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闇文庫

主に寝取られ物を集めた、個人文庫です。

夏の生贄 第一章 「夏の夢」

空は果てしなく青く澄み渡っている。
時期は七月の中旬。照りつける陽光はすでに真夏のもので、このT海水浴場にひしめく水着姿の男女たちの肌に健康な焼印をあてている。
砂浜には白いビーチパラソルがいくつも並び立ち、その向こうに広がる海では若者や家族連れが笑顔でバチャバチャやっている。ビーチボールが飛び交い、ビキニ姿の乙女たちがかしましい嬌声をあげる。
夏の楽しさ、ここに極まれりといった情景だ。
砂浜から少し離れたところに幼児用のごく浅いプールが設置されている。そこではまだうら若い親たちが我が子とともに水に浸かっていた。ある親は怖がる子をなだめすかして、水に入れるのに懸命になっている。またある親は、子供が際限なくはしゃぎまわるのを横目で眺めながら、疲れてぐったりしている。
その中に一人、その一箇所だけぱっと花が咲いているかのように華やかな雰囲気を漂わせている女性がいた。
黄のおとなしい花柄のワンピース水着をつけたその女の年齢は、三十より少し前くらいだろうか。背が高く、すらりとした体型だ。背筋がきりっと伸びていて、凛とした印象を与える。ストレートの美しい黒髪は肩までの長さで、前髪が眉の上で切りそろえられているのが、少し童顔気味の顔の印象と相まって女をいっそう若々しく見せている。
形のいい鼻梁。小造りのきゅっとした口元。何より、切れ長の美しい瞳の溌剌とした輝きが、女を周囲の誰よりも魅力的に見せていた。
女―――高島夏海は幼児用のプールに膝まで浸かりながら、四歳になる我が子晴喜が浮き輪に助けられながら、初めての水泳を楽しむ様子を眺めている。
晴喜は生まれつき度胸がいいのか、さして怖がりもせず水に入ると、浮き輪につかまってぷかりぷかりと浮かんでいる。その顔はいかにも楽しげで、夏海が時折、浮き輪をつかんで動かしてやると、きゃっきゃっと声をあげて喜ぶ。我が子の無垢な笑顔を見つめる夏海の顔も、幸福そのものといった表情だ。
「ハルくん、楽しい? 泳ぐの好き?」
「すき~!」
晴喜の返事を聞いて、夏海はまたにっこりと微笑む。
陽光きらめく夏の日。波音と若者たちの騒ぐ声に包まれながら、プールで戯れる幼子とそれを優しげに見つめる母親の姿は、絵画の題材になりそうなほど可憐で、詩情あふれる光景だった。
と、そこへ海パン姿の男が駆けて来た。夏海の亭主、昭文である。
「わるいわるい。車のトランクひっかきまわしてようやく見つけたよ」
そう言って、昭文は右手のビデオカメラを持ち上げた。
「もう。せっかく高いお金を出してやっと買ったカメラなんだから、大事にしまっておいてよね」
「わるかったって。ほら笑って笑って」
私はいいから晴喜を撮ってよ、と小さく言いながらも、夏海はすっと背を伸ばして、ビデオカメラを見た。口元にはにかんだ笑みを浮かべている。
「いいねえ。夏海はまだまだいけるよ。やっぱりビキニにすればよかったのに」
「まだ言ってる。もうそんな年じゃありません。まったく・・・ほら、私はもういいからハルくんを撮ってよ」
「はいはい」
昭文が言うと、水に浮かびながら両親を眺めていた晴喜が、
「はいはい」
とオウム返しした。
夏海と昭文は顔を見合わせ、それから弾けるように笑った。

そんな幸せな家族の情景を、プールサイドで二人組の男が眺めていた。日陰に設けられた長椅子に寝そべり、煙草を吹かしながら、男たちはサングラスの奥の瞳を光らせて高島一家を、その中でも夏海を見つめている。
低い声で男の一人が言う。
「たしかにすげえ上玉だな。お前が何年も馬鹿みたいに岡惚れしてるってのも分かる」
「何かこう、上品な色気があるでしょう。男なら誰でもあの女の水着を引きちぎって、好き放題に犯してみたいと思うはずですよ」
「相変わらずてめえの発想は下衆だな。上品さのカケラもねえ」
男はそう言って鼻で笑うと、煙草をもみ消した。
「それでどうですか? あの女。礼の件に使えそうですか?」
もう一人の男が尋ねる。
「ああ、いけそうだな。ちょっと見ただけだが、ただ美人なだけじゃなくてなかなか芯も強そうだ。礼の件にはぴったりの人材かもしれん。藤岡の兄貴には俺から言っておこう」
「それはよかった。でも、あの女を例の奴のの生贄にするのはちょっと惜しい気もしますがね」
「今更、何言ってやがる」

夏。
空はどこまでも青く、不吉なほど果てしなく広がっていた。
  1. 2014/07/09(水) 14:34:00|
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夏の生贄 第二章 「雨の予感」

高島夏海は今年で二十九歳になる。二十四歳の時に現在の夫、昭文と恋愛結婚し、翌年に長男の晴喜を出産した。
昭文は大学のサークルの先輩だった。あっけらかんとした性格と天性の愛嬌の持ち主で、多少頼りないところもあるが、夏海は知り合ってすぐに彼が好きになった。
ひとは自分と似た人間に好意を抱くこともあれば、まったく違う性格の人間を愛することもある。夏海の場合は後者だった。結婚して以降の平穏な暮らしのなかでだいぶ改善されてきたものの、もともと夏海は不器用で神経質な性格だった。愛想を言うことが苦手で、誰にでも気安く話しかけることなど出来ない。曲がったことが嫌いで、ひとの些細な過ちを忘れられない。なまじ美人なだけあって、若い頃の夏海は周囲からつんと澄ました性格だと思われ、陰口を叩かれたことも多かった。
そんな夏海の性格は子供の頃の家庭環境が影響しているのかもしれない。夏海の両親は不仲で、子供の前でも平気で度々激しい夫婦喧嘩をやらかした。父は母に愛想を尽かし、女遊びに金をつぎこんでは何日も家に帰らない。母は母でそんな父への反発か、よその男を自宅に引っ張り込んで、子供の前だというのに男にしなだれかかり、媚びた振る舞いをする。
父と母は幼い夏海に向かって、よく同じことを言った。
「お前がいるから離婚しないんだよ」
夏海はそんな両親が大嫌いだった。
こんなふうに子供を言い訳にして、自分のエゴを押し通しながら偽善的な営みを続けていくのが夫婦というものなら、夏海は結婚などしたくもなかった。
昭文と付き合うようになって数年が経ってからも、夏海は次第に現実味を帯びてくる「結婚」の二文字にまだ違和感と、そして少しの恐怖を感じずにはいられなかった。
昭文が初めて「結婚」を口にしたとき、夏海はしばらく黙り込んでしまった。次にようやく口を開いたとき、夏海はプロポーズへの返事ではなく、自分の過去のことを話した。過去のこと、両親の結婚生活への嫌悪。
そのときまで夏海は昭文にすら、そうした過去の暗い記憶を喋っていなかった。それは夏海のもっとも深い部分、誰にも話せなかった心の傷口だった。昭文に話しながら、夏海はいつしか涙を流していた。
昭文はいつもと同じように、穏和な表情で夏海の話を聞いてくれた。
すべてを昭文に打ち明けた後、夏海は心が少し軽くなったのを感じた。今まで自分ひとりの胸に抱え込んできた痛みや苦しみ。それは夏海の心の闇でもあったが、その闇を愛する男の前にさらけだすことで、夏海ははじめて自分以外の人間と真正面から向き合うことができたのだった。
愛する人間に心を開くこと、委ねること。それが出来なかったことが、夏海の両親の夫婦生活が破綻したことのもっとも大きな原因だったのだと、夏海は気づいた。
やがて夏海と昭文は結婚し、夫婦となった。
そして生まれた晴喜は、夏海に母となることの喜びを教えてくれたのだった。
子を持つことで、夏海はまた変わった。母となったことの自信と責任感が、夏海をより強く優しくさせた。
夏海は穏やかに笑うようになり、それとともに穏やかに暮らす術を覚えた。
今の夏海は以前のように、始終気を張りつめてぴりぴりしてはいない。ゆっくりと深呼吸をするように、愛する夫と息子との暮らしを味わっている。
夏の空を彩る入道雲のように、ゆったりと成熟しながら。
しかし―――
誰もが薄々知っているように、幸福な時間はいつまでもは続かないものだ。やがて運命の歯車は回り始め、思いがけない試練のときがやってくる。

夏は他のどの時期よりも美しく楽しい季節だ。だが、夏の天気はしごく変わりやすい。
  1. 2014/07/09(水) 14:34:46|
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夏の生贄 第三章 「暗転」

雨の日だった。
その日も夏海は晴喜を幼稚園へ送り出してから、いつものように家事にいそしんでいた。
高島一家がいま住んでいる家は、もうあと一ヶ月で引っ越す予定になっている。昭文は個人でリフォーム業の会社を経営しているのだが、今度その仕事場に近い場所に、いまの家よりも大きな家を新築したのだった。
「新しい家は親子三人で住むのはもったいないくらいの広さだな」
「そうね」
「家族を増やそう。子供は多ければ多いほどいい。ぼくも頑張るから」
「何を頑張る気よ。へんなひと」
「へんじゃないだろ。相変わらず妙なところに気を回すね、君は」
「それよりもお金の余裕あるの? 今回だって相当無理してお金を作ったでしょう。家のローンだってあと何年もあるし」
「どうにでもなる。分不相応に欲張らなければさ。家族が幸せに暮らすだけのものがあればいい。それでぼくの分は十分」
「・・・へんなひと」
夫婦の寝室で夫に腕枕されながら、夏海が昭文とそんな会話をしたのはつい昨日のことだ。
建設中の新しい家を、夏海も何度か見に行っている。最初はただの更地、その次に行ったときは家の土台が出来ていた。二週間前見たときにはもう家の骨組みは、ほとんど完成していた。
そうして家が次第に造られていく様子を思い返していると、夏海はわくわくした気持ちになってくる。これからどれほどの思い出が、あの家での暮らしの中から生まれてくるだろう。どれほど楽しいことが待っているだろう。
(新しい家族か・・・わたしも頑張ってみようかしら)
夏海が洗濯物を折りたたみながら、そんな想いに耽っていたそのときだった。
夫の昭文が数時間前、交通事故に巻き込まれたことを告げる電話が鳴った。

取るものも取らずに夏海が電話で指定された病院に駆けつけたとき、昭文はすでに手術を終え、面会謝絶の病室で麻酔を打たれ、眠りについていた。
医師の話では肋骨を二本と右腕を折っているという。幸いに内臓や血管に重大な損傷はなかったようだが、それにしても大怪我であることには間違いない。医師は手術後の経過を見て、これからどのような処置をするかを詳しく説明してくれたが、夏海の耳にはろくすっぽ入ってこなかった。

「高島昭文さんの奥さんですか?」
顔面蒼白で病室の前に立ちつくしていた夏海に、スーツ姿の中年男が話しかけてきた。
「そうですが・・・?」
「私は警察のものです」
男はそう言って背広のポケットから、警察手帳を取り出して見せた。豊田という名前の刑事だった。
「この度はとんだことになりまして・・・心からご同情申し上げます」
「主人は・・・どうして・・・」
「轢き逃げです。ご主人は仕事の合間に近くのレストランで食事をとりに行き、また仕事場へ戻る途中の裏路地で何者かの車に轢かれたようです」
「・・・・・」
「視界のわるい、細い道路でした。悪天候でしたし、ご主人が道を渡ろうとしていたのに気づかなかったのかもしれませんが・・・あいにく目撃者もいませんで。逃げていく車を見たものもいません。ゆえに事故なのか、それとも違うのかがまだ分からないのです」
「それは・・・誰かが」
夏海はやっとの思いで言葉を吐いた。声が震えているのが自分で分かった。
「故意に主人を轢いた可能性もあるということですか?」
「心当たりがあるんですか」
豊田の目がきらりと光る。だが、夏海は首を振った。
「そんな・・・主人は他人の恨みを買うようなひとではありません」
夏海は本心からそう言った。夏海の知らないところで、昭文が仕事上のトラブルに巻き込まれていたことはあるかもしれないが、それにしたって轢き逃げされるほどのことを昭文がやるはずはない。そんな男ではない。
「そうですか・・・・。捜査が進展したら、また何か新しい情報が出てくると思います。ご主人の意識が回復したら、また話を伺うことにもなるでしょう。すみませんが奥さんの連絡先を教えていただけませんか」
夏海が自宅の電話番号を告げると、豊田はそれを手帳にメモし、
「それでは、またいずれお会いすることもあると思います。くれぐれもお気を落さぬように、頑張ってください」
豊田は一礼して去っていった。
夏海はその背中をぼんやりと見送った。
何も考えられなかった。
(どうしてこんなことに・・・)
ただそれだけが、頭の中を駆け巡る。今朝自宅を出て行ったときの、昭文の笑顔が脳裏に蘇り、胸を痛ませる。
医師の話では死に関わるような怪我ではないということだったが、夏海はもう二度と夫の元気な姿を見られないのではないか、という恐怖を感じていた。
それまでなぜか出てこなかった涙が今頃になって溢れ出し、夏海は嗚咽した。
そのときだった。
「義姉さん」
呼びかける声がした。振り返るとそこには、昭文の弟の礼二がいた。
  1. 2014/07/09(水) 14:35:41|
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夏の生贄 第四章 「義弟」

高島礼二は久しぶりに兄嫁を間近に見て、あらためてその美しさに瞠目した。
ただ容姿が美しいとか、ほっそりとした端正なスタイルをしているというだけではない。内面の清らかさ、純粋さがそのまま外側に浮きでているような女だ。
「礼二さん・・・」
そう言った後で夏海はしばし黙って、礼二を探るように見つめた。
(警戒しているな・・・)
当然だろう。礼二は出来のいい兄の昭文の陰で、放蕩三昧の生活を送ってきた典型的な遊び人だった。数年前にはついに親から勘当を言い渡されている。
その後は遊ぶ金欲しさに、ちょくちょく兄の家へ行き、小遣いを無心してきた。昭文は昔から人の好い性格で、さらに言うならば極めて鷹揚な性格で、不出来な弟に舌打ちしながらも、いつも金を包んでよこした。
礼二はそのとき、昭文の傍らにいた夏海の咎めるような視線を覚えている。潔癖な性格の夏海には、三十近くにもなってまだ金をねだりにくる礼二も、甘やかす昭文も不純なものとして映っていたのだろう。単純に兄一家の経済状況がそれほど余裕のある状態でないこともあっただろうが。
礼二がしつこく兄の家に行ったのは、金欲しさということもあるが、この魅力的な兄嫁の姿を見たいという気持ちもあった。兄の結婚式で初めて会ったときから、礼二は夏海に魂を奪われていた。もちろん、その後の行状の結果、この兄嫁が自分を嫌っていることも承知していたが、それでも数ヶ月に一度はその顔を見なくては収まらなかった。
だがこの半年、礼二は兄の家を訪問していない。自分から連絡もしていないし、兄から連絡がくることもなかった。
夏海が不意に現れた礼二を見て、いぶかしげな表情になったのはそういう経緯からだった。
「実家から兄さんが事故に遭ったと知らせがあって飛んできましたよ。本当に大変なことでしたね」
嘘だった。実家とは絶縁状態で知らせなどくるはずもない。それに実家のほうでは、まだ兄の事故のことなど知りもしないのではないか。
だが、夏海は素直にそれを信じたふうで、礼二に頭を下げて礼を言った。
「それで兄さんの怪我はどの程度のものなんですか」
「お医者様の話では、命に関わるようなことはない、と。当分の間は入院して絶対安静でいなければならないようです」
「そうですか。兄さんも義姉さんも、本当にお気の毒なことです」
礼二は夏海の叙情的な美しい瞳を、真正面から見つめながらそう答えた。
「ところで義姉さんはこれからどうします?」
「いったん自宅に帰ります。晴喜を幼稚園に迎えに行かなくてはならないし。それに病室は面会謝絶になっていますから、ここでわたしが付き添っていてもどうにもなりません」
「それならぼくが義姉さんの家まで車で送りますよ」
夏海は少し考えたようだが、
「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらいます」
と、言った。
「じゃあ病院の駐車場へ行きましょう」
「ちょっと待ってください」
そう言うと、夏海は昭文の眠る病室のドアを振り返った。少しうつむきかげんの姿勢で、瞳を瞑っている。おそらくは昭文の回復を、神仏に祈ってでもいるのだろう。
悲嘆に暮れる妻の敬虔な祈り。だが、それを見つめる礼二の視線は邪悪な色に濁っていた。
  1. 2014/07/09(水) 14:36:20|
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夏の生贄 第五章 「妻の心配」

