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闇文庫

主に寝取られ物を集めた、個人文庫です。

二人の妻 第1回

横浜を出るころは雲が多かった空も、K温泉に着いた時はすっかり晴れ上がっていた。紅葉にはまだ早いが、かえってそれだけに有名な温泉地とはいえ降車客も多くない。急に思い立った旅行だったが、希望の宿も問題なく予約することが出来た。

「気持ちいいわ、これこそ秋晴れって感じですね」

駅前に降り立つと、オレンジ色のニットのトップに白いパンツ姿の江美子が両手を上げて大きく伸びをする。明るい栗色に染めたウェーブのかかった髪が陽光にきらめくのを隆一はまぶしげに見つめる。

隆一は地面に置いた江美子のバッグを空いた手で持つと、タクシー乗り場に向かう。

「あん……自分の荷物は自分で持ちますよ」

江美子が小走りで隆一を追いかける。隆一はドアを開いたまま客を待っている数台のタクシーのうち、先頭の車に乗り込むと「Tホテル」と行き先を告げる。

「チェックインにはまだ早いから、ホテルに荷物を置いて少しその辺りを散歩をしよう」
「そうですね、2人とも日頃運動不足ですから」

江美子がにっこりと笑うのがドアミラーに写る。

「江美子」
「何ですか?」
「その丁寧語はやめろ」
「だって……習慣になっていますから、すぐには直りませんわ」

江美子は少し困ったような顔をする。

隆一と江美子が出会ったのは今から2年前、隆一が37歳、麻里が31歳のころである。大手都市銀行の一角、首都銀行の審査1部に審査役として配属された隆一は、そこの企画グループに所属していた古村江美と出会った。

一度結婚生活に破れた経験のある隆一は、女性と付き合うことについては臆病になっていた。しかし、江美の育ちのよさから来る天然のアプローチが次第に隆一の心を動かし、一年後に2人は結婚した。

首都銀行は同じ職場の行員同士が結婚すると、どちらか一方は転勤しなければならない内規がある。このため江美はターミナル店舗である渋谷支店の営業部に異動となり、法人営業の仕事に就いている。

タクシーは15分もしないうちにホテルにつく。フロントに荷物を預けて身軽になった隆一と江美子は、再び外へ出る。

「いい眺めですわ」

くっきりとした山並みを見ながら、江美子が溜息をつくように言う。色づき出した木々が美しいまだら模様を作っている。

「理穂ちゃんも一緒だったら良かったですね」

江美子の視線に少し翳りが差したのに隆一は気づく。

「今回の旅行は理穂が勧めてくれたんだ。その気持ちをありがたく受け取っておこう」
「そうですね」

隆一には先妻との間に出来た娘、理穂がいる。5年前に先妻と離婚したとき、小学3年だった理穂にはまだ母親が必要だと隆一は考えたのだが、理穂は母親と暮らすことをはっきりと拒絶した。そればかりでなく、理穂はずっと母親との面会も拒んできた。隆一は娘に根気強く、母親と会うことを奨めたのだが、理穂は頑として受け付けなかった。

江美子と結婚が決まってからは、隆一も娘と母親を会わせることを諦めるようになった。隆一は江美子が理穂とすぐに家族同様にはなれないかもしれないが、いずれはよき相談相手にはなれるのではないかと期待した。そのためには理穂に、母親と会わせることを奨めるのはむしろ弊害になるのではないかと思ったのである。

隆一が江美子と結婚したいということを話したとき、理穂は少しショックを受けたような顔をしたがすぐに平気な顔をして、「良かったじゃない、お父さん」と微笑した。3人で暮らすようになってからも、理穂は江美子に対して屈託のない態度を示したが、それは隆一には、まるで年の離れた姉に対するようなものに見えた。

理穂が江美子のことを母と呼ぶ日が来るのかどうか、隆一には分からない。継母と娘の葛藤といったことは一昔前のドラマや小説ではよく聞くはなしだが、離婚がごく当たり前になった現在ではさほど珍しいものではないのかもしれない。今年中2になった理穂が江美子のことをどう位置付けるのかは理穂自身に任せようと、隆一は考えていた。
  1. 2014/09/28(日) 12:21:41|
  2. 二人の妻・桐
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二人の妻 第2回

旅館を出た隆一と江美子が、川沿いの道を10分ほど歩くと木製の吊橋に着く。橋の向こうから歩いてくる男女2人連れを目にした隆一は急に立ち止まる。

「どうしたんですか」

江美子が怪訝な表情をする。2人の男女も隆一に気づいたのか、一瞬顔をこわばらせるが、すぐに平静を保ち隆一に近づいてくる。

「これは北山さん、こんなところで会うとは奇遇ですね」

男は不自然な笑みを浮かべながら隆一に話しかける。

「……どうも」

隆一は頷いて男の後ろに隠れるようにしている女に目を向ける。女はこわばらせたままの顔を隆一からそむけるようにしている。

「どちらにお泊りですか」
「……Tホテルです」
「そりゃあますます偶然だ。我々も昨日からそこに泊まっているんですよ」

男は笑顔を浮かべたまま隆一の顔をじっと見る。たまりかねた隆一が顔を逸らすと、男は口元に勝ち誇ったような笑いをうかべ、江美子に視線を移す。

「こちらは、奥様ですか」

隆一が答えないので、江美子は仕方なく「はい」と返事をし、頭を下げる。

「そうですか」

男は笑いを浮かべたまま振り返ると、背後の女に声をかける。

「やはりどことなく麻里に似ているな。女の趣味というのは変わらないもんだ」

男はそう言うと声をあげて笑う。女はじっと顔を逸らせていたが、やがて「もう、いきましょう」と男に声をかける。

「それじゃあ、また」

男は薄笑いを浮かべたまま隆一に会釈をすると、隆一たちが来た道を旅館に向かって歩き出す。女は深々と隆一に向かって頭を下げ、男の後を追う。硬い表情で立ち竦んでいる隆一に、江美子が気遣わしげに声をかける。

「隆一さん……今の人たちは」

隆一は江美子に背を向けたまま川面に視線を落としている。

「別れた妻の麻里だ」
「すると、男の人の方は……」
「有川誠治、俺の大学時代のサークル仲間だ」

隆一は掠れた声で答える。

「そして麻里を、俺から奪った男だ」


隆一と江美子はその後30分ほど無言のまま散歩を続けると宿に戻る。チェックインを済ませて部屋に案内された2人はお茶にも手をつけないで黙ったまま座卓越しに向かい合っていたが、やがて江美子がたまりかねたように口を開く。

「隆一さん、どうして麻里さんがここに」
「わからん」

隆一は首を振る。目を上げた隆一は江美子が必死な顔つきをしているのに気づき、言葉を継ぐ。

「本当だ。有川の言っているとおり偶然だろう」
「そうなんですか?」
「……ただ、このホテルは以前、麻里と理穂の家族3人で泊まったことがある」

「麻里さんとの思い出の宿って言うことですか」

江美子の表情がさらに強張ったのを見て、隆一は弁解するように続ける。

「違う。ただその時、料理も応対もとてもいい宿だと感じた。だから江美子を今回連れて来たいと思ったんだ。お互い忙しくて、ようやく2人で来れた一泊旅行だから、あえてはずれを引きたくなかっただけだ」
  1. 2014/09/28(日) 12:22:44|
  2. 二人の妻・桐
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二人の妻 第3回

「本当ですか?」
「本当だ。麻里がここに来ているなんて思いもしなかった。いや、もしも俺との思い出の宿ならなおさら、あいつに来れるはずがないと思っていた」
「私をここに連れてきたのは、それだけが理由なんですか?」
「そうだ」

江美子はしばらく目を伏せていたが、やがて顔を上げる。

「わかりました。隆一さんの言うとおりだと信じます」

江美子はそう言うと柔和な笑みを浮かべる。

「隆一さんは気になりますか? 麻里さんのことが」
「いや……」

隆一は首を振る。

「さっきはいきなりだったからこちらも驚いただけだ。あれからもう5年以上もたつし、俺には今は江美子がいる」
「それなら、折角の旅行ですから、楽しみましょう。こちらが気にしなければいいだけのことです」

江美子は冷めかけたお茶を一気に飲み干す。

「お茶を淹れなおしましょうか」
「いや、だいぶ歩いたせいか、喉が渇いた。俺もこれでいい」

隆一も湯飲みの中のお茶を飲み干す。

「それじゃあ、お食事前にお風呂に行きましょう」

江美子は立ち上がると隆一を誘った。


Tホテルは和風の温泉旅館であり、男女別に別れた室内の大浴場だけでなく、タオル着用の混浴の露天風呂、またいくつかの貸切の家族風呂がある。江美子は隆一と別れ、室内の女湯に向かった。

チェックイン間もない時間でもあり、風呂には先客は3人しかいない。うち一人は60過ぎ、もう2人は江美子とほぼ同年代と思われる母親とその娘らしい少女である。

少女は母親に髪を洗われながらきゃっ、きゃっと楽しそうにはしゃいでいる。江美子はそんな母娘の姿をぼんやりと眺めている。

(理穂ちゃんと麻里さんも、やはりこのお風呂の中であんな風に楽しそうにしていたのだろうか……)

母親はケラケラと笑う娘をたしなめつつも、慈愛のこもった眼差しを向けている。江美子は軽く身体を洗うと湯船に浸かり、ゆっくりと手足を伸ばす。

日頃溜まった疲れが湯の中に溶けていくようである。江美子は母娘の姿を見ながら先ほど出会ったばかりの麻里のうろたえたような顔を思い出す。

(麻里さんはやはり理穂ちゃんと暮らしたいだろう。理穂ちゃんも本当はそうなのでは……)

母と娘は仲良くてを握り合って風呂から出る。江美子がぼんやりと湯船に浸かっているうちに何時の間にか60過ぎの女性はいなくなっている。一人になった江美子がうとうとしていると、扉が開く音がして新たな客が入ってくる。

顔を上げた江美子は、それが麻里であることに気づく。

「あ……」

麻里は一瞬戸惑ったような顔をするが、やがてお辞儀をすると洗い場に腰をかけ、軽く身体を洗い、湯船に入ってくる。

「先ほどはご挨拶もせずに失礼致しました。中条麻里と申します」
「こちらこそ失礼しました。北山……江美子と申します」

裸のまま2人の女は湯船の中で向かい合う。

「いつも理穂が大変お世話になっています」
「いえ……」

江美子は首を振ろうとして、麻里に尋ねる。
  1. 2014/09/28(日) 12:23:57|
  2. 二人の妻・桐
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二人の妻 第4回

「あの……理穂ちゃんはお母様と連絡をとっているのですか」
「はい」

頷く麻里を見て江美子は更に尋ねる。

「隆一さんと離婚されてからは、お会いになっていないと聞いているのですが」
「会ってはもらえませんが、たまにメールで最低限のやり取りは。私がいなくなってからは理穂が家のことを取り仕切っていましたので」
「あの……ここに私たちが来ることをご存知だったのですか?」

ひょっとして麻里が、自分と隆一がTホテルに来ることを理穂から聞いて、わざといっしょの宿をとったのではないかと疑ったのである。

「とんでもありません。私もまさか隆一……さんと会うなんて思ってもいませんでした。もしそんなことになるのが分かっていれば有川さんのお誘いを断っています」
「有川さんって……そう言えば、さきほど麻里さんは中条とおっしゃいましたが」
「中条は私が結婚する前の姓です。離婚したので旧姓に戻りました」
「有川さんとはご結婚されていないのですか?」
「はい。私は二度と結婚するつもりはありません」

麻里はきっぱりとした口調で言う。

「私のような女が結婚すると、周りを不幸にするだけです」
「……」
「江美子さんとおっしゃいましたっけ、私がいえるようなことではありませんが、隆一さんを幸せにしてあげてください。そして、出来れば理穂も……」

麻里は湯船の中で深々と頭を下げる。江美子はそんな麻里をしばらくじっと見つめていたがやがて「麻里さん、頭を上げてください」と声をかける。

「私は麻里さんから頭を下げられるようなことはしておりません。ただ隆一さんが好きで……一緒になっただけです。理穂ちゃんと私は家族ですし、仲良くしたいと考えていますが、理穂ちゃんの母親は麻里さんだけだと思っています」
「私には母親の資格なんて……」
「子供にとって、自分を産んだ母親は掛け替えのないものだと思います」
「……ありがとうございます」

麻里は顔を上げて、江美子に微笑みかける。

「それにしても、こんなところで一人の男の前の妻と今の妻が裸のまま挨拶を交わすなんて、考えてみたらちょっとおかしいですわね」
「そういえば」

麻里の言葉に江美子もなんとなく滑稽な気分になる。

「江美子さんには不愉快な思いをさせてしまってどうもすみません。隆一さんによく説明しておいてください。今回のことは本当に偶然なのです」
「わかりました」

江美子も微笑んで頷く。

お互い裸で入るせいか、江美子は麻里に対してなぜか打ち解けた気分になる。

「そうですか、インテリアコーディネーターなんて素敵ですね」
「全然素敵なんじゃないんです。カタカナでなんとなく格好良さそうに聞こえるだけで、本当は泥臭い仕事なんですのよ」

お互いの仕事の話をしているうちに、江美子は麻里が隆一の先妻だということにも不思議と抵抗がなくなってくる。

「江美子さんはおいくつですか?」
「今年33になりました」
「まあ、お若いんですね。羨ましいわ」
「そんな……もうおばさんですわ」
「33でおばさんなら、私なんてどうなるの。来年で40よ」

麻里はくすくすと笑う。

(……ということは隆一さんと同い年)

江美子はちらちらと麻里の白い肌を眺める。

(それにしては綺麗な肌をしている……私よりもずっと色が白くてきめが細かいかも)

江美子がそんなことを考えていると、麻里が思い出したように口を開く。
  1. 2014/09/28(日) 12:25:03|
  2. 二人の妻・桐
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二人の妻 第5回

「でも、有川さんが言ったとおりかもしれません……」
「えっ?」

考えに耽っていた江美子は、麻里がじっとこちらを見つめているのに気づく。

「隆一さんが好きな女性のタイプというのがあるんでしょうね。あの人の譲れない好みは目元がはっきりしていること。胸の大きさにはあまり拘らないけれど、お尻が大きめでしかも形がいいこと。その2つです。江美子さんはそれを両方とも満たしていますわ」
「そんな……」

江美子にとってはコンプレックスだったお尻の大きさを麻里から指摘されたことも恥ずかしかったが、有川という男は麻里から、隆一の好みを聞いていたのかと少々不快な気分にもなる。

麻里はそんな江美子の疑念を察したかのように再び口を開く。

「いえ、有川さんがそういったのは、あの人が昔から隆一さんの好みを知っていたからです」
「どういうことですか?」
「隆一さんと有川さんは、大学時代のサークル仲間だったんです。隆一さんたちの大学を中心とした合唱団で、隆一さんがセカンドテナーのパートリーダーで、有川さんがバリトンのリーダー。私は2人とは違う大学だったけれど、同じサークルに所属していて、そこで彼ら二人と知り合ったのです」
「そうなんですか……」

有川という男と隆一がサークル仲間だということは先ほど隆一から聞いていたが、それ以外は江美子にとっては初耳である。

「江美子さんは私のことを隆一さんから聞いていないんですか?」
「いえ、ほとんど何も」
「あら、そうなんですか?」

麻里は少し驚いたような表情になる。

「隆一さんと有川さんは単なるサークル仲間というだけでなく、音楽の趣味もぴったり合っていて、お互いが一番の親友だと言える仲だったんです。おまけに女性の好みも同じ。目元がはっきりしていてお尻が大きめの女、っていうのは有川さんの好みでもあるんです」

麻里は微妙な笑みを浮かべる。江美子は何と反応したら良いかわからず、やや当惑した表情を麻里に向けている。

「ごめんなさい、少し喋りすぎたかしら」
「いえ……」
「なんだか江美子さんのことを品定めするような言い方をしてしまったわ。初めてお会いしたような気がしなくて、失礼なことを申し上げてごめんなさいね」
「そんな……いいんです」
「隆一さんのことは隆一さん自身から聞かされるべきね。あの人とはもう他人になった私なんかがおせっかいをするのは良くない。それは分かっているのだけれど……」

麻里はそう言うと少し顔を逸らす。

「あの人には……今度こそ幸せになって欲しいの」
「……麻里さん」
「これも余計なことですね。あなたのような女性を見つけたのだから、今はきっと幸せなんでしょう。いえ、これからもずっと」

麻里は湯船の中で立ち上がる。

「本当は私がこのままここから姿を消した方が、江美子さんの気持ちは穏やかになるのだろうけど……」
「そんな、私はかまいませんわ」

江美子は首を振る。

「隆一さんの昔のことを少しでも知ることが出来て良かったです」
「そう、ありがとう。それじゃあ出来るだけあなたたちのお邪魔にならないようにするわ」

麻里はそう言って微笑むと江美子に「お先に」と声をかけ、脱衣所へと歩き出す。湯に濡れてキラキラ光る麻里の白く豊満な臀部が左右に揺れるのを、江美子はぼんやりと眺めていた。
  1. 2014/09/28(日) 12:26:03|
  2. 二人の妻・桐
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二人の妻 第6回

江美子が風呂から帰ると隆一は既に部屋に戻っていた。間もなく部屋に二人分の料理が運ばれてくる。用意を終えた仲居が下がると、旅館の浴衣を身につけた隆一と江美子は座卓に向かい合って坐る。

「この旅館は部屋食なのがいいな」

江美子からビールの酌を受けた隆一が、江美子のグラスにビールを注ぎながら呟く。

「他のお客と顔を合わさなくていいからですか?」
「そうだ」

隆一はそう言うと微笑し、手に持ったグラスを江美子のグラスに触れさせて「乾杯」と言う。

「何の乾杯ですか?」
「結婚一周年だ」
「記念日は来月ですわ」
「わかっている。だいだいで、っていうことだ」

空になったグラスに江美子がビールを注ぐ。

「別に来月、お祝いをしないっていう意味じゃないぞ」
「わかっていますわ」
「来月は理穂と三人でやろう。今晩は二人だけで前祝いだ」

隆一は旨そうに二杯目のビールを飲むと、再び江美子のグラスを満たす。

「ここからは手酌でやろう。料理も旨そうだ」

隆一は前菜をつつき出す。しばらくの間隆一と江美子は、新鮮な山菜や川魚を中心とした料理に集中する。

「この山女も旨いな」
「そうですね」

隆一は山女の塩焼きの身をほぐしたのをつまみに、常温の日本酒を飲んでいる。江美子も酒は嫌いではないが、それほど強くはない。隆一に付き合っているうちに江美子の顔は薄い桃色に染まっている。

江美子は先ほど麻里から聞かされたことを話題に出そうか迷っていた。結婚するにあたって隆一に離婚歴があることは知っていたが、「性格の不一致」と説明する隆一に対して深く尋ねることはなかった。

江美子自身が今時離婚など珍しくないと考えていたことと、通常なら母親が引き取るはずの娘の理穂を隆一自身が引き取っていることから、隆一に大きな落ち度はなかったのではないかと判断したことが理由である。

江美子は結婚する前に隆一から理穂に引き合わされた時のことを思い出す。イタリアンのレストランで江美子と向かい合って食事をしながら愛想よく話をしていた理穂が、隆一が急な仕事の電話で席を外した時、声を潜めて江美子に囁いた。

「江美子さん、パパがママと離婚した本当の理由を聞かされている?」
「いえ……」
「それなら教えて上げる。絶対に知っておいた方がいいから」

身を乗り出すように話す理穂の言葉に江美子は思わず聞き入る。

「ママがパパを裏切ったの。男を作ったのよ」
「えっ……」

理穂の言葉に江美子は衝撃を受ける。

ひょっとしてそういうことではないかとは思っていたが、まだ中学1年の理穂があまりに生々しい言葉を発したことにむしろ驚いたのである。

「パパは江美子さんに対して、ママが一方的に悪いというような言い方はしていないでしょう?」

その通りなので江美子はうなずく。

「パパはそういう人なの。自分にも責任があると思ってしまう。でもパパは全然悪くないわ」

理穂は真剣な表情を江美子に向ける。

「江美子さんはパパを裏切らないでね」
「えっ」

江美子は理穂の迫力に気圧されそうになる。

「もちろんよ。そんなことはしないわ」
「良かった」

江美子の言葉に理穂はにっこりと笑みを浮かべる。

「約束よ」
「ええ、約束するわ」
「それなら私はパパと江美子さんの結婚には大賛成よ」
  1. 2014/09/28(日) 12:27:00|
  2. 二人の妻・桐
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二人の妻 第7回

江美子が隆一を裏切らないことを確認したことで安心したのか、それからは理穂は江美子に対して屈託のない態度を示すようになった。江美子はその時の理穂との会話を隆一に対して伝えることはなかった。

理穂は隆一と麻里が離婚するに至った事情を正確に理解しているわけではないだろう。しかし、自分の母親が父親を裏切るようなことをしたということには気づいており、そのため心になんらかの傷を負っているようだ。

(早熟な子だわ。私が中学生の頃はもっとのほほんとしていたのに。見たくもない両親の修羅場を見てきたせいかしら……可哀そうに)

江美子は理穂の年齢に比して大人びた表情を思い出す。

(私が隆一さんとしっかり信頼関係を築くことで、理穂ちゃんにとっても心が休まる家庭を作らないといけないわ)

江美子はそう思い定めると、隆一に切り出す。

「……さっき、お風呂の中で麻里さんと会いました」
「そうか……」

隆一は更に目を落としたまま答える。

「何か話をしたか?」
「ここで出会ったのはやはり偶然だと……でも、理穂ちゃんと時々連絡は取り合っているとおっしゃっていました」
「え?」

隆一は顔を上げる。

「それは気がつかなかったな」
「携帯のメールらしいです」
「俺との連絡にも必要だからということで、中学に上がるときに買ってやったんだ。それなのに俺には滅多にメールなんかよこさないと思っていたが」
「女同士、相談したいこともあるんでしょう」

自分の言葉がフォローを入れたつもりが、そうではなくなっていると江美子は感じる。麻里は「最低限の連絡」としか言っておらず、理穂から何か麻里へ相談しているなどとは話していなかった。どうしてそれをちゃんと隆一に説明しないのか──江美子は自分で自分の心がわからない。

