所があることに気付いてしまったのです。
妻はいつも何か大事なものをキッチンの奥にある戸棚にしまっていた・・・。
ふと思いついた私はキッチンの戸棚の引き出しを開けようとしました。
一段目にはスプーンやフォークなどの小物が入っており、二段目には郵便物や電気料金等の請求書、支払い表がゴチャゴチャと入っていました。
しかし三段目だけ鍵がかけられて開かないのです。
少し凝ったデザインの戸棚でしたので、どの引き出しにも鍵穴がついておりますが、いずれもダミーだとばかり思っていたのですが、どうやら鍵は本当にかけられるような造りだったのです。
私は嫌な予感がしました。
ここに妻の秘密があるのではないかという怖さと、ここには別の大事なものが仕舞ってあるだけではないのかと思う心が重複し、しかし確認せずにはおれず、その古風な鍵穴に精密ドライバーを持ってきて差し込んでこじ開けようとしました。
鍵穴とはいっても戸棚の、しかも至ってシンプルに作られている鍵穴は容易に開ける事ができました。
私は恐る恐る引き出しを手前に引くと、手帳とまた別のバイブを見つけてしまったのです。
バイブはローターのようなものらしく、グリーンのプラスチック製でスケルトンになっていました。
手帳は少しばかり高級な厚手のもので、パラパラとめくってみるとどうやら日記のようでした。
戸棚の奥はキッチンの一部であるものの、わずかなスペースながらも机と椅子が置かれており、妻が自分だけでくつろげるスペースをと、自宅を新築する際に妻から要望された場所でした。
妻はどうやらいつもここで日記をつけていたのかもしれません。
私はその机に日記を置き、椅子に腰掛けると最初のページから日記を見開くことにしました。
- 2014/09/27(土) 09:22:47|
- 信頼関係・あきお
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日記は妻らしい簡潔ながらも明瞭に書き込まれてありとても読みやすいものでした。
しかしその内容はまた率直な妻の心の内を明確に日記に打ち明けてもありました。
仕事の状況や心身の状態、そして私や他人に対する正直な気持ち・・・
赤裸々に語られている妻の実像に、私は鼓動が高鳴るのを抑えるのに必死になってきました。
それは私の思っている通りの信じている妻のままでいて欲しいという気持ちと、もしかしたら何か記されているのではないかという気持ちの感情の交差の表れだったかもしれません。
しかし日記を読み進めると、私の心の大半を締めていた信頼している妻はもしかしたら私が勝手に作り上げた虚像でしかないのかもしれないと感じ始めていったのです。
日記の内容自体にそれ程気にかかる部分はなかったのですが、ただ・・・。
一週間のうちに一日二日は記されるFという記号と時間。
これが何を示すものなのかが解らないのです。
一体妻は何を日記に綴っているのか。何を自分自身に語っているのか。
頭では即座に理解できずとも心臓に大きな杭が打ち込まれたような感じは、心が既に妻の書き込みの真実をこの時点である程度覚悟していたのかもしれません。
結局何度読んでもその記号の意味は解りませんでした。
喉は渇き、鼓動は強くなるばかりで、コップに水を汲んで飲み干して落ち着こうとしても、どうしても引っかかってしまいます。
いっそのこと妻がいる実家の親戚に連絡して今すぐ問い糺してみようかとも思い、受話器を取ってみるものの、妻に何て言えばいいのか・・・妻の日記を見てしまった事をどう繕えばいいのか、いや何よりも疑っている私を妻はどう思うのか。
そう考えると受話器を取っては置いてと繰り返し、どうすることもできません。
ボーっとしながらもう一度日記を読み直してみてもFという文字とそこに付随している時間が何を意味しているのか解らず終いでした。
私はもう一杯コーヒーを作ると腕組みをして少し冷静になった頭で再度考えてみることにしました。
妻のタンスに隠されていたバイブ、キッチンの戸棚に仕舞われていたローター、そして意味不明のFという記号と時間。
私を誰かがからかっているのか・・・何か違う考え方ができないだろうか・・・妻の無実を信じて疑わない都合のつく解釈ばかり探し堂々巡りを繰り返していた私は、ふとハッとして愕然としてしまいました。
妻の無実を信じたいからこそ理屈の合う解釈をしようとして自分の心を落ち着けようとしていた私の心は、実はそもそも妻を疑っているではないかと・・・。
だから理由をつけて妻を信じたいとあれこれ考えるものの、つまりは妻を完全に疑った上で自分が安心できる理由を見つけ出そうとしている自分がいることに気付いてしまったのです。
私は妻を頭ごなしに疑っているのか・・・
15年信じ続けてきたこと、信頼しきっていた事実もほんのわずかな事だけで一瞬にして妻を疑ってしまえた自分の心が酷く薄汚いものに感じてきました。
何も事実が判明しない今ですら、妻を信じてあげられない自分が醜く捉えられ、嫌悪感で一杯になっていくのを実感しはじめました。
妻を信じよう、妻を信じぬくんだ・・・。
心はそう何度も誓うのですが、そう思えば思うほど心臓が飛び出しそうな程の鼓動感が感じられてしまうのです。
・・・駄目だ。今まで信じぬいたんだから、これからも信じ抜くんだ・・・。
一時間もの間葛藤を繰り返し、結局そう覚悟を決めた私でしたが、結局心の中とは全く違う行動に出てしまいました。
- 2014/09/27(土) 09:24:19|
- 信頼関係・あきお
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信じ抜く決意をした後のほんの少しの安堵を覚えたと感じた次の瞬間、ほとんど発作的に受話器を取り上げると、妻の実家のナンバーをプッシュしていました。
妻の母親の声が受話器口に出た途端に手足がガクガクと震えましたが、声を上ずらせながらも平静を装って声を出しました。
「お母さんですか。僕です。の、則之です。佐智子がいたら代わってもらいたいのですが。」
「あら則之さん。どうしたの、何か急用かしら」
「い、いえ。ちょっと佐智子に聞きたい事があったものですから・・・」
震える声を抑えながらそう伝えると母親からは以外にもこんな返事が返ってきました。
「やっぱり、佐智子に聞かないと何にもやっぱりわからないのね、則之さんったら ふふふ。」
「え?」
「佐智子はついさっき帰ったわよ。でも急いで帰るって言ってたから多分今日の夜遅くにはそっちに着く筈じゃない?それからでも間に合うでしょ?」
「えっ 帰った?」
「ええ。何でもそれに乗らないと今日中に着かないからって」
「あれ、後一週間はそっちにいるはずじゃ・・・」
「気にしなくていいのよ。則之さんの急な出張じゃ仕方ないんだから。こっちは一段落したから大丈夫よ。初七日だって身内だけの大袈裟なものじゃないし。みんな仕事も生活もあるんだもの。本当、気にしてないから大丈夫よ」
「出張?」
「こんな時に重なったから大変かもしれないけど・・・でももう大丈夫よ。佐智子が言ってた通りね。『あの人、私が用意してあげないと何にもできないんだから』なんて惚気ちゃって。」
「ちょ、ちょっと待って下さい。僕が何処に出張するって?」
「あらいやだわ。どうしちゃったの? 佐智子に昨日電話してきたでしょ?明日から箱根に出張だから急いで帰ってきて欲しいって。」
「えっ? 僕が?箱根?」
「・・・どうしちゃったの? 則之さん?」
「あ、ああ、いえ・・・」
その時受話器越しに妻の親戚か誰かが母親に声をかけたのでしょう。
(あ、はあい。今行きまーす)という声がした後、「じゃ、ちょっと取り込んでるからね。ごめんね」
と言って電話が切れてしまいました。
私は受話器を持ったまましばらく立ちすくんでしまいました。
妻の声を聞いて安堵したい気持ちと、何か真意に近づける発言を貰えるのではないかと思ってした電話先には、居る筈の妻が既に実家には帰宅する旨を告げて帰ってしまったと言われ、しかも私がこれから箱根に出張でその為にわざわざ昨日妻の実家へ電話をして呼び戻したと。
一体何がどうなっているのか皆目見当も付かず、ただ頭の中が妻のことだけをグルグルと考え続けるばかりでした。
- 2014/09/27(土) 09:25:11|
- 信頼関係・あきお
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一体何がどうなっているのか・・・。
私の全く知らないところで何かが確実に起きているという事実はどう否定しようとも否定できるものではありません。
何か得体の知れないものが、実は平穏だと思っていた私の生活の中で起きている不安感が体と心を包み込み、襲い掛かってくる感覚が増すばかりでした。
結婚依頼15年間、ずっと信じてきた妻との信頼関係が全て崩れ去っていくような虚しさなのでしょうか・・・。
私は受話器を置くと呆然としてソファにドスンと腰を落としました。
事実を、真実を知りたい・・・今妻はどこで何をしているのか・・・。
焦る気持ちと同時に、それでもまだ妻を信じ抜きたい気持ちと、しかし今度は今まで全くほんの些細な事すら疑わずに生きてきた自分自身の愚かさが滑稽にすら見え、妻がもしも私が信頼している事を逆に手玉に取っていたのであれば、どれほど愚かな夫に見えていたのかと思うと、妻が私を見下すような嘲笑をする姿が頭の中で思い浮かべられ、何とも言い難い辛い気持ちにすらなったのです。
妻は私に隠し事をしている・・・。
隠し事どころか、何か私に言えない情事すらあるのかもしれない・・・。
今夜妻がきちんと帰ってくるか帰ってこないのかによって、明らかな判断基準となる結論が導き出されるのは間違いないのですが、果たして私にその事実を受け入れる心の整理がつくのだろうか・・・。