新しい生活が始まっている。夫のいない生活が。
と、いっても夏海の生活自体は大きく変わったわけではない。それまでと同じように、朝になると晴喜を幼稚園に送り出し、あとは家事をしながら日を過ごす。夕方になれば晴喜を幼稚園に迎えに行き、二人で夕食をとる。
ただひとつの変化は、夜になっても夫が帰ってこないことだった。普段は床についてから夫婦で今日一日あったことを話し(その話題の多くは晴喜のことだった。今日の晴喜がどれだけ可愛い顔で笑い、どんなことに熱中していたか、幼稚園の先生の話を交えながら夏海が熱心に話すのを昭文が笑いながら聞いていることが大部分だった)、ときにはその後で夫婦の夜の営みを交わし、幸せな眠りについて明日を迎える。それがどれだけ大事なことだったが、どれだけ自分に毎日を生きる活力を与えていたことか、夏海は思い知った。

夫の昭文とは、三日前にようやく面会することが出来た。
あのときに見た、包帯やギプスに厚くくるまれた状態で病室に横たわる昭文。思い出すだけで胸が痛む。
「大丈夫、大丈夫。すぐによくなるよ」
夏海の心配をよそに、昭文はそう言って笑った。だが、笑っている途中で痛そうに顔をしかめたところを見ると、そんな言葉はただの気休めなのだろう。
傍にいた晴喜は、まだ父親が陥った事態を理解しているはずもなく、ただベッドの上の昭文を見て目を丸くしていた。
「おとうさんがミイラ男になってる!」
「はは、ミイラ男か。それはいいや。おいで、晴喜」
昭文が瞳を細めながら、右手でベッドの脇を弱々しく叩く。玩具を抱えた晴喜は、嬉しそうに父のもとに駆けていった。
それを見ているだけで、夏海は瞳に涙が滲むのを感じた。最近、とみに涙もろくなっている。こんなことではいけない、今はわたしがもっともっとしっかりしていなくてはいけないのに。そう思ってはいるのだが―――。
「駄目よ。安静にしていなくちゃ・・・お医者様も仰ってたわ。少なくとも三ヶ月は入院して、じっとしていなければいけないって」
「三ヶ月! そんな長いこと、このベッドに寝ているなんて、考えただけでもおかしくなるな。絶対にもっと早く、ここから抜け出してやる」
「馬鹿なこと言わないの」
「だって、現実問題、仕事の都合もあるからね。とりあえず刈谷さんに、ぼくがいない間も会社をいつもどおり運営していくようお願いしたんだが、実は来週までに必ず仕上げると契約した家があったんだ。知ってのとおり、うちの会社は人手が少ないし、多くはアルバイトでまかなっていたから、ぼくが抜けたら仕事がちっともはかどらない。たぶん違約金を数十万円払うことになるだろう」
「数十万・・・・」
重い金額だった。ただでさえ、家を新築したことで家計は火の車のなのだ。それに加えて昭文の入院費用、さらにその違約金も重なれば、乏しい家計は決定的な打撃を受けるだろう。
夏海はうつむいて、何も分からずはしゃいでいる晴喜の頭を撫でた。
「そういえば、この前、豊田さんという刑事がぼくに会いにきたよ」
暗くなった空気を追い払うように、昭文が明るい声で言った。
「ああ・・・わたしも前にお会いしたわ」
「今度の轢き逃げは故意にぼくを狙った可能性もあるから、話を聞きたいと言ってたな。たしかに出会い頭に轢かれたという感じではなかったけどねえ。たとえ本当に最初からぼくを狙ったとしても、いったい誰がどんな目的でしたというんだろう」
「心当たりはあるの?」
昭文はベッドの中で肩をすくめて見せた。
「分からない。轢き逃げされるほど、アコギな商売はやってないと思うんだがなあ」
「呑気なことばかり言ってないで、本当に気をつけてよ。もしもあなたが・・・・」
「ぼくが?」
「・・・なんでもないわ」
不意に黙り込んだ夏海を、昭文は優しい目で見つめた。
「あまり深刻に考えすぎないでくれよ。君は昔から根が生真面目だから・・・・」
そう言ったときの、昭文の慈愛に満ちた声音が今も耳に残っている。
しかし―――
どちらかと言えばマイナス思考に傾きがちな自分の性格を自覚してもなお、今度の事態はそれほど楽観的な問題ではない、と夏海は思う。さしあたっては緊迫する家計の問題だ。
どこかへ働きに出よう、と夏海は決意した。晴喜のいない昼の間にパートで働こう。たとえ微々たるお金でも、少しは家計の足しになるだろう。
そんなことを考えていたとき、玄関のチャイムが鳴った。
  1. 2014/07/09(水) 14:37:15|
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夏の生贄 第六章 「罠」

不意の来訪者は礼二だった。
病院での久々の再会から、礼二はしばしば連絡をよこしてきている。最初は警戒していた夏海だったが、自分たち一家を心配する礼二の真摯な様子に、次第に心を許すようになっていた。このような心細いときには、普段は不仲の義弟といえども心配してくれるひとがいるというのは素直にありがたかった。
「今日はどうなさったのですか」
礼二をリビングに通し、自分は台所でコーヒーを沸かしながら夏海は聞いた。
「この前の電話で義姉さんは、働く場所を探したいと言っていたでしょう。ぼくの勤めている会社の関係でそれに関してよさそうな話があったので、お知らせにあがったのです」
夏海は礼二の仕事を知らない。それどころか、礼二がいまはきちんと定職についていると知って、ちょっと意外な気がしたくらいだ。
「・・・・それはどのようなお話なのですか?」
入れたてのコーヒーをテーブルに置きながら、夏海は礼二に聞く。礼二はまず一口、うまそうにコーヒーを啜ってから、ゆっくりと話しだした。
―――礼二の持ってきた話とはある企業の製品開発研究所で、新製品のモニターを務める仕事への誘いだった。その研究所では主婦向けの衣類や様々なグッズを開発しているのだという。
「モニターなんて・・・わたしは流行には疎いですよ。ファッションセンスもないし」
「いや、その研究所ではごく普通の主婦を求めてるんですよ。特別な素養など必要はありません」
礼二は無駄のない言葉で、はきはきと答える。
「・・・・仕事の時間帯はどういった感じなのですか?」
「それなんですがね、義姉さん」
礼二は手に持っていたコーヒーカップを下ろし、義姉の顔を見た。
「たった一ヶ月です。そのかわり、期間中はずっとその研究所で寝泊りしなくてはならないですが」
「それは―――無理ですわ。わたしには晴喜の世話もあります」
「でも、晴喜君の幼稚園はもうすぐ夏休みに入るでしょう。晴喜君はその休みの間にご親戚の方に預かってもらうというのは出来ないのですか?」
「でも・・・父親がいない生活であの子も淋しがっていますし・・・このうえ、わたしとも離れて暮らすとなったら・・・」
「たった一ヶ月の辛抱です。言い忘れていましたが、その期間の労働に支払われる賃金は―――」
礼二が口にした金額は一ヶ月の短期労働としては破格の高賃金だった。
「そんなに・・・。でも新製品のモニターをやるだけなのでしょう? それなのに一ヶ月も泊りこんで働くというのはなぜ?」
「もちろんモニターの仕事がないときには、研究所の宿舎などで掃除や洗濯などの雑用業務に従事してもらうことになります。ですがそれにしたって、この支払いのよさは異例です。こんなチャンスはそう何度もあるものではありませんよ」
夏海は少しの間黙りこんだあとで、「しばらく考える時間をください」と言った。
「分かりました。でも躊躇していられる時間はあまりありませんよ。明後日の夕方四時が期限なので、それまでに必ずお返事を聞かせてください」
それではまた来ます、と言って礼二は去っていった。

礼二が夏海からの電話を受けたのは、その翌日のことであった。
「件のお誘いをお受けしたいと思います」
夏海は先日の迷いを振り切るように、きっぱりとそう言った。
「それはよかった。お役に立ててわたしもうれしいです。今後の日程については、近いうちにまたお知らせしますよ」
電話を切った後で、礼二は傍のソファで煙草をふかしている栢山ににっと笑ってみせた。
「あの海水浴場で見た奥さんだろ。うまくいったのか」
「はい。今後ともよろしくお願いします、と殊勝な声で言ってましたよ」
「あ~あ、可哀相にな。自分がどんな『モニター』をさせられるかも知らないで」
礼二と栢山がいるこのオフィスは、杉浦商事の本社ビルの七階にある。
杉浦商事は表向きには様々なイベントや新製品の企画開発を請け負う会社だったが、裏では他企業への強請りや乗っ取り、非合法な商品の流通・販売を行う、ヤクザの隠れ蓑的会社だった。裏ビデオの製作や数多くの風俗店の経営などその活動は多岐に及び、『社長』の杉浦幹春はこの市の政財界に隠然たる勢力をふるうほどの権力を集めている。
礼二は栢山の向かいのソファに座り、煙草をくわえた。盛大に煙を吐きながら、
「ところで本当に大丈夫なんですかね、寺元とかいうあのマッドサイエンティストは? 今までにも相当問題を起こしてきているんでしょう?」
と栢山に言った。
「まあな。だが藤岡の兄貴によれば、寺元博士が本物の天才であることは間違いないそうだ。専門の深層心理学以外にも、医学、数学、物理学、薬学、化学その他あらゆる学問に通じ、その知識は博学にして多彩。彼が学会で最初に認められだしたころは、百年に一人の天才が現れた、ノーベル賞も夢じゃない、とずいぶんな騒がれ方をしたらしい。だが、その後すぐに研究内容が危なすぎて学会から異端視され、あげくには完全に追放されてしまったがな」
「その研究内容というのが人間の『人格改造』ですか」
「ああ。もっとも博士によれば、自分の学問はそんなものじゃないということらしいが、とにかく研究者たちにはそういう受けとめられ方をされた。我らが会社が寺元博士に期待しているのは、まさにその『人格改造』の実現だからな。あの奥さんはその実験の被験者となるわけだ」
「常識や倫理観を強く持っていて感情も豊か、そして家庭を持っている普通の人間。それが博士の依頼した被験者の条件でしたね」
「俺たちの側からも条件を付け加えたがな。実験の後で別の人間に生まれ変わっても『リサイクル』できるようになるべく美しい女がいい、と。お前が見つけてきたあの奥さんはまさにぴったりというわけだ」
「あの奥さんを罠にかけるために、こちらは兄貴を車で撥ねとばすという危ない橋まで渡っているわけですからね。寺元博士にも頑張ってもらって、早いとこ生まれ変わった奥さんに会いたいですな。もっともそのときには奥さんなんていう上品な呼称の似合わない女になっているんでしょうが」
欲望に瞳をぎらつかせながら、礼二と栢山は顔を見合わせてくつくつと笑った。
  1. 2014/07/09(水) 14:37:57|
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夏の生贄 第七章 「夏の日の出発」

夏海は叔母夫婦に晴喜を一ヶ月間預かってもらうことにした。叔母の陽子は夏海の母親の妹だが、夏海と両親の不和をよく知っていて、子供の頃から夏海を可愛がってくれていた。夏海にとっては、夫以外でもっとも心を許せる相手である。
「でも大変ねえ。夏海ちゃんは外で働いたことがないでしょう。それで一ヶ月の間、休みなしに働くのだもの」
「大丈夫よ、叔母さま。わたしはもう子供じゃないし、こんなときくらい頑張らないと夫に申し訳ないわ」
夏海はそう言って笑った。
(この子は変わったわ)
その顔を見て、陽子は思う。不仲の両親の間で板ばさみになっていたころは、笑っていてもどこか淋しそうな子だった。だが今の夏海の笑みは、成熟した女性らしい穏やかな笑みだった。結婚して子をなしたことが、夏海に自信と安定を与えたのだろう。女性にとって結婚・出産・育児は、それほど大きな意味を持つことなのだ。
(それにとても美しくなった・・・)
子供の頃から美少女ではあったが、それにしても近頃の清楚な色香の漂う美しさは夏海の幼少時代を知る陽子でさえ目を見張るほどだ。普段は夜の床でさぞ夫にかまわれているのだろう、と無意識に考えて陽子は人知れず赤面した。

「ハルちゃん」
夏海は叔母の家の居間で西瓜を頬張っている晴喜に声をかけた。
「もうお母さんは行くわ。しばらく会えないけど、淋しくなったらいつでも電話するのよ。それから叔母さんたちに迷惑をかけないように、行儀よくしてね」
「うん!」
晴喜は夢中で西瓜を食べながら、母の言葉に元気よく答える。といって言葉の内容を十分に理解しているわけではないだろう。何しろ四歳児なのだ。陽気で明るい子ではあったが、一ヶ月もの長い間母に会えないとなれば、そのうちに夏海を恋しがって泣いたり騒いだりすることもあるだろう。その情景を想像しただけで夏海は涙ぐみそうになる。
「じゃあね、ハルちゃん。バイバイ」
「バイバイ」
 夏海は哀切な気持ちでいっぱいになりかけた心に鞭を打って、愛しい我が子のもとを離れた。それでも未練を断ち切れずにすぐに振り返り、西瓜を食べる晴喜の小さな背中をしばらく見つめていたが、やがて早足にその場を駆け去った。

病室の開け放した窓から吹き込む風が、レースのカーテンを揺らしている。窓の外に目をやると、夏の太陽が支配する街並みが見える。
「それにしても、今度の話は礼二が持ってきたんだと君から聞いたときには意外だったよ。
あいつもなかなかいいところがあるんだな」
そう言って昭文は明るく微笑んだ。入院生活も二週間を越え、もとからひとなつこい性格の昭文は医者や看護婦ともすっかり打ち解けている。
「ええ。わたしも礼二さんには感謝しています」
夏海は林檎の皮を果物ナイフで器用に剥きながら、夫の言葉に答えた。
「うん・・・本当によかった。かといってこれから君に苦労をかけてしまうのは、ぼくには本当に心苦しいことなんだが」
「そんなこと言わないで」
夏海はベッドに横たわる昭文の枕元に寄り添った。顔を近づけて、頬にキスをする。
「こんなときには頼るも頼らないもないの。わたしたち夫婦なんだから」
キスの後で夏海は少しはにかんだ微笑を浮かべつつ、優しい口調で夫をたしなめた。
昭文はそんな妻の姿を心から愛しく感じながら、穏やかに笑う。
「そうだね。でもくれぐれも無理だけはしないでくれよ」
「分かったわ、あなた」

病室を出て病院の玄関のロビーへ行くと、そこで礼二が待っていた。
「お待たせしました」
「兄さんは元気そうでしたか」
「だいぶよくなってたけど、まだ少し辛そうね」
夏海はその手に衣類や最小限の持ち物の入った鞄を抱えている。今日これから新たな勤め先である研究所へ向かうことになっていた。
「それでは―――行きましょうか」
夏海はきっぱりした声で礼二を促して歩き出した。その声には夏海の妻としての、また母としての決意がこめられていた。
出発の日。それは夏海と昭文、そして晴喜が本当の意味で家族であった最後の日でもあったことを、そのときの夏海はもちろん知る由もなかった。
  1. 2014/07/09(水) 14:38:38|
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夏の生贄 第八章 「研究のための前準備」

寺元博士の研究所は高島家のある神戸市から車で三、四時間の距離にある、奈良の山奥にあった。ふもとに車を停めた後で、礼二に連れられて山の小さな道を歩いた夏海は、やがて目的の研究所を目にした。
それはもともと杉浦商事の社長、杉浦幹春の私有する別荘を改造したもので、鉄筋コンクリートの小さな四角いビル建築である。白塗りのそのビルの周りには、鉄柵が張り巡らされていた。
人里離れた山深い土地にいかにもそぐわない人工的な建築物である。
(でも、こんな不便な山奥でどうして新製品の開発などするのだろう)
夏海のそんな疑問を感じ取ったのか、礼二は振り返って、
「最近は企業スパイが多くてね。新製品の情報が洩れないように、とうとうこんな場所に研究所を建てたんですよ。でもこれは流石にやりすぎだと思いますがね」
と、囁くように言った。
それから礼二は研究所の鉄の門の前に立ち、インターフォンを押した。
「はい」
男の声が出る。
「先日ご連絡した第二課の高島礼二です。例の女性をお連れしました」
「お待ちしていました。どうぞ」
しばらくして、門がゆっくりと開いた。向こう側には誰もいない。研究所の中から電動で開け閉めが出来るようだ。
礼二と夏海は門をくぐった。