「相談か。相談なら江美子にしても良さそうだが」
「私はまだ理穂ちゃんとはそこまでの信頼関係はないんでしょう」

どうしてだろう。私は隆一さんに対していじけた言い方をしている。こんなからむような酔い方はしなかったはずだ。

「理穂とあいつの間に信頼関係があるとは思えないがな」

隆一は微かに苦笑を浮かべて首をかしげると、盃の酒を空ける。隆一が麻里のことをやや悪し様に言ったことに気持ちの安らぎを感じた江美子は愕然とする。

(嫉妬……)

江美子はそこで初めて自分の心の裡に気づく。

(私は麻里さんに対して嫉妬をしている。隆一さんを裏切り、とうの昔に別れたはずの麻里さんに。麻里さんが理穂ちゃんと今でも繋がっていることに嫉妬しているんだ)
(それとお風呂の中で麻里さんが私に言ったこと。麻里さんと私はどちらも隆一さんの好きなタイプの女──そのことに拘っている。隆一さんが私の中に、麻里さんの面影を見ているのではないかということがひっかかっている)

「ねえ、隆一さん」
「なんだ」
「麻里さんとは、どうして別れたんですか?」
「それはさっき話しただろう」
「有川さんという男性が、隆一さんから麻里さんを奪ったと」
「そうだ」

隆一は空いた盃に酒を注ぎ足す。

「麻里さんが隆一さんを裏切ったということですか?」
「そういう風に言えば、そうなるかもしれない。しかし、夫婦というのはどちらかが一方的に悪いというわけではない。麻里とのことは俺にも責任があるのだろう」
「そんな」
「結局麻里は俺ではなく、有川を選んだということだ。いや、最初からそうだったのかもしれない」
  1. 2014/09/28(日) 12:27:52|
  2. 二人の妻・桐
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二人の妻 第8回

「最初からって、大学のサークルの頃からということですか?」
「麻里からその話を聞いたのか?」
「いえ。詳しくは」

江美子は首を振る。隆一は盃を座卓において、江美子に真っすぐ向き直る。

「今日あいつらに会わなければ忘れるつもりでいた。しかし、こうなったら江美子も気になるだろうし、やはり一度はちゃんと説明しておかなければならない」

隆一は意を決したように話し始める。

「俺と有川、そして麻里は大学で同じサークル、歳も同じだった。俺も有川も、麻里も合唱団のパートリーダーだったから、サークルの運営に関して集まって話をすることが多かった。男と女がほぼ同数のサークルだからカップルも出来やすい。麻里を好きになったのは俺と有川はほぼ同時だっただろう。有川は麻里に対して本気だったし、奴の方が積極的だったと思うが、結果的には麻里は俺を選んだ」

「麻里に対して失恋してからも、有川はサークルの役員としての務めは果たさなければならない。俺と麻里は有川に気を使って、出来るだけ奴の前では恋人らしい雰囲気を出さないようにはしていたが、それでも奴にはなんとなく伝わってしまう。いや、そうすることがむしろ奴を傷つけたかもしれない。有川としては結構辛い日々だったんだろうと思う」

「大学を卒業して2年目の年に俺は麻里と結婚した。俺たちは有川に、共通の友人として披露宴のスピーチを頼んだ。奴との友情をずっと大切にしたいと本気で思っていたし、それこそ有川が結婚でもすれば、家族ぐるみで付き合いたいなんて考えていた。若い頃というのは平気で、無神経で残酷なことが出来るものだ。俺が有川の立場だったら耐えられなかっただろうが、奴は平然と引き受けてくれた。俺も麻里も自分たちの幸せで、周りのことが見えなくなっていた」

「結婚した翌年に理穂が生まれた。愛する妻に可愛い娘を得て、俺は幸せの絶頂だった。仕事もどんどん忙しくなり、有川とだけではなく、大学のサークル仲間とは徐々に疎遠になっていった。麻里は大学を卒業後準大手の商社で働いていたが、いったんその会社を辞めて理穂を育てながら独学で二級建築士とインテリアコーディネーターの資格をとり、理穂が3歳になったときに実務経験がないのにもかかわらず中堅どころのリフォーム会社に採用された。そこで実績を積んで4年後に大手のハウスメーカーに転職した。その会社の取引先の不動産開発会社で営業をやっていたのが有川だ」

江美子は大きな目を丸くして隆一の話を聞いている。

「偶然ですね……」
「ああ」

隆一は頷き、日本酒を一口すする。

「その頃ちょうど悪いことに、俺も麻里も仕事が忙しくてすれ違いになることが多かった。俺は正直言って、麻里には家庭に入ってもらいたかったが、毎日活き活きと仕事をしている麻里を見ているとそんなことはいえなかった」

「麻里が本格的に仕事を始めてからは理穂はもっぱら俺の母が面倒を見ていたが、すっかりお祖母ちゃん子になっていた。麻里は麻里で理穂の面倒を見てもらっているという負い目があるためか、俺の母の前では遠慮がちだった。母も悪気はないのだろうがずけずけとものをいうところがあるため、麻里にはそれがかなりストレスだったのだろう。しかし俺に対してその不満を吐き出すことが出来ない。自分の勝手で俺の母に迷惑をかけていると思っているからな」

「そこで仕事のことも含めて愚痴の聞き役になったのが学生時代の友人ということもあり、気心の知れた有川だったのだろう。麻里も酒は嫌いな方じゃないから、仕事上の付き合いや女友達とたまに飲んでくるといっても俺は特に気にしていなかったんだが、後になって酒の相手はほとんど有川だということがわかった。こうなれば有川の方には元々その気があるのだから、男と女の関係になるのは時間の問題だ」
「でも」

江美子は隆一の告白に息を呑む。

「誰もが必ずそうなるとは限らないんじゃ」
「それはもちろんそのとおりだ。その意味では麻里にも責任がある。麻里が俺を裏切ったというのはその点だ。しかし俺も麻里の悩みに真剣に向き合っていなかった」
「けれどそれは、働く母親なら誰でも持つような悩みでしょう?」
「そういった場合、多くは自分の母親を頼る。しかし麻里は小さい頃に母親を亡くしているから相談したり頼れる相手がいない。中途採用で入社した職場では弱みを見せられないからな。だからこそ自分は理穂を失いたくなかったんだろうが」

隆一は顔を上げて、江美子の方を見る。

「俺の気遣いが足らなかった。仕事をしているもの同士、また理穂の父親として、もっと麻里の悩みを聞いてやれば良かったんだ」
「私は隆一さんに色々、悩みを聞いてもらいました」
「そうだったな」

隆一は静かに笑い、盃の酒を飲み干す。
  1. 2014/09/28(日) 12:29:01|
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二人の妻 第9回

「どうしていざ自分の妻のことになると忘れてしまうのかな。相手も自分と同じ、仕事も家庭も両方とも大事にしたい人間だってことを。今回はせいぜいそれを忘れないようにするよ」
「隆一さん、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「理穂ちゃんは、どうして麻里さんと一緒に暮らすのを拒んだのですか?」
「理穂に直接聞いたわけじゃないから、わからないが」

隆一は首をひねる。

「自分が母親がいないせいで寂しい思いをした人間でありながら、家庭を壊すようなことした母親のことを許せなかったのかもしれない。しかし麻里と別れたとき、まだ理穂は小学3年だったからな。どこまで突き詰めて考えたのか」
「隆一さんのことを可哀そうに思ったのでは」
「理穂がか? それはどうかな」

江美子の言葉に隆一は微笑する。

「可哀そうに思ったとしたら、自分を事実上育ててくれた俺の母親のことじゃないかな。俺は両方の親に対して離婚の原因を伏せておくつもりだったが、麻里が黙っていられなくて自分から話してしまったんだ。曲がったことの嫌いな俺の母は麻里がしたことを随分憤っていたからな。そんな祖母の様子を見ながら、自分が母親と暮らすとは言えなかったのかも知れない」
「そんな……」
「まあ、これは推測に過ぎない。本当のところは理穂に聞かないと分からない。いや、本人に聞いてもどれくらい分かっているか」
「どういうことですか?」
「自分の気持ちは自分でもわからないことが多い」

隆一はそこまで話すと徳利を持ち上げるが、空になっていることに気づく。

「この話はこれくらいでいいだろう。折角の2人きりの旅行だ。もう少し呑もう」


食事を終え、少し酒に酔った江美子は、隆一と一緒に外の空気を吸おうとロビーへ続く廊下を歩いていた。壁沿いに3つ扉が並んでおり、それぞれ木の札がかけられていた。

(ここが家族風呂なんだわ)

ふと見ると、扉の一つに「午後11時~12時、有川様」という札がかかっている。

(有川さんと麻里さんが入るのだわ)

江美子の脳裡に大浴場で見かけた麻里の姿が浮かぶ。豊満な麻里の裸身が湯船の中で有川に抱かれているのを想像し、江美子はふと息苦しさに似たものを感じる。

隆一もその木の札に気づいたようで、複雑な表情をしている。

(隆一さん、今何を考えているのかしら)
(やっぱり、いくら別れたとはいっても、元の奥様が他の男に抱かれると思うと心中穏やかじゃないのかしら)

江美子はそんなことを考えながら隆一のほうをチラチラと見るが、当然ながら隆一の表情からはその心の裡を窺うことは出来ない。江美子は先を歩く隆一について、旅館の庭へ出る。

「星が綺麗に見えるな」

空を見上げた隆一が呟く。

「本当ですね。東京じゃ考えられないほどですわ」

江美子も釣られて頷く。

「理穂ちゃんにも見せてあげたいですわね」
「江美子……」
「はい」
「後で一緒に露天風呂に入らないか」
「えっ」

隆一の突然の申し出に、江美子は戸惑いの表情を向ける。

「こんな綺麗な夜空なら、露天風呂に浸かりながら眺めたら気持ちがいいだろう。江美子は混浴は苦手かもしれないが、ここはタオル着用でかまわないし、今日は客もそれほど多くないようだ」
「でも」
「そうだな、11時ごろがいいかな。寝る前に一風呂浴びると気持ちがいいだろう」
「あ……」

江美子はそこで隆一の意図に気づく。

「恥ずかしいか?」
「少し……でも」

江美子は頬をほのかに染めながらも、はっきりと頷く。

「わかりました」
  1. 2014/09/28(日) 12:30:03|
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二人の妻 第10回

江美子は体を包んだバスタオルをしっかりと押さえながら、隆一の後を歩いている。脱衣所から露天風呂までこんなに距離があるとは思わなかった。足元の灯りもそれほど明るくなく、江美子は思わず敷石から足を踏み外しそうになって小さな悲鳴をあげる。

「気をつけろよ」
「はい」

江美子は隆一に手をとられて敷石にあがる。

「私、混浴って初めてです」
「最近は水着やタオル着用のところも多いから、若い女性でもそれほど抵抗なく入るようだ」
「誰かいるかしら」
「そりゃあいるかも知れないが、こちらがあまり気にしていると相手も居心地が悪くなる。自然にすることだ」
「隆一さん、混浴の温泉に入ったことがあるんですか?」
「何度か、な」
「まあ」

薄暗がりの中で江美子が目を丸くする。

「でも、期待したような若い女性はいなかった。どこも婆さんばっかりだったよ」
「それは残念でしたね」

江美子はくすくす笑う。

有川と麻里に偶然出会ったことで動揺を隠せなかった隆一だったが、ようやく冗談を言うような気持ちの余裕が出てきたことに江美子は安堵する。

(露天風呂では二人きりなら良いのに)

江美子はそんなことを考えて顔を赤くする。

二人はやがて露天風呂に着く。女性に配慮してか周囲はしっかり目隠しをされており、照明も暗く落とされている。そして江美子にとってもっとも安心したのは、先客が誰もいなかったことだった。

「誰もいませんね」
「そうだな」

当たり前のことを隆一に確認する自分がおかしくなる。江美子と隆一は身体を軽く流し、風呂に入る。湯は透明に近く、5、6入れば一杯になりそうな大きさのため、他の男性客がいたらやはり抵抗があるかもしれない、などと江美子は考える。

それでも二人きりなら十分身体も伸ばせる。お湯もぬるめで、ゆっくり漬かるにはちょうど良い。江美子は今回の旅ではじめてリラックスしたような気分になり、はあと大きなため息をつく。

「気持ち良さそうだな」
「すみません、つい」

江美子は顔を赤くする。

「二人きりなんだから、タオルをはずしたらどうだ」
「えっ……」

江美子は一瞬ためらうが、やがてこっくりと頷く。

外したバスタオルを湯船の外へ置く。素裸になった江美子は恥ずかしげに隆一から身体を隠そうとする。

「どうした、恥ずかしいのか」
「……」
「江美子の裸なんて見慣れているぞ」
「ひどい……見慣れているなんて」

江美子は拗ねたように顔を逸らせる。

「はっきりと見せてくれ」

江美子は頷くと胸と足の付け根辺りにおいていた手を外す。乳房から鳩尾、そして腰にかけて隆一の視線が注がれるのを江美子は感じる。

「見慣れているといったが訂正しないとな。露天風呂のお湯を通して見る江美子の身体は格別だ」
  1. 2014/09/28(日) 12:30:56|
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二人の妻 第11回

「それは、はっきり見えないからいいという意味ですか?」
「そうじゃない。神秘的だということだ」

隆一はそう言うと江美子の肩を抱き寄せ、軽く接吻する。

「隆一さん」
「なんだ」
「お風呂で……麻里さんの裸を見ました」
「……」
「肌がとても綺麗でした」
「江美子も綺麗だ」
「私は地黒です。麻里さんの肌は透き通るように白くて……」

江美子の口をふさぐように、隆一が再び接吻する。江美子は隆一が求めるまま舌先を預ける。十分に江美子の舌を吸った隆一が、耳元で囁きかける。

「麻里と江美子を比較したことはない。麻里のことは気にするな」
「はい……ごめんなさい」

隆一は湯の中で江美子をしっかり抱くようにすると、小ぶりだが形の良い乳房をゆっくりと揉み始める。江美子の息が段々と荒くなっていく。

「隆一さん……」
「なんだ」
「お湯にのぼせてしまいます」
「この風呂はぬるめだから、1時間くらい入っていても大丈夫だ」
「そんな……」

隆一は江美子の肢の間に手を伸ばす。江美子は思わず足を閉じようとするが、力が入らない。隆一の指先が江美子の股間に滑り込んでいく。

「ここのところは少しお湯の質が違うようだな」
「駄目」
「随分ねっとりしているぞ」
「誰か……人がきます」
「この時間にもう誰も来るもんか」
「ああ……」

隆一が江美子の片肢に手をかけ、力を入れるとそれはあっさりと開いていく。両足を開いた江美子は隆一の足の上に跨るような姿勢になり、背後から手を回した隆一に乳房を揉まれるままになっている。

「風呂の中というのは便利だな。こういう姿勢でも全然重くない」
「私のお尻が大きいから……普段なら重いといいたいんでしょう」
「俺は江美子の尻が気にいっている」

隆一はそう言うと片手を江美子の双臀の溝のあたりに回し、肛門の辺りをまさぐる。

「あっ、駄目っ!」

江美子がむずがるように裸身を悶えさせた時、突然人の気配がしたので隆一は手を止める。

「おやおや、先客がいましたか。邪魔をしましたね」

驚いたことにそこに立っていたのは有川と麻里だった。

有川はタオルを腰に巻いており、麻里はバスタオルで胸元から腰の辺りまで覆っている。江美子は慌てて隆一の膝の上から降りる。

(見られた……でも、どうして)

江美子は恥ずかしさに身体を縮こませる。いったいいつから見られていたのか。隆一の膝の上に乗っかって思わぬところをまさぐられて発した、はしたない悲鳴を聞かれてしまっただろうか。

しかし、有川と麻里は今頃、貸切の家族風呂に入っていたはずではないのか。有川たちと顔を合わせる恐れがないからこそ、隆一は自分を混浴露天風呂に誘ったのだ。

江美子は湯船の外に置いたタオルを手探りで取り、胸から腰の辺りを隠す。

「一緒に入ってもよいかな」
「どうぞ……」

隆一が仕方なく頷くと有川は身体を軽く流し、湯船に入る。有川に促された麻里は申し訳なさそうな顔をちらと隆一と江美子に向けたが、有川に続いて湯の中に入る。隆一と麻里、江美子と有川が向かい合った格好になる。
  1. 2014/09/28(日) 12:32:19|
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二人の妻 第12回

「四人でちょうど良い大きさだな」
「そうですね……」

有川に話しかけられた麻里は隆一から顔を逸らすようにして頷く。有川の視線はじっと江美子に据えられており、江美子は恥ずかしさにますます動揺する。

(やっぱりはしたない声を聞かれてしまったのでは……)

どぎまぎしている江美子に、有川が話しかける。

「さっき麻里に似ていると申し上げましたが、やはり麻里よりずっと若いせいか、肌の張りが違いますね」

江美子を品定めをするような有川の口調に、隆一の顔が不快そうに歪む。麻里があわてて「あなた……」と有川をたしなめる。

「いいじゃないか。お互いに裸なんだから飾ったことを言ってもしょうがない」

有川はそう言うとニヤニヤ笑いを浮かべる。

(先にお湯から出ようか……でも……)

この位置では出るときに有川にまともに裸のお尻を見られることになる。有川は女の好みが隆一と同じで、大き目のお尻が好きだと自分で公言していた。

隆一から麻里を奪った有川の目の前に、タオル一枚で覆われた裸をさらすだけでもたまらなく恥ずかしいのに、その好色な視線にお尻をさらすなんてとても出来ないと江美子は考える。

「家族風呂にいたんじゃないのか」

隆一がたまりかねて口を開く。有川は今度は隆一のほうを向いてにやりと笑う。

「札を見たのか」
「ああ」
「あんな風に予約の札を出しておけば、お前たちが俺たちを避けて露天風呂に入るんじゃないかと考えたんだ。まんまと予想が当たった」

隆一が苦々しい顔つきになる。

「北山の行動はだいたい予想がつくよ。学生の頃からそうだっただろう。俺が予想が出来なかったのは麻里に対する手の早さだけだ。いや、あれは麻里の方の行動が予想できなかったと言った方がいいか」
「何をしに来たんだ」
「俺たちが露天風呂に入っちゃいけないか? いや、こういう言い方はさすがにずるいな」

有川はニヤニヤ笑ったまま続ける。

「北山と仲直りをしたいんだ」
「仲直りだと?」

隆一は眉を上げる。

「お前……お前たちが五年前に、俺に対して何をしたのか忘れたのか?」
「もちろん忘れてはいない。悪かったとは思っているよ」

有川は依然として顔に微笑を貼り付けたまま隆一に視線を向けている。

「しかし、あの件についてはこちらも慰謝料を払って解決しただろう」
「解決なんかするもんか」
「そういわれても困る。お互い示談書に署名したということは法的には解決したということだ」
「気持ちの問題だ」
「気持ちの上でも吹っ切れたから、お前は再婚したんじゃないのか」

有川はもう笑ってはいなかった。有川の言葉に隆一は黙り込む。

「昔の話にさかのぼるときりがない。俺はお前と麻里が結婚する前から麻里のことが好きだった。それはお前にもきちんと話していただろう。それを抜け駆けのように俺から麻里を奪ったのは北山じゃないのか」
「奪ったわけじゃない」
「本当にそうか? 俺が麻里と何度か2人だけで会っていたことはお前にも話していた。お前が俺と同様、麻里に気があるのはもちろんわかっていたが、だからこそ正々堂々と俺のやっていることを公開していたんだ。しかし、お前はその陰で俺に内緒で麻里と会っていた」
  1. 2014/09/28(日) 12:33:18|
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二人の妻 第13回

「わかっている……そんなことは俺の独りよがりだって言うことは。あの時、結果的に麻里はお前を選んだ。それについてどうこう言うつもりはない。しかしそれを言うなら五年前のことだって、結果的に麻里が俺を選んだと言えるだろう」
「一緒には出来ない。麻里と俺は結婚していた」
「だから俺はお前に慰謝料を払った。だが、気持ちの上で俺がいつまでもお前に負い目を持つ必要はないんじゃないのか?」

江美子はいつの間にか有川の言葉に聞き入っていた。隆一と麻里が別れるにいたったのは、有川が一方的に悪かったわけではないということなのか。そこに至るまでの三人の長い歴史があったということか。

「多少の行き違いはあったが、俺はお前とはいい友達だったと思っている。今までの人生で、お前ほど気が合う奴はいなかった。学生時代のような関係に完全には帰れないかもしれないが、多少でも付き合いを元に戻したい」

有川は真剣な顔を隆一に向けている。

「お前と麻里は結婚するときに、俺とはいずれ俺の女房を含めて家族ぐるみで付き合いたいとまで言ってくれたじゃないか。多少組み合わせは変わったが、これからでもそれが実現できないか」
「そんなことが……」
「理穂ちゃんのこともあるだろう」
「理穂に何の関係がある?」

有川の言葉に隆一は気色ばむ。

「お前と離婚したとはいっても、麻里が理穂ちゃんの母親であることには変わりない。そういう意味では一生何らかの形でかかわっていかなければならないんだ。憎み合っているよりは、関係を良くしたほうがましだろう」
「理穂がお前に何か言ったのか?」

隆一は有川にいぶかしげな眼を向ける。

「まさか……理穂ちゃんにとって俺は母親を奪った男だ」

隆一は次に麻里に視線を向けるが、麻里も首を振る。

「有川」
「なんだ」
「今回このホテルで俺たちに会ったのは、本当に偶然か?」
「もちろんそうだ」
「さっきお前は、俺の行動はだいたい予想が出来るといっただろう」
「どこに旅行して、どのホテルに泊まるなんてことまで予想できるもんか」

有川がおかしそうに笑う。

「ただ、T県に旅行するのにどこの宿がいいと麻里に尋ねたら、このホテルがいいと麻里が答えたのでここを選んだのは事実だ。麻里はお前と一緒に泊まったんだろうと思った。それとさっきも言ったが、俺とお前は昔から考え方も行動も似ていたからな。いつかこんな風にばったり出会うんじゃないかと思っていた」
「ふん……」

隆一は何か考えるような顔付きをしていたが、やがて微笑して有川の方を向く。

「俺とお前は似ていないところもあるよ」
「なんだ」
「俺は不倫はしない」

隆一はそう言うと有川の目をまっすぐ見る。有川は一瞬気圧されたような表情をしていたが、すぐに声を上げて笑い出す。

「こいつは一本とられたな。まあそれくらいで勘弁してくれ」

有川がさも楽しそうに笑うと、隆一も釣られて笑い出す。どうなることかと見守っていた江美子も、ほっと胸をなでおろす。麻里は少し居心地の悪そうな表情でもじもじしている。