もしも妻が帰って来なかったらその時どうするのか、もしも妻が帰ってきたらその時はどうするのか・・・。
私は繰り返し自問自答しては決して導き出せることのない答えをグルグルと頭の中を駆け巡らせていました。
どれだけ妻を信じようと弁護しても、現実に自宅に隠されていたバイブとローター、そして日記のFという記号と時間、更には私に何の連絡もなしに実家から勝手に帰ってしまったという疑いようのない事実。
何よりお互いに一切の隠し事がなかったと思っていた夫婦関係は実は私の一方的な思い込みでしかなかったという真実。
これらの事実をどうやって理にかなうようにつなぎ合わせても納得などできるわけないのです。
そう、私はこの時既にある程度の確信は無意識のうちに掴んでいたのかもしれません。
妻が浮気をしているということを。
もしそうであるならば・・・と考えると自宅に一人ポツンといる自分自身が妙に虚しく思えてなりませんでした。
部屋の天井から壁、家財道具へと目を移せば自宅を新築する際に一つ一つ夢を乗せて妻と計画を練っていた事が思い起こされて辛くなります。
「壁紙はこの色がいいわ。だって凄く落ち着くんだもの」
「この家はあなたと私の愛の巣なの、誰にも入り込む余地のない2人だけの世界なの」
妻と一緒に夢の新居に思いを寄せていた当時の光景が、辛く虚しく思い起こされ、私は自分自身がいたたまれず、とにかく虚像で固められたこの家から脱出したい思いで、古びて汚れたズボンとポロシャツ姿に着替えると自宅を跡にしました。
誰かと話したいわけではないけれど、とにかく無音の時計の針だけが虚しく時を刻んでいるあの家にいたくないという思いだけが心理として働いていたのです。
- 2014/09/27(土) 09:26:00|
- 信頼関係・あきお
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外の世界はもう午後に差し掛かっていましたが、頭上に輝く太陽に照らされた町並みが妙に生き生きとしていて、まるで私に充て付けられているようでした。
私はいつも通勤に使用している駅までの道のりをゆっくり歩きながら、駅前にあったコーヒーショップに入りました。
中は割と空いていて、奥の座席に座るとコーヒーをゆっくりと飲みながら、もう一度考えてみることにしました。
ところが自宅ではあれほど混乱しきっていた自分が、ここではずっと落ち着いて冷静に考えられるような気がするのです。
普段は全く気づく事もなくただコーヒーを飲んで時間を潰すだけの場所と思っていた喫茶というものが、これほど安息をもたらしてくれる場所であったということに初めて気づいたような思いでした。
そして私は一つ一つ落ち葉を拾い集めるように、今までの出来事を考え直してみることにしたのです。
妻は今実家からどこへ向っているのだろうか。
もしかしたら私をびっくりさせるつもりで帰ってくるつもりなのだろうか。
バイブやローターは浮気などではなく、もしかしたら私との夜の営みが少ない時などに、どうしても我慢できずに自分で慰めてしまっただけなのかもしれない・・・。
日記にしたってFという記号と時間が記されているだけで、それらと繋がる根拠など何もないわけだから、本当に私の勘違いなのかもしれない。
コーヒーを一口二口と喉に流し込む度に、次第にそれまでとは違い、強引な考え方は相変わらずでしたが、少しずつポジティブな考え方に変わっていくのが自分でもよく解りました。
「やっぱり自宅に籠もって考えてなくて良かった」
少々の安堵感はわずかでも私を救ってくれます。
私の生活には一切無関係の人がコーヒーを作り運んでくれ、そして同じようにコーヒーを飲んでいる人も全く別の事を考えている・・・。
そんな空間がとても必要だった事に改めて気づき、我ながら咄嗟にとはいえ自宅を出てきた事に正当性を見い出したような思いでした。
「とにかく今夜、今夜全てが解る。その時までもう余計な事は考えまい。私は今でも妻を愛しているし信じている。これが今ある事実なんだ。愛する妻を信じて家で待とう」
そう結論を導き出すとスーッと心が軽くなったような思いになり、レジで清算を済ますともう一度自宅へ帰ることにしました。
自宅に戻ってリビングへ入ると自分が取った行動とはいえ、明らかに家の中を引っ掻き回した様子が一目でわかる程でした。
奥のキッチンは戸棚から引き出しが出されて、中にあったものが色々と引っかき出されていました。
それを一つ一つ手にとって元あった場所へ入れて戸棚を整理すると、最後にあの日記がもう一度私の目の中に飛び込んできました。
私はもう、既に心に決めた事だから気にも留めるものかという軽い気持ちで再度日記をパラパラと捲りながら眺めてみました。
やはりそれでも間違いなく、一週間に数回書き込んであるFという記号と時間。
「何か仕事の打ち合わせとかかもしれないし・・・」
そう思いながら最後まで見ていくと日記の最後の方のページに目が止まりました。
日記は妻が実家へ出向く前日まで記されて、残りの数十ページは空白になっていましたが、最後のページから数ページにだけ、妻の筆記で何やら書き留めてあるのです。
最初に日記を見つけた時は慌てていたし、何よりFという記号ばかりに気を取られていたので気づかなかったようなのです。
私は一字一句見落とさぬようにじっくりと読んでいきました。
- 2014/09/27(土) 09:26:42|
- 信頼関係・あきお
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妻が日記の最後に記していた文章は種類や色、太さの違うボールペンや鉛筆、万年筆などいったバラバラな筆記形跡だったので、どうやらその都度妻が感じた事を書き込んでは文を繋げて一つの詩を綴ったものらしいようでした。
しかしそんな事はどうでもいいことで、私にとって最も重要だったことは何よりもそこに記述されている詩とも本音ともとれる、わずかの数行にわたって綴られた文章こそ妻の素顔である事を知ってしまった衝撃だったのです。
妻はこうページに記していました。
求める愛、求められる愛、与える愛、受け入れる愛 心の愛、体の愛
様々な愛の形 今まで私が知っていた愛は、それで全てだと信じていた
今の私はどんな愛の形なのかしら
知っているのは私だけ 本当の自分自身を分かるのは私だけ
本当の私を知る喜び 本当の私が現れる喜び
従う喜び、解き放たれる高揚感、虐げられる屈辱感、そしてその愛すら秘して昇り詰める極み
こんな真実もまた愛の形
まるで何か愛について確信を得てしまったかのようなこの文は、それでも妻自身が間違いなく書き込んだものである事と、妻が愛という無形の対象に対して何らかの心の動きを示している事がすぐに読み取れました。
しかし一旦は疑ったものの、最後まで妻を信じ抜こうと誓い直した私にとっては、妻に誓うとか妻を信じるとかいう思いが全く無意味なものでしかなく、私の一方的な願望、勝手な思い込みでしかなかった事を示した文でもあった事はただ衝撃の一語に尽き、手足の震えが本当に止まらなくなってしまいました。
「なんて事だ・・・」
もう誰がどう弁護しようとも妻をどれだけ擁護しようとも、その文章が少なくとも私に対して向けられたメッセージではないことは紛れもない事実なのです。
妻には間違いなく情事がある・・・。
ふいに再び襲ってきた悪夢のような虚脱感と嫉妬感、そして何よりも信じる決心をした直後に妻に簡単に裏切られ、しかも妻のわずかな変化すら気づくことのできなかった自分の愚かさに怒りが沸き、最早その真実の全貌を漏らさず掴まなければ気が済まないという気持ちだけが私を支配していったのです。
「真実を知りたい・・・妻に何があったのか・・・」
私は我武者羅に受話器を取るともう一度実家に電話しました。
昨日実家の妻に一体誰からどうやって連絡が入ったのか、妻の素振りはどんなだったのか。
もう譬え妻の両親であっても、現実に起きている夫婦の実情を話しても構わない、どんな事をしてでも真実を突き止めてやる、という思いでいっぱいで、その後に妻の両親がこの事を知ったらどう感じ、どう嘆くかなど考えている余裕すらなかったのです。
しかし無情なのか有情なのか、実家の電話は誰も出ません。
「くそっ 何だっていうんだ」
何度、何十回電話しても誰も出ない呼び出し音に更に苛立ちは募り、頭をガリガリとかきむしって、それならば他に何か手掛かりになるようなものがないか、色々思い浮かべてみることにしました。
会社、友人・・・旧友・・・。
・・・しかし妻の交友関係など全く承知していなかった私は誰一人思い浮かべることができないのです。
そう、そこで私は初めて気づいたのです。
私は妻について何も知らなかった事を・・・。
思いつく妻に関する事柄は夫婦間2人の事ばかりで、妻の交友関係や妻の過去など、これといって妻から聞く事も聞かされた事もなく、妻の信頼している人や友人、或いは悩み、或いは望みなど、深く妻から聞かされた事もなく、つまりは妻との関係を「信頼し合っている」と私が勝手に思い込んでいただけのものでしかなかった事に、気づかされたのでした。
15年もの間、その事に全く気づかず私は一方的な愛や信頼を押し付けていただけなのだろうか・・・。
妻の私に対する言動や行動は具に理解していたつもりでも、実はそれは妻の仮の振る舞いであって、本当の妻はもっと違った言動や行動、考え方をしていたのだろうか・・・。
「一体私たち夫婦は何だったのだろう・・・」
そんな自分自身に投げ掛けた疑問にすら即答できない自分が情けなく、不甲斐無く、人として、男性として妻という一人の女性の心すら掴み取ることができていなかった自分の浅はかさがくっきりと浮き彫りになったような気がして、ソファにがっくりとうなだれてしまいました。