「ようこそ、いらっしゃいました。私が当研究所の責任担当者の寺元恭次です」
あらゆる感情がまったく欠けた、少し耳障りな金属質の声―――。
夏海は「こちらこそ、よろしくお願いいたします」と丁重に挨拶を返しながら、なぜか背筋が寒気立つような思いに囚われていた。
目の前には寺元博士が座っている。年齢は四十も半ばを過ぎたくらいだろうか。声と同じく、無機質で生気を感じさせない風貌の男だった。汚れがまるで見当たらない真っ白な白衣を着ていて、少し長めの髪を七三にぴっちり撫でつけている。黒ぶち眼鏡をかけているが、その奥に炯炯と光る瞳は視線の先にいる夏海に恐怖の念を起こさせるほど、異様な迫力を湛えていた。鼻は彫刻刀で彫ったように高く、鋭い。
 寺元博士の隣には博士のアメリカ人の妻、クリスティがこれも白衣を着て座っている。年齢は博士と同じくらいだろう。美しい女だった。かがやくブロンドの髪をショートにまとめている。
「お会いできてうれしいわ。わたしたちの研究所にはあと四人の所員がいるけれど、皆、男性なの。あなたのような素敵な女性のお友達が出来てとてもうれしい」
クリスティはにこやかに笑いながら、流暢な日本語でそう言った。
「わたしもうれしいですわ、奥さま」
「クリスティと呼んで。わたしもあなたのことは夏海、と呼ばせてもらうわ」
「わかりました。これからよろしくお願いしますね・・・クリスティ」
「そうそう」
楽しそうにクリスティは笑った。

「それでは、ぼくはもうそろそろ帰ります。義姉さん、一ヶ月の長丁場ですけど、くれぐれも身体に気をつけて頑張ってください」
そう言って礼二が去った後で、博士夫妻は夏海を彼女のために用意された部屋へ案内した。研究所は三階建てでそのうち一階は所員たちの研究用の施設、二階は住居部分で、三階は寺元博士個人の研究室となっている。夏海の部屋はほかの所員たちと同じく二階にあった。狭い空間にベッドと物書き用の机だけのごく簡素な部屋である。
荷物を部屋へ置いた後で、夏海は二階の食堂へ行った。ここで所員たちは日に三回、皆で集まって食事をとる。
食堂ではクリスティがお茶の用意をしていた。夏海が手伝おうとすると、「いいから座っていて」と言う。食堂の席に戻ると博士が座っていた。夏海は軽く会釈をして、同じテーブルに座った。
クリスティがお茶を持ってくる。
「それにしても殺風景な部屋でごめんなさいね」
「いえ、そんなことはありませんわ。皆さんが寝食を惜しんで、熱心に研究に打ち込んでいらっしゃるご様子が伝わってきます」
「ふふふ。そんなおおげさなことでもないのよ」
笑うクリスティの隣で、寺元博士は黙ってお茶を啜っている。

「・・・ここでのわたしのお仕事は、どのような予定で進んでいくのでしょうか?」
しばらく三人で話した後(といっても口を開いたのは夏海とクリスティだけで博士は一言も喋らずに、じっと夏海の顔を見つめていた。その度に夏海は息が詰まるような思いを味わって、顔をうつむけずにはいられなかった)、夏海は遠慮がちに尋ねた。この研究所に来て以来、博士もクリスティも、夏海の今後の具体的な仕事内容をまったく説明しようとしていないのだ。
夏海の問いに、クリスティはなぜか黙り込んだ。黙って夫の顔を見る。
「仕事ですか」
博士が口を開いた。
それだけで部屋の空気が変わる。
博士の異様な凄みを持った眼光が、夏海を射抜いた。その瞳を見返すだけで、夏海は眩暈がしそうな気になる。
―――いや、気のせいではなかったのだ。
(え・・・・・?)
そのとき夏海の視界の中で、世界がぐにゃりと折れ曲がった。
「あ・・・・」
嘘のように夏海の身体から力が抜けていく。胸の奥から不快な感触が沸き起こってきて、ぞわぞわと夏海を犯していく。全身ががくがくと激しく震える。
すぐに身体を支えていられなくなり、夏海は崩れ落ちるように目の前のテーブルに突っ伏した。
そんな夏海の様子を博士夫妻は静かに見下ろしている。
「茶に仕込んだ薬が効いてきたようだな」
「ええ。なかなか効き目が現れないので、配分を間違えたのかと思いましたよ」
博士とクリスティの声が、きーんという耳鳴りの音に混ざりながら夏海の頭に響く。
(これは・・・どういうこと・・・!?)
ぐったりとなりながら、夏海は弱々しく博士の顔を見上げる。感情の読み取れないその顔に、心の底から恐怖を覚えながら。
まぶたひとつ動かさずに、博士は口を開いた。
「仕事の話が聞きたいと言ったね。貴女の仕事はわたしの研究の手伝いをすることだ。ただし、それは新しく開発された製品の感想を述べるといった無意味な作業ではない。もっと簡単で、かつ貴女にとっても有益な仕事だ。詳しいことはゆくゆく分かってくるはずだがね・・・・」
博士は一度言葉を切り、改めて夏海を足の先から頭までゆっくり眺めわたす。その視線はまぎれもなく、実験動物を目の前にした研究者のものだった。
「とりあえずの貴女の仕事は、自らのすべてをわたしに委ねること。それだけだ。あらかじめ伝えておくが、あと三分もしたら貴女は意識を失う。その後でわたしと家内は貴女を裸にしてその肉体の特徴を細かく記録することになる。髪の毛の性質から肌の具合、首筋から背中にかけての骨格の張り出し方、胸や尻の肉付き、女性器の構造、さらにはクリトリスの大きさ―――これは平常時と勃起時の両方で計測するが―――まで、ありとあらゆることを観察させてもらう。その後、きみが意識を取り戻した後で、今度は精神活動の方面の観察に入っていくことになるが、これはなかなか時間がかかるだろうから、きみにも気長に付き合ってもらうことになろう」
何を言っているのか、まるで分からない―――。
この男は正気じゃない―――。
底知れない恐怖に駆られ、夏海はパニックになりながら、食堂の入り口へ向かおうとする。しかし、薬物を投与された身体は本人の意思を裏切って、すぐに床に崩れ落ちてしまう。
(逃げなきゃ・・・逃げなきゃ・・・・)
頭の中でそう繰り返すものの、もう身体はぴくりとも動かせない。
(どうしてこんなことに・・・・)
自分の身に突然襲い掛かった夢魔のような出来事に、夏海の現実感は跡形もなく消え去ってしまっていた。
「諦めるのだね。少なくとも一月はここから出られはしない。いざここを出るときには、きみは新しい自分と生活を手に入れていることだろう」
鉄槌のような博士の言葉が終わらないうちに、夏海はもう意識を失っていた。
  1. 2014/07/09(水) 14:39:30|
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夏の生贄 第九章 「データの収集」

開け放した病室の窓から、心地よい夏の風が入ってくる。
子供の歓声が近くで聞こえる。病院のすぐ脇にある市民球場では、今日も少年野球チームが汗だくになりながら、快活に白球を追いかけている。
その練習風景を、高島昭文は病室の窓から眺めていた。
「またベッドから出て・・・ちゃんと寝てなきゃ駄目ですよ」
病室に入ってきた看護婦の由紀子が、苦笑しながら昭文をたしなめた。
「ごめんごめん。でも寝てばっかりだと身体もなまるし、なにより退屈でしょうがないんでね」
昭文はひとなつこい表情で、由紀子に微笑み返す。
「まったくもう・・・。そう言えば、今日はあの美人の奥さまはお見えにならないの? 噂を聞きつけて内科の本島先生まで高島さんの奥さまを一目見たいと言ってるわ」
「なんだい、それ。病院も暇だねえ」
由紀子の言葉に、昭文は苦笑いした。
「残念ながら当分の間は来ないけど、夏海に伝えとくよ」
「そうそう、夏海さんだったわね。でもなんで夏海さんは当分いらっしゃらないの?」
「働きはじめたのさ。ぼくがこんな状態だし、家計もあまりよくないからね」
「そう。大変ね」
いつも明るい昭文の表情にふっと陰がさしたのを見て、由紀子もしんみりした声になった。
「いや、働くことは夏海にとってもいい経験になるだろうからね。いつもいつも家庭にいて、子供と見飽きた亭主の顔を見ているより楽しいかもしれない」
暗くなった空気を振り払うように、昭文はまたいつものおどけた口調で言う。
「また、そんなことを言って・・・少しは真面目に出来ないんですか」
「はは・・・・」

寺元博士の研究室―――。
様々な機材や書物などが所狭しと並べられている部屋の中心に、病院で使うようなベッドが据え付けられている。
その上に意識を失った夏海が寝かせられていた。健やかな寝息をたてながら、夏海は深い眠りに陥っている。
「始めよう」
博士の指示でクリスティが、夏海の衣服を脱がせにかかった。
上半身の白いシャツのボタンが解かれ、夏海のすべすべとした滑らかな肌が次第にあらわになっていく。やがてシャツは剥ぎ取られ、その下に付けていたピンクのブラジャーのホックにクリスティは手をかけた。
「可愛い・・・」
呟きながら、クリスティはブラジャーを外し、夏海の上半身を裸にした。
「ふむ。美しい乳房をしているな」
はじめて夫以外の異性の目に晒された、小ぶりだが形のよい乳房を見て、博士がそんな感想を洩らした。
「ええ。形も崩れていないし。自然で健康そうだわ。うらやましい」
うっとりとした瞳で、クリスティも相槌を打つ。
「乳輪が小さいな。乳首もまるで子供のようだ。一児の母というのは本当か」
「あまり旦那さまに可愛がられていなかったのかしら。そんなことはないわよね。こんなに綺麗な身体をしてるのに」
クリスティは陶然とした表情で、夏海の剥きだしの乳房に手を伸ばす。慎ましい人妻が服の下に隠していた宝玉。そのまろやかな手触りを楽しみながら、握り締めたお椀型の乳房をやわやわと揉みしだく。
「ん・・・・・」
無意識状態の夏海が切なそうに顔をゆがめ、色っぽい吐息を洩らした。
「ふふふ。寝ながら感じてるわ」
「いいかげんにしろ。それよりも早く裸にして、夏海の肉体データを収集するのだ」
寺元博士は相も変わらず血の通わない声で、夏海を玩弄して楽しむ妻をせかした。
  1. 2014/07/09(水) 14:40:10|
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夏の生贄 第十章 「夢」

寺元博士の理論では、個人の人格などというものは、まったく不確定で問題とするに値しないものである。
多重人格という精神の病理がある。一人の人間に複数の人格が宿り、それが交互に表に表れてくるというものだ。巷間信じられているように人格が確固不動のものならば、なぜ複数の人格が同時に並立して存在できるというのだろう。
一人の人間の奥底には、一つの宇宙といってもいい広大な世界が広がっている。人格はその中に浮かんでいる惑星のひとつに過ぎない。我々が普段自分の人格と受けとめているものを地球とすると、我々はその地球を飛び立ってみてはじめて、それまでいた場所がただのちっぽけな惑星に過ぎなかったことに気づくことが出来るのだ。
それはともかく我々が個性と呼ぶものは、そんな脆弱な土壌の上で成り立っている。寺元博士はそんなものを認めない。一人の人間の個性は肉体にこそ現れる。
―――そして今、博士は高島夏海という一女性の個性の極みを観察している。
夏海はすでに全裸である。その両足は大きく広げられた格好で膝を立てさせられている。夏海の意識はいまだ回復していない。無防備に自身の肉体のすべてを博士夫妻の目に晒したまま、深い眠りについている。
「それにしても夏海のここは綺麗ね。とても子供を産んだとは思えないわ。花びらも美しいピンク色だし」
かがみこんで夏海の股間をまじまじと見つめていたクリスティが嘆声を洩らす。
「うわつきというやつだな。大きさも標準より小さめだ」
「日本人は全体に小造りだけど、たしかに夏海のカントは小ぶりだわ。ペニスが挿入されたときはきついでしょうね。男にとっては気持ちいいでしょうけど」
「女も同じじゃないかね」
「ふふふ。そうね、でも」
クリスティは医療用のピンセットを手にとって、夏海の女性器に息づくクリトリスを摘まみあげる。ピンセットがそれに触れた瞬間、夏海が、
「あ・・・・」
と小さく声をあげた。
「クリトリスは標準より大きめね。それに感度もよさそうだわ」
摘まみあげたそれを見つめながら、クリスティは淫蕩な笑みを洩らした。
「見て。もうこんなに勃起しているわ。あらあら、乳首のほうも勃ってきちゃったわね。この子、おとなしそうな顔をして、意外と好きなほうなのかもしれないわ」
「おしゃべりはそこまでだ。さっさとデータを取るぞ」


・・・夏海はプールの中で立っている。
目の前では晴喜が浮き輪につかまって、水浴びを楽しんでいた。その顔は本当に楽しそうで見ているだけで心が和む。
「本当にハルくんは水が好きね」
夏海も泳ぐのは好きだった。昭文と結婚してからは毎年、海へ泳ぎに出かけている。
その昭文はビデオカメラを取りに車へ戻ったまま、なかなか戻ってこない。
(遅いわね・・・)
そう思って夏海が駐車場のほうを振り向いた、そのときだった。
晴喜の悲鳴が聞こえた。
「ハルくん!?」
振り返ると、そこに晴喜の姿はなかった。ただ浮き輪だけがぷかぷかと浮かんでいる。
「ハルくん、どこ!? どこにいるの!」
動揺のあまり、夏海は大声でそう叫びながら、周囲をばちゃばちゃと探し回る。水に潜って息子の姿を捜し求めるが、どこにもいない。
「ハルくん!!」
夏海は恐怖に背筋を凍らせて、消えてしまった我が子の名を力のかぎりに呼んだ。

夏海は絶叫とともに目を覚ました。
(夢だったの・・・よかった)
心からの安堵とともに夏海がようやくそのことを悟ったときも、まだ脈は異常に早いままだった。瞳に涙が滲んでいる。身体中にびっしょりと汗を―――
夏海はどきりとした。
彼女は全裸でベッドに横たわっていた。
「お目覚めのようね。もの凄いうなされかただったから心配したわよ」
不意に声がして夏海がそのほうを見ると、クリスティが部屋の隅に座っていた。
「ここは・・・?」
「貴女の部屋よ」
  1. 2014/07/09(水) 14:41:18|
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夏の生贄 第十一章 「闇の中へ」

裸の胸と股間を両手で必死に隠しながら睨みつけてくる夏海を面白そうに眺めつつ、クリスティはゆっくりと近づいてきた。
「そんなに隠しても無駄よ。夏海が寝ている間に、身体のほうの検査は済ませておいたわ。胸もお尻もヴァギナの中まですっかり見せてもらったわよ」
その言葉に夏海の顔がさっと紅潮する。
クリスティは悪戯な表情で夏海を見つめた。
「本当に綺麗な身体ね。とても来年三十歳を迎えるとは思えないくらい、おっぱいもお尻もぷりぷりしててとても若々しいの。うらやましくなっちゃう」
「こんなこと・・・」
夏海は拳をぎゅっと握り締めた。
「こんなことして・・・許されると思っているの?」
「許すも何も夏海が警察へでも訴えないかぎり、こんなこと問題にもならないわよ」
「わたしは訴えるわ!」
「そう。ここを出るときまで、その決意が続けばいいわね。さ、お夕食の時間よ。この服に着替えなさい」
そう言ってクリスティは下着と白のシャツ、そして同じく白のスカートを渡した。
「わたしの荷物はどこ? あの中に着替えが」
「あの荷物は夏海がここを出るときまでわたしたちが預かっておくわ」
「何を言ってるの・・・!? 早く返して!」
「聞き分けのない子ねえ。そうだわ、あなたの荷物に携帯電話があったわね」
クリスティは酷薄な笑みを浮かべた。
「いい考えが浮かんだわ。さっきわたしたちが撮った夏海の恥ずかしいところの写真を、その携帯に転送しましょう。そうしたら夏海のお知り合いの方たち全員に、その写真を見てもらえるわね」
「・・・あなた、正気じゃないわ」
「うふふ。あなたのご両親だって、娘のあそこの写真なんて見たことないでしょうから、ご両親にもきちんと送ってあげるわね。『あなたたちの娘はこんなに立派に大人の身体になって、毎日夫とのセックスに励んでいます。ご心配はいりません』なんてね。どう? 本当にそうしてほしいの?」
「・・・・・」
夏海は下唇をきゅっと噛んだ。あまりにも理不尽な言葉に、夏海は燃えたぎるような屈辱と怒りを感じている。出来ることならこの場で目の前の女の頬を引っぱたいてやりたかったが、暴力とは無縁の世界で生きてきた女の悲しさで結局は手を出すことが出来ない。ただただ瞳に怒りをこめてクリスティを睨みつけるのみだ。
「写真を送ってほしくないなら、さっさと着替えなさい。あと十五分もしたら食堂で夕食よ」