「それじゃあ今晩が記念すべき和解の第一歩というわけだ。幸い4人とも風呂の中だし、これから裸と裸の付き合いをお願いするには丁度いい」
「あなた……」

麻里が再び有川をたしなめる。
  1. 2014/09/28(日) 12:34:16|
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二人の妻 第14回

「なんだ、麻里」
「調子に乗りすぎです。江美子さんもいらっしゃるのに」
「江美子さんがいるからこそ聞いてもらった方がいいんじゃないか」
「それは……それこそ隆一さんと江美子さんにお任せしないと」
「麻里は俺たちが以前のように心を開いて付き合うことに反対なのか」

江美子は、有川が「麻里」と呼ぶいうたびに隆一の心がほんの少しだけ揺れるのが、お湯を通じて伝わってくるような気がした。

「反対じゃありませんわ。そう出来ればどんなに良いか。でも、私からそれを言い出す資格はありませんでした」
「そう思うなら麻里が率先して見本を示せ」
「えっ」
「バスタオルで隠してなんかいないで、裸をさらせといっているんだ」
「でも……」

麻里は明らかに戸惑いの表情を浮かべる。

「どうしたんだ、俺にも北山にも何度も見せた裸だろう。今さら恥ずかしいことがあるのか」
「それとこれとは……違います」
「麻里、お前が一番罪深いんだ。だから真っ先に心を開かなきゃいけない。俺たち二人を散々翻弄したんだからな」
「翻弄だなんて……そんな」
「愚図愚図言わずに裸になるんだ。こんな風にな」
「きゃっ」

有川はいきなり腰の周りを覆っていたタオルを外す。透明な湯の下の怒張を一瞬目にした江美子は小さな悲鳴を上げて隆一の肩に顔を隠す。

「江美子さん、どうしました。こんなことで恥ずかしがるほどカマトトじゃないでしょう」
「有川、いい加減にしろ」
「俺は身も心も裸になろうと言っているだけだ。それも別に往来で素っ裸になろうと言っている訳じゃない。ここは混浴の露天風呂だぞ。お互いが裸をさらすのは納得ずくじゃないのか」
「しかし……」
「わかりました、私……」

麻里はそう言うと身体からタオルを外す。真っ白な麻里の素肌が露わになる。

隆一にとっては五年ぶりに見る麻里の見事なまでの裸身である。隆一の肩に顔を埋めていた江美子は、隆一の息遣いの変化を感じ、顔を上げる。

(隆一さん……)

隆一が透明なお湯を通して見る麻里の裸身に目を奪われていることに、江美子は突然激しい嫉妬を感じる。また、さきほどから三人の間に流れている、愛憎の交じった激しい感情から自分だけが疎外されていることに苛立ちを感じた江美子は、まるで麻里に挑戦するように身体を覆ったタオルを外す。

「ほう……」

江美子の素っ裸を目にした北山は感嘆したような声を上げる。

「こうやって風呂の湯を通して見ても、見事な裸だ。北山が夢中になるのも無理はない」

その言葉でやはり先ほどの隆一との痴態を目撃されていたのだと知った江美子は、かっと身体が熱くなる。

「あなた……そんな言い方は……」
「失礼だというのか? 俺は江美子さんを誉めているんだ。折角目の前で裸を見せてくれているのに、何も言わないでジロジロ見ている方がよほど失礼だろう」
「露天風呂で他の客の裸をジロジロ見る方が失礼だというんだ」

隆一が苛立ったように口を挟む。

「相変わらず正論だな、北山。その点は俺とお前が似ていないところだ。俺はいつでも自分に対して正直だ」
「どういう意味だ」
「お前だってさっきから麻里の裸に見取れているじゃないか」
「見取れてなんかいない」
「嘘をつけ。それならその証拠を見せてやる。腰のタオルを外してみせろ」

有川はそう言うと隆一が腰に巻いたタオルを指さす。
  1. 2014/09/28(日) 12:35:14|
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二人の妻 第15回

「お前だけだぞ。まだ身体にタオルを巻いているのは。素っ裸になっている女性陣に失礼じゃないのか」
「……」

有川のペースに乗せられていることを感じる隆一は苦々しい表情をしていたが、やがて腰に巻いたタオルを外す。堂々とばかりに屹立した隆一の怒張が現れ、正面にいた麻里はひっ、と小さな悲鳴を上げる。

「ほう、相変わらず見事なもんじゃないか」

有川はニヤニヤしながら隆一のその箇所を見ている。

「一緒に風呂に入るたびに、お前のそれには度肝を抜かれたもんだ。普段でも普通の奴が大きくなったくらいはあるからな」

有川はそう言うとちらと麻里の方を見る。

「麻里、どうだ、懐かしいだろう。元の亭主のチンチンは」
「あなた……いい加減にして」
「何を気取っているんだ。久しぶりにお前の裸を見てあんなに大きくなったんだ。うれしいとは思わないのか」

有川はそう言いながら麻里を引き寄せる。

「あなた、駄目っ」
「別に北山だけじゃない。奴ほどじゃないが俺のもなかなかのもんだろう」

有川はそう言うと湯の下から腰を突き出すようにする。赤黒い亀頭がまるで生き物のように表面に顔を出したので江美子はきゃっ、と悲鳴を上げる。

「有川、悪趣味だぞ」
「そんなことを言っても説得力はないな。麻里のあそこを見て堅くしやがって」

有川は声を上げて笑う。

「そう言う俺も人のことは言えん。江美子さんが素っ裸で悩ましい声を上げながら、お前の膝の上で悶えているのを見たせいで、この風呂に入る前からカチカチでな。タオルで隠すのが大変だったぜ」

江美子はあまりの羞恥にこの場から消えたくなる。しかし、湯から出ようとすると再び素っ裸を有川の目に晒さなければならない。その思いが江美子の手足を縛り付けるようにしているのだ。そして江美子をこの場に留めているもう一つの理由がある。

(隆一さんを置いて自分だけが逃げる訳にはいかない)

自分がこの場から去ると、当然隆一は着いてくるだろうが、それでは有川から逃げることになるのではないのかという思いが江美子にはするのだ。

有川が本当に隆一と和解したがっているかどうかは疑問だ。しかし、隆一が麻里とのことを気持ちの上でふっ切れていないのは事実ではないのか。この場から逃げれば、その機会は遠のいてしまう。江美子が隆一と、そして理穂と新しい家族を創るチャンスが手の中からこぼれ落ちてしまうような気がするのだ。

「麻里、来い」
「えっ」
「隆一に仲の良いところを見せつけてやるんだ」

有川は麻里を強引に抱き寄せると唇を奪う。有川のいきなりの行為に麻里は反射的に抗う。麻里の短めの黒髪がはらりと揺れ、額にかかる。

「やめて……あなた」
「何を気取っているんだ。ゆうべは俺の上に跨がってヒイヒイ泣いたくせに」
「江美子さんの前で……なんて事を」
「隆一の前は気にならないのか」

隆一は顔を強張らせながらも、その視線は有川と麻里の痴態に注がれている。そんな隆一に、江美子は胸の奥が痛むような嫉妬を知覚する。

有川は麻里の口を強く吸いながら、湯の下で乳房を荒々しくまさぐっている。江美子は、そんな傍若無人とも言える振る舞いをしている有川の目に焦燥めいた色が浮かんでいることに気づく。

(有川さんは怖がっているのではないか)

再び麻里が自分から去って隆一の元に戻るのではないかと恐れているのだ。有川がずっと麻里のことを愛していたというのは恐らく本当なんだろう。

学生時代に麻里を隆一に奪われた有川は、それが罪になると知りつつ麻里を奪い返した。しかし、麻里は隆一と離婚してからも、家庭を壊したことに対する後悔、特に娘の理穂に与えた心の傷に対する罪悪感から、有川と結婚することはなかった。
  1. 2014/09/28(日) 12:36:09|
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二人の妻 第16回

罪を犯しながらも麻里を手に入れることが出来なかった有川は、いつか再び麻里が自分の元から去るのではないかと脅えている。そんな有川にとって、隆一が再婚したということは朗報だっただろう。

(やはり有川さんは、なんらかの手段を使って私たちがここに泊まるのを知って、待ち伏せしていたのでは…)

理穂が何らかの機会に、いまだある程度の交流を持っている麻里の父親──理穂の祖父に、この週末の隆一と江美子の不在を知らせたのかもしれない。

(いえ、今はそんなことはどうでもいい。隆一さんが麻里さんと復縁するのを望まないということでは、私と有川さんの利害は一致しているのだ)

江美子は湯の下で手を伸ばし、隆一の手を握る。隆一がしっかりと握り返してきたのを確認した江美子は、裸身を摺り寄せるようにする。隆一は江美子の方に顔を向けるとこくりと頷く。

「有川、やめろ」

隆一の声に有川は、麻里を愛撫する手を止める。

「そんなことをしなくても、俺はもう麻里には未練はない。お前の言うとおり、もうこだわりは捨てよう」
「本当か」
「本当だ、まあ、すぐにすべて元通りというわけにはいかないが」
「……」
「ただ、俺の前で麻里のそんな姿を見せないでくれ。あまり気分がいいものではない。俺もお前に対して、それだけはしなかったはずだ」

有川は虚を衝かれたようなような顔つきをしていたが、やがて苦笑を浮かべる。

「……そうだな。それは北山の言うとおりだ。悪かった」

有川は神妙に頭を下げる。

「江美子さんにも申し訳ないことをした」
「いえ……」
「せっかくの水入らず──風呂の中で水入らず、っていうのもなんだかおかしいが──のところを失礼した。俺たちは先に上がるよ」

有川はそう言うと麻里の方を見て、「いくぞ」と声をかける。

麻里は湯の中でタオルを身体に巻き、隆一に一礼し、江美子に向かって「江美子さん、ごめんなさいね」と声をかける。

「いえ、いいんです」

江美子はほっと胸をなでおろす。

有川はタオルを腰に巻きながら立ち上がり、麻里の手を引くと隆一に顔を向ける。

「それじゃあ、ゆっくりしていってくれ、ってまあこれも俺が言うせりふじゃないのかもしれないが」
「ああ」

最後に麻里がもう一度隆一と江美子にお辞儀をする。バスタオルから白い乳房がこぼれそうになっているのが江美子の目にまぶしく映る。有川は麻里の腰に手をまわすようにしながら、脱衣所の方へ歩いていった。

隆一は無言で二人の後ろ姿を見送っている。有川と麻里が完全に見えなくなったとき、江美子が隆一に声をかける。

「隆一さん……」
「ああ」

隆一はそこで改めて江美子の存在に気づいたような顔をする。

「江美子にはおかしなことに巻き込んでしまって、悪かったな」
「いえ、いいんです……でも……」

江美子は再び隆一の手を握る。

「これからまた、有川さんと以前のような友達付き合いをするんですか?」
「まさか」

隆一は微笑を浮かべる。
  1. 2014/09/28(日) 12:37:08|
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二人の妻 第17回

「でも、さっき、隆一さんはこだわりを捨てると……」
「有川がそういって欲しそうだったからそういっただけだ。そうしないとあいつは、いつまでも俺たちに付きまといかねないからな」
「それじゃあ……」
「有川のほうも俺ともう一度昔のような友達づきあいを再開したいなんて思っていないよ」

隆一は江美子の手を握り返す。

「それに、別れた女房に目の前で裸でうろうろされるのも真っ平だ。江美子だけで十分だよ」
「まあ」

江美子は大きな目を丸く見開く。

「あいつらのせいで少しのぼせた。もう部屋に帰ろうか」

隆一はそう言うと江美子を促し、湯船の中で立ち上がった。江美子も釣られて立ち上がる。

「あっ」

江美子は自分がまだタオルも巻いていない全裸だったことに気づく。あわててバスタオルを取ろうとする江美子の手を隆一が押さえる。

「そのままで」
「えっ」
「そのまま、そこに立ってくれ」

江美子は頷くと、隆一に言われるままに立つ。火照った身体に夜気が心地よい。

「もう……いいでしょう」
「もう少し、お願いだ」

素肌に隆一の熱い視線を感じ、羞恥に駆られた江美子は目を閉じる。

(麻里さんと比べているのか……)

江美子は隆一の心の中を推し量る。

(それとも、私の裸を目に焼き付けることで、麻里さんの姿を忘れようとしているのか)

時間にするとほんの数十秒のことだったかもしれない。しかし江美子にとっては数十分とも感じられる時が過ぎ、ようやく隆一は口を開いた。

「もういい、ありがとう」

江美子は崩れる落ちるように隆一の腕の中に倒れ込む。

「すまん、のぼせてしまっただろう」

江美子は黙って首を振ると、隆一にしがみつきながら唇を求める。二人は全裸で湯船の中で立ったまま、長い接吻を交わすのだった。


「あっ、ああっ、りゅ、隆一さんっ」
「江美子っ」
「も、もうっ、お願いっ。来てっ」

江美子は隆一の上に跨がったまま、ひきつったような悲鳴を上げる。隆一が「うっ」と呻きながら緊張をとくと、江美子はそれを待ち兼ねたように全身を激しく痙攣させる。

「あ、あああっ!」

傷ついた獣のような声を張り上げながら江美子は絶頂に達すると、隆一の胸の上に崩れ落ちる。

「江美子」

隆一は荒い息を吐きながら江美子の背中に手を回す。

「顔を見せてくれ」

江美子は隆一の上に伏せたままの顔を嫌々と小さく左右に振る。
  1. 2014/09/28(日) 12:38:08|
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二人の妻 第13回

「お願いだ」

隆一が力を入れて、江美子を引き起こす。江美子はされるがままに胸から上を持ち上げられて行く。江美子のとろんとした視線が隆一の視線と交差する。

「江美子がいった時の顔だ」
「嫌……」
「いつもはいかにもキャリアウーマンといった雰囲気の江美子も、こんな顔をするのか」
「隆一さんの意地悪……どうしてそんなことを言うの」

江美子が恥ずかしげに顔を逸らそうとするのを隆一が軽く押さえ、唇に接吻を施す。

「気持ち良かったかい」

江美子は微かに頷く。

「気持ち良かったと言ってみろ」
「嫌……そんなこと、言えないわ」

江美子は再び小さく首を振る。

どうしたのだろう、今夜の隆一は少しおかしい。いつもはもっと紳士的、といえば聞こえはいいが淡泊なセックスである。こんな風に江美子に対して言葉責めをするようなことはなかった。

(でも、今夜のような隆一さんも嫌いじゃない)

江美子はそんな自分の思いのはしたなさに思わず頬を染める。

「そろそろ……外さないと」

江美子はしばらく隆一との行為の余韻に浸っていたい気持ちはあったが、このままでは隆一のものが江美子の中で萎えてしまう。一度江美子から抜く時に、コンドームだけが取り残されてあわてたことがあった。隆一との子供はいずれ欲しいが、仕事が忙しい今はまだその時ではないと思っている。

微かに身体を揺らせながら離れようとする江美子の尻を、隆一がしっかりと押さえ付ける。

「えっ」

戸惑いの声を上げる江美子を突き上げるように、隆一が再び腰を動かす。

「あ、あっ……」

確かに一度放出したはずなのに、隆一の肉塊はほとんどその硬度を保ちながら江美子の中で暴れ始める。身体の中の官能の燠火が再び燃え盛り、江美子を焼き尽くして行く、

「あっ、こ、こんなっ」

江美子が奔馬のように隆一の上で撥ね動く。江美子は隆一に手を取られるようにして、今夜二度目の頂上へと駆け上がって行くのだった。


江美子は隆一とともに露天風呂の中で再び有川と麻里の二人と向かい合っていた。全裸の二人はまるで江美子に見せつけるように戯れあっている。前回は言葉少なだった麻里がまるで隆一と江美子を挑発するような視線を送りながら、有川に対して積極的に振る舞っている。

「ねえ、あなた、ここで抱いて」

麻里はそう言いながら豊満な尻を動かし、有川の膝の上に跨がる。有川の巨大な男根が麻里の股間をくぐり、深々と秘奥に突き刺さる。

「ああっ、い、いいわっ」

麻里は歓喜の悲鳴を上げ、腰部をブルブルと震わせる。江美子は隣にいる隆一の手をぐっと握り締める。

麻里は淫らに腰を動かし始める。有川は麻里の動きに合わせるように、背後から麻里を責め立てる。

「あ、ああっ、き、気持ちいいっ」

江美子が思わず目を背けようとすると、麻里の叱咤するような鋭い声が飛ぶ。
  1. 2014/09/28(日) 12:39:07|
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二人の妻 第19回

「江美子さん、見るのよっ」

再び前を向いた江美子は、視界に飛び込んで来た恐ろしい光景に恐怖の悲鳴を上げる。輝くような白い肌の麻里をしっかり抱き締めて背後から貫いているのは有川ではなく、隆一だった。

「江美子さん、教えて上げるわ、隆一さんから愛される方法を。よく、見ているのよ」

麻里はそう言うと甘い舌足らずな喘ぎ声を上げながら、隆一の上で腰をゆるやかに蠢かせる。

「ああ……あなた……気持ち良いわ……ああ、たまらない……」
「やめてっ」

思わず耳を塞ごうとする江美子の手が背後から押さえられる。振り向くとそこにはいつのまにか素っ裸の有川がいた。

悲鳴を上げて逃れようとする江美子を有川がしっかりと羽交い締めする。

「りゅ、隆一さんっ、た、助けてっ」

江美子は有川の男根が蛇のように股間をくぐって秘奥に迫ってくるのを感じ、隆一に助けを求める。しかし隆一は江美子の声など全く聞こえない風に、麻里とつながりながら熱い接吻を交わし合っているのだ。

「隆一さんっ」

長い接吻を終えた麻里は江美子に挑戦的な視線を向ける。

「江美子さん、おとなしく有川さんに抱かれなさい」
「そ、そんなっ」
「そうすれば私達、もっともっと仲良くなれるのよ」
「い、嫌っ。嫌よっ」

激しく身悶えする江美子の裸身をしっかりと抱え込んだ有川の肉棒の先端が、ついに体内に侵入した時、江美子はつんざくような悲鳴を上げた。


布団の上に跳ね起きた江美子は枕元の時計を見る。和風の客室にふさわしくない、淡い緑色の光を放つデジタルの時計は午前五時を指している。隣の布団では隆一が軽い寝息を立てている。

(夢……)

全裸のまま眠っていた江美子は、洗面所へ行くと汗ばんだ身体をタオルで拭く。

(なぜあんな夢を)

昨夜の出来事が心の中に引っ掛かっているせいだろうか。終わったはずの隆一と麻里の関係に、私はやはり嫉妬しているのだろうか。

(でもどうして私が有川さんと)

夢の中とは言え有川にしっかりと抱きすくめられ、肉のつながりを持ちそうになった江美子は、なにか隆一に対して裏切り行為を犯したような気になった。

(シャワーを浴びようかしら、それとも……)

江美子は裸のまま部屋に戻る。先ほどは静かな寝息を立てていた隆一が、胸元まで布団をはいで苦しげに身体を捩らせていた。

「隆一さん」

江美子は隆一の枕元にしゃがみこむと、布団を直す。隆一の寝息が静かになっていく。

(隆一さんも夢を見ているのかしら)

そう江美子が思った時、寝返りを打った隆一の絞り出すような声が聞こえた。

「麻里……」

その言葉を聞いた江美子はしばらくその場に凍りついたように座り込んでいたが、やがて立ち上がり、浴衣を羽織ると浴室へと向かった。
  1. 2014/09/28(日) 12:40:14|
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二人の妻 第20回

江美子はTホテルの室内にある大浴場へと向かっている。男女別の大浴場は時間ごとに切り替えられており、早朝のこの時間では、女湯は江美子が昨日の夕方入ったものよりは小さ目となる。

いまだ午前五時過ぎとあって浴室の中には誰もいなかった。江美子は湯に浸かると身体を伸ばし、昨日からの出来事について考える。

(誰にでも過去はある。いちいちこだわっていてはきりがない)

江美子はそう自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせようとする。

あんな風な形で先妻の麻里と再会したのだ。隆一の心が乱されないはずがない。しかし隆一と麻里とは五年前に終わっているのだ。

(それに私にだって──)

そこまで考えたとき、隆一の苦しげな声が江美子の耳の中に蘇る。

──麻里。

隆一は夢の中で、自分から背を向けて去っていく麻里に呼びかけていたのか。それとも、有川に汚された身体を浄めてやろうとばかりに、荒々しく麻里を抱いていたのか。

江美子が考えに耽っていると扉が開き、人が入ってくる気配がした。

「あら」

声に振り向くと、タオル一枚で前を隠した麻里だった。麻里は微笑して江美子に会釈をすると身体を流し、湯船の中に入ってくる。

「よくお風呂の中で会いますね。これで三度目かしら」
「ええ……」

二度目は有川の計算に隆一が乗せられたことが原因だが、それにしても度重なる偶然に江美子は戸惑う。

江美子の目に麻里の白い肌が映る。先程よりも心なしか艶を帯びているようで、女の江美子の目にも官能味が感じられる。

江美子が隆一に抱かれたように、麻里も昨夜、有川の腕に抱かれたのだろうか。隆一が江美子を抱いている同じ夜、同じホテルで先妻が別の男に抱かれている──そんな状況が江美子には何か極めて背徳的なことに感じられ、頬が熱くなる。

少し淡いピンク色に火照った肌を、江美子がぼんやり見ていることに気づいた麻里は、邪気のない微笑を浮かべて話しかける。

「昨夜はごめんなさい。有川さんがおかしなことを仕掛けて──」
「……いえ、いいんです」

江美子は麻里に微笑を返す。

「あの人、隆一さんが怖いんです」
「怖い?」
「私がまた、隆一さんの元へ戻るのではないかと……」
「……」

やはり、と江美子は納得する。

「そんなことはないと何度言っても納得しなくて。昨夜も私は随分止めたんですが──でも、隆一さんが大人の対応をしてくれたおかげであの人も気持ちが落ち着いたみたいで、助かりました」
「そうですか……」
「学生時代はむしろ逆で、有川さんが陽性でいつの落ち着いていて、みんなのまとめ役のようなキャラクターでした。隆一さんはどちらかというと陰性で、理屈っぽくて頑固でな人でした。私はそんな隆一さんの子供っぽいところが好きだったのですが──」