- 2014/09/27(土) 09:27:37|
- 信頼関係・あきお
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・・・それから何時間が過ぎたのでしょうか。
いつからか転寝に入っていた私はハッとして起き、目をこらして時計を見るともう午後の7時を廻っていました。
外は闇に包まれ、また私のこの家も更に深い闇に覆われたままになっていました。
私は重い腰をゆっくりと上げて照明を点けると、気だるさの中で何を考えるわけでもなく、絨毯に転がったままの電話の子機や、無造作に散らかった書類などを眺め回し、しばらくすると一つ一つ手に取ってはゆっくりと整理をし始めていました。
「別に今更何を整頓したところで、この家には本当の真実などないんだ・・・散らかっていようが整頓されていようが、それが問題じゃない。別にどうだっていい事じゃないか・・・」
最早妻に裏切られたという観念に支配されていた私は、目に映る全ての物が無意味にすら思えてなりません。
どれほど考えたところで妻のあの日記に書かれた文章に含まれた意味は、夫である私以外の人間に対する愛としか受け取れなかったのです。
だから、今更何かを片付けて何かを整頓したところで、虚像を組み上げ直すだけの作業でしかなく、ましてや今夜妻が帰ってくるはずもなかろうし、妻が今一体何をしているのかを知りたくても、その術を知らない私にとっては、一週間後に妻が帰ってきてから真実を突き詰めていくしかないのだろうと思うと、何もする気になれなかったのです。
そうは思うものの、何かせずにいられない気持ちが手足を勝手に支配してゆっくりと心無しながらもリビング、キッチンと散乱していた物品を片付け始めてしまいました。
そして、キッチンのあの戸棚・・・。
今にも引きちぎってしまいたい程の嫌悪感でいっぱいにさせる日記であるのに、それでも手に取りきちんと引き出しに仕舞う私の行為は、自分自身でも滑稽でしたが、結局はまだ妻を信じていたいという心の奥の訴えなのか、それとも妻が何事もなく帰ってきた時にプライベートまで覗き込んでしまった私への不信感を恐れたものなのか、いずれにせよそれが私の本当の心の表れだったとはこの時は考えてもみませんでした。
戸棚の引き出しなど、一通り片付いた事を確認して私はもう一度ソファに腰を下ろすと、ふと自分自身の酷く汗臭い体臭が気になり出しました。
洗濯すらしていないシャツとズボンに仕事の疲れがたまったまま洗っていない体では、当然のことです。
私はコンビニにTシャツと下着を買いに行き、自宅に帰るとすぐにシャワーを浴びる事にしました。
シャワーは勢いよく私の体に降り注ぎ、気だるい疲れを洗い流してくれます。
とはいえ体の表面上をさっぱりと綺麗にするだけのものでしか勿論なく、心はどんよりと暗く、沈んだままで変わる事はありません。
ふとシャワーを眺めていると、新築の時に妻が丹念に選んで決めた色と形であることを思い出してしまい、一瞬のうちにシャワーに包まれながらも忘れかけていた妻との楽しかった思い出が感情となってふいに心を突き刺すのです。
私はシャワーの放射状に噴き出す流れの中に顔を押し込み、泣きました。
自分自身でも本当に不思議でしたが、シャワーが顔にかかった途端に涙が溢れ出して止まらないのです。
一度涙が流れ出すと、妻との楽しい思い出がどんどんふくらみ始め、涙はシャワーの水に混じって次から次へと流れ落ちてきました。
私が最後に涙を流したのは何歳だったことでしょう・・・。
ふいに溢れるように湧いてきた涙は止まることを知らず、ただただ涙が止まるまで私はシャワーに顔を向けていました。
妻に裏切られた悔しさなのか・・・それとも妻と私がお互いに同じ量の信頼を持っていると思い込んでいた愚かな自分に対してなのか・・・
私はこれから妻から愛される事もなく、心の底から求められる事もなく、ただ時間を人生を消費するのを待っているだけの人生となってしまうのだろうか・・・。
この涙はそのいずれをも含んだ涙だったと思います。
私はこれから妻にどう接すればいいのだろうか・・・受け入れなければならない現実がある以上、真実を知らなければ妻を同じように信じることなどできない・・・それでもまだ妻を愛している自分・・・。
葛藤はしばらく止まる事無く続きました。
しかしようやく心も落ち着き涙も止まった後、頭と体を洗ってほんの少しだけさっぱりした気持ちでバスを出ました。
私はコンビニで買ってきたTシャツと下着を取りました。
しかし、ふとバスタオルがないことに気づいたのです。
なんて馬鹿なんだろう。肝心な事を忘れているなんて。やっぱりダメな奴だ。
妻の行動にわずかすら気づかなかった自分への思いと、シャツや下着を用意しておきながら肝心のバスタオルは用意し損なった自分が妙に交差して、私は自分自身をやっぱり愚かな男なんだと改めて思ったものでした。
それでもこのまま衣服を着るわけにもいかず、濡れた体のまま困惑していました。
びしょびしょの体のまま寝室にあるだろうタオルを取りに行く事もできなかった私は、しばらく考えあぐねた挙句にさっきまで着ていた服を洗濯籠から取り出して、体を拭くことにしたのです。
頭や体をさっきまで着ていた服で拭うというのは何とも衛生的にもよくなさそうで、拭っていて「これじゃもう一度シャワーを浴びないと駄目だな」などと一人ほくそえんでいると、体を拭いている私の横でバスルームの扉が突然ギイッと開いたのです。
私は一体何事が起きたのかと一瞬怯んで声を上げそうになったのですが、次の瞬間ドアの奥から人の顔らしい物が飛び込んできたのです。
- 2014/09/27(土) 09:29:09|
- 信頼関係・あきお
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一瞬のことだったので咄嗟には解らなかったのですが、よく顔を見るとそれは紛れもなく妻の顔でした。
「えっ あれっ? ええっ?」
私は声にならない声を上げてつっ立ったまま呆然としました。
・・・なんで妻がここにいるんだ?・・・
そして思わず口にしてしまいました。
「佐智子、一体どうしてここに・・・? 何で帰ってきてるんだ?」
私があまり驚いたままでいるのを見た妻は「うふふ」と笑いながらバスルームに入ってくるなり、私が服で頭や体を拭っているのを見てびっくりした様子で言いました。
「やだぁ、もう。 何で着てた服なんかで体拭いてるのよぉ、ちょっと待ってて。今タオルとガウン取ってくるから」
そう妻は言って寝室の方へそそくさと向かっていきました。
私には何が何だか分かりません。
妻は私に黙って実家を去したわけであって、他にもバイブやローター、日記など様々な疑惑の品々が見つかっているんです・・・そこから連想していた事は紛れもない『妻の浮気』だった筈で、その妻が今夜自宅に帰ってくる事等想像すらしていなかった私にはあまりに突飛な事で妻の行動が判断つかないのです。
どうして妻は今日帰って来ているのか・・・一週間の余白を残して実家を去して私の知らない誰かと情事を貪っているはずじゃなかったのか・・・。
思い過ごし? 思い込み? いや、そんな筈はない・・・。
第一どれもこれも納得できない事ばかりじゃないか・・・それを自分自身で目の当りにしてきたじゃないか・・・。
尚も呆然と立ち尽くしている私の元へタオルとガウンを持ってきた妻はニコニコしながらこう言いました。
「びっくりしたでしょ? うふふ」
妻は私にバスタオルを渡すとそそくさとドアを閉めリビングへ戻ってしまったようで、私はタオルでさっさと体を拭き、ガウンを羽織るとソファに腰を下ろした妻にすぐに問いかけました。
「一体どうしたんだ! 突然帰ってきて・・・」
「うふふ」
「ちゃんと理由を教えなさい! 一体どうしたっていうんだ!」
「そんな怒鳴り調子で聞かないで・・・」
私は少し怒気の篭った口調で妻に問い糾した事を改め、冷静を装って経緯を改めて聞いてみました。
「あんまり驚いたから・・・すまん。 でも本当にどうして急に帰ってくる事になったんだ?」
「・・・あなたをね、驚かせたかったの。」
「何、それ? そんなの理由にならないだろう。向うで義父さんや義母さんだって急に帰ったら不思議に思ったはずだろう。」
「・・・嘘よ。本当はね・・・」
私が妻の回答を食い入るように待っていると、タイミング悪くそこへ自宅に電話が突然かかってきてしまいました。
妻は答えを途中で遮り、ちょっと待っててという手振りをして電話口に出るとどうやら電話の相手は実家の義母らしいのが分かりました。
「・・・うん。今着いたの。・・・そうよ。ええ、やっぱりびっくりしてたわ、うふふ。・・・うん大丈夫。それじゃ、また明日電話するから。 うん」
妻は電話を切ると一瞬私を見てから、もう一度ソファに座り直しました。
「さっきの話の続きだけど・・・」
私が会話を復活させようとすると私の言葉を押し留めて妻から率先して話を続けました。
「こんなにびっくりするとは思わなかったわ。本当はね、向こうで大体の事が片付いたからお母さんに言って、先に帰らせてもらっちゃったのよ。」
「・・・」
私が尚も怪訝そうな顔で妻を見ていると、私の聞きたい事を察したのか続けて
「きっと驚くだろうなって思ってたわ。本当は昨日電話して『帰るから』ってあなたに伝えておこうかとも思ったんだけれども、いきなり帰ってびっくりさせてあげたかったの。嘘じゃないわ。」
「でも・・・」
私は一瞬躊躇しました。
(実は私は実家の義母さんに昨日電話したんだ。そしたら私から電話が入って『出張だから帰ってくるように』と私が言ったと言われたんだ。私は電話もしていないし、帰って来いとも言っていない。出張なんてことも真っ赤な嘘じゃないか。それはどうゆうことなんだ?)