クリスティの用意した白づくめの衣装に着替え、夏海が食堂へ行ったのはそれから三十分後だった。食堂にはすでに博士を除く研究所の所員全員が座っていた。彼らは少し怯えた顔で食堂に入ってきた夏海を無関心な目で見た。
「こちらが前に話した夏海さん。今日から研究所で働くことになったの」
クリスティがそう言うと、所員たちはひとりづつ自分の名前を言い、それから「よろしくお願いします」と言った。それ以上のことを話すものは誰もいなかった。彼らのあまりの生気のなさは研究所の異様な雰囲気のなかではしごく正常なものであるのかもしれない。だが、「異邦人」の夏海の目には、彼らは明らかに「異常」な人々だった。
「博士はどうしたの? わたしは彼に話があります」
夕食がはじまってしばらく経った頃、夏海はクリスティにそう言った。
「とりあえず食べなさいよ。あなた、一口も食べてないじゃない」
「いりません。わたしは今日中にここを出ます。博士に話をつけてくるわ。彼はどこ?」
「そんなに急がなくても、博士は夕食後にあなたに研究室へ来るようにと言っていたわよ」
夏海はそれを聞いて、無言で立ち上がった。食堂から出て行く夏海を、残りの所員たちは誰一人見ようともしなかった。

三階の研究室のドアをノックする。すぐに、
「お入り」
という博士の声がした。
ドアを開けると、博士は部屋の机でパソコンを開いていた。
「お話があります」
「そこにかけたまえ」
博士が指差した椅子に腰掛けようとした夏海は、博士のパソコン画面に映し出されているグロテスクな女性器のアップ画像に一瞬ぎょっとした。すぐにその画像が自分の局部を映したものであると悟り、夏海はあまりの恥辱と怒りで我を忘れた。
「いいかげんにしてください! 薬を飲ませてひとのそんな写真を撮るなんて・・・あなたたちには常識というものがないの!」
「ほう。性器の画像を見ただけで、それが自分のものと分かるのか? 夏海はそんなに自分のアレを見慣れているのかね」
「はぐらかさないで・・・・この件についての処罰は、いつか必ずあなたたちに受けさせるわ。とりあえず、わたしをこの研究所から出しなさい。今すぐによ」
「君の労働期間はあと三十日も残っているはずだがね。契約書にサインしたのだろう」
「・・・そんなの無効だわ」
そう言いながら、夏海は別の思いにとらわれていた。そもそもこの話を自分に持ってきた礼二への疑いだ。礼二の言っていた今回の仕事の話はすべてが嘘だった。モニターが聞いて呆れる。現実にモニターをしているのは向こうで、こちらはやって来た途端に理不尽な「吟味」をされたのだ。
「礼二さんもグルだったのね・・・。あなたたちが皆で共謀してわたしを・・・。なぜ?
 永久にわたしをここから出さない気なの? あなたのイカれた研究のために?」
「一度に複数の質問をするのはよしたほうがいい。とりあえず二つ目の質問答えよう。きみは一ヵ月後にはここから出ていく。それだけは保証する」
「いやよ・・・わたしは今すぐここから出て行くわ。夫や子供が待っている場所に帰るの」
博士夫妻への怒り、裏切った礼二への怒り、そして今現在自分が置かれている状況に対する不安で、夏海はなかばパニックになりながら子供のようにいやいやと首を振った。
「夫や子供か。彼らがそんなに大切なのかね」
「当たり前でしょ・・・、でもあなたのような人には分からないかもしれないわね」
「ふむ。それではわたしもひとつ話をしよう。きみにとっては少々不愉快な話になるだろうが」
博士はその作り物めいた瞳を、まっすぐに夏海に向けた。
「きみの夫の高島忠明氏は少し前に轢き逃げ事故に遭ったね。大事には至らなかったが、肋骨二本と右腕を折るという大怪我を負った」
「・・・・・・・」
夏海は不可解極まりないものを見る目で、博士を見つめ返す。
「じつはその轢き逃げ犯は礼二くんなのだ。きみをこの研究所に送り込むために、杉浦商事の幹部が指示したのだよ。きみは知らなかったかもしれないが、あそこは相当荒っぽいことも平気でやるようなヤクザ企業なのだ。本当は昭文氏はあそこで轢き殺されてもおかしくなかったのだよ。さすがに肉親だけあって礼二くんも手加減したのだろうか、ともかくも幸運だったな」
まったく抑揚のない口調で事実を告げた後、博士は黙って夏海の表情を観察する。
博士の言葉があまりにも唐突で、夏海は最初はその意味が分からなかったらしい。瞳を大きく見開いて、ぽかんとした表情である。
「あの事故・・・・」
呟く。
それからすぐに夏海の顔が―――
歪んだ。
「あああああ!!」
何やら獣のうなり声じみた叫びをあげながら、夏海は椅子から飛び出すように立ち上がり、博士のシャツの胸元を掴んだ。激しく泣き叫びながら、その細腕で力のかぎり博士を揺さぶる。
「殺してやる・・・殺してやる・・・」
暴れ狂う夏海になんとか抵抗しながら、博士は部屋のブザーを押した。すぐにドアが開き、数人の所員たちが駆けつけてきて、夏海を押さえつける。
「やれやれ・・・身体が若々しいだけでなく、力も強いのだな」
そう独りごちながら博士は立ち上がり、備え付けの戸棚から薬瓶と注射器を取って戻ってきた。
注射器の針をを薬瓶に差し込み、中の薬液をたっぷりと抽出しながら、博士は夏海の顔を冷酷な瞳で見つめる。
夏海は所員たちに取り押さえられながら、まだ荒い息をついている。注射器を見ても、博士を睨む瞳の力の強さはいっこうに衰えない。思ったよりも強い女だ、と博士は思う。これは取り組みがいのある実験になろう。
「また薬を使う気? でもわたしは負けない・・・あなたたちみたいな連中に負けるものですか。ぜったいにここから出てやる。そしてあなたたちの犯罪行為を世間に知らしめてやるわ!」
「がんばりたまえ」
夏海の言葉を軽くいなして、博士は注射器の針をその細腕に近づける。ぶすりと注射針が白肌を突き破り、薬液を夏海の身体に容赦なく注入していく。
・・・すべてが終わり、夏海は呆気なく深い眠りに堕ちていった。
その寝顔に残る涙の後を指でなぞりながら、寺元博士は久しぶりに心から楽しそうな顔でわらった。
  1. 2014/07/09(水) 14:42:08|
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夏の生贄 第十二章 「記憶」

研究所に夏海を残して去ったのち、礼二は夜も眠れない日々を過ごしていた。
礼二は寺元博士が具体的にどのような「改変」を夏海の精神に施しているのか、知らない。だからこそ妄想は無限に膨らみ、礼二の眠りを夜毎に妨げるのだ。
そして二週間後。礼二は再び研究所の門をくぐった。
一階の応接室でしばらく待たされた後、礼二は博士の研究室に通された。
部屋には何に使うのか分からない無数の機材や膨大な資料で溢れていたが、そのどれもがきちんと整理され、ほこりひとつ見当たらない。
「凄い部屋ですね」
礼二が言うと、博士はにこりともせずにうなずいた。
「今日は何をしに来たのかね」
「ちょっと、義姉さん・・・例の女性の様子が気にかかっていまして」
「夏海か・・・、研究は順調に進んでいる。安心したまえ」
「具体的にどのようなことをしているのですか?」
「夏海にはあの日以来、催眠薬を日常的に射ち、常に深い催眠状態にあるように精神誘導している。そうした状態の夏海と日々対話し、彼女の人間性――笑止極まりない言葉だが――の理解に努めているのだ。精神の改変にはまず被験者の精神の奥底までもを知らなくてはならないからな。最近ではそうした深い催眠状態が、夏海にとっての常態となっている。ゆえに意識が本来の状態に覚醒し始めると、夫や子供のことを考えたりして、かえって様々な現実の不安が洪水のように襲ってくるようだ。この前などは夜遅くに自らわたしのもとへやって来て、早くいつもの薬を射ってほしいと涙まで流して懇願したよ」
「まるで麻薬中毒の患者ですね。危険はないんですか?」
「わたしは医者でもあるのだよ。可愛い患者の身体を危険に晒すような真似はしないさ」
博士はうっすらと凍りつくような笑みを浮かべた。
「つい最近の夏海との対話を記録した画像がこのパソコンに入っている。しばらく待ちたまえ。きみに見せてやろう」

パソコンの画面に画像が映し出された。
礼二にとっては二週間ぶりの義姉の姿がそこにあった。白のシャツに白のスカートを履いた奇妙ないでたちで椅子に座っている。
だが、何より衝撃的だったのは画面のなかの義姉の表情だ。きらきらと輝くようだった瞳はまったく生彩をなくし、まるで夢の中にいるようなとろんとした表情になっている。夏海の全身からいつも醸し出されていた凛とした雰囲気はその影すら残っていない。
「夏海」
画面の中で博士が呼びかける。夏海はきょとんとした表情で、呼びかけた声のほうを見た。
「そろそろいつものお喋りを始めよう。昨日は夏海が子供の頃から両親を嫌っていたという話を聞かせてもらったっけな。それでは、今日もその話をもう少し詳しく聞かせてもらおうか」
「はい」
夏海は素直にそう返事した。その口調はいつものはきはきしたそれではなく、まるで幼子のようにあどけない感じだった。
「昨日の話では夏海のお母さんは浮気性で家に帰らないお父さんへのあてつけで、次第に自分も他の男との浮気にはしるようになっていった。そうだったね?」
「そうよ。知らない男を家にまで連れてきて、わたしの前でもベタベタしてたわ。わたしはそんな母が本当に嫌だった。毎日学校が終わってからも家に帰るのが嫌で、遅くまで図書室なんかで時間を潰していたわ」
催眠状態にある夏海は聞かれたことに対してなんら躊躇することなく、すらすらと答えていく。たとえ質問者があれほど憎んだ博士であっても。
「きみが家に帰りたくなかった理由はそれだけかい? 他にも何か原因があったんじゃないのかね? たとえば母の浮気相手の男たちの誰かに身体を触られたとか」
「そんなことはなかったわ・・・・いつもいやらしい目で見られていたけど。わたしが家に帰りたくなかったのは・・・」
夏海は戸惑った表情でうつむいた。やがて、
「見てしまったから」
ぽつりと言った。
「何をだね?」
「母と浮気相手が・・・セックスをしているところ」
夏海の顔にはっきりと苦痛の色が現れた。いまの夏海の告白は夫の昭文にさえしていないものだった。誰にも言えはしなかった、夏海のもっとも辛い記憶である。
「それはきみがいくつのときだ?」
「十三歳のとき。わたしは中学生になりたてだった・・・。ある日、わたしは具合がわるくなって学校を早退したの。それでいつもより早くに家に帰ったら・・・」
「お母さんと浮気相手がセックスに耽っていたわけか。そのときお母さんはどのような格好で男を受け入れていたのだね? 正常位、それとも騎乗位かな?」
「騎乗位・・・・。母はすごく興奮していて、甲高い声をあげていたわ。わたし、そのころはまだセックスを知らなかったの。でも、母がわたしにまったく気づきもせず、夢中になって男にまたがって腰を振っているのを見て、もの凄くどきどきして・・・とても嫌な気分になったわ。見てはいけないものを見てしまったと思ったの。でも」
「でも、なんだね?」
「男―――渡辺という名前の男だったけど―――渡辺はわたしが襖のかげから見ていることに途中で気づいたの。わたしのほうを見て、ぎょっとしたような顔になった。わたしもびっくりして逃げ出そうと思ったけど、腰が抜けてみたいで身体がちっとも動かなくて・・・。
渡辺のほうはすぐに落ち着きを取り戻したようだった。それどころかわたしに向かってニヤニヤ笑いかけた後、もっと力をこめて母を貫きだしたの。渡辺が腰を動かすたびに、母は蕩けたようになって悦びの声を出していた・・・・」
そこまで言ったとき、夏海の瞳から涙がぽろぽろと零れだした。
「そんなお母さんの姿を見て以来、夏海はなるべく遅く家に帰るようになったのだね」
「そう」
  1. 2014/07/09(水) 14:42:49|
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夏の生贄 第十三章 「心の内側」

画面の中では異様な対話が続けられている。
博士が聞く。
「お母さんのそんな姿を見てしまったことは、きみのセックスに対する考え方に何か影響を及ぼしたと思うかね?」
「セックスというものに嫌悪感を持ったわ。男性に対しても。大きくなるにつれて何人かの男性に声をかけられたり、誘われたりしたこともあったけど、どうしても心を開くことが出来なかった」
「夫の昭文さんとはどこで?」
「彼は大学で入ったサークルの先輩だったわ。明るくてかっこよくて、皆から好かれてた。わたしも憧れてたわ。でも、わたしは皆から男嫌いだと思われてたし、自分でもそう思っていたから、彼にうまく声をかけることも出来なかった。それで一人でいじいじして、子供みたいに拗ねて・・・・、だから彼が『好きだ』と言ってくれたときは本当に嬉しくて、思わず泣いてしまったくらい」
夏海はそのときのことを思い出したのか、瞳に幸福そうな色を浮かべてかすかに微笑んだ。
そんな義姉の姿を画面越しに熱心に見つめていた礼二は、今更ながら兄の昭文に対して灼けるような嫉妬を感じた。
そんな礼二の想いとは無関係に対話はつづく。
「そうして結ばれた彼と初めて一夜をともにしたのはいつ?」
「付き合って一年くらいした頃」
「きみは処女だった?」
「そう。だから、そのときはもうこわくてこわくて。でも怯えるわたしに彼は優しくしてくれて・・・・それでやっとできたの」
「その後は彼と頻繁にセックスを?」
「そんなでもなかったけど・・・処女でなくなってからも、セックスはちょっと苦手だった。彼としてて気持ちよくないとか、そんなことじゃなくて・・・、セックスの最中にあのときの母の姿が浮かんでくることがよくあって・・・。自分もあんなふうにいやらしい、はしたない姿になったらどうしようと思ってしまうの。わたしも母の娘だから、そういう血をひいているから・・・」
「自分も淫乱な女になる可能性があると思っていたのか?」
「そうかもしれない。だからわたし、どんなに気持ちよくなっても、絶対に声を出したりしなかった」
「行為の最中でも声を出すのをこらえてた?」
「そう。彼にはもっとリラックスしたらいいのに、とよく言われていたけど、どうしてもダメで。・・・今はだいぶリラックスできるようになったけど」
「いまは彼との行為は週に何回くらい?」
「週に二回くらいかしら」
「彼はきみとのセックスについてどんな感想を持っていると思うか?」
「・・・彼が満足しているかどうかはわからない。時々不安になるけど・・・。彼はよくわたしの身体について誉めてくれるわ。でも・・・」
「でも?」
「彼に昔、『夏海のクリトリスは大きめで、凄く感度もいい』と言われたときには、ちょっと落ち込んだわ。他の女性と比べられたのがイヤということもあるけど、何より自分の身体のそんな部分がひとより大きいということが気になって・・・母のことも頭にあって、わたしの身体もあんなふうに淫らに出来ているんじゃないかって・・・」
「それ以来、クリトリスの大きさが夏海のコンプレックスになった?」
「そう。ほかのひとのものなんて見たことないから、分からないけど」
「わたしも一度、夏海のクリトリスを見せてもらったことがあったな」
「どうだった? ひとより大きい?」
催眠状態にあるとはいえ、あまりにも無邪気に心配気な声で聞いてくる夏海に、画面の中で博士は笑った。
「そうだな。たしかに大きめだった」
「やっぱり・・・・」
「だが、それはよいことなのだよ。ご主人も誉めてくれたのだろう? 大きな、感じやすいクリトリスを持っていることは恥ずかしいことではないし、むしろ女性にとっても男性にとっても喜ばしいことなのだよ」
「・・・・ほんとに?」
「本当だとも。よく言うだろう、大きいことはいいことだとね」
「・・・・・」
黙って何か考えている様子の夏海に、博士は促す。
「言ってみなさい。大きいことはいいことだ」
「・・・大きいことはいいことだ」
博士の言葉を呪文のように繰り返し、夏海は―――
にこっと笑った。
それを見て礼二は眩暈がしそうだった。とてもこれが現実にあったことだとは信じられなかった。


そこで博士はパソコンの画像を止めた。振り返って礼二を見る。
「どうだったね?」
「いや、驚きました。あのシャイな義姉がここまで自分のことを、しかも夫とのセックスのことまで話すなんてね。催眠とは凄いものですね」
「彼女はついこの間まで、わたしのことを激しく憎んでいたのだよ。殺してやる、とまで言われたくらいだ。ふふふ」
「・・・・・」
「そうそう、彼女はきみのことも憎んでいるぞ。きみに騙されたと知ったうえ、きみが昭文氏を轢いたこともわたしが告げたからな」
「どうしてそれを・・・彼女に!」
礼二は声を荒げた。自分で画策して夏海をいまの状況下に置いたとはいえ、心底惚れこんでいる女なのだ。「憎まれている」と聞いていい気はしない。
「心配するな。愛憎という言葉があるだろう。愛と憎しみは表裏一体。それこそ感情の回路を少しいじっただけで、両者は逆転する。さっきの画像がその証拠だ。安心したまえ、きみにわるいようにはしない。それどころか、わたしはきみに素晴らしいご褒美をあげることになろう」
意味深な言葉を吐きながら、博士は立ち上がって隣室のドアを開けた。
  1. 2014/07/09(水) 14:43:34|
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夏の生贄 第十四章 「供物」