そこまで言って麻里は口をつぐむ。

「ごめんなさい──私、また余計なことを」
「いえ、かまいません。私が知らない隆一さんの一面を知ることが出来て、むしろ嬉しいです」
「そうですか」

麻里は再び微笑む。

「でも、隆一さんも余裕が出てきた、という感じがしてよかったです。これも江美子さんと一緒になったおかげね」
「そんな、私なんか何の力にも……」
「私なんか全然進歩がなくて恥ずかしいわ。いつまでも同じところをぐるぐる回って──そろそろしっかり前へ歩き出さないと」
「……」
「江美子さん、変な話だけれど、これからも友達になってくださらない?」
「えっ……」

麻里の申し出に江美子は一瞬戸惑う。
  1. 2014/09/28(日) 12:42:16|
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二人の妻 第21回

「私は有川さんとのことでそれまでの人間関係のほとんどを失ってしまったの。今付き合いがあるのが、仕事関係と、学生時代からの友達のうちほんの少数。これはもちろん自業自得なんだけれど」
「私はやはり理穂のことが心配なの。理穂が私と暮らすのを拒んだのは、私を失う隆一さんに、自分だけでもついていてあげようと思っていたから」
「理穂ちゃんは、自分を実質的に育ててくれたお祖母様を考えていたのでは――」
「あの子が一番考えているのは父親のことよ。小さいころから将来の夢はパパのお嫁さんだって、今でも本気でそう思っているんじゃないかしら」
「そうなんですか」

中学二年という年頃によくあることだと思うのだが、理穂も隆一とはふだんあまり会話はない。むしろ女同士ということで江美子とより話すくらいである。そんなことを告げると麻里は大きく頷く。

「理穂のためにも江美子さんとお友達になりたいの。これから理穂もだんだん難しい年頃になっていく。だけど私の立場では理穂のそばについていて上げることは出来ない。ふだんのことは江美子さんにお任せせざるを得ないわ。また、その方がうまくいくと思う」
「それでも、私は九歳の時まで理穂を育てた母親ではあるのよ。江美子さんが理穂のことで悩んだ時に力になってあげられると思う。いえ、本音を言うと理穂とほんの少しでもつながっていたいのよ。こんなことを江美子さんにお願い出来る筋合いのことではないのだけれど」
「麻里さんの気持ちはよく分かります」

江美子は頷く。理穂は隆一の気持ちを思いやって両親の離婚以来麻里との面会を拒んでいるが、本音では母親を慕う気持ちもあるのだろう。自分が理穂と麻里の橋渡しをすることで、理穂の気持ちが癒されるのなら
いいことではないか。

いや、江美子が麻里の願いを受け入れようと思ったのはそれだけではなかった。これによって江美子は、自分の目の届かないところで理穂が麻里と連絡をとることを阻むことが出来る。麻里が理穂を通じて隆一に再び近寄るのをブロックすることが出来るのだ。

――麻里

先ほど隆一が発した苦しげなうめき声が再び蘇る。

「わかりました、私の方こそお願いします」

江美子は麻里の申し出を思わず受け入れていた。

「そう、嬉しいわ」

麻里は柔和な微笑みを江美子に向ける。

(悪い人じゃないんだ。それはそうだろう、隆一さんが一度は選んだ女性で、理穂ちゃんのお母さんなんだもの)

風呂から上がり、脱衣所の化粧台に座っている江美子は、改めて隣の麻里を見る。鏡に映っている木目の細かい白い肌も羨ましいほどだが、艶やかな黒髪が江美子の目を奪う。

「どうしたの、江美子さん」
「いえ……」

江美子は麻里の潤んだような目で見つめられ、一瞬どぎまぎする。

「麻里さんの髪、素敵ですね」
「あら、どうもありがとう」

麻里が小さく笑う。

「でも、江美子さんも素敵よ。よく似合っているわ」
「私は肌が黒いから、黒髪が似合わないんです」

江美子の髪は明るい栗色である。

「そんなことないわよ。黒くしても素敵だと思うわ」
「そうですか……本当は今は営業店勤務なので、もっと髪を黒くしろと言われているんですが」
「江美子さんは隆一さんと同じ銀行だったわね。あそこはそういったことはわりと自由だったんじゃなかったかしら」
「合併してからはそうでもないんです。それでも、本部にいる時はうるさく言われなかったんですけど」

江美子はそう言うと苦笑する。

「そうなの……」

麻里は軽く首をかしげる。

「今度、私が知っている美容院を紹介するわ。とても腕が良いのよ。値段もそれほど高くはないわ」
「でも……」
「大丈夫、ただの友達としか言わないから。好奇心の籠った目で見られることはないわ。きっと江美子さんにぴったりのものを提案してくれると思うわ」
「そうですか、ありがとうございます」
「そうだ、江美子さん。お友達になったのだから、メールアドレスを交換しなくちゃ」

麻里はそう言うと、化粧台におかれたホテルのサービスに関するアンケートのためのメモ用紙を一枚取り、自分のメールアドレスを書く。

「私、自分の携帯のアドレス、覚えていないんです」

メモを差し出す麻里に、江美子が困ったように告げる。

「あまり使わないのね。いいわ、後でこのアドレスに短いメールをくれればいいから」

麻里はそう言うと立ち上がり、浴衣を羽織る。

「それじゃあ江美子さん。これからもよろしくお願いします」

麻里は一礼して脱衣所を出る。麻里の瞳の中に一瞬、夢の中で見た妖艶な色を見たような気がした江美子は、手のひらの中に残ったアドレスを記したメモに目を落とす。

  1. 2014/09/28(日) 12:45:33|
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二人の妻 第22回

旅行から帰った江美子がやや重い気持ちで麻里に短いメールを打つと、麻里からはすぐに返事が来た。例の美容室に既に話をしておいたというものであり、担当の美容師の名前まで記されていた。

(やはり、少し面倒な約束をしてしまったかしら)

江美子は妙に手回しのよい麻里のメールに微かな煩わしさを感じるが、すぐに思い直す。自分が間に入ることによって麻里を隆一に近づけない意図もあったが、江美子の本来の目的は隆一と麻里の別れの真相を知ることにあった。

麻里が言う通り非は全面的に麻里にあるのか、それとも隆一が言うように隆一にも責任があるのか、これから江美子が隆一と結婚生活をおくっていく限り、それは是非知っておきたいことだった。

もちろん以前はさほど気にならなかったことである。しかしその時点では江美子はぼんやりと先妻の麻里のことを、娘の理穂からも見放された典型的な悪妻というイメージを抱いていたのだ。

しかし今回の旅行で会った麻里の印象は決してそうではなかった。女の江美子から見ても麻里は魅力的な女性である。その麻里がどうして隆一から去り、有川のもとへ走ったのか。それは江美子にとっても気になることであった。

(どうせならさっさとすませてしまおう)

美容院にはいずれ行かなくてはならないし、麻里の言う通り腕が良いというならそれに越したことはない。麻里は美容院に電話を入れると、土曜の午前中に予約を入れた。当日の朝、隆一と理穂に「美容院に行った後、友人とお茶を飲んでくる」と言い残し、家を出た。

美容院は横浜駅の近くにあった。名前を告げると四十歳くらいの女性の美容師が歩み寄り「いらっしゃいませ、中条様より伺っております」と頭を下げる。

「どのようにいたしましょうか」
「えーと……」

江美子は言葉に詰まる。江美子はお洒落をしたいという気持ちはあるのだが、どうやったら良いのかが今一つ分からない。現在のヘアスタイルもカラーに合わせて以前の美容師から勧められたものである。

髪を黒っぽくしなければならないということだけを告げて、江美子は美容師の提案に任せることにする。美容師は「かしこまりました」と頷き、作業にかかる。

カラーも含めてなのでかなりの時間がかかる。持参した文庫本を読んで時間をつぶしていた江美子だったが、つい日頃の疲れからかうとうとする。はっと目覚めた時には江美子の髪は仕上げの工程にかかっていた。

「いかがでしょうか」

鏡に映った自分の姿に江美子は少し驚く。前髪にボリュームをつけた黒いショートヘアは少しクラシックな印象があるが、それが江美子のはっきりした顔立ちによく似合っていた。

「『麗しのサブリナ』みたいでしょう」

美容師が微笑みながら江美子に話しかける。

確かに、昔テレビで見た映画でオードリー・ヘプバーンが演じていたヒロインに似ている。ヘプバーンと自分を比べるのはまったくおこがましいが、はっきりした顔立ちの自分には確かに似合うかもしれない。

江美子が危惧していたのは、麻里と同じヘアスタイルにされるのではないかということだった。しかし黒のショートということでは麻里と共通点があるが、全体のイメージは随分違っていたため、江美子はほっと安心する。

「いいですわ、気に入りました」

江美子がそう言うと、美容師は「よくお似合いですよ」と微笑しながら頷く。

新しい髪形に満足した江美子は一時的に気分が高揚したが、美容院を出て、これから会わなければならない相手のことを考えるとたちまち重苦しい気持ちになる。東横線で渋谷に出た江美子は駅から歩いて5分ほどの場所にあるホテルの喫茶室で相手を待つ。

待ち人は約束の時間から10分ほど遅れてやってきた。昔から一度として時間を守ったことがない。始めのうちは江美子も随分苛立たせられたものだが、やがて慣れっこになった。

男はしばらく江美子に気がつかない様子で、きょろきょろと辺りを見回している。やがて江美子を認めた男は少し驚いたような顔をするとすぐにニヤリと口元に笑みを浮かべ、大股で近づいてくる。
  1. 2014/09/28(日) 12:48:10|
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二人の妻 第23回

「久しぶりだな、江美子。もう5年になるかな」

その男──水上孝之は立ち上がった江美子に手を差し出す。江美子が握手に応じないのを見て苦笑しながら向かい側の椅子に腰をおろす。

「髪形を変えたのか?」

ウェイトレスにコーヒーを注文した孝之は笑みを顔にはりつけながら尋ねる。

「そりゃあ5年もたてば、髪形だって変わります」
「いや、違うな。それは美容院に行ったばかりの髪だ。俺のためにお洒落をしてくれたのか」
「……」
「俺はそういったことには敏感なんだ。特に江美子のことについてはな」
「関係ないわ、それに私を呼び捨てにするのはやめて」

江美子は低い声で孝之に告げる。

「水臭いことを言うな。新しい髪を亭主の前に、俺に見せてくれるくらいだ。まだ俺たちは気持ちの上では繋がっているんじゃないか」
「馬鹿なことを言わないで」

今年で38歳になるはずの孝之だが、少し頬の辺りにたるみは見えるが、まあ端正といって良い顔である。江美子もその孝之が誰よりも素敵だと感じたこともあった。そう、今から7年程前までは──。

江美子が孝之と出会ったのは今から7年前。まだ江美子が26歳の頃である。当時31歳だった孝之と江美子は、各銀行の為替ディーラーが集うセミナー懇親会で出会った。

当時、ある外銀の花形ディーラーであり、セミナーの講師まで勤めた孝之にその後の懇親会で声をかけられ、江美子の気持ちは高揚した。為替取引の第一線で活躍する孝之の話は刺激的であり、会話を交わしていると江美子は自分が高められるような気がするのだった。積極的にアプローチしてくる孝之と江美子が付き合い始めるまで、それほど時間はかからなかった。

江美子が孝之との結婚を意識し始めたのはそれから1年ほど後である。なかなかプロポーズをしない孝之に、ある日ベッドの中で江美子がそれとなく結婚のことをほのめかしたとき、江美子は驚くべき事実を孝之から聞かされた。

孝之には結婚して4年になる妻と、もうすぐ2歳になる娘がいるということである。

迂闊にも江美子は、それまで孝之が結婚しているということにまったく気がつかなかった。孝之自身もはっきりとは言わなかったが、一人身だということをそれとなくほのめかしていたからすっかり安心していたのである。

「俺は一人暮らしをしているとは言ったが、結婚していないとはひとことも言っていないよ」
「そんな……」

事実を知って呆然としている江美子に対して、孝之は平然と言ってのけた。24時間体制で仕事をしなければならない為替ディーラーという職業上、孝之は郊外にある自宅以外に都心にワンルームのマンションを借りていたというのである。

「だって孝之は、自分には家族はいないって……」
「それは比喩的な表現だ。家族はいないようなもんだ、という意味だ」

孝之はそう言うとにやりと笑った。

「まあ、江美子はそんなことは気にすることはない。今までどおりの関係を続ければ良いんだ」
「今までどおりって……」
「いわば江美子は月曜から金曜までの俺の妻、いや、自宅に帰るのはせいぜい月に一、ニ度がいいところだから、ほとんど俺の妻同然といってもいい。たまに自宅に帰るときには、俺の戸籍上の妻が現実にも妻になるというわけだ。つまり俺には妻が二人いる、っていうことになるか」
「馬鹿にしないで」

憤然としてベッドから出ようとする江美子の肩を孝之が押さえつける。

「やめて」
「江美子が制度上の結婚にそんなにこだわっているとは思っていなかった。もっと進んだ女だと思っていたがな」
「騙したことが問題なのよ」
「さっきも言ったが、騙したつもりはない。江美子が勝手に思い込んだだけだ」
「詭弁はやめて」
  1. 2014/09/28(日) 12:49:01|
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二人の妻 第24回

「俺と別れるつもりか」
「当たり前でしょう。知らなかったとはいえ、私、不倫の罪を犯したのよ」

そう口にしてから、江美子は改めて自分の犯した罪の恐ろしさに、裸身をブルッと震わせる。

「不倫なんて大げさことを言うな」
「だって、誰が見たってそうでしょう」
「江美子は俺が結婚していることを知らなかったわけだから、不倫にはならない」
「今は知っているわ」
「妻との関係はもうほとんど破綻しているんだ。家に帰っていないのは仕事が忙しいだけじゃない」

孝之はそう言うと、江美子の肩を後ろから抱きしめる。

「嘘よ」
「本当だ。娘が出来てからというもの、妻は俺に対する関心が全くといっていいほどなくなった。俺が家に帰っても居場所がないんだ」
「それは孝之さんと奥様で解決すべき問題よ」
「何度も話したが、まったく聞く耳を持たない。俺には江美子が必要だ。江美子がいないと生きていく甲斐がない」
「駄目よ。不倫なんて、絶対に出来ないわ」
「不倫にならないようにする。妻とは別れる。きちんと慰謝料も養育費も払って綺麗に別れるから、俺から去らないでくれ」
「ああ……」

江美子は孝之を振り払って部屋から出ようとしたが、孝之の腕にしっかりと抱きすくめられるとなぜか力が入らない。

「愛している……江美子……本当だ……俺が愛しているのは江美子だけだ」
「……」
「妻との結婚は間違いだった。俺に人生をやり直させてくれ」

孝之にうなじに接吻を注ぎ込まれると、たちまちそこから力が抜け、江美子は再びベッドの上に倒れこんでしまう。

「どうしても別れるというのなら最後にもう一度だけ、江美子を愛させてくれ」

孝之はそう囁くと、江美子を抱きしめるのだった。

なぜ自分はあんなに愚かだったのか。そこにあったのは未練か、愛情か。結局その時、江美子は孝之と別れることが出来なかったのである。

孝之との関係はその後1年にわたってずるずると続いた。その間何度も江美子から別れ話を持ち出してはその度に孝之は、泣き落としを交えた巧みな口説きで江美子を繋ぎとめた。

しかしそんな江美子もついに孝之に対して引導を渡すときが来た。ある日、江美子は内緒で孝之の自宅へ出向いた。孝之の妻や娘に対する罪悪感に耐えられなくなり、せめて彼女たちが平穏な暮らしをしているかどうを確かめたかったのである。

そこには江美子にとって驚くべき光景があった。自宅の玄関から現れた孝之の妻は明らかに懐妊していたのである。マタニティウェアの下に膨らんだ腹を隠し、3歳になったばかりの可愛い娘の手を引きながら買い物に向かう幸せそうな孝之の妻を見た江美子の心の中で、何かがガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。江美子はその日の夜、孝之に対して別れのメールを送ると、その後いっさいの連絡を絶った。

こんな不誠実な男のために26歳から28歳までの、女にとって大事な2年間を無為に過ごしてしまったのか──。

江美子は恨めしげな視線を孝之に向ける。自分も愚かで誤った行動を取ったとはいえ、孝之に対する恨みはいまだに消しがたい。

そしていったいどうやって住所を調べたのか。孝之はいきなり江美子に対して手紙を送ってきたのである。ぜひ一度会いたい。会ってくれなければ旦那さんに直接頼みに行く──そんな脅迫まがいの文面は江美子をひどく憤らせた。

(これも私が犯した過去の過ちの報い。隆一さんには知らせず自分だけで解決しなければ)

江美子はそう思いさだめると、孝之の顔をきっと睨みつける。

「いったいどういうつもりなの」
「どういうつもりとは?」
「とぼけないで。あの手紙よ」
「ああ……」

孝之は薄笑いを浮かべる。
  1. 2014/09/28(日) 12:50:05|
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二人の妻 第25回

「それにしても江美子が結婚していたとは最近まで知らなかったよ。水臭い奴だ。披露宴に呼んでくれれば祝いに行ってやったのに」
「何を馬鹿なことを言っているの」
「恋人同士だったじゃないか」
「そんな関係じゃないわ」
「それなら何だ。不倫相手ということか」

江美子はかっと頭が熱くなるのを必死で抑える。

「私はあなたに奥様がいるとは知らなかった」
「それは途中までだろう。知ってからも俺と付き合い続けていたはずだ」
「みんな終わったことよ」
「本当にそうかな」

孝之は静かに笑うと煙草を咥え、火を点ける。

「江美子は吸わないのか」
「二年前にきっぱりやめたわ。水上さんも少しは健康を気にしたら? かわいいお子さんが二人もいるのでしょう」

孝之は一瞬いやな顔をするが、すぐに平静に戻る。

「子供か――二人共ちっとも俺になつかない。家にいると女三人に男一人だ。完全に疎外されているか、せいぜい都合の良い運転手扱いだ」
「水上さんがそんな愚痴を言うなんて全然似合わないわ」
「江美子、また俺と付き合わないか」

孝之はじろりと江美子を見る。

「……何を馬鹿なことを。そんなことが出来る訳がないじゃない」
「あれから俺は思い知った。俺には江美子が必要だったということを」
「都合の良い女だからでしょう」
「月に一、二度会ってくれるだけで良いんだ」
「そんなことを本気で言っているの? 私には夫がいるのよ。水上さんにも家庭があるでしょう」
「俺を愛していると何度も言ってくれただろう」
「それはあなたが結婚しているということを知らなかったからよ」
「嘘をつくな。知ってからも言っていたぞ」
「……」

江美子は一瞬黙り込む。確かにかつて一度は愛した男だ。卑劣な手段を取るとは考えたくなかったが、どうも江美子の最悪の予想が当たりそうである。

「私が愛しているのは夫だけよ」
「北山隆一という男か?」
「よく調べたわね」
「俺が顔が広いことは江美子も知っているだろう。首都銀には何人も知り合いがいる」
「……」
「その夫も江美子を愛してくれているのか?」
「そうよ」
「江美子が昔、不倫をしていた女だと知ったうえでか」
「……」

江美子は険しい目で孝之をにらむ。

「私が32、彼が38で結婚したのよ。それぞれなんらかの過去があることは了解しているわ。でも、そんなことはお互い詮索しないのよ」
「江美子の夫は前の奥さんに不倫されたそうじゃないか」

孝之はひるむ様子もなく江美子の目を見返す。

「……そんなことまで調べたの」
「それが離婚の原因だったとしたら、相当その男は傷ついたはずだ。男にとって女房に浮気されるほど屈辱的なことはないからな。女性不信になってしまってなかなか再婚しようという気にもならない。また、仮に次に再婚する時は、今度こそ失敗しないでおこうと考えるはずだ。要するに絶対に不倫などしない女と結婚しようとな」
「いったい何が言いたいの」
「ある程度過去があることは了解しているとは言ったが、江美子が不倫の経験があることまでは了解しているかな?」
「さっきもいったでしょう。私は不倫をしようと思ってした訳じゃない」
「江美子の旦那がそう取るかどうかが問題だろう」
「彼はそんなことは知らないし、そんなことをわざわざ知らせる必要もないわ」
「どうしてそんなことが言える」
「私は彼を絶対に裏切らないからよ」
「さあ、どうかな」

孝之は短くなった煙草を消すと、新しいものを取り出して咥える。
  1. 2014/09/29(月) 00:37:18|
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二人の妻 第26回

「平和な結婚生活を送るためだ。俺と月に一、二度付き合うくらいかまわないだろう。かえって刺激になって夫婦生活もうまく行くかもしれないぞ」
「お断りよ。それにどうして水上さんと付き合うことが平和な結婚生活を送れることになるの?」
「旦那が江美子の過去を知っても良いのか」
「誰も知らせないわよ。私とあなたのことを知っているのは、私の方ではごく親しい友人が2人ほどいるだけ。彼女たちは口が堅いから話さないわ。あなたの方はそもそも始めから不倫だったから、誰にも話していない」
「大事な人間を忘れていないか」
「あなた自身が話すというの? そこまで馬鹿だとは思っていなかったけれど」
「恋は盲目っていうじゃないか」
「話すのなら話しなさい。彼は分かってくれるわ」
「旦那の娘も分かってくれるかな?」
「……」

孝之の言葉に江美子の頬が引きつる。

「娘は父親が引き取ったんだろう。不倫を犯した母親を憎んでいるんじゃないのか? 同じ不倫女を新しい母親として受け入れるかな」
「……脅迫するつもり?」
「俺も昔の恋人にこんなことは言いたくない。俺が以前二人の妻をもっていたように、江美子も旦那が二人いるんだと割り切れば良いんだ」
「なんてことを……」
「俺に会うためにわざわざ美容院にまで行って、江美子もその気があるんだろう。早速旧交を温め合おうじゃないか」

江美子は孝之をじっとにらみつけていたが、やがて静かに笑うとジャケットの内ポケットから太いペンのようなものを取り出す。

「何だ、それは……」

孝之の顔が一気にこわばる。

「ボイスレコーダーよ」
「……」
「あなたの言ったことが脅迫にあたるかどうかは分からない。でも、これ以上私にまとわりつくようなら、これをもってあなたの職場に掛け合いに行くわ」
「そんなことは……」
「何でもないというの? あなたが以前のような花形ディーラーならそうかも知れないわね」