本当はそう聞き返したかったのですが、まだ事情がよく飲み込めていない私は、妻に発する次の言葉が見つかりません。
言葉に詰まっている私に妻は続けました。
「本当にこんなにびっくりするとは思わなかったの。ごめんなさい。でもお母さんには言ったんだけど、ほら、あなたったらきっと着替えもろくに洗濯できないだろうし、食事にも困ってるんじゃないかと思って・・・それで帰らせてもらったのよ。」
「・・・」
「そしたら、やっぱり。 うふふ、私可笑しくなっちゃった。バスタオルも用意しないでお風呂に入って。その上さっきまで着てた服で体を拭いてるんだもの。」
「いや、それは・・・」
「やっぱり帰ってきて正解だったわ。私が用意しなくちゃ駄目なのよ、あなたは・・・」
妻はそう言うと会話を強制的に終了させ、ニコッと微笑んで実家から持ってきた荷物やお土産の袋を取り出してさっさと整理し始めてしまいました。
私は妻が荷物を整理する後姿を眺めて、手を止めさせて更に詳しい話を・・・つまり私が今日一日見た全てについて聞きたいと思いましたが、どうしても躊躇が先行して、ただ妻の仕草を見続けるしかありませんでした。
- 2014/09/27(土) 09:30:31|
- 信頼関係・あきお
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一体どうゆうことなのか・・・。
私には妻の行動が皆目見当もつきませんでした。
妻の言っている事は本当の事なのだろうか・・・。
私は灰皿に手を伸ばして引き寄せ、煙草の灰の落ちる様をぼんやり見つめながらリビングで考えこんでいました。
妻は帰ってきて数時間もすると、電車で疲れたからと言ってシャワーを浴びて既に寝室で眠ってしまっておりました。
勿論明日の私の仕事に差し支えないようにと溜まったYシャツや下着などはきちんと洗濯して乾燥機にかけてあります。
実家に行く以前と何ら変わる事のない妻の様子や仕草に、今日一日目まぐるしく沸き起こってきた事が、まるで何事も無かったかのような錯覚にすら捉えられてしまう程でした。
リビングには妻が実家から持って帰ってきたお土産の袋などが細かく分けられてきちんと置いてありました。
私はその小分けされた袋を眺めながらもう一本煙草に火をつけると、もう一度今日起こった事を思い出してみることにしました。
寝室のタンスにタオルに包まれて仕舞ってあったバイブ・・・
キッチンの戸棚に鍵がかかっている引き出しにしまってあったローターと日記・・・。
その日記に記されていたFという不可解な記号と必ず付随して記されている時間・・・。
そして日記の最後に幾度かに書き分けられて綴られた詩・・・。
更には不可解な理由で急遽実家から帰ってきた妻・・・。
どれもこれも訝しく納得のいくものではありません。
しかし妻の帰宅後の笑顔や会話を見ている限り、何ら実家に行く以前と変わった様子は感じられず、普段通りの妻に疑う隙など全く考えられないのです。
このアンバランスな現実をどうリンクさせても私には納得のいく答えが見つかりません。
それまでは目の前にある現実だけを見て判断するだけだったので、妻に対する完全な疑いしか持てなかった私でしたが、妻の笑顔と私を心配して戻ってきたという言葉に、嘘の匂いが全く感じられないのです。
私が妻を信用し過ぎなのか、妻が私を平然と騙しているのか・・・まさか。
15年も付き合ってきた妻の嘘など見抜けないわけないではないか・・・。
だとすると今日現実に目に飛び込んできたバイブやローター、日記に対して先入観が働いて、かえって身勝手な理屈をつけているだけなのだろうか・・・。
今すぐにでも妻を揺すり起こして真実を聞き出したいと思うのですが、もしも私の考えが違っていたら妻を傷付けてしまう、妻との信頼関係は二度と修復できなくなってしまう、そのような考えが交差し脳裏を支配してしまい、どうしても実行できないのです。
事実、寝室のドアをこっそりと開けてベッドに横たわり眠る妻を目の前にしては、何度も起こそうとしました。
しかし今あどけない寝顔を私に見せる妻に、夢でも見たのではあるまいか、という錯覚すら起こしてしまうのです。
しかし、もしも・・・もしも私の危惧している想像が現実であったならば・・・妻は15年という長い年月で培った「夫婦間の信頼」を逆手に取って私を欺いていることになります。
私は何度もリビングと寝室を行き来しては、とりとめのない理屈をあれこれ考え、また寝室に行っては妻の寝顔をこっそりと覗くという行動を繰り返すばかりでした。
私はそれでも心のどこかで妻が実家の義母に伝えた通りに今夜帰ってきたという事実こそを依り所とし、無意識のうちに安堵感を高めていってしまいました。
もし妻に愛人や情事を貪る者がいるのであれば、きっと今夜帰って来なかったに違いない・・・帰ってきたという事は義母に言った言葉は嘘であれ、あくまでも妻の機転で行った言動であって、私に対してついた嘘の言葉ではないのではないか・・・そうでなければ帰ってくる筈がない。
結局、私は安堵感を得たいが為に身勝手な解釈で不安感を塗り固めていき、いつのまにかリビングで眠ってしまいまいた。
- 2014/09/27(土) 09:31:17|
- 信頼関係・あきお
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翌朝、私は妻の声に起こされました。
昨日リビングにそのまま横たわって眠ってしまったことを思い出し、頭をかきながら起き上がって妻を見ると既にキッチンで食事の準備をしている様子でした。
妻はキッチン越しにリビングを覗いて私が起きた事に気付いたようでした。
「めずらしいわね、いつも寝室で一緒に寝てるのに。どうしちゃったのかしら?」
と調理をしながら聞いてきました。
「ああ、佐智子が戻ってきてくれた安堵からかなぁ。知らない間にここで眠ってしまったみたいだ。」
ソファから起き上がって顔を洗おうと洗面器に向かうとすっかりタオルなどが真新しくされてありました。
特にここ一週間は全く洗面の掃除すらしていなかったものだから、髪の毛やら石鹸やらが詰まっていた排水口も綺麗に掃除されていて、気の効く妻がいつものように私の為に朝を気持ちよく過ごせるようにと気を使ってしてくれている気配りが、なんだか昨日の出来事をまるで嘘か夢だったような気持ちにすらさせるのです。
洗面を終えて少しさっぱりした気持ちでキッチンで朝食を用意する妻の横顔を覗き込むと妻はいつものようにニコニコしながら調理していました。
私はそんな妻の姿を横からジーッと眺めこんでしまいました。
ほんのり茶色に染め上がったロングの髪の奥から覗かせる顔立ちは20代の頃よりも少しばかりのふくよかさは増したものの、長い睫毛と小さいながらも筋の通った鼻柱、そして少しだけ厚い唇が微妙なバランスで整っていて、その造りから発する笑顔・・・。
そして首からぶら下げられたエプロン姿からでも容易に判別がついてしまう程のふくよかな胸・・・丁度横からの眺めだとマスクメロンが2つ、たわわに実ってぶらさがっているようです。
更に視線を胸から腰に落としていくとアンバランスなほどに急激に細く細く絞られていくウエスト・・・それらを受け止める為に大きく張り出したようなヒップ・・・。
15年来眺め知り尽くしてきた妻の姿であるのに昨日の事が脳裏を重複したのか「もしも本当にこの体が他の男の慰めになっているのなら・・・」と考えると朝だというのに、唐突な嫉妬心が芽生えてきてしまいます。
ずっと自分の妻であり私を愛していてくれている、という自負や思い込みががきっと私の15年間のうちにそうした嫉妬心をずっと心の中から奪い去ってしまっていたのでしょう。
結婚した者が理性と貞操を守るのは当然であるという私の観念、また妻もそんな危うさを微塵も見せてこなかったという安心から、勝手な解釈で安堵を確信し、その妙な確信で私の不安を塗り固めて囲んでしまっていたのです。
それにふと気付いた時、目の前にいる妻を一人の女として性の対象にしたならば、この女を支配する事は男性にとってはどれほど喜ばしいものになるでしょうか。
そう思うと15年間もの長い間隠されてきた私の嫉妬心に火をつけ、妻を誰にも奪われたくないという思いが一瞬のうちに私の行動原理となって体を支配し、気が付くと朝食の準備をしている妻の背後から抱きしめてしまいました。
「きゃっ 何? どうしたの?」
両肩をビクッとさせて不意の私の抱擁に驚いた妻は、一度もこんな行為をしたことのない私に少し動揺したのか、珍しく怒り口調で抵抗してきました。
「ちょっと、朝食が用意できないじゃない。 朝から何してるのよ」
私は言葉で抵抗する妻をそれでも放すまいと後ろから力強く抱きしめ、左手で腰から上に手の中に納まりきらないバストを揉み上げ、右手は腰の付け根を手で愛撫しながら、首筋に私の唇を這わせました。
「やっ やだ。 本当にどうしちゃったの?」
妻とマニュアル通りに寝室で夜営むことしかなかったわけですから、こんな風に突発的な行動に出た事などなかった私を知っている妻にとっては、驚くのも無理はありません。
「ん、んん。何だかあなた、凄く変よ。こんな朝から・・・」
少し吐息まじりの妻の言葉は、きっと妻が一番感じる胸を強く揉みしだいたからでしょう。
それでも妻は力を込めて両手で私の手を払いのけてしまいました。
私は妻の抵抗に逆らえずつい両手を放してしまいました。
「ご、ごめん・・・」
「あなたがこんなことするなんて・・・」
「つ、つい・・・」
妻はじっと私を見て更に私を厳しく叱るのかと思いましたが、すぐに振り返って調理を再開してしまいました。
「ほんと、ごめんな」
「もういいから。すぐに朝食出すからリビングで待ってて」
後ろ姿で調理しながら少し突き放すような言い方をされ、私は自分が普段通りの行動ができない姿をきっと妻は訝しく思ったのかもしれません。
気まずい雰囲気のまま朝食を運んできた妻に、私はもう一度さっきの突発的な行動を反省してあやまりました。
「さっき・・・ほんと、ごめん。朝からどうかしてた・・・」
しかし妻は朝食の用意をする手を止めることもなく、また私の眼を見ることも無く
「早く、朝食を取って。会社に遅れるわ」
としかいいません。
しかもいつもは一緒に取る朝食すら妻は「色々やらなければならない事が残ってる」といってさっさと洗濯場に行ってしまいう始末です。
私は朝食を黙々と取ると、玄関にポツンと用意されていた鞄に目をやり少し考えた上で、洗濯場で作業をする妻を確認して寝室の扉を閉め、携帯電話を取り出すと会社に連絡を入れ、調子が優れないのでもう一日休暇をしますと伝えました。
やはりこんな気分でいい仕事などできません。