「少しの間、ここで待っていたまえ」
博士は礼二にそう言って、隣室に入っていく。ドアは開けたままだ。
礼二は中をそっと覗き見る。
夏海がいた。全裸でベッドに横たわっている。
剥きだしの両手は頭上で、両足は少し開いた格好で金属製の強固な器具で固定されていた。さらに首筋から顎にかけても金属のマスクのようなもので固定されており、これでは夏海は頭を少し動かすことも出来ない。
そのように固定された夏海のこめかみの両方に、直径五センチほどの円盤型電磁器のようなものが貼り付けられている。その電磁器は細い銅線でベッドの脇にある長方形の黒い装置につながっていた。その装置のモニター画面には円グラフが映し出されており、絶えずその形を変化させている。
あの装置はいったい何のためのものなのか―――。
科学知識に乏しい礼二だったが、博士が自身の開発した装置を使って行っている得体の知れない「実験」を目の当たりにして、おぞましい予感を感じずにはいられない。
再び、ベッドの上の義姉の姿に目を移す。
ピンで刺し留められた美しい蝶―――。
礼二はいまの夏海の姿を見て、そんなイメージを抱いた。
それにしてもその蝶はなんと蟲惑的な身体をしていることだろう。
決して大きくはないが、椀形の綺麗な乳房。はっとするほど白く、肌理の細かい薄肌の下に、細い血管が透けているのが生々しい。その真っ白な丘の上に、若々しい桜色の小さな乳首がちょこんとのっている。
夏海の呼吸に合わせて穏やかに隆起するその乳房の下で、滑らかな線を描く白肌が室内灯の光を柔らかく弾いていた。
さらに下に目をやると、少し開き気味にされた両足の付け根に、萌え出たばかりの若草といった趣の淡い恥毛が輝いているのが見える。夏海の気性そのままの上品な生えぶりを示すその若草の中心がそっと割れていて、その中から清らかな薄桃色の花園がのぞいている。
礼二はごくりと息を呑む。初めて目の当たりにした義姉の肢体はあまりにも美しく、あまりにも無垢な清らかさを保っていた。とても人妻とは思えない、この清廉な処女雪のごとき肢体をたった一人で占有していた男がいるのだ。その男が兄の昭文だということが、いまこの場でも礼二により狂気じみた嫉妬の感情を呼び起こした。
子供の頃から出来のいい兄の影で、比較されて惨めな思いになるのはいつも礼二だった。そのことにひねくれ、歪んではより深く堕ちていく礼二を尻目に、昭文はさっさと一流の大学へ行き、極上の妻をもらい、幸せな家庭を築いていった。
礼二が兄の昭文を轢く、という乱暴極まりない命令を上司から受け、素直にそれを実行したのも、子供の頃から積もりに積もった兄へのコンプレックスの噴出だったのかもしれない。
そして今、兄のもっとも大切なもの、もっとも愛する女が、自分の目の前で無防備な姿を晒している。
様々に捻じれた感情の波に揺られながら、礼二はどろどろと濁った欲望で満たされていく。

博士は夏海の傍らに近寄り、彼女の顔の下半分を覆うマスクとこめかみの装置を外した。
「苦しくなかったかね?」
「はい。ああ、でも変な気持ち・・・」
夏海は妙に締まりのない、ゆるい口調でうめくようにそう答えた。
「それでいい。きみは徐々に変化を遂げているのだ。蛹のなかにいる蝶の気分を今のうちに味わっておきたまえ」
博士はそう言った後で、ちらりと礼二のほうを見た。
「夏海。今日はきみにお客さんがいるのだ。―――入ってきたまえ」
博士の言葉に促されて礼二は部屋の中へ歩み寄った。
「だれ・・・・?」
夏海はまだ頭がはっきりしないのか、ベッドに固定されたままの全裸を恥ずかしがる様子もなく、とろんとした視線で礼二を見つめた。
礼二の鼓動が高鳴る。
「あ・・・・」
夏海はかすかに声をあげた。
「ああ・・・・」
夏海の顔つきがゆっくり変わっていく。幻覚の中を彷徨っているようだった瞳に、感情の炎が揺らめきはじめた。
不意に夏海は弾かれたように身体を起こそうとした。が、四肢をきつく固定された身体はびくともしない。それでも夏海は頭を狂ったように振り回して、ベッドから抜け出ようとする。
礼二はそんな夏海の反応の物凄さに完全に気圧された。
博士が夏海の顎を右手で掴んだ。そして言う。
「暴れるんじゃない、夏海。ただの礼二くんじゃないか」
「離して・・・このひとは悪魔よ・・・・何の罪もないわたしの主人を傷つけた男・・・それで何食わぬ顔でわたしをだました男よ・・・・ぜったいに許さない・・・!」
「やれやれ、まだ早かったか」
言いながら博士は注射器を取り出し、夏海の左腕に素早く針を突き刺した。
「あうう・・・・ゆるさない・・・わたしは、わたしは」
薬物が久しぶりに蘇った夏海の生気を急速に奪っていく。それでも夏海は弱々しく身体をよじりながら、うわごとのように怨嗟の言葉を吐いている。
博士が今度は黒いアイマスクを取り出し、夏海の両の瞳を覆った。
「あ・・・・」
先ほどとは違う声音で、夏海が小さく声をあげた。
「落ち着いてきたかね。さあ、いつものお楽しみの時間だよ」
博士は視力を奪われた夏海の耳元で妖しく囁きかける。
「部屋の明かりは消えた。もうすぐ夏海の大好きな旦那さまが、ベッドへとやってくる。ほら、もう入り込んできたようだよ」
「あう・・・・ああ、あなた・・・昭文さん」
礼二は耳を疑った。さきほどまであれほど自分を憎み、罵っていた夏海が、不意に甘い声で夫の名を呼んだのだ。
博士は夏海の四肢を固定していた金属の器具をすべて外した。
「いつものように旦那さまをたっぷりと悦ばせてあげたまえ。もちろん、きみも誰に気兼ねすることもなく、快楽に耽るがいい。恥ずかしがることは何もない。きみたちは夫婦なのだから」
博士は夏海の四肢を固定していた金属の器具をすべて外した。
「ああ・・・・あなた、うれしい」
夏海は幸福そうな笑みを口元に浮かべながら、まるで本当に誰かにのしかかられているかのように肢体をのけぞらせた。
「あ、ああ・・・・・んんっ」
「ひっ・・・そこはいや・・・舐めちゃいや」
一人でベッドに横たわりながら夏海はくねくねと身体を蠢かせ、時折、嬌声をあげている。
揺れ動く乳房の上で、桜色の乳首がぽつんと勃起しているのが見えた。
「あ、あ、ああん、いい・・・あなた・・・・」
呆然と夏海の痴態を眺めている礼二に、博士が近寄ってきた。
「どうだ、いい眺めだろう」
「博士、これは・・・・?」
「ふふふ。夏海はいま幻の中で、夫との夜の営みに耽っている。ここ最近は毎日、この実験を行っているから、そろそろアイマスクを付けただけで反応するようになってきた。条件づけは完璧だな」
「こんなことも出来るのですか・・・凄いものですね」
「最初は夏海もここまで声をあげたり、身体を動かしたりなどということはなかった。あの子にとっては、セックスはひとつのトラウマに近いものだからな。わたしが熱心に『治療』をしてやったおかげで、やっと自由に性の快楽を心から楽しめるまでになったのだ。
さしずめわたしは、彼女のセックスカウンセラーというところだな」
ブラックな冗談を吐いて、博士は薄く笑った。
「ふふふ、そろそろ本番が始まるようだよ」
ベッドの上では夏海が両足をカエルのように広げていた。空想の夫のペニスを迎え入れているのだ。
「んんん・・・・」
切ない声で夏海が啼いた。
「どうだね、夏海。ご主人のものは?」
ベッドの中で大きく股を広げ、腰を蠢かせている夏海に博士はまた近寄り、その耳元で囁きかける。
「あ、あん、おっきい、すごくいい・・・・きもちいい」
「それならもっと激しく腰を動かして、ご主人を悦ばせてあげなさい。夏海ならもっともっと激しく出来るはずだよ。ご主人を愛しているのだろう?」
「あ、愛してる、あ、あはぁん、ひっ、ひっ」
幻のペニスを喰い締め、子宮深くまで受け入れながら、夏海は激しく腰を使う。張りのある乳房がぷるんぷるんと揺れ、滑らかな腹が隆起する。うっすらとかいた汗で夏海の肌はぬめ光っている。
「あうう、あ、あんっ、も、もう」
細く高く啼きながら、夏海は頭を右左に揺すって絶頂の近いことを知らせた。
「いきそうなのだな。いくときは力いっぱい大きな声をあげるのだ。そのほうがご主人も悦ぶ」
博士は悪魔じみた笑みを浮かべた。
「―――さあ、自分を解放するのだ、夏海」
「んあああっ、い、いくぅ、あなた、いきますっ、あ、あ、あ」
いっちゃうっ、と最後に一声高く啼いて、夏海の身体がぶるぶると激しく痙攣した。

「今日の夏海は最高のオルガスムを迎えたようだな」
博士は礼二のもとへ行き、そう囁いたが、不意に苦笑いの表情になった。
「なんだ。きみまでいってしまったのかね」
礼二は顔を真っ赤にした。激しく恋焦がれてきた義姉の、あまりにも扇情的な痴態を目の前にして、礼二はズボンの中で射精してしまったのだった。
「夏海は気持ちよさそうに眠っているよ。気をやった後は、いつもすぐに眠くなってしまうのだそうだ。子供のような女だな」
博士はそれから真面目な顔になって、礼二のほうに向き直った。
「あと三週間も経てば、彼女を完全に作り変えられるだろう。その最後の仕上げはきみの力を借りることになる。いずれまた来てもらうことになろう」
「それは・・・どういうことですか?」
「時が来れば分かる」
博士はベッドに視線を移した。礼二もつられてそのほうを見た。
ベッドでは夏海が絶頂の後で弛緩した肢体を晒したまま、すやすやと寝入っている。
礼二にはそんな義姉の姿が、祭壇に捧げられた供物のように見えた。
「もうすぐ彼女は生まれ変わる。そのときを楽しみに待っていたまえ」
博士は呟くように言った。
その言葉に、礼二は今更ながら背筋に冷たい寒気が走るのを感じた。
  1. 2014/07/09(水) 14:44:27|
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夏の生贄 第十五章 「Call」

夢の中で、夏海はいつものようにプールの中に立っている。
晴喜は消えてしまった。プールには誰もいない。
カメラを取りに行った夫も戻ってこない。
夏海は途方に暮れてプールから上がろうとするが、どれだけ歩いても陸には辿りつけない。
涙はとうに枯れ果てている。それでも夏海はのろのろと歩きだす。
歩きながら思い出している。あれは去年の夏だったか。昭文とひどく口論になったことがあった。
結婚した後も夏海は依然として、両親と疎遠であった。晴喜が生まれてからは特に、父母は夏海と親子関係の修復がしたいと言ってきていた。だが、夏海はそんな気にはなれなかった。今でも両親を許せなかった。
情に厚く、親戚関係などはことに大切にする昭文には、夏海の両親と疎遠になっていることは気がかりであったようだ。それまでも度々、自分も協力するからもう少しだけ両親に歩み寄ってはどうかと夏海を諭していた。
その日の昭文はことさら熱心だった。だが、いくらなだめてもすかしても夏海が言うことを聞こうとしないので、さすがに昭文も呆れ顔になって、
「なんできみはそう頑固なんだ。ご両親だってかなりの年なんだし、きみや孫の晴喜の顔をもっと頻繁に見たいという気持ちを察してやれよ。それくらいの優しさがあってもいいじゃないか」
夏海は何も言わなかった。黙って昭文に背を向け、台所に行きかけた。
「逃げるなよ!」
昭文のいつになく厳しい声が飛んだ。
夏海は胸がかっと熱くなった。振り返って、昭文を睨みつける。
「いい加減にして! わたしと両親との問題はあなたとは関係ないわ」
「関係なくはない。きみはぼくの妻で、ご両親は義理でもぼくの親だ」
「・・・知らない、そんなこと」
「何を子供みたいなことを・・・もっと大人になれよ」
夏海は昭文を睨みつけたままで、硬直していた。
心底、口惜しかった。知ったようなことを言う昭文が憎くてたまらなかった。
瞳が燃えるように熱い。そう思ったとき、涙がぽろぽろと零れ落ちてきた。
「あなたには分からないわ・・・・わたしの気持ちなんて」
そう言い捨てて、夏海は振り返った。そのまま玄関へ向かう。
「勝手にしろ!」
昭文の怒声が後ろで聞こえた。
家を出ると、外は曇り空だった。昂ぶった気持ちを抱えたまま、行く当てもなく歩き出したとき、後ろから晴喜が追いついてきた。滅多にない両親の喧嘩を怯えながら聞いていた晴喜は、母が不意に家を飛び出したのを見て、心配でたまらなくなったのだ。
「おかあさん・・・」
いつもにこにこと笑っている晴喜の泣きそうな表情を見て、夏海もまたたまらない気持ちになった。手をつなぎ、二人で泣きながら歩いた。道行くひとが何事かと好奇の目を注いできたが、夏海はそれでも立ち止まらず歩いた。
途中で雨が降ってきて、二人は商家の軒先で雨粒をしのいだ。
もう夕暮れの時刻である。辺りは徐々に暗くなってきていた。心細くなったのか、晴喜が夏海の手をぎゅっと握った。そんな幼い我が子の姿があまりにも可哀相で、夏海はかがんで晴喜をぎゅっと抱きしめた。
雨のしとしと降る音と晴喜の胸の鼓動が混ざり合って聞こえる。初夏だというのに、夏海は自分たちがマッチ売りの少女になったような気がした。
「かえろ・・・ね、おかあさん。もうかえろうよ」
晴喜が細い声で言う。夏海はただ黙ってうなずいた。新しい涙がまたその頬をつたっていた。
濡れ鼠になって家に帰り着くと、昭文が玄関の外で立って待っていた。
「風呂は沸かしてあるから、まず入ってきなさい」
うつむく夏海に、昭文はまずそう言った。それから小さく、「ごめん」と―――。
夏海は無言で家に入った。何も言えなかった。

―――プールを歩きながら、夏海はそのときのことを考えている。
わずかな時間だったが、それでもまだ消えない胸の痛み。愛するひととでも、分かり合えないことがあると知った哀しさ。
孤独。
―――もういやだ。
生まれてからずっと孤独な思いを味わってきた。また一人になるくらいなら、死んだほうがましだ。
枯れ果てたと思っていた涙がまた滲み出てきて、夏海の視界をぼかす。切なくて切なくて、夏海はいつしか駆け出している。
「昭文さん・・・・晴喜・・・・!」
走りながら、夏海は声のかぎりに夫と子の名を叫んだ。いつまでも、いつまでも叫びつづけた。


「この子、泣いているわ」
クリスティが呟く。その視線の先には、夏海が横たわっている。
視覚、聴覚、嗅覚のすべてを器具で封じられた状態で、夏海は今までよりも深い眠りについている。もう一週間も眠ったままだ。
睡眠の間にも博士の『治療』は続けられている。そのカリキュラムもほとんどが終了し、残りはあとわずかとなっている。
「家族を失う夢でも見ているのだろう」
博士がぽつりと言う。
「そうなのかしら」
「・・・もうすぐ夏海の記憶はすべて消去される。そのときには夫のことも子のことも、その名前すら思い出せなくなるのだ。哀しみを感じることもなくなる」
博士はむしろ陶然とした口調で言った。
「その日が夏海の新しい誕生日となるのだ」


晴喜はふと目を覚ました。
母がいなくなってからも、晴喜は母を恋しがって泣くこともなく元気に遊びまわっていた。もう近所に友達も数人出来たようで、晴喜を預かる夏海の叔母陽子は晴喜のわんぱくぶりに手を焼きながらも、これなら心配いらないと胸を撫でおろしていた。
その日も晴喜は朝から近くの公園へ行って、友達と鬼ごっこやかくれんぼに精を出し、帰ってきてからは座敷で昼寝していた。