江美子は孝之の目をじっと見る。

「あなたは三年前に大きな損を出してディーラーの仕事からは外され、今はバックオフィス勤務らしいわね。潰しのきかない元為替ディーラーが四十近くになって次の職が見つかるかしら」
「……」
「馬鹿なことは考えないで、今度こそ家庭を大事にすることね」
「江美子……」
「さよなら、もう二度と会わないわ」

江美子は伝票を手にすると立ち上がる。孝之の目が一瞬憤怒に燃えたが、江美子の視線を受けて気弱に伏せられる。江美子はつかつかと喫茶室の出口へと歩きだした。


江美子が家に帰り着いたのは三時近くになっていた。横浜で買ったケーキが三つ入った白い箱を手に提げた江美子は「ただいま」と言いながら玄関に入る。

「お帰りなさい」

居間から出てきて理穂は、江美子の姿を目にした途端、さっと顔色を変えて立ち竦む。

「どうしたの? 理穂ちゃん」

江美子は理穂の不審な様子を訝しむ。理穂はしばらく江美子の顔を呆然と見つめていたが、やがてさっと背を向けて自分の部屋に駆け込む。

「理穂ちゃん!」

江美子の声を聞いた隆一が玄関に現れる。隆一の表情が急にこわばったのを見た江美子は、不安に襲われる。

「隆一さん、理穂ちゃんが……」
「江美子……」
「えっ?」
「その髪は……どうして?」
  1. 2014/09/29(月) 00:42:06|
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二人の妻 第27回

「髪がどうしたの? 美容院に行ったのよ。前から黒くしなければいけないと思っていたから」
「こっちへ来い」

隆一に促されて江美子は寝室に入る。隆一が棚の奥からアルバムを取り出す。

「麻里の写真はほとんど処分したんだが、理穂と一緒に写っているものは残している。今はまだ憎んでいるかもしれないが、あいつにとって母親であることは変えられないのだから」

隆一はそういいながらアルバムを開く。そこには満開の桜の木の下で並んで立っている麻里と理穂の姿があった。その写真を見た江美子は驚きに息を呑む。

理穂の小学校の入学式の際に撮ったものだろう。満面の笑みを湛えた理穂の隣でスーツ姿の麻里が微笑んでいる。麻里の髪型は今のものとは違う──江美子が今日美容院でセットされたのとほとんど同じスタイルの、黒髪のショートだった。

6年半前に撮られたその写真の麻里は現在の江美子とほぼ同年齢。顔立ちが似ていることもあって、同じ髪型の麻里は江美子にとって、まるで自分自身の写真を見ているようだ。

「これは……」

唖然とした表情で江美子はその写真を見つめている。

「理穂が生まれてからの麻里は、短いほうが手入れがしやすいからといってずっとこの髪型だった。そしてこの姿で有川と関係し、俺と理穂の元を去った」
「そんな……」
「江美子はどうして髪を切った? どうして麻里とそっくりなんだ?」
「それは……」

江美子は一瞬、麻里から紹介された美容院に行ったことを話そうかと思うが、すぐに思いとどまる。

そうすると隆一はどうして江美子があの旅行の後、麻里と接触を持っているのかについて不審に思うだろう。言い訳が出来ないことではなかったが、江美子は自分の本心、つまり麻里と自分が接触することによって彼女を隆一から遠ざけようとする意図が、隆一に悟られることを恐れた。

「……ただの偶然です」
「偶然? そんな偶然があるのか」
「私、美容師さんに『麗しのサブリナ』のオードリー・ヘプバーンのような髪型にして欲しいと頼んだんです」
「『麗しのサブリナ』……」
「すみません、子供っぽくて」
「江美子はその映画を観たことがあるのか」
「えっ、ええ……昔テレビで……」
「どんなストーリーだったか覚えているか?」
「いえ」

江美子は首を振る。

「子供の頃だったので、よく覚えていません」
「ヘプバーンが演じるサブリナというヒロインが、二人の男の間で揺れ動く話だ。そのうち一人はプレイボーイで婚約者もいる」

隆一の言葉に江美子は愕然とした表情になる。

「そんな……」
「理穂は母親のことを『ヘプバーンのようだ』と自慢していたし、小学生の頃に彼女の主演した古い映画をレンタルで借りるようねだった。しかし、麻里がこの家を出て行ってからは見向きもしない」
「私、知りませんでした」
「知らないのは当たり前だ。江美子には話したこともないし、麻里の昔の写真を見せたこともないのだから」
「私、すぐにこれからもう一度美容院に行って、髪形を変えてきます」
「その必要はない」

隆一が玄関を出ようとする江美子を止める。

「理穂は少し驚いただけだ。大丈夫だ」
「でも……」
「お互いに意識しなくても、江美子と暮らしていくうちに母親のことを思い出すことはあるだろう。そのたびにいちいちショックを受けていたらこれからやっていけない」
「……ごめんなさい」
「謝る必要はない。偶然なんだろう? 江美子に責任はないよ」

隆一は気持ちが落ち着いたのか、江美子に優しく声をかける。それがかえって江美子は罪悪感に胸がえぐられるような思いがするのだった。
  1. 2014/09/29(月) 00:43:51|
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二人の妻 第28回

(最悪の週末だったわ……)

得意先周りを終えた江美子はオフィスに戻る電車の中で、週末の出来事を思い出している。

しばらくして落ち着いたのか、理穂が部屋を出てくると江美子が買ってきたケーキを3人で食べた。しかし、理穂は明らかに江美子を見ないようにしており、その態度は日曜になっても変わらなかった。気を使って話しかける江美子に笑って答えるのだが、目はこちらを見ていないのだ。

めったにしないことだが、土曜の夜は江美子から隆一をベッドに誘ってみた。しかし、隆一は「今夜はその気になれない」と首を振るだけのだった。はっきりと口には出さないが、江美子の姿が麻里を思い出させるために違いない。

(いちいちショックを受けていてはやっていけないと言っていたけれど、一番ショックを受けていたのは隆一さんではないのか──)

江美子は憂鬱な気持ちでそんなことを考える。

隆一から止められているので、髪形についてもすぐに直すわけには行かない。それに、これだけ短くしてしまったらバリエーションにも限界があった。

皮肉なことに江美子の新しい髪形は、同僚や上司、そして取引先には好評だった。何人かは褒め言葉のつもりか「オードリーヘプバーンに似ているね」と笑い、それがさらに江美子を憂鬱にさせる。

(ある程度長くなるのを待つしかないわ)

そう考えた江美子が思わずため息をついた時、携帯にメールの着信音がする。送信先には「中城麻里」と表示されている。

(麻里さん……)

ざわついた気持ちを抑えながら江美子はメールを読む。

『ご紹介した美容院はいかがでした? きっと気に入っていただけたことと思います。早速ですが、理穂のことでご相談したいことがあるのでお時間をいただけますでしょうか。麻里』

(白々しい……どういうつもりなの)

江美子はカッと頭が熱くなるのを感じる。麻里は江美子と隆一、そして理穂の間に波風が立つことを楽しんでいるのか。それとも、よほどの天然なのか。

江美子は承諾のメールを打つ。まもなく麻里から、金曜の夜9時に渋谷駅近くのカウンターバーでどうかと返事がある。

(どういうつもりなのか、確かめてやるわ……)

江美子はそう思い定めると、再び麻里に了解のメールを返す。


麻里の指定したバーは、六本木通りと青山通りが交差したあたりのビルの地下1階にある。清潔感のある落ち着いた雰囲気は、女性が一人で入るのに抵抗がない。麻里はすでに到着しており、カウンターの端でカクテルを飲んでいる。江美子の姿を認めると、麻里は立ち上がって会釈をする。

「お忙しいところを急にお呼びだてしてごめんなさい」
「いえ、私のほうでもお話したいことがありましたから」

江美子は会釈を返して席に着く。

「思ったとおりだわ」

麻里は微笑みながら江美子をしげしげと眺める。

「え?」
「その髪型、江美子さんにぴったりだわ。よく似合うわよ」
「……」

邪気のない麻里の表情に言葉を失っている江美子に、バーテンダーが声をかける。

「何かおつくりしますか?」
「え、ええ……」
「ここのバーは、ハーブ入りカクテルが有名なのよ」

麻里の勧めに江美子は思わず「それじゃあ、それをお願いします」と頷く。
  1. 2014/09/29(月) 00:45:08|
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二人の妻 第29回

「かしこまりました」

バーテンダーはカウンターに置かれたラム酒を取り上げ、ライムジュースと混ぜ合わせ始める。バーテンダーの巧みな手つきをぼんやりと見ている江美子に麻里が声をかける。

「江美子さんがお話したいことって何かしら」
「え、ええ……それは……」

江美子は一瞬口ごもるが、やがて意を決して話し出す。

「この髪型は麻里さんが昔されていたものと同じですよね」
「そうよ」

麻里が悪びれずに答えたので、江美子は驚く。

「どうしてそんなことを……」
「江美子さんに似合うと思ったから、次に隆一さんが気に入っていたから、その二つが理由よ」
「理穂ちゃんは麻里さんのことを思い出してしまったようでした」
「あら、そうなの?」

麻里は首をかしげる。それのどこがいけないのか理解できない、といった表情である。

「理穂ちゃんの心を乱してしまったようなのです」
「理穂はそんなことで気持ちが乱されるような子じゃないと思うけれど」

アルコールが入っているせいか、麻里の話し方は以前よりもかなりくだけた感じになっている。江美子の前にバーテンダーが出来上がったカクテルを置く。

「ペパーミントのモヒートです。ペパーミントにはリフレッシュ効果や、リラックス効果があるんです」
「あら、美味しそうね」

麻里は「私にも同じものを」と注文する。まもなく麻里の前にも江美子と同じカクテルが置かれる。

「それじゃあ、乾杯しましょう」

麻里はグラスを持ち上げる。

「何の乾杯ですか」
「あなたと隆一さんの結婚一周年のお祝いよ」
「記念日は来月です」
「知っているわ。そのときはもう一度お祝いしましょう」

(隆一さんと同じことを言っているわ)

江美子はそんなことを考えながら、仕方なく麻里と合わせてグラスを持ち上げる。「乾杯」と麻里が言いながらグラスに口をつけると、江美子も釣られてカクテルを口にするが、ペパーミントの甘さと清涼感が心地よく、一気に半分ほど飲んでしまう。

「どう?」
「……美味しいです」
「そう、よかったわ」

2人がカクテルを口にするのを確認したように、バーテンダーがカウンターに料理を出していく。フルーツトマトのサラダ、鴨のたたき、オリジナルのピザなどが並べられる。

「ここは料理も美味しいのよ。江美子さん、仕事が忙しくて夕食がまだなんじゃない?」
「はい」

そのとおりなので江美子は頷く。カクテルは飲みやすいが意外に強い。それほど酒に強くない自分が空腹時にあまり飲むと酔ってしまう。江美子は遠慮なく料理を口にする。

「美味しいです」
「そうでしょう」

確かに麻里が言うとおり、バーのつまみとは思えないほどの味である。バーテンダーが料理に合ったカクテルを作り、知らず知らずのうちにアルコールの量が上がっていく。そんな江美子の様子を麻里は楽しげに見つめていたが、やがて口を開く。

「心を乱されたのは理穂じゃなくて、隆一さんじゃない?」
「え?」

突然の麻里の言葉に江美子はたじろぐ。
  1. 2014/09/29(月) 00:46:22|
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二人の妻 第30回

「それはどういう……」
「男の人は、女よりも過去を引きずるものよ」
「……」
「隆一さんが江美子さんと幸せになるためには、彼が私のことを吹っ切らないといけないわ」
「それと、私に麻里さんの髪型をさせたこととにどういう関係があるのですか?」
「わからないの? 隆一さんは無意識のうちに江美子さんに私の面影を求めているのよ」

麻里の言葉に江美子は衝撃を受ける。しかし、それは旅行中に麻里に会った江美子自身が感じたことである。

「こんなことを言うといかにも自意識過剰のように聞こえるのだけれど、本当にそう思うのだから仕方がないわ。それを隆一さんに一度はっきりと自覚させるために、こんな手段を使ったの」
「……」
「K温泉であなたと隆一さんを見たときから私にはわかっていたわ。私には妹はいないけれど、もしいたとしたらあなたのようだったと断言できるわ」
「そんな……」
「あなたも気づいているでしょう。有川さんもあなたを見た瞬間にわかったと言っていたわ。彼がK温泉で隆一さんに対してやや失礼な態度をとったのもそのせい──彼が私のことを吹っ切れていないことを気づかせたかったためなの」
「それで、麻里さんはそれについてどう思っているのですか?」
「本音を言うと少しだけ嬉しいところもあるけれど、やっぱり迷惑だわ」

そう言うと麻里はカクテルを少し口にする。

「私も隆一さんから離れて、新しい世界へ歩いていきたいの。けれど、隆一さんがいつまでも私を引きずって、理穂がそれを見て悩んでいるようでは心配だわ」
「理穂ちゃんが悩んでいると……」
「隆一さんが苦しんでいるのを見てあの子なりに悩んでいるのよ──そもそもの原因は私なのだけれど」

江美子にはそこまでは気づかなかった。理穂が江美子の新しい髪形を見た際に衝撃を受けた様子は、自分よりも父親の心の傷のことを慮ったせいだというのか。

「……どうしたらいいんでしょうか?」

江美子は麻里の方をまっすぐ見る。

「江美子さんは隆一さんを愛しているんでしょう?」
「もちろんです」
「彼から愛されているという実感はある?」
「それは……」

あると断言したかったが江美子は急に自信がなくなる。隆一が今も愛しているのは麻里ではないのか。自分を抱くことで、麻里を抱けない心の渇きを癒しているだけではないのか。

――麻里

隆一の苦しげな声が江美子の頭の中に浮かんでくる。

「……わからなくなって来ました」
「私の影がなくても江美子さんが隆一さんに愛されること、そのためには江美子さんが隆一さんのことをもっと知る必要があると思うわ」
「もっと知る……」

江美子は麻里の意図を図りかねる。

「私が隆一さんのことを理解していないとおっしゃるのですか」
「そうは言っていないわ」

麻里は首を振る。

「それでも、私は彼とは学生時代以来、離婚するまで15年以上の付き合いよ。その間には色々なことがあったけれど、今でも彼のことは一番わかっているつもりよ。江美子さん、あなたは隆一さんと会ってからどれくらいになるの?」
「……二年です」

江美子の答えを聞いた麻里は微笑む。それは余裕の笑みに思え、江美子は理由のつかない焦燥に駆られる。

「心配要らないわ。私が教えてあげる。隆一さんのことを全部」

麻里の目に、いつか夢の中で見た挑発的な色がふと浮かんだような気がして江美子ははっとする。
  1. 2014/09/29(月) 00:47:34|
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二人の妻 第31回

「すみません、少しお手洗いへ……」

椅子から立ち上がった江美子は急にふらつき、麻里に抱きとめられる。

「大丈夫、江美子さん」
「だ、大丈夫です」

手洗いに行った江美子は鏡の中の自分の姿を見つめながら考え込む。

(麻里さんの言うとおりなんだろうか……本当に隆一さんは私の中に麻里さんの面影を……)

鏡の中の自分の姿が、隆一に見せられたアルバムの中の麻里の顔と一瞬重なるような気がした江美子は、再び軽い眩暈を知覚する。

(いけない……落ち着くのよ、江美子)

江美子は必死で気持ちを落ち着けようとする。ふと腕時計を見た江美子は、すでに11時近くになっていることに気づき慌てる。

(隆一さんにメールを打たなくちゃ……)

江美子は携帯電話をカバンから取り出し、キーを打ち始める。その夜のその後の江美子の記憶はすっかり抜け落ちていた。


目を覚ましたとき江美子は自分が見慣れないベッドの上に仰向けに横たわっていることに気づく。下着姿の江美子は反射的にシーツを胸元まで引き上げる。

(しまった……)

ここはどこだろう。少なくとも自宅ではない。いったいゆうべ、あれから自分はどうしたのだろうか。

江美子が混乱していると、麻里が珈琲が入ったカップを持って入ってくる。

「あら、やっと起きたのね、江美子さん」
「ここは……」
「私のマンションよ」

麻里がにっこりと微笑む。

「江美子さん、昨夜すっかり酔ってしまって、とても一人では帰れそうになかったから、このまま泊まっていただいたの」
「えっ……」

麻里がカーテンを開ける。朝の光がさっと差し込み、江美子はまぶしさに目を細める。

「ごめんなさいね、私が調子に乗って泊まっていったら、なんて勧めたせい……」
「いけない、隆一さんが……」

江美子は自分が帰ってこないことに隆一が心配しているのではないかと、慌てて携帯電話を取り出し、送信メールの履歴をチェックする。

『隆一さん、ごめんなさい。つい友達と話し込んで遅くなってしまいました。今夜は彼女のマンションに泊めてもらいます。先に休んでいてください』

(これは……)

確か手洗いで携帯を取り出し、隆一にメールを打ち始めた記憶はある。しかし、こんな内容だっただろうか……。

(帰りが遅くなると打ったつもりだったんだけれど……)

次に受信メールを見る。江美子からのメールを受け取った隆一からの返事である。

『たまには女同士でゆっくり話をしてくるといい。友達にあまり迷惑をかけるなよ』

結果として隆一には心配をかけていないことがわかり、江美子はほっとする。一方で江美子は「友達」というのが実は麻里のことだということを隆一に告げていないことに罪悪感を覚える。

「大丈夫?」

麻里が江美子に声をかける。江美子はそこで改めて、昨夜麻里に対して醜態を見せたことによる恥ずかしさがこみ上げる。
  1. 2014/09/29(月) 00:48:54|
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二人の妻 第32回

「すみません……麻里さんにすっかりお世話をかけてしまって」
「私の方こそごめんなさい。江美子さん、あまりお酒がお強くなかったのね。バーテンダーが随分恐縮していたわ。そうとは知らずに強いカクテルを勧めてしまったって」
「いえ、調子に乗って飲みすぎた私が悪いんです」
「とにかく、珈琲でもお飲みになったら?」
「有難うございます」

動揺していた江美子は熱い珈琲を飲んでようやく落ち着きを取り戻す。

「あの……麻里さん」
「何かしら」
「昨夜私、何を話していました?」
「何って……」

麻里は明らかに戸惑ったような表情をする。

「随分長く話したから、お互い色々なことを話したわ」
「色々なことって……」
「全然覚えていないの?」
「いえ、お手洗いに行ったあたりから……」
「そうなの」

口元に意味ありげな微笑を浮かべる麻里に、江美子は胸騒ぎめいたものを感じる。

「セックスのことよ。主に隆一さんとの」
「そんなことを話したんですか……」

麻里は依然として微妙な笑みを浮かべている。

「私はうれしかったわ。江美子さんが私に心を開いてくれたような気がして」
「具体的には……どんな……」
「本当に覚えていないの?」
「はい」
「困ったわね……」
「教えてくれませんか」
「ちょっと素面では言いにくいわ。また今度お話しましょう」

江美子は顔からさっと血の気が引くような感触を覚える。麻里は「主に隆一さんとの」と言った。と、いうことは隆一以外の男との経験についても話したのだろうか。

江美子は基本的には酒のせいで大きな失敗したことはないが、これまで多少飲み過ぎて饒舌になることはあった。麻里に対してそんな微妙な話までしたとしたら、この前のK温泉での出来事、孝之と望まない再会をさせられたこと、そして麻里そっくりの髪型のことなどで気持ちが不安定になっていたためだろうか。

(まさか、孝之と不倫の関係にあったことまでは話していないと思うけれど……)

自分がそこまで自制心を失うとは思えないが、麻里の謎めいた微笑を見ていると、ついそんな恐れを抱いてしまう。三十二歳で結婚した自分が、過去にまったく男性経験がなかったとは隆一も思っていないが、それが不倫だったとすれば話は別だ。

麻里に裏切られたことによる心の傷がいまだに癒されていない隆一が、江美子にも不倫の過去があったと知ったらどうなるだろう。孝之には「隆一は分かってくれる」と強がったが、正直言ってその自信はない。

まして、父親を裏切った母親に対して憎しみさえ抱いている理穂は、江美子が「同類の女」であることが分かったら、決して受け入れることはないだろう。自分と麻里が離婚したことによって娘を傷つけたことを悔やんでいる隆一は、理穂をとるか、江美子をとるかという選択を迫られたら躊躇なく理穂を選ぶだろう。

珈琲を飲み終えた江美子は、不安な気持ちを抱えながら帰宅する。江美子が横浜の自宅に着いたときはすでに土曜日の昼近くになっていた。

「遅かったな」
「申し訳ありません」

玄関で出迎える隆一に、江美子は頭を下げる。

「理穂ちゃんは?」
「学校だ。今日は部活動で遅くなるそうだ」
「そうですか」
「江美子」

そこで江美子は初めて、隆一の表情が妙に強張っていることに気づく。
  1. 2014/09/29(月) 00:49:57|
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二人の妻 第33回

「ちょっと話がある。寝室へ来てくれ」
「はい……」

江美子は胸騒ぎを覚えながら隆一についていく。扉を閉めた隆一は、ポケットから携帯電話を取り出す。

「この写真に心当たりはあるか?」

差し出された携帯の画面を見た江美子は、息が止まるほど驚く。そこには裸の女の下腹部が映されており、恥丘のあたりは精液とおぼしき白い液体によって汚されていた。メールには『今夜、奥様を美味しくいただきました。どうもご馳走様でした、水』と書かれている。

「どうだ、江美子」
「知りません……何かのいたずらでは……」
「それならこれはどうだ」

隆一はキーを操作し、次のメールを表示する。それにも写真が添付されており、目を閉じた江美子の顔のアップであり、口元にはやはり精液らしいものが垂れている。

『奥様はおしゃぶりのテクニックも抜群ですね、水』

メールのメッセージを読んだ江美子は、頭がカッと熱くなるのを感じる。

「これは江美子に間違いないな」
「……」
「どういうことなのか説明してくれ」
「それは……」

江美子の顔色は蒼白になり、言葉を失う。

「水」というのは水上孝之のことに違いない。しかしこんな写真は、江美子には撮られた覚えはない。孝之との情事の後、眠っている江美子に気づかれないように撮影したのだろうか。江美子は懸命に落ち着きを取り戻し、隆一に説明する。

「……この顔は、確かに私のものだと思います。でも、もう一枚の写真は……わかりません」
「すると昨夜、友達のマンションに泊まったというのは嘘か?」
「違います。これは昨夜のことではありません。写真をよく見てください」