いや、昨日の一件と今朝の出来事がどうしても私の心が時間に余裕を求めるのです。
・・・きちんと気持ちを整理しなくちゃ・・・とにかく会社をもう一日休んで妻との事をこれからどうするのか、じっくり考えなくては・・・。
そう、私は結婚以来始めて妻に対する背任行動に出る覚悟をこの時点で決めていたのかもしれません。
寝室を出て洗濯場にいる妻に「じゃあ行ってくる」と伝え、私は玄関に用意されていた鞄を手にして家を後にしました。
- 2014/09/27(土) 09:32:05|
- 信頼関係・あきお
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私は押しては引く波のような心に戸惑いながらも、自分自身がいたたまれず昨日と同じコーヒーショップへ向い、昨日と同じコーヒーを頼みました。
何か昨日このコーヒーショップで心が落ち着いた感触を無意識のうちに行動に出ていたのでしょう、全く同じ席に座ってコーヒーをゆっくりと口へ運ぶと、深いため息をつきました。
昨日突然襲って来た信じられない出来事に、それまでの平穏な夫婦関係を粉々に吹き飛ばされてしまったような感覚です。
いや平穏な夫婦関係というよりも平穏だと信じきっていた夫婦関係だったのでしょうけれども。
それでも15年という長い年月を経過して突如私の心に入り込んできた疑心は、とてつもなく大きくなって心に圧し掛かってきます。
ガラス張りの向こうでは通勤途中のビジネスマンやOL、学生達が駅へと向ってこれからの一日を生活していくのでしょう。
ほんの一昨日までの私も全く同じようにその人混みに飲まれて同じように駅へと向っていたはずです。
ところが今日はあの波の中に身を置くことすらできずに、それを眺めながらぼんやりとコーヒーを飲んでいるのです。
何だかそれが妙に滑稽で、自分自身でも何をしているんだろうとすら思いました。
しかし・・・そうした生活を今日は送れない原因に眼を向けると、このままではいけないとは思いつつもどうすればいいのか判らない自分に突き当たってしまうのです。
きちんと昨日妻に問いただせれば良かったじゃないか・・・そうすれば少なくとも今日もここで一人でコーヒーを飲んでいるはずもなかった・・・。
そう思うと全ては自分の優柔不断さが悪い方向へと自ら進んでいっている気になって仕方がありません。
きちんと、結論を出さなくては・・・妻にきちんと問いたださねば、このままではいられない・・・。
しかし、そこまでは決心できてもいざ昨日見つけたバイブ、ローター、日記、そして今朝包み込めない程の妻の胸の感触を思い浮かべると、もし万が一私が考えている最悪のシナリオであったなら、どうなってしまうのだろうという恐怖が私を襲うのです。
もしも・・・問い詰めた挙句に妻が浮気を告白したなら・・・。
そう考えると強い嫉妬心が急激に突き上げてどうにもなりません。
どうしよう・・・このままでは心が死んでしまう・・・何とかしなきゃ・・・
そう思ってガラス張りの向こうに眼をやった時でした。
コーヒーショップの目の前を妻らしき女性がスーッと通り過ぎていったのです。
ベージュの上下のスーツ姿で、短めのタイト・・・黒のストッキングに包まれたその女性は、私の視界に一瞬だけ入るとスタスタと駅の方向へ向って歩いていってしまいました。
ほんの一瞬の出来事で私はそれが一体何なのか、すぐには事情が飲み込めなかったのですが、ハッとすると私は咄嗟に今いた女性を追いかけようと駆け出し、ドアを開けて外へ出てみました。
駅の方へ歩くその女性は後ろ姿しか見えませんが、さっき見たあの横顔は間違いなく妻だったと直感しました。
あの長い髪、体形・・・どれも妻と全く同じです。
私はすぐにその女性を追いかけ、全力で人混みをかきわけていきました。
あれは妻だった・・・一体こんな朝からどこへ出かけるというのか・・・
私は胸の鼓動が高鳴っているのを走ったせいだと思っていましたが、それはこれから妻が向う先への不安感だったのかもしれません。
息が切れてしまう程の心臓の高鳴りが、もうほんのわずか目の前にまで追いついた妻の肩を掴んで止めようとする力を与えてくれないのです。
手を伸ばして・・・声を出して・・・妻を呼び止めよう・・・
そう思うのですが、ついに私は妻を呼び止めることはしませんでした。
私はじっと妻の4、5メートル後ろについて、妻の後をついて行ってしまいました。
一体何処へ行くのか・・・それを突き止めればはっきりするじゃないか・・・
そう、私はずるい事に妻に直接問い糺す事で夫婦の信頼関係が崩壊してしまう事を恐れる余り、妻の行動をこの眼で確かめる事で、事実を掌握しようと考えてしまったのです。
- 2014/09/27(土) 09:32:54|
- 信頼関係・あきお
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妻は駅へ入ると切符を購入してホームへと急ぎ早に向かっていました。
私は妻の視界に入らないような位置に常にいるよう注意を払いながら、それでも妻を決して見逃さない距離を保ってじっと凝視していました。
しかし妻を追っているうちに、今まで妻に対しての信頼関係から想像した事もなかった感情がまた新たに加わってきたのです。
体のラインがはっきりと出るスーツに身を包み、ボリューム一杯の胸を窮屈そうに包んでいる山吹色のセーター姿は今すぐにでも引き散れんばかりで、もしこの姿を夫としてではなく、一人の男として遠目に見たならば妻はとても挑発的にすら見えてくるのです。
まるで男達の性の対象と自らなろうとせんばかりに・・・。
今自分が追っている人物が妻ではないかもしれないと一瞬考えると、私の眼に映し出される女性は男の性欲を刺激する女でしかないのです。
事実、ホームに立つ妻を横から後ろからたくさんの男性が妻の足元から上に舐めるように見上げていきます。
何より妻の張り出すような大きな胸に多くの男性が視線を止めていくのが遠目で追尾している私にははっきりと判りました。
そして私は自分の妻として欲情したことはあっても一人の女性として妻を今まで見てこなかった事にはっきりと気づきました。
男から見れば、妻は欲望の対象にすら容易になり得るんだと・・・今まで勝手な思い込みで、結婚した女性は男性の欲求の対象となり得ないと思って生きてきた自分の考えが大いに間違いであった事を再認識させられました。
妻はそんな男性の視線を受けて喜びを味わっているかのようにすら見え、何気なしに身だしなみを整えたり、髪をかきあげたりしていて、それがまた男性の視線を集めてしまうのです。
しばらくホームで電車を待っていると、何やら妻に携帯電話の呼び出しがかかったのでしょう、すぐに鞄から携帯を取り出して耳に当てると何か会話を始めました。
私のいるこの距離では妻の会話の内容は聞こえるはずもなく、私はやきもきした気持ちで妻の様子をじっと監視するしかありませんでした。
・・・一体誰と何を話しているんだろう・・・
今すぐにでも妻の携帯を取り上げて電話の向こうにいる相手を確かめてしまおうかという衝動にすらかられました。
妻は携帯で2、3会話のやりとりを済ますと携帯をすぐにしまい、済ました顔で駅へ到着してきた電車へ乗り込んでいきました。
私もあわてて1両ずらして同じ電車に乗り込み、混雑している車内で向こうの車両に立っている妻をそっと覗き込んで監視を続けました。
この電車は私の会社へ向う方向とは全く逆で、私自身は仕事の関係で得意先に向う都合で何度か乗車した程度しかありませんでしたので、この先に一体何があるのかすらわからず、ただ妻の下車を待つだけしかありません。
妻は乗車した駅から4つ目の駅の電車が到着するとそそくさと降り、大勢の乗降客でごった返す駅構内へと足を進めていきます。
私もあわてて混雑している電車内をかきわけてようやくホームへ降り、妻を追いかけました。
・・・この駅近辺のどこかに目的地があるのか・・・一体妻はどんな用事があるというんだ・・・。
この駅はやはり私は何度か得意先が所在している関係で降りた事はありましたが、妻にとっては仕事の関係先がこんな場所にあるはずもなく、一体何の目的でこの駅へ来たのか、その意図が全く理解できません。
私はいよいよこれからこの眼で妻の未知の部分を見てしまうのかという恐ろしさと、遂に妻の秘密が明らかになるという奇妙な心の交差で心臓が爆発しそうになっていました。
階段を下りて駅を出ると駅前ロータリーはそれまで乗降客でごったがえしていた駅の中とは打って変わってビックリするほど閑散としていて、妻はその中の一角にあったタクシー乗り場へ向っている様で、5人程の列が作られた最後尾に並んでから、今度は妻から電話をかけはじめました。
私はタクシー乗り場から5メートル程離れた駅構内のコンビニの角に隠れていて、やはりその会話の内容は聞き取れません。
妻は先程とやはり同じように2、3会話を交わすと今度は急に周囲をキョロキョロと見廻し、あと一人待てば乗れる筈のタクシー乗り場をまるで放棄するように歩き出して、今度はバス乗り場へ向っていってしまったのです。
・・・? 一体どうしたというんだ・・・。
妻が周囲を見廻した時は、もしかしたら私の追尾に気づいたのかもしれないという恐怖心が襲い、思わずコンビニの角に身を潜めてしまいましたが、どうやらバス乗り場を探していただけのようでした。
バス乗り場にはわずか数人しか待っておらず、まさか私も一緒にそのバスに乗るわけにもいきません。
私は妻が待機しているバス会社を確認してから、すぐ傍にあったバス会社の事務所へ向うとバスの行き先が張り出してある看板を眺め、妻がこれからどこの方面行きのバスに乗るのかを確認してみました。
するとおかしな事に、妻が乗ろうとしているバスは私の自宅方面へ向うバスになっているのです。
つまり先ほど妻が出発した駅から電車に乗って4つ目のこの駅で降り、今度はバスに乗ってまた元来た駅へ向おうとしているのです。
看板に書いてあったバスの停留所を順に追ってみても、電車にほとんど沿った国道を通るルートで、バスに乗る意味がありません。
・・・どうゆうことなんだろう・・・何か目的が変わったのだろうか・・・
私は妻がどうゆう行動に出ようとしているのかその意図が全く汲み取れず、躊躇してしまいました。
しかしあれこれ考えている間もなく妻が待っているバスは到着したようで既に発車してしまいましたので、私はタクシーでバスを追いかけようと思い、タクシー乗り場に向うと、3人程の乗客の後ろについてタクシーを待ちました。
タクシーはすぐに到着し、5分程バスに遅れながらも駅を発車してすぐに妻の乗ったバスの経由路を運転手に告げて、車を走らせて貰いました。