目を覚ました後、晴喜はぼんやりと辺りを見回した。
「おかあさん」
そう呼んでから、いまは母がいないことを幼い頭で思い出した。
おかあさんはどこに行っているんだっけ?
考えていると、不意に鼻の奥がつんとなった。なぜだか哀しい気持ちが、胸のうちでどんどん大きくなる。母の優しい声が聞きたくてたまらなくなる。
「おかあさん・・・・」
もう一度、そう呼びかけた。そのうちに晴喜の瞳にみるみる涙の珠が盛り上がってきた。
「あら、ハルちゃん、どうしたの?」
ちょうど様子を見に来た陽子はそんな晴喜の姿を見て驚き、駆け寄ってなだめたが、晴喜は容易に泣き止まず、ただただ母の名前を呼び続けていた。
  1. 2014/07/09(水) 14:45:17|
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夏の生贄 第十六章 「目覚め」

目覚めた瞬間から、哀しい気持ちでいっぱいのときがある。
寝ている間に自分が世界にただ一人取り残されてしまったような、奇妙な喪失感――。
その日、研究室のベッドで久々に覚醒した夏海も、そんな気分だった。
何か哀しい夢でも見ていたのだろうか。
こんなことは初めてではない。夏海は漠然とそう思う。今までにもこんな瞬間は、何回もあった気がする。気がするだけで、それがいつだったかは思い出せない。何も思い出せない
なんだか、とても不安になった。誰かの姿を探して、夏海はベッドから出て隣室に向かう。裸のままだったが、気にならなかった。
寺元博士がいた。いつものようにパソコンに向かっている。
「やあ、目覚めたのか。気分はどうだね?」
夏海に気づくと、博士は振り返ってそう言った。
「とても変な気分。すごく哀しいの。どうしてか分からないけれど」
「そうかね。じきに落ち着くだろう」
博士は内線の受話器を取り上げた。
「熱い紅茶を持ってきてくれ」

やがてクリスティが紅茶の入ったポットを持って現れ、それから三人は博士の研究室でささやかなお茶会を開いた。もっとも、テーブルを囲む一人は裸の女性なのだから、普通に見れば異常な光景なのだが、博士もクリスティもそんなことには微塵も気を取られていないようだった。
夏海の意識にも羞恥の感情はなかった。温かいアールグレイを啜っているうちに、先ほどの哀しい気持ちは薄れていき、平穏が再び彼女の心を満たした。
「きみががんばってくれたおかげで、わたしの研究もかなりの進捗をみることができたようだ。ありがとう」
博士が珍しく穏やかな口調で、笑みすら浮かべながらねぎらいの言葉を述べるのを、夏海はきょとんとした表情で見た。
「わたしは何もしていないわ」
「そんなことはない」
「でも」
「感謝の言葉は素直に受けるものよ、夏海」
夏海の傍らに座っていたクリスティが口を挟む。そしてにっこり笑いながら、夏海の手を取る。
「わたしもとても感謝しているわ。だから、あなたにお礼をあげたいと思うの」
クリスティは悪戯に微笑んで、博士を見た。博士がうなづくと、クリスティは着ていたセーターを脱ぎ捨て、ブラジャーも取った。
突然目の前に現れた白く豊かな乳房に、夏海は驚きながらその視線を釘付けにされた。
「きみは生まれ変わったのだ、夏海」
神官が託宣の言葉を告げるように、博士はなめらかに言う。
「これからは思うがままに生の喜びを受け取り、何に縛られることもなく自由に生きられるのだよ」
博士の落ち着いた言葉が、夏海の精神をゆっくりとさらっていく。
「きょうがきみの誕生日だ。さあ、遠慮することなく、母の乳房に吸い付くがいい。それはきみの当然持つべき権利なのだから」
夏海は目の前に開陳された乳房を見つめている。
クリスティの胸にずっしりと実り、ぶらさがっている豊かな果肉。その先端では大きな乳輪が、生々しい芳香を放っている。
とても魅力的だった。
夏海はおずおずと上目遣いにクリスティを見た。
「いいのよ」
クリスティの優しげな言葉に誘われて、夏海はそろそろと右腕を伸ばして乳房に触れた。その肌の温かみを掌に感じながら、ゆっくりと乳房を握り締めていく。ずっしりとした肉の感触が、なぜか夏海の気分を高揚させる。
何かに憑かれたように、夏海は乳房の先端に顔を寄せていった。そのまま赤黒い乳首を口に含む。
母の味がした。
「ん・・・・・」
夢中で乳首に吸い付き、しゃぶる。
その瞬間、夏海は幼子に還っていた。
「そんなにがっつかなくても大丈夫よ。これからはあなたが望むときに、好きなだけ吸わせてあげるわ」
夏海を見下ろしながら、クリスティが歌うように言う。
博士はそんな二人の姿を見て、満足そうな笑みを浮かべた。
  1. 2014/07/09(水) 14:45:58|
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夏の生贄 第十七章 「リセット」

「TVゲームをやったことはあるかね」
その日、二週間ぶりに研究室を訪れた礼二は、会ったそばから博士にそんな質問を受けた。
「学生の時分はずいぶんやりましたが・・・それが何か?」
戸惑いながら礼二は答える。
「じつはわたしも昔、TVゲームに熱中したことがあるのだよ。といっても、最初にファミコンが出たくらいのときだがね」
「それは意外ですね」
「わたしはロールプレイングゲームが好きだったな。いまはどうだか知らないが、当時のゲームのコンピュータはいい加減なものでね。カセットに少しの衝撃を与えただけで、記録されたデータが消えてしまうのだ」
博士は虚空を見ながら、抑揚のない口調で続ける。
「すると次にゲームを開始したときに、画面にメッセージが現れる。『あなたのデータは消滅しました』とね。しょせんくだらない暇つぶしと分かっていても、いや、それが分かっているからこそ、そんなときにはむなしい気持ちになるものだ。今まで自分がそれに費やした時間がまったくの無駄になってしまうのだからね」
博士はそこで言葉を切って、コーヒーを啜った。
「だが、わたしはそのむなしい感覚が好きだったな。せっせと時間をかけて造ったものの、不意の風にあっという間に崩れ去っていく砂の城のような、あのうんざりする気分がね」
あれから義姉はどうなっただろう―――そればかり考えて眠れない日々を過ごしてきた礼二に、いまこの場で聞く意図の読めない博士の言葉は苛立ちしか呼ばない。その気持ちを隠すように、礼二はうつむいてコーヒーを啜った。
そんな礼二の姿を見て、博士は薄く笑った。そして短く言う。
「夏海の砂の城はわたしが崩してやった」
礼二は一瞬かたまった。
「それは・・・どういうことですか?」
「夏海の記憶をすべて消したのだ。彼女の脳は過去の記憶に関するデータのすべてが消えた。夫や子の姿ももはやない。いまや彼女自身が一人の大きな子供に還っている」
「何も―――記憶は残っていないのですか?」
「もちろん言語や身体の記憶とも言うべき基礎的な生活習慣のようなものは残っているが、精神の記憶は消滅した。リセットだ。本来ならこれからわたしが新たな記憶や価値観を夏海の脳に上書きしていき、彼女の新しい人格を形作ってやるのだが、きみたちとの契約期間は一ヶ月でもはや間がない。ゆえにその役目はきみに託す」
博士は奥深い深淵を感じさせる瞳で、礼二を見つめ返した。
「きみを彼女の価値観の最上位に置いてやる。これからはきみが彼女にとっての絶対主になるのだ」

博士とともに部屋へ入った礼二は、義姉の外見上の変貌にまず息を呑んだ。
かつて義姉の頭を美しく飾っていた艶やかな黒髪。それが影も形もなくなっていた。
「体毛は眉を残してすべて剃った」
博士は淡々と語る。
「儀式のようなものだ。幼子に還った夏海に擬似的なイニシエーションを経験させるのだ」
博士の言葉はまるで分からなかったが、礼二は眼前で眠りについている義姉の姿に目を奪われている。
すべての記憶を奪われ、頭髪や股間の繊毛すらも剃り取られてしまった義姉。形のよい頭を小坊主のように丸められているのに、その肢体は女らしい優美な曲線を描き、裸の胸や尻には肉の谷間が魅惑的な陰影をつくっている。無毛となった股間は、童女のようにすべやかな肌を晒し、中心には深い切れ込みがはしっていた。
しかし―――
礼二は驚嘆する。すべてを失ってもなお、義姉はあまりに美しかった。
もともと無垢な雰囲気を持ち、透明な少女っぽさのような不思議な魅力を漂わせていた義姉だったが、眼前の無惨ともいえる変形を強いられた姿は、その変形ゆえにいっそう清らかさ、無垢さを増していた。その美しさはもはやこの世のものではないような気がした。
自らがここまで追い込んだ義姉の凄絶な姿を目にして、しかし礼二は激しく欲情した。
「クリスティ」
夏海の傍らに座っているクリスティに博士が呼びかけると、彼女はうなづいて夏海を揺さぶった。
「起きなさい。きょうはあなたの大切な日なのよ」
  1. 2014/07/09(水) 14:46:48|
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夏の生贄 第十八章 「破瓜」

クリスティに揺り起こされ、ようやく瞳を開けた夏海は醒めきらない意識のまま、ぼんやりと上体を起こした。
醒めきらない意識? いや、そうではないのかもしれない。夏海がいま感情のこもらないぼやっとした表情なのは、眠気のためではなく、博士の施した精神改造で記憶をすべて抹消されたからなのかもしれない。疑うことを知らない犬のようなあの無垢な瞳は赤子のものだ。
その赤子の瞳がゆっくりと動き、はじめて礼二と目が合った。そのときだった。それまでまさに動物のように感情のなかった瞳に、さっと怯えのようなものがはしった。
「いや・・・・」
「どうしたの? 夏海」
クリスティが優しく呼びかける。
「いや、あのひと・・・こわい。きらい」
そう言ってぶるぶると震えながら、夏海は両手で顔を覆った。
「おやおや、これは驚いた。以前の記憶は完全に消去したと思っていたが、きみのことはまだ意識の片隅にひっかかっていたようだ」
驚いた、とは言いながら態度には少しもそんな様子は表さずに博士はつぶやいた。それから礼二を見てにやりと笑う。
「夫や子供のことももう覚えていないというのに。ふふふ、きみもたいした嫌われ方をしていたようだな」
義姉の豹変を呆気に取られて見ていた礼二は、嘲るような口調の博士の言葉にかっとなった。怒りで身体が震えた。
自分がはじめて心底から惚れこんだ女―――。
顔を見るだけで気分が浮き立ち、嫌われていると知りながらも惨めな思いを抱えて会いにいかずにはいられなかった女―――。
その女がすべてを失った哀れな姿を晒しながら、それでもなお自分を嫌悪し、顔を背けている―――。
憎かった。殺してやりたいと思うほど憎かった。
礼二はもう一度博士の顔を見た。博士はうなずいて言った。
「行きたまえ。きみが彼女を女にするのだ」

溢れかえる愛憎の念を抱え、凄惨極まる表情の礼二が近寄ってきたのを見て、夏海は震え上がった。必死でベッドから身を起こし、逃げようとしたところをクリスティに押さえつけられた。
「駄目よ。言ったでしょ、きょうはあなたが破瓜を迎える日。あのひとにあなたの処女を貰っていただくの」
擬似的なイニシエーション―――。
先ほど博士が言った言葉を礼二は思い出す。そのなかに破瓜の体験も含まれていたのか。新しく生まれ変わった夏海が礼二とのまぐわいであらためて処女を失うことも、博士のプログラムに組み込まれていたのか。
だが、礼二にとってはそんなことはもはやどうでもよかった。
いまはただ、眼前にいるこの哀れな、美しい生き物を思いのかぎり凌辱し、自分のなかに積もりに積もった愛憎の念を叩きつけてやることしか礼二の頭にはなかった。
ベッドに上がりこみ、じたばたともがく義姉ににじり寄る。
睨みつけながら、その乳房を右手でぎゅっと掴んだ。夏海はひっと悲鳴をあげた。礼二は乳房を握る手にますます力をこめる。
柔らかい餅のような肌の奥に、たしかに息づく温かい血潮の感触。この女は生きている。礼二はそう感じる。これは夢幻などではない。この女は生きて、ここにいる。
今度こそおれのものだ。
「いたい・・・いたい!」
強く乳房を握りつぶされて悲鳴をあげている夏海の唇を、その肢体にのしかかった礼二が強引に奪う。
異形の処女貫通儀式が始まった。

高島昭文は読み飽きた本を投げ出して、また病室のベッドに身を沈めた。
まったくいつになったらここを抜け出せるのか。呑気にいつまでも寝ていられるような状況ではないのに。
きょうは昼間に夏海の叔母の陽子が見舞いに訪れた。彼女の話では、最近、晴喜は母の夏海を恋しがって泣いてばかりいるらしい。一、二度困りきって夏海の携帯に電話したが、つながらなかったという。折り返しの電話もなかったというから、夏海はいま電波の通じない場所にいるのだろうか。それにしても電話の一度もないのはおかしい、と陽子は話した。昭文のところにも夏海からの連絡はまだ一度もない。
陽子が帰ってから、楽天家の昭文もさすがに心配になって、弟の礼二に渡された連絡先に電話をしてみた。電話に出た礼二の上司だという男は、礼二は仕事の用件で二、三日留守にしていると言った。
いまこうしてただ寝転びながら、病室の天井を眺めていると、思い出されてくるのは妻のことばかりだった。
結婚してから五年ほどたつが、一ヶ月もの間、お互いの顔を見なかったことなどかつてなかったことだ。夏海は大丈夫だろうか。おとなしげな顔に似ず、頑固で不器用で意地っ張り、些細なことにも傷つきやすい繊細な女だった。大学時代からの付き合いだが、いまでは夏海のことならたいていのことは分かる。頑なに拒否されながら、昭文があれほど夏海と彼女の両親との仲を修復しようとしたのも、夏海が心の底では両親の愛情に飢えていることを知っていたからだった。
子供が出来てからは、夏海は少し変わった。少々甘すぎると思えるくらい、息子にたっぷりと愛情を注いだ。あたかも自分にはなかった幸福な幼少時代を晴喜には存分に味合わせてやろうとしているかのように。
そんな夏海の姿は昭文にとって愛しくもあり、痛々しくもあった。
―――あいつだけは不幸にしたくない。
昭文は今まで何回も思ったことを、また心の中で繰り返す。
そのためにも自分が頑張らなくては。
眠りに誘い込まれながら、昭文は安らいでゆく身体に逆らうように、心にそう鞭をくれていた。
  1. 2014/07/09(水) 14:47:31|
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夏の生贄 第十九章 「征服」