江美子は携帯の画面を必死な思いで指さす。

「髪の色が栗色です。もし昨夜撮ったのなら、黒い髪をしているはずです」
「……」

隆一は改めて写真を見直す。

「……確かにそうだ」
「昔、私が知らない間に撮られたものだと思います」
「水というのは誰だ」
「それは……水上孝之という男性です」
「江美子の昔の恋人か?」

江美子はこくりと頷く。

「でも、彼との関係はもう五年も前に終わっています」
「……今頃になっていやがらせか」
「そうだと思います」
「しかしどうやってその水上という男が俺の携帯のアドレスを知ったんだ?」
「それは、私にも分かりません」

江美子はその時、最近水上にあったことを話すべきかどうか一瞬迷う。

(しかし、もし会ったことを話せば、どうして呼び出しに対して自分が応じたのかを隆一は疑問に思うに違いない。まだ男と切れていないか、それとも会わなければならない弱みがあったのかと隆一は考えるだろう)

(それに、孝之が隆一のアドレスを知った理由は私自身も分からないのだ。孝之と会った時、もちろん携帯電話は持っていた。私は携帯にはロックをかけていないから、メールの履歴やアドレス帳から、隆一のアドレスを知ることは可能である。しかし、私は携帯を手元から離さなかったはずだ)

「水上さんも私たちと同業ですから」
「銀行員か?」
「はい、ですから、首都銀行にも知り合いは多いはずです」
「その知り合いから、俺のアドレスを聞き出したというのか?」

隆一は首をかしげる。
  1. 2014/09/29(月) 00:51:30|
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二人の妻 第34回

「確かにこの携帯は、仕事の連絡にも使うことはあるが……しかし、もしそんなことをしたとしたら個人情報保護法違反だな」

苦笑した隆一を見て、江美子はほっと胸をなでおろす。

「江美子は昨夜、どこに泊まったんだ?」
「美弥子のマンションです」

江美子は思わず、学生時代からの友人の名を告げる。

ここで麻里の名を告げたほうがよかっただろうか、と江美子は一瞬後悔する。

(だけど、昨夜私は隆一さんに、友達のマンションに泊まると連絡をしている。隆一さんは、友達というのが麻里さんだとは思っていないだろう。ここで実は麻里さんのマンションに泊まったと告げれば、私は隆一さんに嘘をついたことになる)

ひとつ嘘をついたことが分かれば、孝之とのことも再び疑惑を招くかもしれない。

「そうか、それならアリバイがあるって言うことだな」

隆一は微笑する。

「疑って悪かった」
「信じてくれるのですか、隆一さん」
「当たり前だ。女房を信用しないでどうする。ちゃんと説明してくれたのだからな」
「ありがとうございます」

そう言いながら江美子はちくりと胸の痛みを感じる。

「しかし、その水上という男には一度釘を刺しておかないといけないな」
「それは、私がやります」
「こんな卑劣な手段を平気でとる男だ。何をするか分からないぞ」
「大丈夫です。それに、これは私と彼との問題ですから」
「そうか、江美子がそこまで言うなら……しかし、何か困ったことがあったらすぐに相談してくれ」

隆一の顔つきが穏やかになったので江美子は安堵する。

「よし、この話はこれで終わりにしよう。正直いって、この写真を見てから江美子が帰って来るまでは、嫉妬で頭が変になりそうだった」
「すみません」
「江美子のせいじゃないさ」

やはり隆一に自分の過去のことは言えない。それにしても水上はどういうつもりか。自分を甘く見ているのか。

(もう一度お灸を据えた方がいいかもしれない)

江美子は改めて水上に対する嫌悪感が込み上げて来るのを感じるのだ。


その夜、隆一は江美子の身体を求めた。江美子が髪を切ってから初めてのことである。

(前よりも激しいわ)

素っ裸で隆一に組み伏せられた江美子は、込み上げる快楽を懸命にコントロールしながらそんなことを考える。

「愛している、江美子」
「私もよ、隆一さん」
「気持ち良いか」
「……」
「気持ち良いと言ってくれ」

どうしてそんなことを確認したいのだろう、と江美子は考える。

そういえば孝之もそうだった。江美子にしきりに恥ずかしい言葉を言わせたがった。あの時は意地になって拒否していたが、そんなことで征服感が満たされるのなら付き合ってあげても良い。

(そう……隆一さんになら付き合ってあげても良い)

江美子は両腕を隆一の背中に回し、強く抱きしめながら「気持ち良い……」と小声で告げる。江美子の中に深々と突き立った隆一の肉塊がその大きさを増し、たちまち身体の奥から波のような快感がこみ上げてくる。江美子は声が漏れるのを恥らうように、その花びらのような唇を隆一に押し付けるのだった。
  1. 2014/09/29(月) 00:53:34|
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二人の妻 第35回

次の週の半ばになっても、江美子は孝之に連絡が取れないでいた。

いや、こちらから連絡をしていないのである。あの後落ち着いて考えてみたが、孝之が今になって江美子の卑猥な画像を隆一に送ってくるのはいかにも不自然である。確かに孝之は卑劣な人間だが、半面小心で計算高い。自爆テロのような愚かな振る舞いは孝之にはどうにも似つかわしくないのだ。

さらに江美子には、孝之からあのような写真を撮られた記憶はない。子供の付き合いではないのだから孝之とは肉体関係があったし、彼に妻子がいると判明するまでは恋人だと思っていたから、行為の後で寝入ってしまうことはあった。その際にあのようなしどけない姿を撮影された可能性はないとはいえない。

しかし、孝之の軽躁な性格上、そういったことをしたら江美子に対して黙っていられないのではないかと思うのだ。

それに江美子が見せられた二枚の写真、そのうち下半身を撮影したものは江美子のものだとは限らない。ネットから拾ってきた卑猥な画像を送ってきただけかもしれない。

(孝之でないとすると、いったい誰が……)

残業でかなり遅くなった江美子は会社から帰る電車の中で、窓に映る自分自身の姿をぼんやりと見つめながら考える。

だからといって孝之以外の「犯人」も江美子には思いつかない。江美子に対して、または隆一に対して恨みを抱いている人間がいないか思い巡らせてみたが、見当がつかない。また、もしそうならもっと直截的な方法をとるのではないかとも思うのだ。

(ひょっとして……)

江美子は麻里の顔を思い浮かべる。

麻里なら出来るだろうか──江美子はその可能性を考える。

先週の金曜に、うかつにも酒に酔って麻里のマンションに泊まったとき、寝顔を撮影された可能性はある。それを麻里は、自分の携帯を使って隆一の携帯に送ったのではないか。

(しかし、それなら『水』と記されていたのはなぜ? どうして孝之さんと私の関係を知っている?)

麻里は江美子が酒に酔って「主に隆一とのセックスの話」をしたと告げた。その時は水上との不倫の関係まで喋ってしまったかと慌てた江美子だったが、いくらなんでも自分がそこまで自制心を失うとは思えない。

(それに、メールに添付されていた写真の髪の色が栗色だったことが理屈に合わない)

もし麻里が自分を撮影したのなら、当然髪の色は今のもの──黒であるはずだ。ウィッグを使って撮影すれば、栗色の写真も撮れるが、そんなことをしたら少なくとも現在は江美子が水上と関係を持っていないことを証明しているようなものである。

(いずれにしても、私と隆一さんの関係に水を差したい人間がいることは確かだ)

確信が持てない以上、こちらから動くのは禁物だ、と江美子は考える。水上との関係について隆一にきちんと話せていないのは、江美子にとってウィークポイントでもある。

(いずれは話さなければならない。だけど、今はその時ではない。今の隆一さんは、麻里さんがと久し振りに再会し、おまけにそれが自分から麻里さんを奪った有川さんと一緒だったからかなり動揺している)

結論がでないまま家に着く。玄関に隆一の靴があるところを見ると、先に帰っているようである。

「ただいま」

声をかけるが返事がない。江美子が戸惑っていると、寝室から隆一が顔を出した。隆一の顔は今朝見た時と比べてすっかり憔悴していたので江美子は驚く。

「隆一さん……」
「入れ」

隆一に促されて江美子は寝室に入る。

「さっきまたメールが届いた」
「えっ」

驚く江美子に隆一が携帯を突き付ける。そこには裸の江美子がうっとりと目を閉じ、硬化した男の肉棒を咥えている写真が表示されていた。
  1. 2014/09/29(月) 00:55:09|
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二人の妻 第36回

「どういうことか説明してくれ」
「これは……」

言葉に詰まる江美子に、隆一がメールの本文を見せる。

『今日も奥様をいただきました。相変わらず奥様の舌技は風俗嬢並で、あっと言う間にいかされてしまいました。奥様も寝取られ男のチンポより、僕のチンポの方が美味しいと何度も言いながら喉の奥まで使って咥え込んでくれました。水』

メールの本文も衝撃的であったが、もっと驚いたのは添付されている写真での江美子の髪の形と色が今のものと同じだったことである。メールの文章はさらに続く。

『追伸:前回は間違えて、昔の奥様の写真を送ってしまいました。今回の写真が現在の奥様のものです。水』

(嘘だ)

水上との関係は五年前に終わっている。こんな写真を撮られることはありえない。

また、水上と付き合っている時も、江美子はこのような写真を撮らせた記憶は一切ない。こんな写真が存在する訳がないのだ。

「江美子、説明してくれ」
「これは……嘘です」
「嘘だと?」
「デタラメです。こんなことはあり得ません。私は隆一さんを裏切ったことはありません」
「それならどうして水上という男がこんな写真を持っているんだ。前回の物は髪形が違うから、昔の写真だろうということはわかる。しかし、これは今の江美子だろう」
「……」
「それとも、水上と付き合っている時にも、こんな髪形をしていたのか?」
「いいえ……」

江美子は首を振る。こんなところで嘘をついても意味がない。隆一が当時の江美子を知る人に確認すればわかってしまうかもしれないのだ。

「私は、今の髪形にするまでは大きく変えたことはありません。あの時は本部勤務だったので、髪も明るい栗色でした」
「それなら、これは今のものじゃないのか」
「こんな小さな写真ではわかりません。デジカメで撮った写真は後で色の修正が可能だと聞きました」
「苦しい言い訳だな」

隆一が口を歪め、江美子を見つめる。

(疑われている……)

状況から判断して仕方ないとは言え、隆一が自分に対する信頼をなくしているという事実が江美子の心に突き刺さる。夫婦の信頼というものはこんなに簡単にが失われていくのか。何があろうが妻を信じるという気持ちにはならないのか。

「今日はどうして遅くなった」
「残業です」
「本当か」
「本当です。上司に聞いてもらってもかまいません」

隆一は少し考えるがやがて首をかしげる。

「そんなみっともないことができるか。同じ銀行で女房が働いていて、その上司に対して女房の素行確認をするなんて、いい笑い者だ。江美子も出来るはずがないとわかっていてそんなことを言うのだろう」
「そんなこと……」
「服を脱げ」
「えっ?」
「聞こえなかったか? 服を脱げと言っているんだ。全部脱いで素っ裸になれ」
「大きな声を出さないでください。理穂ちゃんに聞こえます」
「えらそうに俺に指示をするな。愚図愚図言わずに脱ぐんだ」

隆一がこんな風に怒鳴るのを、江美子は初めて見た。江美子はショックで顔を引きつらせながらジャケットを脱ぎ、ブラウスのボタンを外し始める。

ブラウスを肩から外し、スカートを降ろすと江美子は下着のみの半裸となる。

「全部脱ぐんだ。素っ裸になれといっただろう」

江美子は恨みがましい視線を隆一に向けるが、すぐに目を伏せ、パンティストッキングを脱ぎ、ブラジャーを外す。
  1. 2014/09/29(月) 00:56:30|
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二人の妻 第37回

「もう一枚残っているぞ」
「許して……」
「素っ裸になれと言っただろう」
「お願い、せめて電気を消して」
「駄目だ」

隆一の声に江美子は諦めたようにパンティを引き下ろす。江美子の頬に一筋、二筋涙がしたたり落ちる。

「嘘泣きしやがって」
「嘘泣きなんて、ひどいわ……」
「有川との関係がばれた時の麻里もそうだった。俺の前でメソメソ泣くばかりで……泣いていれば男はそのうち許してくれると踏んでやがる」
「そんな……私は違います」
「何が違うんだ」
「私は、隆一さんを裏切っていません」
「それが本当かどうか今から調べてやる」

隆一は江美子の手を強く引く、いきなりベッドの上に引き倒す。

「何をするのっ。乱暴しないでっ」

隆一は両手で江美子の両腿の付け根を押さえ付けるようにすると、鼻先を江美子の秘部にうずめる。

「やめてっ!」

あまりのことに江美子は両肢をばたつかせる。

「男の匂いがするかどうか、調べてやっているんだ。じっとしていろっ」

江美子は必死に身体の動きを止める。シャワーも浴びていないままで隆一のその部分の匂いを嗅がれるのは死ぬほど恥ずかしい。隆一は鼻先を江美子の秘裂にすりつけるようにしていたが、やがて顔をあげ、今度は江美子の上半身に近づける。

「キスマークがないか調べてやる」
「私は……潔白です」
「口先だけで騙されるのはもうたくさんだ」

隆一は江美子のうなじから胸元、乳房、腹部、脇腹と言った辺りをまさになめるように点検する。ようやく確認し終えた隆一は江美子に「背中を向けろ」と告げる。

「な、何をするの」
「言うとおりにするんだ」

隆一の目が狂気を帯びているようで、江美子は恐怖さえ感じながら言われたとおりにする。隆一がうつ伏せになった江美子の双臀をいきなり桃の実を割るように両手で押し開いたので、江美子は悲鳴をあげる。

「い、嫌っ」
「じっとしていろといっただろうっ」
「で、でもっ、あんまりですっ」

露わになった江美子の肛門に、隆一が鼻先を擦り付けて行く。江美子は毎朝便通があるが、マンションのトイレはその部分を洗浄出来るタイプであるためほとんど汚れていないはずだが、それでもシャワーも浴びないまま排泄器官を隆一の目の前に晒す羞恥は言語に絶するものと言ってよい。

この時の江美子の頭には、隆一の行為は自分が隆一に苦しみを与えているためだという自覚はほとんどない。どうしてこんな恥ずかしい、屈辱的な目にあわなければならないのかという怒りに似た思いに満たされているだけである。

隆一はいったん江美子の身体から離れると、せかせかと服を脱ぎ始める。江美子はベッドの上でうつ伏せになったままハア、ハアと荒い息を吐いている。素っ裸になった隆一は江美子の豊満な尻をパシリッと平手打ちする。

「嘗めろ、江美子」

江美子は顔をあげ、脅えたような目を隆一に向ける。

「この男にしてやったように嘗めるんだ」

嫌々と首を振る江美子の唇に、隆一が屹立した肉棒を押し付ける。

「この男にはしてやれて、俺には出来ないというのか」
  1. 2014/09/29(月) 00:57:53|
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二人の妻 第38回

その言葉に江美子は諦めたように唇を開く。笠の張った隆一の亀頭が江美子の口中に押し込まれていく。

「もっと気を入れて嘗めろ。江美子の舌技は風俗嬢並みじゃなかったのか」

江美子の目尻からポロポロと涙がこぼれ落ちる。恨みがましい目で見上げる江美子に、隆一は決めつけるように言う。

「この男の時も、そんな風にいやいやしてやっていたのか。どうなんだ、江美子」

そんなことを言われても、隆一の怒張で口の中を塞がれた江美子には答えようがない。隆一が催促するように腰を突き出し、肉棒の先端で江美子の喉の奥をぐいと突く。

「ごほっ」

江美子が咳き込み、隆一の肉塊を吐き出す。隆一は江美子の頭を苛立たしげに押さえ付け、口内に再び肉棒を押し込む。

「ごほっ、ぐっ、ぐふっ……」

激しく咳き込む江美子の口の端から泡のような涎が噴きこぼれる。江美子は涙と涎でその顔をどろどろにしながら、隆一から強いられる苦行から一刻も早く解放されようと、必死で舌を使う。

「うぶっ」

その努力の甲斐あってか、ようやく隆一に射精感が訪れる。隆一の腰部がブルブル痙攣したかと思うと、江美子の口内が生臭い隆一のもので満たされる。

「吐き出すんじゃないっ! そのまま口の中に溜めているんだ」

江美子は命じられるまま、込み上げる嘔吐感を必死でこらえ、隆一のものを受け止めている。ようやく射精が終わり、隆一は江美子から肉棒を抜く。

「口を開けて見せてみろ」

人形のようになった江美子は静かに口を開く。江美子の舌の上には大量の白濁がたまっている。

「そのまま飲み込め」

江美子はゴクリと音を立てて飲み込む。あまりの汚辱に肩先を小刻みに震わせていた江美子は、やがて声をあげて泣きじゃくる。

「ひどい……ひどいわ……隆一さん」

江美子はしゃくり上げながら隆一に抗議する。

「水上さんとのことは昔のこと。全部終わったことなのに、どうして信じてくれないの。私をそんな女だと思っていたの?」

隆一はそんな江美子を冷めた目で眺めていたが、しばらくたって口を開く。

「江美子、水上という男のことで俺に隠していることはないか?」
「えっ……」
「俺と知り合う前に江美子がどんな男とどんな風に付き合っていようが俺にどうこう言える筋合いはない。それを言い出せばバツイチで子持ちの俺の方が分が悪いに決まっている」
「……そんな」
「しかし俺は不倫はしなかった」
「……」
「水上との付き合いは、誰に対しても恥じるものではないものか? ええ、どうなんだ」
「それは……」

詰問するような隆一の口調に江美子は愕然とする。隆一は知っている。自分が妻子ある男と付き合っていたということを。

「答えろ、江美子」
「ごめんなさい」

江美子はベッドから降り、床の上に頭を擦り付ける。

「私、知らなかったんです。水上さんに奥様やお子さんがいたということを。後になって聞かされました」
「それならそうと聞かされてから、すぐに付き合いをやめたのか」
  1. 2014/09/29(月) 00:59:22|
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二人の妻 第39回

「……いえ」
「その後どれくらい続いたんだ」

駄目だ、全部知っている。もうごまかすことは出来ない。

「……一年くらいです」
「その間、水上の奥さんや子供に悪いとは思わなかったのか」
「もちろん悪いとは思っていました。早くやめようと……」
「嘘をつくな。本当に悪いと思っていたらどうしてそんなことが出来る」
「水上さんが、夫婦生活はもう破綻していると言ったから」
「それを信じたのか。本当はどうだったんだ」
「……破綻していませんでした。私と付き合っている間に次のお子さんが出来て……結局それが別れる決定的なきっかけに……私、馬鹿でした」

隆一は土下座をしている江美子にじっと悲しげな視線を向けている。

「麻里も有川にそう言っていたそうだ。俺との夫婦生活は破綻していると。おまえは有川や麻里と同じ種類の人間だ。平気で人を裏切ることが出来る」
「……そんな……違います」
「どこが違うんだ。おまえがやったことと有川がやったことは男と女の立場を変えれば全く同じだろう。違うのはおまえは水上の奥さんにばれなかったが、有川は俺にばれた」
「隆一さん……」
「いや、違うところは他にもあるな。有川と麻里は俺に償いをしたが、おまえと水上は水上の奥さんに何の償いもしていない。そういう意味ではおまえ達の方がたちが悪い」
「そんな……」
「江美子、おまえは不倫相手のことも恋人というのか?」
「えっ」
「この前水上からメールが来た時、おまえは水上のことを昔の恋人としか言わなかった。不倫の関係にあったことを隠していたのはなぜだ」
「……」

隆一の追求に江美子は言葉を詰まらせる。

「隆一さんに……嫌われたくなかった」
「俺は嘘をつかれるのが嫌いだ」
「嘘をついた訳ではありません」
「夫婦の間で、大事なことを黙っているのは嘘をついているのと同じだ」
「隆一さん、聞いてください」

江美子は必死な目を隆一に向ける。

「私が水上さんと不倫の関係にあったのは事実です。でも、最初は水上さんが結婚していることを本当に知らなかったのです。さっきもお話したとおり、知ったのは彼との結婚を意識した、付き合い始めてから一年ほどたってのことです」

「そこできっぱり彼との付き合いをやめるべきでした。私に対して一年もの間、大事なことを話していなかった彼が、今さら奥様とは破綻している、いずれ離婚するなどと言っても信じるべきではなかった。それは頭では分かっていたのです。そう出来なかったのは私の未練です。その時の私は彼を本気で愛していたのです」

「隆一さんの言うとおり、確かに私は不倫の罪を犯しました。奥様に償っていないと言われればその通りです。でも、私は私で苦しんだのです。その後ずっと男性不信になり、結婚も諦めていました。でも、隆一さんに出会ってから私は変わりました」

「事前にお話しておくべきでした。でも、その時はそれがそれほどまでに重いことだと思っていなかった。隆一さんと奥様の離婚の原因が、奥様の裏切りにあるとは知らなかった。もし知っていれば……」

駄目だ、何を言っても言い訳になる。私は本当は何を言いたいんだろう。

「私はあなたを愛しました。本当は、私の醜い過去が知られることであなたに嫌われたくなかった……」

そこまで言った江美子は振り絞るような声で泣きじゃくる。

「……今は本当に、水上とは何もないのか」

江美子はこくりとうなずく。

隆一はしばらく黙ったまま江美子を見下ろしていたが、やがて口を開く。

「すまないが、江美子の言うことをすぐに信じることは出来ない」
「隆一さん……」
「乱暴なことをして悪かった」

隆一はそう言うと寝室を出て行く。残された江美子は裸のまま床にしゃがみこみ、いつまでもすすり泣いていた。
  1. 2014/09/29(月) 01:00:29|
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二人の妻 第40回

「江美子から呼び出すとはどういう風の吹き回しだ」

孝之はいつものように約束の時間を大幅に遅れて待ち合わせの喫茶店に到着すると、江美子の前の椅子に腰掛ける。

「少し痩せたんじゃないか。仕事のし過ぎは美容によくないぜ。それとも愛する亭主が寝かせてくれないか」

孝之はニヤニヤ笑いながら江美子を見る。スーツのスカートの裾の辺りに孝之の視線を感じた江美子は、苛立たしげに膝を閉じる。

「水上さん、あなた、この前私が言ったことを忘れたわけじゃないでしょうね」
「どういうことだ」
「夫におかしなメールを送り付けているのは、あなたじゃないの?」
「おかしなメール?」