私があれこれと後部座席で悩み考え込んでいるとタクシーの運転手が私の告げた行き先が奇妙だったのでしょうか、乗車して少ししてから運転手から問いかけてきました。
「お客さんも妙な人だね。駅にいたんだからこのルートで駅に向かうなら電車のが早かったんじゃないの?まあ私はおおいに結構なんですがね。」
私を怪訝そうに聞く運転手に私は敢えて聞いてみました。
「・・・このバスのルートで駅から離れるような経由先はないんですか?」
「ここら辺はずっとベッドタウンが続くじゃないですか、そこをバスがクネクネと走るんですが、これといった場所は経由しませんね。」
「そうですか・・・」
はやりタクシーの運転手もどう考えてもこの経由路をバスやタクシーで移動するという事は変に感じられるようです。
だとすると妻は一体何の目的であのバスに乗ったというのでしょうか。
果てしない疑問が山積みになっていると、ふと前方に妻を乗せたバスが見えてきました。
もうあと3つ程度停留所を行けば自宅のある駅圏内になってしまう場所です。
バスは二車線ある左側をゆっくりと前進しながら自宅方向の駅へ向っていきます。
すると自宅のある駅からほとんど離れていない停留所にバスが停車するとそこから妻が降りてきたのです。
「すみません。バスの停車したその先で止めて下さい。」
私は急いでタクシーを止めてもらい、バスの停留所から100m程離れた所で降ろしてもらいました。
タクシーを降りて妻を探すと、私の降車した場所とは逆の方向へ向って歩いています。
・・・自宅方向とは逆だし・・・ここに何があるんだろう?・・・
私は人通りがほとんどない国道の歩道を妻と距離を保ちながら進んでいくと、妻は角を曲がると奥にあったスーパーへと入っていってしまったのです。
・・・スーパー? なぜスーパーに?・・・
スーパーの出入り口で私は首をかしげるばかりしかありませんでした。
スーパーなど自宅や駅の付近にいくらでもあります。
なぜあんなルートをわざわざ通って結局自宅からそれほど遠くないスーパーに入っていったのか・・・全く判らないのです。
そもそもスーパーに行くというのであれば、あんな刺激的な格好をしなくていいはずです。
私はきっと何かあるに違いないと思い、今度もスーパーの外の駐車場の陰からこっそりと妻が出てくることを待つことにしました。
- 2014/09/27(土) 09:33:44|
- 信頼関係・あきお
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妻がスーパーから出てきたのは入ってから20分程してからでした。
特に何かを買ったわけでもなく、ぶらぶらと店内を歩いて陳列商品を見ていただけのようで、スーパーで時間を潰していた・・・そんな様子にしか見えませんでした。
そして妻はスーパーを出ると迷う素振りもなくその隣にある喫茶店に入くのです。
まるでこの喫茶店に入るのが本当の目的で喫茶店に入る時間を見合わせてスーパーで時間を潰していただけのように私には思えました。
その喫茶店はウッドデッキ調の割とこじんまりとした雰囲気で、少し古くもあるような、それでいて最近出来たような洒落た感じの店ではありましたが、ただ窓の前に植えられた大きな植物の群れが邪魔をして中の様子があまり窺い知れないような造りになっています。
・・・この中にもう待ち合わせの男がいるのか・・・それともこれから来るのか・・・。
私は中の様子が全く分からない苛立ちで通りから喫茶店をジロジロと覗き込んではみましたが、行き交う人には私が不審人物に見えるのでしょう、怪訝そうな顔をして通り過ぎて行きます。
無用の詮索を受けたくなかった私は仕方なしに喫茶店の出入り口がはっきりと見える先程のスーパーの前にあったベンチに腰を下ろして煙草を吸いながら妻の動向を待つ事にしました。
これから誰かが来るのか、ももう既に誰かと中で会っているのか・・・それは分かりませんが見えない不安は一層私を嫉妬と苛立ちを増大させます。
それでも私の苛立ちをあざ笑うかのように、何本煙草をくゆらせながら喫茶店の出入り口へ眼をやっても一向に変化の気配は感じられません。
一体喫茶店の中で何が行われているのだろうか・・・中では妻と楽しい会話が始められているのだろうか・・・いやもし男だったなら、もう妻の手などを握りながら見詰め合っていたりしているのでは・・・。
もう私の中では妄想がどんどんと増幅するばかりです。
電車からバスへ乗り換えて戻ってきた妻の不審な行動・・・スーパーで時間を潰して横の喫茶店に入っていく様子・・・私の中に間違いなく存在した”妻を信じる”という感覚は次第に霧散していくのを実感していきます。
現実を知れば知るほど妻への疑惑は大きくなるばかりで、妻を”信じぬく”という心は徐々に疑心へと変貌し、際限ない嫉妬だけが心を支配していくのです。
それでもまだ心のどこかで妻を信じたい、私の思い込みであって欲しいというわずかな望みも捨て切れていません。
何かしらの理由があっての事ではないのか・・・あの聡明な妻がまさか私を裏切ることなんてある筈が無い・・・そう考えるととても妻の裏切りを認められないのです。
正直、この時程自分自身の情けなさを呪った事はありませんでした。
目の前にはっきりと提示されている現状を見せ付けられても、それでも尚認められない自分・・・。
私の友人や知人だったらこんな時どうしているのだろう・・・きっと私とは違ってきちんとした対処をしているに違いない・・・そう思うと自分の弱さを自ら露呈し、尚それを認めた上で否定すらできない自分が悔しくて仕方ありませんでした。
・・・ここまで証拠が揃っているではないか・・・バイブ、ローター、日記、そして今日の不審な行動・・・。
それを思うと今にも喫茶店に踏み込んでしまいたいという気持ちに駆られるのですが、その一歩が出ない惨めさ・・・一体私は何を恐がっているのだろう・・・。
悶々として遂に結論が出ないまま数十分が過ぎた頃でしょうか、喫茶店の出入り口を気にしていた私が何か気配を感じて目をやると、妻が喫茶店から出てきたのです。
特に変わった様子もなく、妻は喫茶店を後にするとさっさと自宅方向へ歩いていき、通りのタクシーを呼び止めるとすぐに乗り込んで何処かへ行ってしまいました。
私は通り過ぎるタクシーの後部座席の妻の様子をじっとビルの角から隠れて見届けながら、このまま妻を追尾するかどうか迷いました。
・・・もしかしたら何か妻の不審な行動の手掛かりになるような情報が喫茶店で得られるのではないだろうか・・・でも妻の行き先も気になるし・・・。
結局散々迷った挙句にもうかれこれ数分は経っている妻のタクシーを追いかける事は無理だろうと断念しました。
・・・一体どこへ行ったのだろうか・・・自宅の方向だったようだけれど、自宅までタクシーを使う距離じゃないし・・・
言い知れぬ不安は更に募るものの、妻の行き先に何の手掛かりもない私は仕方なしに先程の喫茶店に戻って入ってみる事にしました。
- 2014/09/27(土) 09:34:41|
- 信頼関係・あきお
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喫茶店の中は表のこじんまりとした雰囲気とは違って奥に長く、座席は20や30位はありそうでした。
客はあまりいませんでしたが、奥のテーブルで話し合っているカップル、窓際のテーブルで新聞を読みながらコーヒーを飲んでいるサラリーマン、その横のテーブルで談笑している40代位の主婦が2人、そしてカウンターの5つの席の内の1つに腰掛けていた20代の私服の男性が1人で携帯電話を操作していて、それぞれが各々の事をしていました。
そこへ店内をキョロキョロと見渡していた私にすかさず10代に見える女性店員が近づいてきて「いらっしゃいませ」と声をかけてきました。
私はハッとして俯いてすぐに傍の窓際のテーブルに座し、水を用意しながら注文を聞いてきた女性店員に私はコーヒーを頼むついでに妻が一体ここで何をしていたのか聞いてみました。
「あの、さっきここに女性が来ていたと思うんですが・・・誰かと待ち合わせだったんでしょうか?」
「は? ああ、さっき出て行かれた女性ですね。」
「そう、その人。誰かと会っていましたか?」
「いえ、あの奥の席でずっと一人でいらっしゃいました。」
そう店員は言いながら奥の観葉植物の置いてある隣りの席を指差しました。
「誰かと待ち合わせしていたとか、そうゆうのじゃないですか?」
「いいえ・・・」
「本当ですか?誰とも会ってないんですか?」
「・・・本当です。では御注文は以上でよろしいですね・・・。」
あまりしつこく私が聞くので女性店員は少し訝しく感じたのかもしれません。
これ以上何を聞くことがあるんですかという素振りでそそくさとカウンターへ内の男性に告げて奥へ引っ込んでしまいました。
女性店員の話が本当であるならば、少なくともこの中にいる誰かに会ったのではないかという私の想像は間違いだったようでした。
・・・しかし一体何の用事でこんな喫茶店に来たのだろうか・・・スーパーではまるでこの喫茶店へ時間通りに来店する為に時間を潰していたように見えたのに・・・。
妻の行動が全く読めない私はひどく混乱してしまいました。
・・・駅から4つも離れた別の駅から、バスに乗って自宅方向へ戻り、自宅手前のバス停で降りてスーパーで時間を潰し、この喫茶店に来ても本を読んだだけというのか・・・何の用事もなくここへ立ち寄ったなどと考えられるわけもない・・・。
一体どんな理由を付けたら妻のこの不可思議な行動を納得できるのでしょうか。
最早妻の不可解な行動を納得するには、妻に直に問いただすしかないのかもしれません。
しかし私にそんなことが果たしてできるのでしょうか。
いかなる不審な物が見つかったり、不可解な行動をとったとしても、それをどう妻に問い糾せばいいというのでしょう。
まさかダイレクトに妻を怪しいと思って尾行した、などと言えるはずもありません。
いくら思い切った行動に出ようとしても、尚踏ん切りがつかない自分を責めるばかりで、建設的な発想が私には出てこないのです。
私は冷めきったコーヒーの最後の一口を飲み干すとまた溜め息をついていました。
と、その時でした。
店内のカウンターに置いてあった設置電話から客の呼び出しがあったようで、先程の女性店員が大声で「○○様、いらっしゃいますでしょうか? お電話が入っております。」と周囲を見廻しながら呼ぶのです。
私の心臓はドキンと一瞬止まってしまったかと思う程の衝撃が走りました。
そう、女性店員が呼んだのは私の苗字であり、つまり電話の主は妻を呼んだに違いないとそう直感したのです。
私はどうしていいのかわからずドギマギするばかりでしたが、女性店員は続けて私の苗字を呼びます。