寺元博士の研究室はいま、普段の静謐な雰囲気とはかけ離れた生臭い肉の祭典が行われている。
部屋の中央に置かれたベッドで、裸の男と女が睦みあっているのだ。
いや、それは睦みあうなどというような和やかな単語の似合う光景ではない。
猛り立つ欲望を思うさま女体にぶつける男の姿は、まさに獣だ。体中にびっしょりとかいた汗をふり飛ばしながら、女の美しい白肌を舐めまわし、乳房を揉みしだきながら、そそり立つ肉柱を女の優しい口元に強引に突き入れているその様は、凶暴というよりもいっそ凄惨であった。
男の荒々しい行為を受けている女のほうも、最初は嫌がって泣きわめいていたが、もはや涙も枯れ果てた態で、なされるがままに肢体を嬲られ、口中を荒らされている。
男女二人の赤裸々な性行為を、少し離れた場所で博士は冷徹に見守っている。
男―――高島礼二が、女の口に突き入れていた肉棒を抜き取ると、兄嫁―――かつては兄嫁であった女をどんと突き飛ばした。女―――夏海はベッドに叩きつけられ、仰向けに倒れこむ。礼二はその細腰を両手でつかむと、夏海をうつぶせの格好にして、柔尻を抱え上げ、自分のもとに引き寄せた。
「やめて・・・・」
夏海がか弱い声を上げて、抵抗の姿勢を見せる。たった一ヶ月足らずで、それまでのささやかな人生でようやく掴み取った幸せのすべてを根こそぎ奪われつくした女。その彼女がうるみきった哀れな瞳で、礼二を見つめている。しかし昂ぶりきった礼二には、その哀れさすら「ひたすら続けろ」というサインでしかない。
染みひとつない清らかな尻を自らの腰に引きつけると、礼二は後ろからずぶりと夏海の陰部に怒張を捻じこんだ。
「あうう」
夏海が苦しげな声をあげて、眉根を寄せた。かまわず礼二は激しく腰を動かして、長年積もりに積もった欲望の塊を、夏海の女の源泉に打ちつける。腰と腰が激しく衝突する度に、夏海の桃尻がばこんばこんと軽快な音を立てる。
「よかったわねえ、夏海。これであなたも一人前の女よ」
自分のセリフのおかしさに自ら笑いながら、クリスティがうつぶせた夏海の顎をくいっと持ち上げた。夏海は額にびっしりと汗をかきながら、はっはっと荒い息をついている。礼二が怒張を打ち込むたびに、その切れ長の瞳が切なげに細められ、鼻から熱い息がふきこぼれる。
「ふふふ、あなたもまんざらでもない気分みたいね。色っぽい表情をしているわ」
ハンカチで顔の汗をふき取ってやりながら、クリスティが冗談っぽく言う。
「ああ・・・いやぁ・・・・」
顔を激しく揺さぶって儚げな抵抗をする夏海。その様に欲望を掻き立てられた礼二がことさら激しい一突きを尻にくれる。
「あんんっ」
悲鳴なのか喘ぎ声なのか分からない声を上げ、夏海はのけぞった。その姿は傷ついた小鳥のように可憐で弱々しく、それゆえに男の嗜虐心をそそってやまなかった。
「あっ、あっ、あっ、おかしくなる・・・ダメッ」
誰に向かって言っているのか、夏海はしきりに「ダメ、ダメ」と訴えながら、くねくねと肢体を揺すって身悶えている。
「駄目じゃないのよ。もっともっと悦びなさい。好きなだけ声を出したらいいわ。恥ずかしいことなんて何もないのよ」
行為の最中で礼二は肉棒を抜き取ると、今度は夏海を仰向けにした。その細やかな足を両手で掴み、大きく開かせる。
夫の昭文以外には、いや、その昭文ですらこれほどはっきり見たことはないであろう、夏海の股間に隠された秘密の場所が衆目に晒される。礼二の荒々しい行為に、しかし快感のツボを刺激されたそこはしっとりと潤み、めくりだされた端整な肉の花びらは生々しい芳香を放っている。
「ほうら、見て。夏海のクリトリス、大きいでしょ。ここをいじられるとすぐに気持ちよくなって、いきそうになるのよ」
クリスティの言葉に誘われるように、礼二は広げきった夏海の股間に顔を埋めていき、ぴんと勃起したピンクの肉粒を舌でざらりと舐めた。
「ひぃっ」
電撃のように走った快感に、夏海の腰がびくっと跳ねる。礼二はとり憑かれたように愛らしいクリトリスを口に含み、舌でしゃぶり、唇できつくしごきたてた。
「はああ~ダメぇ、そこはダメぇ!」
「うふふ、可愛い。ほんとに夏海はここが弱いわねえ」
からかいながらクリスティは、汗をかいたお椀型の乳房をやわやわと揉みしだき、勃起した小さな乳首を指先でころころとまさぐっている。
「ふああ、へんなのぉっ、あ、あ、あ、へんになっちゃう、たすけて!」
「そろそろみたいね」
呟いて、クリスティはそっと身を離した。
陰部から顔を離して、礼二も夏海を見つめた。汗と鼻水で汚れたその表情は、あどけない子供が突然沸き起こった災難に混乱して、助けを求めているようだ。そんな稚い表情とは裏腹に、股間の付け根ではぱっくりと開いた女陰が、生々しい赤肉が濡れ濡れとぬめ輝いている。
その開いた女陰に礼二は再び指を入れた。膣襞をまさぐり、しこりきったクリトリスをこりこりと揉み潰す。
「あ、あ、あ」
途端に流し込まれる快楽に、夏海の顔が再び切なく歪む。形のいい唇によだれがだらしなく垂れおちる。
「お前はおれの女だ」
礼二はどすの効いた声で言った。怯えた夏海の瞳が大きく見開き、礼二の顔を見つめる。
「分かったな」
またクリトリスを強く、握りつぶす。「ひい~っ」と甲高く啼いて、夏海はがくがくとうなずいた。
―――やった・・・。
―――ついに・・・、
―――ついにこの女をおれのものにした。
入道雲のように沸きあがってくる達成感を噛み締めながら、礼二は夏海の腰を引き掴み、自らの股間に乗せあげた。
「あはあっ」
再び子宮に侵入してきた野太い肉塊に、夏海が切なげな声を洩らす。
それからはもう滅茶苦茶だった。自分の身体にまたがらせた夏海を、礼二は思うさまに揺さぶりたて、繋がったままでさんざんに躍らせ、気をやらせまくった。
「いくっ―――あ、またいくぅっ」
「も、も、ダメェッ―――いっちゃうっ」
何度も絶頂に押し上げられながら、夏海もいつしか愉悦の波にひき攫われ、自分から腰を揺さぶりたて、礼二の唇を求めては『初めて』経験する喜悦の行為に沈み込んでいった。
そんな夏海の姿を寺元博士は深沈とした表情で静かに見つめていた。
  1. 2014/07/09(水) 14:48:19|
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夏の生贄 第二十章 「不穏な旅立ち」

新しく生まれ変わった夏海の「破瓜」から三日後、礼二は再び博士の研究所を訪れた。
夏海が研究所に入ってちょうど一ヶ月がたっている。夏海を引き取りにやってきた礼二を、その日は珍しく博士がじきじきに出迎えた。
「わたしの研究もだいぶはかどったよ。これもきみがいい素材を連れてきてくれたおかげだな」
博士はそう言って笑った。
しばらく待っているとクリスティが夏海を連れてきた。夏海はここにやってきたときに身に着けていた服装で、剃られた頭髪を隠すように白い帽子をかぶっていたが、それ以外はまったく以前と変わらないように見えた。
だが、礼二は知っている。いま眼前に立っているのはかつての高島夏海という女ではない、まったく別の人間だ。
やや不安げな表情で歩いてきた夏海は、礼二の顔を見ると、ぱっとクリスティの背後に隠れた。
「何をはにかんでいるの? あなたのご主人さまがお見えになっているというのに」
クリスティは歌うようにそう言うと、夏海を無理やり礼二の前に立たせた。
「夏海・・・・」
長い睫を震わせながらうつむく夏海を目の前にして、礼二は呟くようにその名を呼んだ。我知らず身体が動き、その細やかな肢体を抱きしめ、口を吸った。
「あ、あ・・・・」
夏海は抵抗しなかったが、礼二に抱きしめられ、唇を合わせられると、呆けたような表情で、うわごとめいたうめき声をあげた。肢体が小刻みに揺れ、その心拍の激しさが礼二まで伝わってきた。
礼二が身体を離すと、夏海はそのままがくっと床に崩れ落ちそうになった。クリスティが傍らに寄ってその身体を支えてやると、夏海はクリスティにしがみつくようにした。
その様子を驚きの表情で見つめる礼二に、クリスティは悪戯な笑みを向けて、
「この子、いま軽くイッてしまったみたい」
と言った。
(そんな馬鹿な・・・ただキスをしただけで)
礼二は思うが、いまクリスティにしがみつくように立っている夏海の瞳は潤み、そのなかにはたしかに恍惚の色があった。
「わたしは彼女をその根底から作り変えるべく様々なことをしたが、最後にそれを成し遂げたのはきみだ。いわばきみは彼女の創造主なのだ」
博士は低い声で、ゆっくりという。
「創造主を愛さない者がこの世にいるだろうか? 神の御手に抱かれて恍惚に酔わない者がいるだろうか?」

礼二が夏海を連れて、研究所のある山奥から麓へ降り、そこに停めていた車に乗り込むまで、クリスティはついてきた。
「さようなら」
いよいよ別れの際にクリスティはそう言って、夏海を見ながら少し泣いた。
いったいクリスティはどういう女だったのか。どんな気持ちで夏海と関わっていたのか。礼二にはよく分からない。
よく分からないといえば寺元博士もそうだが、彼は見送りにも来ないで、研究室の玄関でさっさと背を翻し、自身の研究に戻っていった。
そして今―――
礼二は不可解な博士夫妻の新たなおとし子を乗せ、車を走らせている。
この女にはもはや何もない。ただひとつすがるものがあるとすれば、それは彼女を現在の運命に叩き落した礼二だけだ。
そんなことを知ってか知らずか、助手席に乗り込んだ夏海は不安げな表情のままで、窓の外に目をやっている。ときどき、礼二の顔をちらちらと窺っているのが分かる。
「夏海・・・・」
礼二はまたその名を呼んだ。心の底から湧きあがってくる奇妙な高揚感を噛み殺しながら。

車は林道を走り抜けていく。もうすぐ町に出るだろう。
  1. 2014/07/09(水) 14:48:59|
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夏の生贄 第二十一章 「春の家族」

春―――。
縁側に座って、我が子が庭の蟻の巣を食い入るように見つめている様を見ながら、高島昭文はぼんやりと縁側に座っていた。
日差しが暖かい。もう冬は終わったのだと思う。
だが、昭文の心の内で冬は終わっていない。終わるわけがない。
いなくなった妻が見つかるまでは。
「お茶はいかかがですか」
妻の叔母の陽子が傍らにやってきて茶を勧める。ありがたく湯飲みを受け取って、昭文は温かい茶を啜った。
「夏海ちゃんはいまどうしているんでしょうか」
陽子がポツリと呟くように言った。
「あれからもう半年以上経っているわ」
昭文の妻、夏海がいなくなったのは、去年の夏だった。一ヶ月住み込みで働く短期の仕事に就くといって家を出たきり、連絡もないまま、そのまま家に戻ってこなかった。
当時、昭文は交通事故に遭い、入院していた。
慌てて夏海に仕事を紹介した弟の礼二に連絡を取ろうとしたが、もはや連絡はつかなかった。消えたのは夏海だけではなく、礼二もだった。
後の調べで分かったことだが、礼二が持ってきた仕事の話というのも、まったくの虚偽架空のもので、そんなものは存在しない、とこれは礼二の上司が証言した。

常識的に考えれば、夫のいぬ間に二人して駆け落ちを図ったと考えるのが、妥当な状況かもしれない。だが、昭文には信じられない。夏海は礼二を嫌っていたし―――それに何より、彼女は自分の夫と息子を愛していた。自惚れなくそう思う。
その息子は父親は入院で不在、母親も消えてしまったという苛酷な状況で、陽子の家に預けられている。昭文が退院してからも、それは変わっていない。昭文には仕事がある。いつまでも休んではいられない。
だが、夏海のほうも放っておく気はむろんなかった。
先年の事故をきっかけに知り合った豊田という刑事がいる。警察は事件性がないとして夏海と礼二の失踪の捜査をとっくに打ち切っているが、昭文は個人的に豊田に度々相談に行っている。豊田自身も今度の事件に不審なものを嗅ぎ取っているようで、昭文の話を熱心に聞き、それから知り合いの探偵を紹介してくれた。
つい昨日、その探偵から連絡がきて、今度の週末に会って報告することがあると言ってきた。昭文はいまから武者震いしている。

「本当に心配だわ。晴喜ちゃんのこともあるし」
陽子は庭で遊んでいる晴喜を見つめながら、そっと瞳をうるませている。親戚だけあって、涙もろいところは夏海とよく似ている、と昭文は思った。
「大丈夫です。夏海は必ずぼくが見つけだします」
昭文は傍らの陽子にきっぱりと言って、立ち上がった。
「おーい、晴喜。何を見ているんだ? おとうさんも混ぜてくれよ」
  1. 2014/07/09(水) 14:50:04|
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夏の生贄 第二十二章 「変貌」

杉浦商事第三課課長室。
栢山秀明は、その日半年ぶりに目にした高島礼二の変貌ぶりに瞠目した。
変貌といっても、外見が変わったわけではない。ただ、かつての礼二には見られなかったような貫禄や凄みが、その内面から滲み出ているように感じるのだ。男ぶりが上がったというよりは、何か違うものに変質したような礼二の変化だった。
その隣には、これは完全なる「変化」を遂げた高島夏海の姿がある。半年前に寺元博士から受け取った報告書に添付されていた写真では、その美しい黒髪を剃り上げられた無惨な姿を晒していたが、いま眼前にいる彼女は艶やかな黒髪を肩まで垂らしている。
栢山はかつて一度しか、夏海を直接目にしたことはない。そのときも美しい女だと思い、何よりその全身から匂い立つ無垢な雰囲気に惹かれた。
だが、いま栢山の目の前で、ソファに腰をかけ、隣に座った礼二にしなだれかかっている女は、無垢とは程遠い妖艶な女だった。服装からして水商売の女が着るような、胸元の大きく開いた黒のドレスを着ている。その変貌振りに呆気に取られた栢山が、しばらくその姿を見つめていると、夏海はそれに気づいて栢山に媚びた目つきで艶やかに笑んだ。淫蕩な笑みだった。
柄にもなくどぎまぎして栢山は目を逸らし、煙草の火をつけた。
「潜伏先の台湾での生活はどうだったんだ」
「何事も問題なく・・・と、言いたいところですが、二、三度身体を壊しかけましたよ」
「なぜだ?」
栢山が聞くと、礼二はにやりと笑って傍らの夏海を見た。夏海も細やかな右手で口元を覆い、くすくすと忍び笑いを洩らしている。
なんとなく淫靡なものを感じさせるやりとりに、本来なら不機嫌になるはずの栢山だったが、雰囲気にのまれたいまは何も言えなかった。
「ですが、仕事はきちんとしましたよ。警察が動いたのかどうか知りませんが、動いていたとしてももうわたしや夏海の捜索は打ち切られていることでしょうし、これからは自由に動けます。必ず会社の役に立ちますよ」
礼二はよどみない口調で言った。
「それに今回の件のために、会社にずいぶんお金をかけさせてしまったことですしね」
「それはそうだ」
栢山はうなずき、夏海をちらりと見た。夏海はまるで自分とは無関係な話がされているかのように、礼二の腕にしがみつき、愛しげにその顔を眺めている。
その視線に気づいて、礼二は薄く笑い、夏海に何事か囁いた。
夏海はすぐにこくりとうなずいて、すっと立ち上がり、栢山のもとへ近寄った。
「な、なんだ?」
思わずうわずった声でそう言った栢山に、色めいた流し目をくれて、夏海は栢山の膝元にしゃがみこんだ。
「研究の成果をお見せしますよ」
どこか皮肉な響きを含ませた声で礼二が言う。だが、栢山はそれどころではなかった。
夏海は栢山のズボンの前を優雅な手つきで二、三度撫ですさると、ジッパーを開け、中のものを掴み出した。朱唇を近づけ、ちらりと覗かせた舌で亀頭の先を丁寧に舐めた後で、ためらいもせず含んだ。
「お、おい・・・ここは社内だぞ」
自分の声を他人のもののように聞きながら、栢山は自分の股間に跪いた美女の姿から目が離せない。栢山の怒張を唇でしごく度に伸びる白い頸の線が、妖しいほどなめらかだった。
くちゅ・・・くちゅ・・・。
室内に響く淫猥な音。栢山は急速に現実感を失っていく。
夏海が肉棒を口に含んだまま視線を上げ、栢山を見た。媚びを含んだ瞳、淫らに歪んだ口元で笑みを作っている。
「どうだ、夏海。課長のモノは?」
ソファに座ったまま、礼二がふざけた口調で聞くと、夏海は栢山の顔を見つめたまま、肢体をゆっくりとくねらせながら、「おいしい・・・」と小さく言った。
その瞬間、たまらず栢山の怒張が膨れ上がり、夏海の口中で爆ぜた。夏海は慣れた仕草で、流れ出た精液を飲み込んでいく。そればかりか、怒張に残った精液まですべて舐めとろうと、萎みかけたそれに吸い付いている。商売女のように細やかなフェラチオだった。

「どうでした課長? 満足しましたか?」
「あ、ああ・・・・とてもあの奥さんだとは思えないな。これは期待できそうだ」
栢山は心底からそう言った。
「研究所の報告あったが、彼女はお前の言うことならなんでも聞くのか?」
「そうです。それに夏海自身も様々な経験を経て、肉の悦びに目覚めています。いまでは男なら誰でもよろこんで奉仕しますよ。そんな女になっているんです」
栢山はもう一度、夏海を見た。夏海はまだ栢山の肉棒の亀頭や裏筋を、可愛らしい舌で清めている。その瞳は潤み、長い睫の先は男に奉仕する愉悦で震えているように見えた。
「これは・・・期待できそうだ」
栢山はもう一度そう呟いた。
  1. 2014/07/09(水) 14:51:12|
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夏の生贄 第二十三章 「暴露」