孝之はけげんな顔付きをする。

「どんなメールだ」
「私とあなたが、まだ付き合っているようなメールよ」
「俺がそんなものを送るはずがないだろう」

孝之は口元に笑いを浮かべる。品のない笑いだ。この男は昔からこんな笑い方をしただろうか。

「この前江美子に脅されたせいで気が弱い俺は震え上がった。そんな恐ろしいことはしない」
「写真もついているわ」
「写真だと?」

孝之は眉を上げる。

「どんな写真だ」

孝之に聞かれて江美子は口ごもる。

「ふん、言いにくいところを見ると、人には見せられないようなものか。なにか卑猥な写真だな」
「違うわ」

江美子は慌てて否定する。

「隠しても無駄だ。昔から嘘が下手だな。この前俺を引っかけて盗み録りしたのは江美子としては上出来だ。しかしそれはそれとして、疑われるのは心外だな」
「私にあんな手紙を送ってくるくらいだから、疑われても当然でしょう」
「どんな写真だか知らないが、俺の手元には江美子との写真は残っていないぜ。それに、そもそも一度江美子の裸を撮ろうとしたら、思い切り拒否したじゃないか」
「あなたはメールも写真も送っていないというの?」
「当たり前だ。それに俺は江美子の亭主のアドレスも知らん」

孝之はそう言って首を振ると、珈琲を一口すする。

「本当ね? 嘘を言っていたらこの前の事を実行するわよ」
「そんなことをしたら江美子だってただじゃすまないぞ。俺とのことが亭主にばれてもいいのか」
「馬鹿ね。もうばれているのよ」
「……」

孝之はじっと江美子の顔を見る。

「メールに送信人の名前が入っていたのか?」
「はっきりとではないけれど、あなたを思わせるようなものがね」
「それじゃあ尚更だ。江美子との関係は俺にとって切り札だ。どうしてその切り札を、無駄に使わなきゃならん?」
「……」

確かに孝之の言う通りだ。孝之は江美子との昔の関係を隆一や理穂にばらすということをちらつかせながら、江美子と関係を持ちたいのであって、ただ単に江美子に嫌がらせをする理由はない。もともと自分の得にならないことは興味がない男である。

「わかったわ、呼び出したりしてごめんなさい」
「せっかくだからこの後食事でも付き合わないか」
「冗談はやめて」

江美子はそう言うと伝票を取り上げ、レジに向かう。背中に水上の視線を感じながら江美子は店の外に出た。江美子は孝之に対する疑いを完全に解いた訳ではないが、今日話した感触では白に近いグレーといったところである。孝之でないのなら、一体誰があのようなメールを隆一に送ったのか。
  1. 2014/09/29(月) 01:01:47|
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二人の妻 第41回

あれ以来隆一との関係はぎこちない。夫婦のそんな不自然な様子が理穂にも伝わったのか、以前のような笑顔は見られない。

(このままではいけない。隆一に疑いを解いてもらわなくては)

江美子が昔、水上と不倫の関係にあったこと、そしてそれを隆一に話していなかったことから、江美子の言葉は隆一には素直に受け入れることが出来ないものとなっている。どうすれば以前のような信頼関係を回復することができるのだろう。

(いっそ、昔の不倫の償いをすべきなのか……)

水上の妻に詫びを入れ、しかるべく慰謝料を払ったら、隆一は江美子を許してくれるだろうか。

(……いや、それは駄目だ)

江美子はすぐにその考えを否定する。それは一見潔いことのように見えるが、実は単なる江美子のエゴに過ぎない。知らなくてすんだ夫の不倫を知らされた水上の妻の苦しみはどれほどのものだろうか。水上の妻から要求されるのなら別だが、こちらからわざわざ過去を暴き立て、平和な家庭に波風を立てるのは愚の骨頂だ。

(それならどうしたら……)

江美子が頭を悩ませていると、携帯にメールの着信の音がした。発信名には「中条麻里」と表示されている。

『この前のお話の続きをしませんか。金曜日、同じ時刻で例のバーで待っています』

(この前の話って……)

江美子がバーで麻里に対して「主に隆一さんとの」セックスのことまで話したという。江美子は酒に酔っていておりはっきりとした記憶がないため、いったい何を話したのか問いただしたが、麻里は口元に微妙な笑みを浮かべて言葉を濁すだけだった。

(でもこれは、いい機会かもしれない)

前回は結果的に酒の力で麻里に対して本音をさらけ出すことになった。麻里も江美子に対する警戒を解いているだろう。麻里から、隆一との別れの真相をなんとか聞き出すのだ。それによって隆一との関係修復の方法が見えてくるかもしれない。

(隆一さんに話しておいた方がいいだろうか)

今回のことは結婚前の孝之との関係を、隆一に対して正直に伝えていなかったことが原因の一つになっている。内緒で麻里と連絡を取っていることが後になって隆一に知られれば、かえって問題を悪化させないだろうか。

(いや、今はやはり言うべきではない)

江美子はそう思い直す。隆一と麻里が別れた原因については、夫婦の間のすれ違いや育児と仕事を両立し難いことのジレンマから、麻里が有川に悩みを打ち明けるうちに深い仲になったとは聞かされた。しかし、それだけでは本当のことは分からない。二人の間に何があったのか、麻里の言い分はまだ聞いていないのだ。

『心配要らないわ。私が教えてあげる。隆一さんのことを全部』

麻里の言葉が頭の中によみがえった江美子は、承諾のメールを返した。

江美子が麻里と再び会うことを決めたのは、この時、結婚前の孝之との関係を隆一に責められることが辛くて麻里との話の中から隆一の失点を見つけ、自らの立場を回復したいという気持ちがあったのも否めない。しかし、それがこの後の江美子にとって予想もしなかった結果をもたらすのだった。


その週の金曜日、江美子は指定の時間に六本木通りのバーを訪れた。少し早めに着いたため麻里はまだ来ていない。バーテンダーは江美子の顔を覚えていたのか、会釈をして声をかける。

「いらっしゃいませ。この前は申し訳ありませんでした」
「えっ」
「強いカクテルばかりお勧めしてしまって。お気分を悪くされたでしょう」
「いえ……」

江美子は首を振る。

「私の方こそ、調子に乗って呑みすぎて、お恥ずかしいところをお見せしました」
「いえ、とんでもありません」

バーテンダーは微笑する。
  1. 2014/09/29(月) 01:03:05|
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二人の妻 第42回

「あの……」

江美子は気になってバーテンダーに問いかける。

「この前ですが、私、酔っ払っておかしなことを話していませんでした?」
「いえ」

バーテンダーは再び微笑して首を振る。

「お客様の会話は聞かない様にしていますので」
「そうですか……」
「どうかされたんですか?」
「なんだか、酔っ払って、その……とてもプライベートなお話をしたような気がして……後悔していたんです」

バーテンダーは少し考えるように首をかしげていたが、やがて口を開く。

「でもたぶん、ご心配は要らないと思いますよ」
「えっ」
「お客様は店の中ではとてもしっかりされていました。だから私も強めのカクテルをお勧めしていたのです」
「そうですか」
「ただ、途中でお手洗いに立たれて、それから急にご気分が悪くなられたようですね。まもなく中条様に抱えられるようにしてお帰りになりました。それで、少し心配していたのです」
「そうなんですか……」

すると、自分は突然酩酊状態になったのであって、その後は少なくともバーでは麻里との会話は交わしていないということか。

それまでどうもなかったのに、急に酒がまわるということは考えられないことではない。まして、バーテンダーの作るカクテルが美味しく、もともとそれほどアルコールに強くない江美子がついつい飲みすぎてしまったとしても不自然ではない。

「麻里さん……中条さんはこの店は良く来られるんですか」
「はい、ご贔屓にして頂いています」
「あの、麻里さんは私のことに関して、何か前もってお伝えしていたのでしょうか」
「大事なお友達だからよろしくとおっしゃっていました。お料理もお酒もお好きだと」
「そうですか」

江美子は考え込む。麻里がバーテンダーに伝えたことは単なる社交辞令で、それほど意味のないことかもしれない。しかし、なぜか江美子にはひっかかるものがあった。

(わざと酔わせようとしたのかしら……でも、いったい何のために)

いや、それは考えすぎだろう、と江美子は思い直す。江美子は自分が酒に強いとも弱いとも麻里に対して伝えた覚えはない。江美子がもし酒に強ければ、数杯のカクテル程度で正体をなくすほど酔わせることは不可能なのだ。計画的に酔わせるなど、予め江美子の酒量を知っていないと出来ないことだ。

江美子がそんなことを考えていると、バーテンダーの「いらっしゃいませ」という声がする。顔を上げると麻里が微笑しながら江美子に近づいてくるところである。

「お待たせ、江美子さん」

麻里の姿を目にした江美子は、思わず息を呑む。

(髪型が変わっている──)

以前の麻里の髪型は短めの黒髪とはいえ、江美子のものとは違いウェーブが強めにかかったものだった。しかし、今は江美子の髪型とそっくりというわけではないが、かなり近いものになっている。

服装もそうである。前回会ったときはインテリアコーディネーターという職業柄か、明るめでファッショナブルな装いだったのだが、今日の服はそれに比べるとスクエアなもので、銀行の営業に就いている江美子が着るものに近い。

要するに、麻里の外観は、前回に比べて江美子に非常に似てきているのだ。

(どういうつもりなのだろう──)

江美子はすっと背筋が寒くなるような気がする。

「麻里さん、その髪型は……」

思わず江美子が尋ねると、麻里は微笑を浮かべたまま平然と答える。
  1. 2014/09/29(月) 01:06:16|
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二人の妻 第43回

「この前江美子さんの髪型を見て、素敵だなと思ったの。だから少し真似をしてみたのよ」
「真似って……これはもともと麻里さんの髪型じゃ」
「そうだったかしら」

麻里は軽く首をかしげる。

「昔のことなのでよく覚えていないわ。でも、今はすっかり江美子さんのものといっていいわ。とてもよく似合っているわよ」
「……」

江美子が自分の服に視線を向けているのを感じたのか、麻里は微笑を浮かべたまま続ける。

「たまにはこんな硬めの服もいいかなと思って、これも江美子さんの影響かしら」
「そう……ですか」
「江美子さん、とても素敵なんですもの。あの人が惚れ込むのも無理はないわ」

麻里はそう言うと手に持った大きめの紙袋を足元に置き、カウンター席に座る。

「あら、まだ頼んでいなかったの」
「ええ」
「ねえ、この前の、何といったかしら。ペパーミントのカクテルをお願い。江美子さんは何にする?」
「あ、同じものでいいです」
「かしこまりました」

バーテンダーは微かに江美子に目配せする。それが、酒にあまり強くない江美子が酔い過ぎないようにラム酒の量を調節するという意味だと解釈した江美子は了解したというように目で合図する。

「どうぞ」

カウンターに2つのグラスが並べられる。麻里はグラスを取ると「乾杯」と声を上げる。江美子も釣られて「乾杯」とグラスを合わせる。

「でも、よかったわ」
「何がですか」
「あの人のところに江美子さんのような人が来てくれて」

ペパーミントのモヒートを口にした麻里は邪気のない表情で江美子に話しかける。

「これで私も安心できるわ」

江美子は麻里の意図が図りかねて黙り込む。

「あら、おかしな意味じゃないのよ。変に気を回さないでくださいね、江美子さん」
「私は、別に……」
「そうそう、今日は江美子さんにお渡ししたいものがあったの」

麻里は鞄の中から古いノートのようなものを取り出し、江美子に渡す。

「これは」
「中を見て」

江美子はノートをめくる。几帳面な手書きの文字でびっしりと埋められたそれは、理穂の誕生から成長の過程を綴った育児日記というべきものだった。

いつどんな病気をしたのか、接種済みの予防注射は何かというような実際的な記載だけでなく、育児の過程での苦労やささやかな喜びがこと細かく記載されている。麻里は仕事と育児の両立、およびそれに伴う義母との確執に苦心していたと聞いているが、そのような記述はほとんどない。そのノートの中の麻里の視線はまっすぐに理穂に向けられていた。

ところどころ隆一に関する記述もある。そこには理穂が慕い、麻里が頼りにしている一家の大黒柱である父親としての隆一が描かれている。あくまで中心には理穂が置かれているため、男性としての隆一の姿は希薄だが、それがかえって江美子にとっては新鮮だった。

ノートの最後の方には最近まとめられたのか、比較的新しい筆跡がある。理穂や隆一の好物と思われるメニューのレシピ、入居しているマンションに関する注意書き、親戚付き合いや冠婚葬祭に関する簡単な記述ーー。

江美子は驚いて麻里の顔を見る。江美子にとって麻里は良く言えば奔放、悪く言えばルーズな印象しかなかった。しかしそのノートの記述から伺える麻里の姿は典型的な良妻賢母である。

「江美子さん、そのノート、もらってくれないかしら」
「えっ」

江美子は驚いて麻里の顔を見る。
  1. 2014/09/29(月) 01:08:15|
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二人の妻 第44回

「江美子さんが今後、理穂と付き合って行くためには役に立つと思うの」
「でも、こんな……これは麻里さんにはとても大事なものじゃ」
「私は理穂から距離を置かなければならないの。そのためにはそのノートはむしろ邪魔になるわ」

麻里の意外な言葉に江美子は胸を衝かれた思いがする。

麻里は江美子にわざと自分が昔していたヘアスタイルを勧めたりして、隆一と江美子の間にさざ波を立てたいのではなかったのか。それでは、あれはまったく麻里の悪気のない行為で、麻里は隆一と江美子がうまく行くことを望んでいたというのか。

「ノートの後ろの方に理穂が私によく聞いてくる事柄もまとめて置いたわ。それがあれば、理穂が私にと細々したことで連絡を取る必要はほとんどなくなると思う」
「麻里さんは、それでいいのですか?」
「言ったでしょう、私は隆一さんに今度こそ幸せになってもらいたいの」
「でも……」

江美子はノートに目を落とす。江美子が、麻里と理穂を引き離したいと思っていたのは事実である。しかしだからと言って麻里にとって理穂との思い出が詰まっているノートを本当に受け取っていいのか。

「心配しないで。こんな偉そうなことを言っても実はちゃんとコピーを取ってあるのよ。私も未練がましいでしょう」

麻里はにっこり笑う。

「それで、改めてノートを見返しているうちに思い出したんだけれど……」

麻里はそう前置きして、理穂が幼いころの様々なエピソードを披露する。幼稚園で男の子二人を相手に喧嘩して泣かせたこと。しかしそのうちの一人とはその後大の仲良しになって「大きくなったらお嫁さんになる」とまで言い出して隆一を慌てさせたこと。

ある年の大晦日、いつもは早く寝かせられるのに、その日は特別に遅くまで起きていいと言われたので夕方から大はしゃぎをして、かえっていつもより早く眠り込んでしまったこと。眠ったまま隆一に抱かれて初詣でに行って、初日の出とともに目が覚めてきょとんとしていたこと。

初めて寝返りを打ったとき、つかまり立ちをしたとき、回らない舌で「ママ」と呼びかけたとき──幼いころの理穂のことを楽しげに話し続ける麻里を江美子は認識を改める思いで見ている。

(こんなに理穂ちゃんに愛情を注いでいたなんて……麻里さんは誤解されやすいけど、本当は心の優しい人なんだ。やはり、隆一さんが愛した人だけあるわ)
(でも、それならなぜ隆一さんと別れたのかしら。このノートを見ても、家庭を顧みなくなるような浮気をする人とはとても思えない。隆一さんにとってどうしても許せないことがあったのか)
(それともひょっとして隆一さんの方に原因が……)

「ごめんなさい、昔話ばかりしちゃって。退屈だったでしょう」
「いえ、とんでもないです」

江美子は首を振る。

「理穂ちゃんの話が聞けて、よかったです。隆一さんはあまり話してくれませんから」
「あの人は、理穂の事になると照れくさがるから……本当は理穂のことを溺愛しているのよ」

麻里はそう言うと微笑する。

その後しばらく、江美子と麻里は理穂と隆一の話題で盛り上がった。もっとも、話す量は二人との付き合いが長い麻里の方が圧倒的に多かったが。麻里の口調には二人に対する家族としての愛情や懐かしさなどは感じられるが、隆一への未練や執着というものは窺えない。

いつの間にか江美子はカクテルのグラスを重ねていた。今回はバーテンダーが気を遣ってくれているようで、量を飲んだ割りには酔ってはいない。麻里も気分の良い酔い方をしているのか、饒舌に話しながら時折声をあげて笑ったりしている。

今なら酒の力を借りて聞けるかもしれない。江美子は思い切って、一番聞きたかったことを麻里に尋ねる。

「あの、麻里さん」
「何?」
「隆一さんと離婚した理由はいったいなんだったんですか?」

麻里の目が一瞬、暗闇の猫の目のようにキラリと光る。
  1. 2014/09/29(月) 01:09:18|
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二人の妻 第45回

「それは前も言った通り、私が有川さんと浮気をしたからよ」
「それが原因だということは分かるのですが、それだけなんでしょうか」
「どういうこと?」
「麻里さんが理穂ちゃんのことをとても大事に思っているのは、今の話をお聞きしてもよく分かります。たとえば、理穂ちゃんのためにでも離婚を思い止どまって、やり直すことはできなかったのですか?」

麻里は当惑したような顔で江美子を見つめている。

「すみません、立ち入ったことをお伺いしていると思うのですが、どうしてもわからなくて」
「江美子さんは、私達が離婚したことは隆一さんにも原因があったと思っているのじゃない?」
「えっ」

逆に麻里から問いかけられて、江美子は言葉を詰まらせる。

「江美子さんが単なる好奇心で私達の離婚の原因を知りたがっているとは思えないわ。どうなの?」
「それは……」

麻里は江美子にまっすぐ視線を注ぎ込み、江美子は目を伏せる。

「隆一さんのことで何か不安があるんじゃないの?」
「……はい」

重ねて問われた江美子が思わずうなずくと、麻里は急に真剣な表情になる。

「江美子さん、これから私が話すことは誰にも……隆一さんにも言わないと約束できる?」
「えっ」
「あなたが私のような過ちを犯してほしくないから話すのよ。私は理穂が悲しむ姿をもう見たくないの」

江美子は麻里に引き込まれるように「わかりました、誰にも言いません」と頷く。

「江美子さん、私が言うのも説得力がないけれど、人間って間違いを犯すことはあると思うの。それを許せる人もいれば許せない人もいて、仮に許せるとしてもそれぞれに許せる範囲と許せない範囲がある」

麻里は少し笑ってカクテルを口にする。

「私は、自分がした過ちがことが許せる範囲だというつもりはない。でも、世の中には妻の浮気を許すことができる人もいるとは思うわ。隆一さんは自分に厳しい人だけれど、その分相手にも厳しいところがあるから。江美子さんは彼と仕事をしたこともあるそうだから、そのあたりは分かるんじゃない?」
「はい」

確かに麻里の言う通りだ。隆一は他人の過ちに対して容赦がないところがある。もちろんそれ以上に自分に対して厳しいため周囲は容認しているが、そのせいでいらぬ軋轢を生んだこともなくはない。

「それと、隆一さんにとって私は過ちを許すことの出来ない相手なんだと思う。もし結婚前から私が彼一筋だったとしたら、かえって一度の過ちを許すことができたんじゃないかしら」
「それは、どうしてですか?」
「隆一さんは、私が自分のもとを去るのではないかと恐れていたんだと思うの。かつて私が有川さんのもとを去り、隆一さんを選んだように。だから私は絶対に彼を裏切るべきではなかった。それなのに私は……」

そのころの辛い記憶がよみがえってきたのか、麻里は悲痛に顔を歪める。

「有川さんはずっと私のことが引っ掛かっていて独身を通していて、前を踏み出せないでいた。一度だけ私を抱くことができたらふっ切れると言われて……私も学生時代に有川さんの気持ちを踏みにじった罪悪感からつい彼に身体を許したの。それはほんとに一度だけのこと」
「絶対に隆一さんに知られないで、それこそ墓まで持って行こうと思っていた。でも、やはり悪いことはできないものね。ある日、隆一さんの携帯にメールが届いたの」
「えっ」

江美子は驚きに息を呑む。

「私と有川さんが浮気をしているという内容のものよ」
「誰から送られてきたのですか?」
「わからない、でも、メールの最後には必ず『有』と記されてあった。隆一さんは有川さんからのものだと思ったわ」
「メールの内容は……」
「自分が奪われたものを奪い返した。本来自分のものだったものをやっと手に入れた、というようなことが書かれてあった。メールには……私の裸の写真や、寝顔が添付されていたの」
  1. 2014/09/29(月) 01:10:54|
  2. 二人の妻・桐
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二人の妻 第46回

(私の時と同じだ)

江美子は言葉を失い、麻里の話を聞いている。

「おまけに一度だけのことなのに、そのメールには私はもう何度も有川さんに抱かれると書かれてあったの。私はパニックになったわ。絶対に秘密を守ってくれると約束してくれたのに、有川さんに裏切られたと思った」
「それで、麻里さんは認めたのですか?」
「否定したわ。でも、私の青ざめた顔色やうろたえた態度が私の言葉を裏切っていた。その日は週末だったから、携帯電話を取り上げられた私は寝室から一歩も出ることを許されず、有川さんに連絡を取ることもできなかった」
「その間もメールは次々に届いた。私が有川さんと……口には出せないような卑猥なことまで行っているという内容のものーー普段の私は貞淑そうな仮面を被っているだけで、実態は淫らな牝猫だと。それらのメールにももちろん写真が添付されていて……」
「厳しく責め立てられた私はついに有川さんとの関係を認めた。隆一さんは有川さんをすぐに呼び出し、問い詰めた。有川さんは一切の言い訳をせず、すべて自分が私を隆一さんから奪いたくてやったことだと認めたの」
「そんな……」

麻里の衝撃的な告白に江美子は息を呑む。

「麻里さんは弁解しなかったのですか。メールの内容は嘘だと」
「そうしたかったわ。でも、一度だろうと何度だろうと、私が隆一さんを裏切ったのは事実よ。その時の彼の悲しそうな顔を見ると、その時の私は何も言えなかった」
「そんなこと、変です。有川さんにメールのことを抗議しなかったんですか」
「もちろん後になって問いただしたわ。どうしてあんなメールを送ったんだって。でも彼は約束は破っていない、メールを送ったのは自分ではないと言ったの」
「えっ……」