しかも今度は「○○様、○○佐智子様・・・」とフルネームで呼んだのです。
私は咄嗟にカウンターを振り返って店内を見廻しましたが、当然誰も電話口に出るはずもありません。
しばらくすると女性店員は電話の主に「いらっしゃらないみたいです」と告げて電話を切ってしまいました。
私は全身が揺さぶられるような思いのまま、すぐに立ち上がって女性店員に駆け寄りました。
立ち上がる際には勢いが良すぎて椅子を倒してしまい、更には途中他のテーブルに膝を当てたりとその動揺ぶりは女性店員にも異様に見えたようで、駆け寄ってきた私を怯えるように女性店員は体を仰け反らせ、それ程私の形相は鬼気迫るものだったのでしょう。
「い、今の。 今の電話は誰からですかっ」
「あ、いや、あの・・・」
「今の、誰からなんですかっ」
- 2014/09/28(日) 09:11:01|
- 信頼関係・あきお
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私はきっと物凄い形相をしていたに違いありません。
女性店員はびっくりしていて返答すら窮してしまう程だったのですから。
それでもすぐに私が何か悪い事でもしたかしらといった少し眉間にしわを寄せた表情に変えて「何か?」と逆に問い返してくる始末でした。
私はとにかく電話の主を知りたい一心でつい「○○の夫なんです」と女性店員に正直に自己紹介をしました。
すると女性店員は私の言葉を少し考えた上で「ははあ、なるほどねぇ」といった表情を見せてニヤリとして、私と妻に何があるのかを直感したようでした。
「今の電話は藤原様という方からです」
「男性ですか?」
「ええ、男性の方です」
「何と言っていたんですか?」
「藤原という者ですが、○○佐智子様を呼び出して欲しい、と。」
「それ以外は?」
「別に何も。いらっしゃいませんと申し上げたら、分かりましたとだけ。」
「・・・その人は幾つ位の方でした?」
「さあ、でも割と若い感じの声だったかしら。」
「若い男?」
私は女性店員の前で天井を見上げてあれこれと藤原という男性で思い当たる人物を想像してみました。
しかしいくら考えても思いつきません。
私の慌てぶりを見ていた女性店員はもう既にさっき喫茶店を出て行った女が私の妻であり、そこへ私が踏み込んできた痴情の縺れか何かと思ったのでしょう。
「さっきの方が○○さんなんですか?」
と女性店員の方から逆に聞き返してくる始末です。
きっと女性はこういった問題が他人に起こっていると、それを詳しく知りたく思う人種なのかもしれません。
「さっきの方、以前一度こちらへおいでになった事ありますよ」
と今度は女性店員から情報を提供してきました。
「いつですか?それは」
「さあ。でも半月位前だったかしら。」
「その時も一人で?」
「・・・さあ、そこまでは・・・ただ綺麗な方だったからよく覚えていただけなので・・・」
「そうですか・・・」
「何かあったんですか?」
「その藤原っていう男が・・・あ、いやいや。 何でもありません。」
私は咄嗟に何ら関係の無いこの女性店員に話す筋合いはないと思い、これ以上は何も聞くこともないし、痴情の縺れといった雰囲気を女性店員に悟られて恥ずかしくなり、「どうも有難う」とだけ断わってさっさと勘定を済まして店を出てしまいました。
- 2014/09/28(日) 09:12:09|
- 信頼関係・あきお
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藤原という若い男・・・女性店員から告げられたその言葉が頭から離れ付いて取れません。
喫茶店の前の通りを自宅方面に歩きながらぼんやりと空を見上げながら私に思い当たる人物はないか、考え続けました。
・・・一体誰なんだろう・・・藤原という男はどこの人間なのか・・・フジワラ・・・あっ。
そうです、その時思い出したのです。
あの妻の日記に書いてあったFという記号・・・。
・・・F・・・FUJIWARA・・・そうだ、あの妻の日記に書き込まれていたFはきっと藤原という苗字の男の事だったんだ・・・。
その藤原という男とどこかで待ち合わせしている時間があのFの文字の横に記されていたに違いない・・・。
私は一つの謎が氷解した喜びが一瞬だけ突き上げたものの、次の瞬間にはどうしようもない嫉妬が心を襲ってきました。
・・・一体どうゆう男なんだ・・・その藤原ってヤツは・・・その藤原という男が妻を誑かして、気持ちを揺さぶっているに違いない・・・。
最早妻の浮気は私の中では断定的なものになっていました。
それで、その藤原という男と肉体関係を持って・・・更にはバイブやローターまで使う程のセックスをしているというのか・・・
私は殺意すら湧き上がる程の感情を押さえつけ、もうこの後に及んでは妻にこの事実を突きつけて確認する以外にないとようやく決心がつきました。
いや、これ程までの確定的な物的証拠が出揃い感情も高ぶった今でしか聞く事はできない、と思ったのかもしれません。
そう決心するとすぐに私はすべて妻から白状させるために自宅へ駆け足で戻りました。
わずか10数分で辿り着いた玄関の前で我が家を見上げると、もう何もかも虚しい気持ちしか込み上げてきません。
全ては偽りだったということ・・・私への信頼も愛情もこの我が家ですら・・・それまでは妻と私の愛の砦とすら思えてきたこの我が家も、今では砂上の楼閣にでもなってしまった虚しさ・・・。
泣きたくなるような思いを堪えて玄関の扉を開けようとすると、鍵が掛かっていることに気付きました。
そう、妻はまだ自宅へは戻ってきていなかったのです。
もしかしたら妻は携帯で藤原と連絡を取って別の場所で会っているのではないか・・・今頃情事の真っ最中なのか・・・そんな妄想が頭を駆け巡り、私は我が家に入っても一向に座して待つ事すらできないままリビングをウロウロして、落ち着く事ができませんでした。
もし今頃妻が男に悶えさせられ、私以外の男性に悦ばされていたら・・・そう思うだけで嫉妬と怒りが収まりません。
きっと私が仕事をしている間に、今日のようにあの日記に示された日ごとに情事を貪っていたのだと思うと、嫉妬で心が燃やし尽くされそうな程の怒りしか込み上げてこないのです。
・・・一体妻はあの後どこへ行ったのだろうか・・・
そう考えていた時にふとキッチンの戸棚の例の日記に何か記されているのではないだろうかと考え、再度あの戸棚を開けてみることにしました。
息を殺しながら戸棚を開けると嫌な記憶を思い起こすような感じがする、あの日記がありました。
私は震える手を押さえながら日記を開いていくと、しかし昨日と今日の欄は未だに空白のままでしかありませんでした。
私はどこかホッとしたような、しかし直ぐに現実には妻は藤原という男に会っているはずで、きっと今日この日記にまたFの文字と時間が記入されるのかと思うと、やりきれない気持ちが込み上げてきます。
「ちくしょう・・・」
私はもう一度他に何か手掛かりになるようなものはないかと戸棚を探しましたが、これといったものは出てきません。
・・・いや、待てよ!・・・
私がハッとしたのは何もない手掛かりではなく、そう、どれだけ戸棚の中を探してみても、あるはずの、いや昨日は間違いなくあったあのグリーンのスケルトンで出来たローターがなかった事に気付いたからでした。
・・・まさか!・・・
私は戸棚を元に戻して再度鍵をかけると、今度は最初に発見したあのバイブを探しに急いで寝室に駆け込みました。
妻の引き出しの奥に仕舞いこまれたあの黒いバイブ・・・
私は引き出し丸ごと床に引きずり出して調べました。
・・・しかし、やっぱりバイブも無いのです。
一体バイブとローターを持ち出した妻はどこで何をしているというのでしょうか。
最早15年で築き上げた信頼関係など微塵もありません。
ただ妻が浮気をしている・・・私に対する妻への信頼を裏切った事への怒りと悲しみが私を包み込むばかりです。
妻は浮気をしている・・・そう考えただけで許せないという感情が押しては寄せてくるのです。
私に対する妻の背任行為は断じて許せる筈もありません。
あれだけ妻を愛し、妻を慈しみ、妻を信じてきた私の15年をあっさりと、そして平然と妻は裏切ったのです。
私は寝室でがっくりとうな垂れてしまうと、もう何もする気すら起こりませんでした。
横のベッドにドサリと身を投げてただ目を瞑り、これまで妻と過ごしてきた15年を回想しては、それが全くの虚像でしかなかった事にただ虚脱感を覚え、眠るわけでもない眠りについていきました。
- 2014/09/28(日) 09:13:09|
- 信頼関係・あきお
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浅い眠りについてからどれ位の時間が経過した頃でしょうか、私は玄関からの靴音で目が覚めました。
時計を見るともう午後1時です。
ぼんやりとした思考が少し続いた後、一体自分が寝室で何をしていたのか思い出してしまうと、咄嗟に心の奥に鋭利な刃物でも深く突き刺さるような感触をおぼえました。
ですから帰ってきたであろう妻を出迎える気になど到底なれるはずもなく、私はしばらくはベッドで上半身だけ身を起こしてぐったりしたままでした。
足音は玄関を上がるとそのままリビングに入ったようで、寝室のここからでは何をしているのかよく聞き取れません。
私はいよいよ真実を妻の口から吐き出させなければならないという覚悟と、それでもこれ以上は真実を知らぬまま生活をしていくことが不可能であるという絶望心を持ち合わせたまま、重い腰を上げてリビングへよたよたと歩いていったのです。
そして・・・思い詰めた私の心を静かに、しかし全てを開放せねばならないかのようにリビングの扉をゆっくりと開けました。
妻はリビングの扉に背を向けて座ってイヤリングを外していたようで、扉を開けてもまだ私が居た事には気付いていないようでした。
「今帰ったのか・・・」
ボソリと私が呟くと妻は一瞬怯んだように背をビクッとさせて振り返りました。
「きゃっ あなた? 何? どうしたの? こんな時間から・・・」
私がこんな日中から家に居た事に妻は大変驚いたようでした。
「・・・今日は調子が悪くて・・・会社、休んだんだ」
「・・・そ、そう・・・風邪でも引いちゃったのかしら? お医者さんは?」
「いや、行ってない」
「駄目じゃない、行かなくちゃ・・・もっと酷くなったら大変だから今からでも行った方がいいわ」
こんな私の気持ちを知らずに身を案じている妻の言葉すら逆に虚しく、辛いばかりのものでしかなく、妻が言葉を発する私への偽りの愛情の素振りがかえって屈辱感と怒り、そして藤原と名乗る男への嫉妬心でいっぱいになってしまいました。
「あなた? 大丈夫?」
私は妻への返事もせず、突っ立ったまま妻の姿をジッと眺めるしかありません。
朝見かけた時も意味不明の行動を取った時も全く同じ男を魅惑させる服装に包まれた妻は、きっと自宅に帰るまで藤原という男に何度も求愛され、嬲られ、辱められ、絶頂を味わったのだと思った瞬間に私は感情のまま妻へ問いかけていました。
それは結婚して15年間今まで一度も妻に対して侵犯した事のなかった”妻への疑惑”という心情から出た初めての言葉でした。
「・・・今日、実は駅で佐智子を見てしまったんだ・・・」
「・・・えっ? 駅で?」
「一体、今日これまでどこで何をしてきたんだ・・・」
私はもうこの時は既に流したくもない涙がこぼれていました。
妻は私の掴んだ証拠に対してこれから何らかのレスポンスを返してくるのでしょうが、その話が私の見た事実と相違すれば、この時点で妻は私に嘘をついていた証拠にもなり、また意味不明の行動をありのまま告げたとしても、それはきっと言い訳不能に陥ってしまい、結局は不倫を告白するものになってしまうのでしょう。
いずれにしろ、妻がこれから私に対して告白する内容が私達夫婦の関係全てを引き裂く結果になるのだろうという悲しみが私の涙となって出てきたのだと思います。
「あなた、泣いているの? どうしたの?」
「そんな事はどうでもいい!・・・今までどこで何をしてきたのか、正直に言ってくれ・・・」
「・・・」
「どうした! なぜ黙ってる!?」
妻は言葉を伏せるとただリビングを見つめるばかりです。
「何とか言ったらどうなんだ・・・」
「何をそんなに怒ってるの?」
「一体今までどこで何をしていたんだと聞いてるんだっ!」
「・・・」
「なぜ黙る?」
そう私が重ねて聞くと妻は一瞬大きく深呼吸をしたような素振りを見せて今度は私に問い返してきました。
「・・・あなたは・・・その言葉は、私を・・・何か疑ってるのね?・・・そうなのね?」
妻はそう告げると何だか悲しい目をして私を見つめ直してきました。
私は正直とても躊躇しました。
私がまず”妻を疑っているのか”という質問を認めなければこれ以上話が進まない妻の問いかけであり、今まで私達夫婦は常に「佐智子を信じている」「私を信じてくれている」という関係で成り立っていた夫婦関係を一切断絶した上で会話を進めていかなければならないのです。
「佐智子を疑っている」と言えばもしも何か情状酌量の余地があった場合に私が「許す」と言っても、最早その夫婦関係を修復することは難しくなるのでしょう。
「信じている」と言うのであれば、妻に対して強い問いかけをすることはきっと困難になり、事実がぼやかされてしまうかもしれません。
そんな事を妻の問いかけに対して咄嗟に適切な回答を考えながらも結局はこんな憤りに包まれた状態においてすら決定的な言葉を出せなかった私はきっと弱い人間なのでしょう。
我ながらついに妻に出した返答に情けなくなるばかりでした。
「・・・もちろん、信じてはいる・・・でもちょっと納得できない事が立て続けに起きてしまって・・・」
「一体何がどうしたというの?」
「駅で見かけて・・・それから・・・」
「それから?」
「ちょっと見慣れない服で、しかも何も言わないで出かけたものだから・・・どこに行ったのかと・・・」
もう私はちょっと前までの怒りがあっという間に萎んでしまい、妻に対する疑問を柔らかく、なるべく刺激の少ないように聞くしかできませんでした。
「これはこの前買った服じゃない。あなたにも見て貰ったでしょ? そしたら『とっても似合うよ』って言ってくれたのに」
「それはそうだけど・・・あれじゃ露出が多過ぎるんじゃないか?・・・」
「そうかしら? それほど気になる程じゃないと思うんだけど」
「いや、それで・・・調子が悪くて少し駅前で休んでいたら佐智子が通りかかったものだから、声をかけようと追いかけたら反対のホームから電車に乗っていってしまって・・・」
「やだわ・・・あの時駅にいたの? 声かけてくれればよかったのに」
「声をかけるって・・・一体どこへ向かったんだ?・・・第一今朝は出かけるなんて一言も言わなかったじゃないか?」
「・・・やっぱり疑ってるんじゃない・・・」
「・・・」
私は妻からそう聞かれると何も言い返せない自分が情けなくなりました。
疑っているんです、そう、私は妻を疑っている。
しかし、それを妻に対して正直に告げる事はどうしてもできないのです。
「とにかく納得できるように話して欲しい・・・」
私はそう妻に告げるしかありませんでした。
妻は悲しげな眼を私に投げてから一度俯いて、もう一度大きくため息をつくと
「いいわ。あなたの納得いくまで話します・・・」
と語りだしたのです。
- 2014/09/28(日) 09:14:02|
- 信頼関係・あきお
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妻は一旦席を立つとキッチン向かい、私にも「あなたも飲むわよね?」と問いかけながらコーヒーを作り始めました。
「話の途中じゃないか・・・」
私がそう告げかけるとそれをあっさりと遮るように妻はコーヒーメーカーに引いた豆を入れながら
「とにかく落ち着いて。今美味しいコーヒー入れるから・・・」
と黙々とキッチンで作業を続けました。
そして暫くするとコーヒーカップに香ばしい香りを満たして私の前に運んできたのです。
「はい、お待たせ。」
私のコーヒーの好みは妻はよく知っており、私の好きな銘柄の豆の香りがほのかに私の枯れ果てた心を癒してくれるようでした。
するとふいに妻が
「これ、覚えてる? 去年あなたが結婚記念日に下さったお揃いのコーヒーカップ・・・」
といって自分のコーヒーカップを手に取って呟いたのです。
そう、妻が出してきたコーヒーカップは確か去年私が結婚記念日にという事で、特に気に入った唐草地の有田焼で、2つセットでインターネットで購入したものでした。
しかし私のカップは大変に入って常に愛用してきたものでしたが、妻のこのカップは私のと一緒に並べられてコーヒーを味わう事はほとんどなかったのです。
それを今は2つのお揃いのカップを並べて出してきたのです。
「お前はこのカップ、ほとんど使ったことないだろう・・・」
私が問いかけると妻はびっくりした様子で否定してきました。
「あら、そんなことないわ。自宅に居る時は割とこのカップ使う事が多かったわ。あなたが知らなかっただけよ。」
とニッコリ微笑むのです。
私はなぜこんな夫婦間の重大な話し合いの場に2人の記念になるようなものをわざわざ出してくるのかと思い、最初はわざとらしく妻が2人の夫婦関係をこのコーヒーカップで示して強調したのが不愉快にすら思えたのですが、ふいに以前あった出来事を思い起こしました。
5、6年前頃、私の仕事が最も忙しかった時がありました。
忙しかったというよりも、私の昇進が目前まで迫っていた為の私の焦りから仕事を無理矢理詰めていたというのが正解なんですが、がむしゃらに仕事に専念していた為、家に帰るのも侭ならない状況が数ヶ月も続き、しかし結局無理が祟って体調を大きく崩して昇進に失敗してしまった事があったのです。
そして入院する羽目にまでなってしまい身も心も疲弊しきってしまいました。
その時妻は私が昇進することだけに専念して家庭を顧みていなかった事も、結局昇進に失敗してしまった事も、その事が原因で体の調子まで悪くなった事も始終口を挟む事はしませんでした。
しかしようやく退院できて我が家に戻った後、仕事にも復帰してようやく元の生活を取り戻した頃に、佐智子の母親が回復祝いを兼ねて訪れてきてこんな会話を私としたのです。
「本当、則之さんもすっかり元気になってよかったわ。」
と佐智子の母は前置きした後で
「佐智子がいる前でこんな事いったらねぇ、きっと怒ると思うから内緒にしておいて欲しいんだけれど、ほら、則之さんが入院している前後で、うちもお父さんもしばらく体の調子が悪くなってて、佐智子も何日か実家に来た事あったじゃない?」
「ええ 僕が仕事で忙しくなったあたりから退院するまで何回かそちらに行った事は知っています。」
「そう。それでね、佐智子ったら家に来る度に毎朝どこかへ出かけるのよ」
「どこへ?」
「うふふ、それがね、結局佐智子からは何も話してくれなかったんだけれど、この間ね、前に佐智子が使っていた部屋の机の中からお守りがいっぱい出てきたのよ」
「お守り?」
「そう、ほら家の近くに有名な大社があるでしょ? どうやらそこへ毎朝お参りに行っていたみたいなの。」
「へえ」
「それでお守りを見てみたら”病気回復祈願”だったものだから、家のお父さんが大喜びしてね、”俺の為に毎朝佐智子がお参りしてくれてたんだ”って大はしゃぎだったのよ。」
「そうだったんですか」
「ところがね、あんまり一杯お守りがあるものだから色々見てたら”出世祈願”や”家庭円満”なんてのも沢山出てきたのよ。」
「えっ?」
「ふふ。そう、全部則之さんへのお参りだったの。それを知ったお父さんはがっかりしちゃって・・・もう、可笑しくって」
「そんな・・・」
「佐智子ってそうゆうところ昔からあるのよね。私はそうゆう佐智子が好きだけれど。佐智子は則之さんに知られたくないと思って実家に来た時だけ、きっとそんなことしていたのね。」
私はその時佐智子の優しさに触れ、滂沱たる涙が止まりませんでした。
仕事で家庭を顧みなかった私の事も昇進に失敗した事もそれが原因で入院した事も、何も文句も言わずにかえって私の心配をしていてくれた佐智子の優しさが胸に染み渡ってきたのです。
それ以来更に佐智子に対して優しく振舞おう、常に佐智子を一番に考える夫でいよう、とする姿勢が強くもなったのですが。
今目の前に置かれた2つの結婚記念日に買ったコーヒーカップを妻が差し出した理由はもしかしたら、そんな妻の私への思いを表してくれたからかもしれない・・・そう思うと妻のお守りの件がダブってしまい、”妻を疑う”心に大きな誤りがあったのではないかとすら思えてしまったのです。
私が知らなかっただけで妻はきちんとこの結婚記念日のコーヒーカップを愛用していてくれた・・・私が知らなかっただけの事かも知れない。
私が妻はせっかくの結婚記念日のカップを愛用してくれていないと思い込んでいただけ・・・つまり私が昨日今日で見た現実も何か大きな勘違いをしているのかもしれない・・・
テーブルを挟んでコーヒーを美味しそうに飲む妻をジッと私は見つめながら、それでも払拭しきれない現実を重ねてどう解決すべきか迷っていってしまいました。
- 2014/09/28(日) 09:15:02|
- 信頼関係・あきお
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