江美子は驚きに目を見開く。

「それじゃあ、一体誰が」
「隆一さん自身よ」
「そんな……まさか……」
「私もまさかと思った。でも、そうとしか思えないの」

麻里は静かに首を振る。

「私が有川さんとその……関係を持った時、写真を撮られることはなかった。有川さんもそんなことを要求しなかったし、要求されたとしても私は絶対に拒んだわ。私が眠っている間に撮られたのかとも思ったけれど、どう考えてもその……無理なポーズがあったわ」

麻里は頬を薄赤く染めて口ごもる。

「目の前にどんな証拠が突き付けられようとも、私は断固として否定すべきだった。そうすれば、隆一さんは私のことを信じたと思うの。私は彼が差し出した踏み絵を踏むことが出来なかった。いえ、平然と踏めばよかったものを、ひどく狼狽してしまった。それが隆一さんの不信感を決定付けたのよ」

江美子は麻里の告白を、言葉を失って聞いている。

「江美子さん、これからもし、隆一さんがあなたに対して同じようなことをすることがあったら、全力で否定するのよ」
「えっ」

江美子は麻里の言葉に虚を突かれる。

「たとえその中に真実の一端があったとしても、すべて否定するの。そうすれば隆一さんは安心するわ。あなたを試すようなこともいずれしなくなる」
「……」
「まあ、こんなことを言わなくても江美子さんは心配ないわね。私のように隆一さんに対して隠さなければならないことは何もしていないだろうから」

麻里はそう言うと微笑する。江美子はそんな麻里の表情に気圧されるものを感じながら頷く。

「隆一さんとはその後うまくいっているの」
「え、ええ……」
「何だかはっきりしない返事ね、何か心配があるの?」
「いえ……」
「やっぱりセックスのことかしら?」
「えっ……」

麻里の唐突な問いかけに江美子は狼狽する。
  1. 2014/09/29(月) 01:11:46|
  2. 二人の妻・桐
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二人の妻 第47回

「江美子さん、この前この店で飲んでいる時に、私にそのことで悩んでいるといっていたじゃない?」
「私、そんなことを言ったんですか?」
「あら、覚えていないの?」
「ええ……」

江美子はちらりとカウンターの向こうのバーテンダーに視線を向ける。バーテンダーは素知らぬふりでグラスを磨いている。

「そんなに酔っていたかしら……そう、確かに酔っていたわね。あの時は私も、調子に乗ってお酒を勧めて、悪かったわ」
「いえ、いいんです」

江美子は首を振る。

「それより私、何を言っていたんですか?」
「ちょっと言いにくいわね……やっぱりもう少し飲みましょう」

麻里はカクテルのお代わりを注文する。2つのグラスがカウンターに並べられると、麻里はそれが癖なのかグラスを掲げて「乾杯」と声を上げる。

麻里が一気に3分の1ほどグラスを空けるのに釣られて、江美子もレモンライムの爽やかな味が利いたカクテルを飲む。少し酔いが回るのを感じ始めた江美子の耳元に、麻里がそっと囁く。

「もっと隆一さんにベッドの中で愛されるにはどうしたらいいか、って私に聞いていたわ」
「えっ……」

江美子は頬が一気に赤くなるのを感じる。

「私、そんなことを麻里さんに聞いたんですか」
「そうよ、本当に覚えていないのね」
「ええ……」

麻里は困惑する江美子を楽しそうに眺めている。

「それで……」

江美子は羞恥に頬を赤らめながら口ごもる。

「それで、何なの?」
「麻里さんは何と答えたんですか」
「まあ、やはりそれが悩みだったのね」

麻里は小さく笑うと、足元に置いた紙袋を持ち上げると、中から紙の包みを取り出す。

「その時は私も酔っていたせいか名案が浮かばなかったの。後でいろいろと考えたのだけれど、これが一番手っ取り早いわ」
「何ですか、これは」
「開けてみて」

麻里はそう言って包みを江美子に手渡す。江美子が包みを破ると、そこからオレンジ色のトレーニングウェアが現れた。

「これは……」
「セパレーツタイプで、下はスパッツになっているの。身体にぴったりフィットするようになっているから、これを着る時は普通の下着は駄目よ」

麻里はさらに小さな紙の包みを手渡す。江美子がそれを開こうとすると麻里は「ここでは開けないで」と止める。

「スポーツ用のTバックよ」
「まあ……」
「ストレッチやヨガ、エアロビクス、なんでもいいからあの人の前で動き回りなさい。思い切りお尻を突き出すのを忘れないでね」
「そんなこと……」
「K温泉で言ったでしょう。隆一さんは女性のお尻が大好きなの。特に大きくて形の良いお尻が」

確かに自分と麻里は胸はそうでもないが下半身が豊かなところが似ている。有川はそれが隆一の変わらない好みだと指摘したが、隆一がそんなに女性のお尻に対する執着があったとは、江美子にとっては意外なことだった。

「それじゃあ、健闘を祈るわ。これは私から江美子さんへのプレゼントよ」
  1. 2014/09/29(月) 01:13:01|
  2. 二人の妻・桐
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二人の妻 第48回

次の日、土曜の朝、理穂が学校へ行った後、隆一と江美子はマンションで二人きりになる。孝之の件が後に引いているのか、隆一との間は相変わらずぎこちない。ダイニングで無言で新聞に目を落としている隆一を見て、江美子は小さくため息をつく。

(このままではいけない……)

悪気はなかったとは言え、孝之の件を黙っていたのは自分に責任がある。なんとかこの状況を打開しなければ――江美子はそう思い定めると寝室へ向かう。

江美子は姿見の前で裸になると、昨夜麻里から手渡された紙袋から白いTバックショーツを取り出して身につける。

(これは……)

江美子はこれまで実用度の高い、地味な下着しか身につけたことがない。余分な飾りのないスポーツ用のTバックは実用本位だが、それを履いた自分の姿は思いがけないほど扇情的である。

白い布地がいわゆるVゾーンに食い込み、股間の筋までが浮き出しているようである。江美子は顔を赤らめながら、脇からはみ出した陰毛をショーツの中に押し込める。

次に身体を反転させた江美子は、自らの後ろ姿を見ていっそう狼狽する。ショーツの布地は江美子の双臀の割れ目に食い込み、豊かな両の尻肉はすっかりあらわになっている。

(これなら裸の方がずっとましだわ)

江美子は慌てて麻里から渡されたスポーツウェアを身につける。オレンジ色のウェアは、江美子の小麦色の肌に良く映えているが、セパレーツタイプの上衣の薄い生地には江美子の乳首がくっきりと浮き出しており、肌に張り付くスパッツも江美子の羞恥を和らげる役割はほとんど果たしていない。

(こんな格好で隆一さんの前に出たら何と思われるかしら……)

隆一はこれまで自分に対して清楚な印象を抱いていたのではないかと江美子は思う。そんな自分のイメージをぶち壊しにして、隆一を失望させることにならないかと江美子は懸念する。

(やっぱり私、とんでもない馬鹿なことをしようとしているわ)

そう考えた江美子がオレンジ色のウェアを脱ごうとした時、昨夜の麻里の声が蘇る。

『心配ないわよ、江美子さん。たまには貞淑な女の殻を打ち破り、娼婦みたいに隆一さんを悩殺してあげなさい』
『私は……そんな』
『あら、Tホテルの露天風呂で、有川さんの目の前で裸を晒したところなんか、私は感心したのよ。なかなか大した度胸だし、娼婦としての素質は十分だわ』
『あれは……麻里さんが先に……』
『私は有川さんに命じられたからだし、そもそも私は平気で不倫が出来る女よ』
『そんな……平気だなんて、思っていませんわ』
『気にしなくてもいいわ、江美子さん』

麻里は大きな瞳を妖しく光らせる。

『男は自分の妻に淑女と娼婦の、二つの役割を求めるものよ。昼は貞淑な妻でよき母親、夜は奔放な娼婦。二人の妻をほしがるのよ』

(二人の妻……)

江美子は鏡の中の自分の姿を改めて見つめる。

(そういえば、孝之も同じようなことを言っていた。自分には二人の妻がいるのだと。私は孝之の欲求を満たすための娼婦だったのだろうか)

そこまで考えた江美子は、急に胸が締め付けられるような感覚に陥る。

(もし、隆一さんが同じように二人の妻を求めたら、私には耐えられない。罪を犯した身だからわかる。利己的と言われようが、孝之の奥様のようには絶対になりたくない)

(隆一さんは私の不倫の過去を知ってしまった。私は隆一さんにとって、貞淑な妻の仮面をかぶり続ける訳には行かないのだ。奔放な私を愛してもらわないと……)

江美子はそう心に決めると姿見に向かい、薄く化粧を施す。そして黒髪をヘアバンドでまとめると思い切って寝室を出る。

オレンジ色のトレーニングウェアを身につけた江美子が、リビングルームに現れると、隆一は読んでいた新聞から顔をあげて江美子を見る。
  1. 2014/09/29(月) 01:14:28|
  2. 二人の妻・桐
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二人の妻 第49回

「どうした、江美子。その格好は」
「最近ちょっと太りぎみだから、ダイエットしようかと思って」
「そうか……」

隆一は興味なさそうに頷くと再び新聞に目を落とす。

江美子は気がくじけそうになるが、ここであきらめるのは早すぎる。江美子は麻里から借りたDVDをプレイヤーの中にセットする。

休日の朝、パジャマのままで新聞を読んでいる夫の目の前で、肌に張り付くようなセパレートのトレーニングウェア姿の妻がストレッチを始める。

(まるで安手のコントだわ)

江美子は自分がやろうとしていることの滑稽さと恥ずかしさにそう自嘲する。

モデルとしても有名な米国の映画女優が演じるワークアウトのビデオである。これに合わせて身体を動かせば、多少は恥ずかしさも紛れると麻里から勧められたものだ。

軽快な音楽とともにレオタード姿の女優が現れ、ストレッチを始める。江美子は画面の女優の動きを真似始める。テレビから流れる音が気になったのか、隆一が再び顔をあげて江美子の方を見る。

「ごめんなさい、うるさいかな?」
「いや、かまわないよ」

隆一はそう言うと再び新聞を読み始める。

江美子は出来るだけ隆一のことは気にしないようにしながら、ワークアウトに集中する。どうやら初心者向けのコースのようだが、日頃の運動不足のせいか、江美子にはかなりハードである。江美子は次第に夢中になって身体を動かし始める。肌が徐々に汗ばみ、ウェアの薄い生地が江美子の素肌に張り付いて行く。

画面の中の女優は大きく身体を前傾させ、お尻を思い切り突き出しながら背筋の運動を始める。手を床に付けて、身体をゆっくりと前に倒す。まるで猫が伸びをするような動作を繰り返す江美子は、いつの間にか隆一が自分の身体に時折視線を送っていることに気づく。

(こっちを見ているわ)

隆一に見られていることを意識し始めた江美子の身体が、急にかっと熱くなる。

(馬鹿なことをしている、と思っているかしら……でもここまで来たら恥のかきついでだわ)

硬い身体が徐々にほぐれていくのに従って、江美子の動きはより滑らかになっていく。DVDはストレッチの段階を終了し、ダンス音楽に乗った本格的なワークアウトが開始される。

10分もしないうちに江美子の息があがっていく。江美子は「はっ、はあっ」とリズムに合わせて息を吐きながら懸命に身体を動かす。

隆一はもはや新聞をテーブルに置き、江美子の動きに見とれている。江美子はそんな隆一の視線が、ウェアの薄い生地を通して肌に突き刺さってくるような気がする。

(隆一さん、気づいているかしら。私が挑発していることを)

激しい運動のせいか、江美子の頭は次第にぼんやりと霞んでくる。江美子は麻里の言葉を思い出す。

『貞淑な妻でよき母親、そして奔放な娼婦。男は二人の妻をほしがるのよ』

(私は隆一さんの前ではずっと貞淑な妻でいた。麻里さんに代わって理穂ちゃんの良い母親になりたいと思っていた。それなのにこんなことを……)

K温泉で有川と麻里に出会ったことが自分を変えたのか。それとも自分にもともとそういった素質があったのだろうか。

『娼婦みたいに隆一さんを悩殺してあげなさい』

(娼婦……そう、私は娼婦だわ。あられもない格好で隆一さんを誘う娼婦)

江美子は次第に夢中になって、画面に合わせてダンスを踊る。グラマラスな金髪美女が踊るダンスは不必要なまでにエロチックである。江美子は隆一の熱い視線を感じながら、次第に陶然としてくるのであった。

ワークアウトの映像が一時中断される。床に崩れ落ちそうになった江美子を、いつの間にかリビングに入って来た隆一がいきなり背後から抱き締める。
  1. 2014/09/29(月) 01:15:39|
  2. 二人の妻・桐
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二人の妻 第50回

「あっ、駄目っ!」
「何が駄目だ」

隆一はセパレーツのウェア越しに江美子の胸を荒々しくまさぐる。

「こんな格好で俺の前で出てくるなんて、江美子は俺を誘ったんだろう」
「ち、違うわ。隆一さん。私はダイエットを……」
「何がダイエットだ。江美子が体重を気にしているなんて聞いたことがないぞ」

隆一はウェアを引き上げると江美子の乳房を丸出しにすると、激しく揉み立てる。

「あ、あんっ! や、やめてっ」
「本当のことを言え。俺を誘ったんだろう」

隆一は江美子のスパッツを引き下ろす。Tバックの白いショーツに覆われた江美子の尻が露わになる。

「なんだ、この卑猥な下着は」
「だ、駄目よっ。見ては駄目っ」
「何が見ては駄目だ。散々見せつけやがって」

隆一はパシンと江美子の尻をたたく。

「い、痛いっ」
「下着の線が見えないと思っていたら、こんなものを履いていたのか」
「こ、これはスポーツ用のショーツよ」
「嘘をつけ」
「嘘じゃありませんっ、あっ、痛っ!」

隆一は再び江美子の尻を平手で打つと、スパッツを完全に脱がし、江美子の身体をリビングの床の上に押し倒す。

「駄目っ、隆一さん」

隆一は江美子のTバックショーツを引き下ろし、秘裂に指を入れる。

「濡れてるじゃないか、江美子。これはどういう訳だ」
「そ、それは汗ですっ」
「嘘をつくなっ」

隆一の指は江美子の秘裂の奥をまさぐる。

「ああっ……」
「自慢の尻を見せつけて、俺を誘って、ここをびしょびしょに濡らしていたんだろう」
「そんな……」
「正直に言うんだ。言えっ」

隆一は江美子の豊かな双臀にパシッ、パシッとスパンキングを浴びせる。そのたびに江美子はああっ、ああっと悲鳴をあげながら身悶える。

隆一はパジャマのズボンを引き下ろす。信じられないほど高々と屹立した隆一の肉塊が飛び出し、江美子は目を見張る。

隆一は亀頭をすっかり濡れそぼった江美子の秘口にあてがうと、ぐいと押し込む。身体が引き裂かれるような圧迫感と、子宮が震えるような激烈な快感に江美子は裸身をのけぞらせる。

「ああっ、りゅ、隆一さん」
「俺を誘っていたんだな、江美子」
「は、はいっ、誘っていました」
「誘いながら身体を濡らしていたんだな」
「はいっ、濡らしていましたっ」
「淫乱女めっ」

隆一の言葉は乱暴だが、怒りは感じられない。江美子が思わず隆一の唇を求めると、隆一は微笑を浮かべて江美子に接吻を施す。舌と舌をからめ合うような接吻の後、隆一は江美子の耳元でささやく。

「抱いて欲しかったのか」
「そうですっ、抱いて欲しかったですっ」
「そうか」

隆一は微笑すると腰をぐいと突き上げる。

「ひ、ひいっ!」
「淫らな女めっ。江美子はこんな淫らな女だったのか」
「そ、そうですっ。江美子は淫らな女ですっ」

隆一は江美子の中で激しく荒れ狂う。快感の波に翻弄される江美子は何度も絶頂近くに押し上げられ、すぐに落とされる。

「どうだ、江美子。どんな気持ちか言ってみろ」
「き、気持ち良いっ……ああっ、狂いそうっ」

切なさとじれったさ、そしてかつて経験しなかったほどの快美感にのたうつ江美子は、隆一の首にしっかりと腕を回し、荒々しい律動に合わせて狂ったように腰を揺らせている。

『娼婦になって、これまでの自分から本来の自分を解放させるの。その先には目が眩むような快感が江美子さんを待っているわ』

江美子は頭の中にそんな麻里の声が聞こえてくる。隆一はついに江美子の中に欲望を解放する。江美子は身体の深奥に隆一の迸りをはっきりと知覚しながら、快楽の頂きへと上り詰めるのだった。


(第一部 了)
  1. 2014/09/29(月) 01:16:46|
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脅迫された妻・正隆 (22)
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■報復 (51)
復讐する妻・ライト (4)
強気な嫁が部長のイボチンで泡吹いた (4)
ハイト・アシュベリー・対 (10)
罪と罰・F.I (2)
浮気妻への制裁・亮介 (11)
一人病室にて・英明 (10)
復讐された妻・流浪人 (8)
1話完結■報復 (2)
■罠 (87)
ビックバンバン・ざじ (27)
夏の生贄・TELL ME (30)
贖罪・逆瀬川健一 (24)
若妻を罠に (2)
範子・夫 (4)
1話完結■罠 (0)
■レイプ (171)
輪姦される妻・なべしき (4)
月満ちて・hyde (21)
いまごろ、妻は・・・みなみのホタル (8)
嘱託輪姦・Hirosi (5)
私の日常・たかはる (21)
春雷・春幸 (4)
ある少年の一日・私の妻 (23)
告白・小林 守 (10)
牝は強い牡には抗えない。・山崎たかお (11)
堅物の妻が落とされていました・狂師 (9)
野外露出の代償・佐藤 (15)
妻が襲われて・・・ ・ダイヤ (6)
弘美・太郎棒 (11)
強奪された妻・坂井 (2)
痴漢に寝とられた彼女・りょう (16)
1話完結■レイプ (5)
■不倫・不貞・浮気 (788)
尻軽奈緒の話・ダイナ (3)
学生時代のスナック・見守る人 (2)
妻・美由紀・ベクちゃん (6)
押しに弱くて断れない性格の妻と巨根のAV男優・不詳 (8)
妻に貞操帯を着けられた日は・貞操帯夫 (17)
不貞の代償・信定 (77)
妻の浮気を容認?・橘 (18)
背信・流石川 (26)
鬼畜・純 (18)
鬼畜++・柏原 (65)
黒人に中出しされる妻・クロネコ (13)
最近嫁がエロくなったと思ったら (6)
妻の加奈が、出張中に他の男の恋人になった (5)
他の男性とセックスしてる妻 (3)
断れない性格の妻は結婚後も元カレに出されていた!・馬浪夫 (3)
ラブホのライター・され夫 (7)
理恵の浮気に興奮・ユージ (3)
どうしてくれよう・お馬鹿 (11)
器・Tear (14)
仲のよい妻が・・・まぬけな夫 (15)
真面目な妻が・ニシヤマ (7)
自業自得・勇輔 (6)
ブルマー姿の妻が (3)
売れない芸人と妻の結婚性活・ニチロー (25)
ココロ・黒熊 (15)
妻に射精をコントロールされて (3)
疑惑・again (5)
浮気から・アキラ (5)
夫の願い・願う夫 (6)
プライド・高田 (13)
信頼関係・あきお (19)
ココロとカラダ・あきら (39)
ガラム・異邦人 (33)
言い出せない私・・・「AF!」 (27)
再びの妻・WA (51)
股聞き・風 (13)
黒か白か…川越男 (37)
死の淵から・死神 (26)
強がり君・強がり君 (17)
夢うつつ・愚か者 (17)
離婚の間際にわたしは妻が他の男に抱かれているところを目撃しました・匿名 (4)
花濫・夢想原人 (47)
初めて見た浮気現場 (5)
敗北・マスカラス (4)
貞淑な妻・愛妻家 (6)
夫婦の絆・北斗七星 (6)
心の闇・北斗七星 (11)
1話完結■不倫・不貞・浮気 (18)
■寝取らせ (263)
揺れる胸・晦冥 (29)
妻がこうなるとは・妻の尻男 (7)
28歳巨乳妻×45歳他人棒・ ヒロ (11)
妻からのメール・あきら (6)
一夜で変貌した妻・田舎の狸 (39)
元カノ・らいと (21)
愛妻を試したら・星 (3)
嫁を会社の後輩に抱かせた・京子の夫 (5)
妻への夜這い依頼・則子の夫 (22)
寝取らせたのにM男になってしまった・M旦那 (15)
● 宵 待 妻・小野まさお (11)
妻の変貌・ごう (13)
妻をエロ上司のオモチャに・迷う夫 (8)
初めて・・・・体験。・GIG (24)
優しい妻 ・妄僧 (3)
妻の他人棒経験まで・きたむら (26)
淫乱妻サチ子・博 (12)
1話完結■寝取らせ (8)
■道明ワールド(権力と女そして人間模様) (423)
保健師先生(舟木と雅子) (22)
父への憧れ(舟木と真希) (15)
地獄の底から (32)
夫婦模様 (64)
こころ清き人・道明 (34)
知られたくない遊び (39)
春が来た・道明 (99)
胎動の夏・道明 (25)
それぞれの秋・道明 (25)
冬のお天道様・道明 (26)
灼熱の太陽・道明 (4)
落とし穴・道明 (38)
■未分類 (571)
タガが外れました・ひろし (13)
妻と鉢合わせ・まさる (8)
妻のヌードモデル体験・裕一 (46)
妻 結美子・まさひろ (5)
妻の黄金週間・夢魔 (23)
通勤快速・サラリーマン (11)
臭市・ミミズ (17)
野球妻・最後のバッター (14)
売られたビデオ・どる (7)
ああ、妻よ、愛しき妻よ・愛しき妻よ (7)
無防備な妻はみんなのオモチャ・のぶ (87)
契約会・麗 (38)
もうひとつの人生・kyo (17)
風・フェレット (35)
窓明かり ・BJ (14)
「妻の秘密」・街で偶然に・・・ (33)
鎖縛~さばく~・BJ (12)
幸せな結末・和君 (90)
妻を育てる・さとし (60)
輪・妄僧 (3)
名器・北斗七星 (14)
つまがり(妻借り)・北斗七星 (5)
京子の1日・北斗七星 (6)
1話完結■未分類 (1)
■寝取られ動画 (37)
■失敗しない為のライブチャット格安攻略 (5)

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