高島昭文は新居の寝室で一人、仰向けに天井を見つめている。その周囲には家財の入ったダンボール箱がそここに置かれている。
去年の夏に昭文が事故に遭わなければ、すでに家族三人で越してきているはずの家である。事故を理由に不動産会社に手をまわして、売りに出していたもとの家にしばらくは住み続けることにしたのだ。幸い、買い手がまだついていなかったこともあり、それは可能だったが、今度は妻が失踪してしまった。
とはいえ、いつまでも新居をほっぽりだしておくわけにもいかず、先月に昭文は会社の人間に手伝ってもらい、ここに引越してきたのだ。
当たり前のことだが心は侘しかった。家族三人、ここで幸福に暮らすはずだったのに、妻はいなくなり、息子も妻の叔母のうちに預けたままなのである。
それに―――昭文にはもうひとつ、心残りがあった。失踪した妻がまず帰ってくるとしたら、この家ではなく、数え切れないほどの思い出の染み付いた古い家であろう。彼女が現在どのような境遇にあるのかまだ分からないが、やっとのことで戻ってきた妻があの懐かしい家にいまは赤の他人が住んでいるのを見たら、それだけでたとえようもない喪失感に襲われることだろう。その光景を想像すると胸が痛む。
引越し前の数日間、昭文は妻の夏海の持ち物を自分の手でダンボール箱に梱包したのだが、それは辛い作業だった。どの品を見ても夏海を思い出す。どの品にも夏海の残り香を感じる。
ごろり、と昭文は寝返りをうった。ベッドがかすかに軋む音がした。
夫婦のベッド。昭文は事故に遭った前の日に、このベッドで夏海とともに床につきながらかわした会話を思い出す。

『新しい家は親子三人で住むのはもったいないくらいの広さだな』
『そうね』
『家族を増やそう。子供は多ければ多いほどいい。ぼくも頑張るから』
『何を頑張る気よ。へんなひと』
『へんじゃないだろ。相変わらず妙なところに気を回すね、君は』
『それよりもお金の余裕あるの? 今回だって相当無理してお金を作ったでしょう。家のローンだってあと何年もあるし』
『どうにでもなる。分不相応に欲張らなければさ。家族が幸せに暮らすだけのものがあればいい。それでぼくの分は十分』
『・・・へんなひと』

夫の言葉にいつものように素直じゃない反応をして、夏海は昭文の腕に顔を埋めたのだった。
あのときは幸せだった。家族の未来は希望に満ちているように感じた。
それがたった半年で跡形もなく崩れ去ってしまった。
過去・現在・未来。様々なことを考えながら、昭文はその夜、一睡も出来なかった。

豊田刑事に紹介された探偵は秋山という名で、まだ三十を少し過ぎたばかり若い男だった。
くりっとした瞳の童顔で、ひとなつこい顔をしている。探偵と聞くとこわもてなイメージがあったが、現実にはこういう顔のほうがひとに警戒されないだけ探偵向きだといえるかもしれない。
豊田刑事の大学の後輩だというその男が衝撃的な話を持ってきたのは、その翌日のことだった。
「この写真を見てください」
挨拶もそこそこに秋山は不器用な手つきで、茶封筒から数枚の写真を取り出した。
それを見て、昭文の顔から血の気がひいた。
写真には二人の人間が写っていた。
まず弟の礼二。
そして礼二の傍らで腕を組んで歩いている女。
その女は―――
夏海だった。
以前の彼女からは想像もつかない派手な装いで、濃いメイクをしていたが間違えるはずもない。
昭文にとってより衝撃的だったのは、夏海の表情だった。
写真の中の夏海はじつに幸福そうだった。その笑顔は明らかに愛する男とともにいる幸福の相だった。
  1. 2014/07/09(水) 14:52:01|
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夏の生贄 第二十四章 「疑惑」

写真は数枚あったが、いずれもどこかの街角で写したものらしかった。それも夜間に暗視スコープか何かで写したもののようだった。
どの写真の夏海も幸せそうに微笑み、礼二の肩に甘えかかるようにしなだれかかっているものさえあった。

秋山は写真を見て驚愕の色を浮かべた昭文を見て、深いため息をついた。
「奥さんに間違いないのですね」
「ええ・・・それと・・・この横に写っている男は・・・」
「弟の礼二さんですね」
昭文は無言でうなずいた。
打ちのめされた気分だった。夏海の失踪の原因がなんであれ、このような事態だけは想定していなかった。客観的に見ればありうることなのかもしれないが、昭文にはまったく考えられなかったのだ。
夏海の失踪が礼二と愛し合った後、駆け落ちしたなどというものであるとは。
だが、写真を見る限り、そうとしか思えないのも事実だった。
「この写真はF市の街角で撮影したものです。奥さんと礼二さんは一ヶ月前ほどから、この街に姿を現すようになったようです。といっても普段はあまり人目につかないようにしているらしいですが」
F市とはこの県の県庁所在地である。雑多な繁華街やビルが立ち並び、この地方では有数の繁栄を見せている。
「その礼二さんのことなのですが・・・」
悲痛な表情の昭文を哀れむように見ながら、秋山は言葉を続ける。
「彼は杉浦商事に務めていたようですね」
「・・・はい。わたしも警察の方に教えられるまで知りませんでしたが」
「じつは豊田刑事があなたにぼくを紹介したのも、礼二さんが杉浦商事で働いていることがどうにも気になったかららしいのです。というのも、あの会社は総会屋まがいの強請りやたかり、裏風俗産業などの悪徳業務に手を染めているヤクザ企業なのです」
「・・・知らなかった」
「豊田刑事は去年のあなたの事故のときから不審なものを感じていました。そこへきて続けざまに奥さんの失踪。しかもそれに杉浦商事の社員が関わっている。これは何か大きな闇の力が働いていると豊田刑事は睨んだのです。しかし、杉浦商事はこの地方の政財界に強い影響力を持っていて、一刑事が公的に干渉することは出来ない。そこで在野のぼくにあなたの助っ人になるよう依頼してきたのです」
気が動転している昭文に、いまの秋山の言葉は話が大きすぎて内容がつかめない。いまの写真で明らかになったことといえば、妻の失踪が単に夫以外に好きな男が出来て、その男と一緒になるために駆け落ちしたという事実だけではないのか。
「妻は礼二との関わりでその杉浦商事と何かの関係を持ったということですか」
「あるいは強制的に持たされたか」
呟くように短くそう言って、秋山は真正面から昭文を見た。
「失踪後に礼二さんは杉浦商事を首になったはずです。しかし、彼はここ最近、杉浦商事の本社を幾度も訪れています。ときには夏海さんを同伴して」
「・・・どういうことですか」
秋山はふっと昭文から目線を逸らした。そのままうつむいてしばらく黙っていたが、やがて低い声で言った。
「じつはあなたに見てもらいたいものがまだあるのです。ただ、ぼくは正直、迷っています。これはあなたにとってあまりにも酷なことだと思うから・・・・。不安を煽るような言い方になってしまって、申し訳ありません。でも、これがぼくの正直な気持ちなのです。かといってぼくの立場からは、ここで完全に調査を打ち切って、奥さんのことは諦めてくださいとも言えないのですが・・・・」
煮えきれない言葉だったが、昭文には秋山の真摯な気持ちがよく分かった。
そして自分はたとえどのようなことがあっても、先に進むことしか出来ないのだということも。
「それを見せてください。覚悟はしました」
  1. 2014/07/09(水) 14:52:41|
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夏の生贄 第二十五章 「崩壊」

昭文の決意のこもった言葉を聞いた後も、秋山はしばらくためらいの様子を見せていたが、やがてバッグからノートパソコンを取り出した。
秋山はネットに接続し、どこかのサイトを開いた。だが、画面は真っ黒でこれといった画像も文章もなく、いったいこれが何のサイトなのか分からない。ただ、ユーザー名と暗証番号の入力をせよ、と表示が出ているだけだ。
「杉浦商事は風俗関係の事業も手がけていると先ほど言いましたよね」
「はい」
「彼らの事業のなかには、ソープランドやイメージクラブといった店の経営も含まれているのですが、他にも特別なクラブを経営しています。会員制の秘密クラブといったところでしょうか。これはそのクラブのサイトで、普通に検索してもひっかからない裏サイトです」
「・・・・・・」
秋山が入力を済ませると、画面が切り替わった。
『クラブ“POPPER”』というでかでかとした題字。その下の『GIRLS』という表記を秋山はクリックした。
画面が切り替わり、クラブで働いている女の写真と名前が縦にずらっと並ぶ。この時点で昭文はすでに次に起こることを予感していたが、秋山がゆっくりと画面を下にずらしていき、ページの最下部に妻の写真と「ナツミ」の文字を目にしたときには、身体の震えを抑えることが出来なかった。
「少しの間、ぼくは席を外します」
昭文の表情をじっと窺っていた秋山は、静かにそう言って席を立った。
ドアの閉まる音を昭文は背中で聞いた。
それでもしばらくは何も出来なかったが、昭文はやがてマウスを手に夏海、いや、ナツミの画像をクリックした。自分でもなぜそうするのか、ちっとも分からないまま。マウスを握る掌にじっとり汗をかいていたが、画面を見つめる眼球は痛いくらいに乾いていた。
画面がまた切り替わる。
昭文は声を出さずに呻いた。
淫らな感じの黒い下着だけをつけたナツミの画像が煙草の箱サイズで表示された。その横には店員の紹介文らしきものがついていた。

『ナツミ』:“期待の新人です! 新人とはいっても、男のお客様を蕩かす技術は一級品! 一見、おとなしそうな顔をしていますが、いざプレイになるととっても大胆で濃厚です! この文を書いているわたしもじつは一度、お相手してもらったことがあるのですが、いくらイッても満足してもらえず、貪欲に求めてきてもうたまりませんでした。抜かれすぎてあれが痛かったです(汗) 重度のマゾっ子なので、お客様がご主人様となって好きに虐めてあげてください。”

その文の下には、ナツミの小さな画像集らしきものがあった。
黒の下着姿のナツミがカメラに向かってねっとりと絡みつくような視線を向けながら、両手で乳房をすくい上げている写真―――。
全裸で卑猥な形に緊縛され、潤んだ瞳でカメラを見つめている写真―――。
どの写真のナツミもカメラのレンズに向かって、いやレンズごしの男たちの欲望に向かって媚びる風俗嬢そのものの顔をしていた。

昭文は―――
壊れていた。
どんな人間にも、一度は世界観の崩壊が訪れる。夢を信じていた少年が知る現実の残酷さ。無垢な少女がはじめて知る卑猥なセックスの営み。
愛しぬいていた者の、信じがたい裏の顔。

知らないうちに礼二と愛し合っていた夏海―――。
昭文や息子の晴喜を捨てて、礼二と駆け落ちした夏海―――。
そして男たちの淫猥な欲望の対象としてのナツミ―――。
そのいずれも昭文の知る妻とはあまりにかけ離れていた。
昭文の知る夏海は無垢な女だった。夫や子を心から愛していた。気が強くて、そのくせ繊細で、淋しがり屋で、意地っ張りで、そして可愛い女だった。

やがて昭文はのろのろとマウスを動かした。画像集のさらに下をクリックして、用意されているナツミの動画を再生する。
見たくなかった。
だが、見るしかなかった。
いまの昭文に出来ることは、それしかなかった。
  1. 2014/07/09(水) 14:53:29|
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夏の生贄 第二十六章 「灰燼」

昭文の苦悩する想いをよそに、パソコンの画面には風俗嬢・ナツミのプロモーション用の動画が再生され始めた。
画面に夏海が映った。普通の浴衣姿をして、化粧もあまりしていない。場所はどこかのホテルの一室らしかった。ゆったりした肘掛け椅子にちょこんと座って、ぼんやりとしている。その様子は旅先でくつろいでいる、ごく普通の若妻という感じだった。
「夏海」
ビデオカメラをかまえているらしい男が声をかけた。その声に昭文は聞き覚えがあった。
―――礼二だった。
名を呼ばれた夏海は、ぱっと瞳を輝かせてカメラのほうを見た。その様子は主人に呼びかけられて喜ぶ犬に似ていた。
昭文の胸は激しく疼いた。カメラ越しに見つめてくる妻の視線。だが、妻が愛しげな表情で見つめているのは自分ではなかった。
弟だった。
地獄の炎のような嫉妬と痛みを昭文は感じた。

画面が変わり、夏海の胸から上をアップで映した画像になる。場所も移動したようで、夏海はベッドの上に座っているようだ。異様だったのはその表情で、瞳はしっとりと潤み、頬が紅潮していた。上体が小刻みに震えている。時折、はぁはぁと切なげな吐息を洩らしていた。
(何か・・・された後なのか?)
昭文は思う。いまさらながら、妻が他の男に欲しいままにされるという現実に慄然となる。
「さあ、お客様に自己紹介をするんだ。さっき教えたとおりにやるんだぞ」
カメラを持った礼二が言うと、夏海はこっくりとうなずき、
「今度から新しく・・・お店に入ることになった・・・ナツミと申します」
なぜかそれだけの言葉を吐くのもしんどそうに、夏海が切れ切れに話しているうちに、その背後に頭にすっぽりと黒マスクをした男が横から現れた。男は無造作に右手を夏海の浴衣の襟元に這わすと、その中に隠されている胸の膨らみをぎゅっと握った。
夏海は「あん」と甘えたような声を出すと、悪戯っぽく恨む目つきで背後の男をちらりと見た。夏海の口元には照れ笑いのようなものが浮かんでいる。
そんな夏海の表情を昭文は見たことがなかった。彼の知る夏海は堅い女だった。夫婦の寝室での営みのときでさえ、ふざけてじゃれあうなどといったことはなく、いつもどこか緊張した表情で昭文の愛撫に応えていた。

「さあ、自己紹介を続けて」
礼二が笑いを含んだ声で先を促す。
「ああん・・・・ナツミは・・・お客様方によろこんでいただけるよう・・・せいいっぱいがんばりますぅ」
語尾を甘ったるく伸ばしてそう言い、夏海はくすぐったそうに身体を揺すった。背後にいる黒マスクの男はそれでもいっこうやめる気配を見せず、それどころか両手で夏海の浴衣の襟元を完全にくつろげた。
色白の珠のような乳房が、ビデオカメラの前に晒される。
男はその乳房を両手で下からすくいあげ、カメラに見せつけるようにした。カメラも乳房にズームアップしていく。
夫の昭文でさえ、これほどはっきり見たことはない、優しい線を描く綺麗な乳房。その乳房が不特定多数の人間に鑑賞されるために、顔も分からない男の手で上向きに持ち上げられている。乳房の中心で記憶にあるよりも、少し黒ずみ、大きくなったように見える乳首がはっきりと屹立しているのが、昭文の目に入った。
「まだ先があるだろう? 夏海」
礼二がまた声をかける。昭文は突き刺さるような礼二への憎しみを感じた。
夏海は切なそうに眉をたわめながら、また言葉を続けようとする。そこで礼二が、
「笑顔はどうした?」
と、ややきつい調子で言った。夏海は慌てたように、少し不自然な笑顔をつくってカメラを見返した。そんな妻の姿が昭文の目にはひどく哀しく、そして苛立たしく映った。
「ナツミは、セックスが大好きです、ひんっ、これからお客様に、ああ、いろいろなことをしてもらえるとおもうと、う、うれしくて濡れてしまいます、あはぁっ」
セリフの途中で、夏海はたびたび喘ぎ声をあげた。画面では黒マスクの男がもう遠慮も何もあったものではない手つきで、夏海のはだけた浴衣に手を突っ込み、乳房をわし掴んではいやらしい手つきでこねまわすように揉みたて、中心の突起を摘まんで指の腹で擦りたてている。
「ああ、ナツミにいやらしいことを、はああ、いっぱいしてください、はふう、い、いっぱい気持ちよくしてください、あ、いいっ、はあ~!」
もう自分の喋っている言葉がカメラの向こうにいる客へ向かってのものなのか、それとも背後で乳房を嬲っている男へ向かってのものなのか、それすら分からぬ様子で、夏海は悦びに肢体を震わせながら、ろれつの回らぬ言葉で哀願している。
「もう限界みたいなので、これでナツミの自己紹介は終了させていただきます。つづきはクラブ“POPPER”でどうぞ」
愉悦に乱れる夏海をおいて、礼二がふざけたナレーションとともに、カメラをゆっくりとひいていく。次第に夏海の全身が画面に映っていく。
「あっ・・・・・」
昭文は思わず言葉を洩らした。
画面の中の夏海はベッドの上に、いや、ベッドの上に横たわったもう一人の男の顔にまたがっていたのだ。はだけられた浴衣をまとった下半身に、薄いレースのパンティだけを身に着けて。白く輝く夏海の健康な太腿に挟まれた男は、痴毛がうっすらと透けて見えるパンティの舟底を口で受けていた。
やがて―――
画面は暗闇に溶けていく。時折響く夏海の嬌声と、ぼろぼろになった昭文の心を置き去りにして―――。
  1. 2014/07/09(水) 14:54:14|
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夏の生贄 第二十七章 「三日月の夜」

秋山が戻ってきたのは、昭文が衝撃的な妻の痴態を目にしてから、およそ一時間後のことだった。昭文はそのときもまだぼんやりして、硝子ごしに自宅の庭を眺めていた。
なんと言葉をかけていいか分からぬ様子で、所在なさげに立っている秋山をちらりと見て、
昭文はぽつりと語りだした。
「うちの庭、何もないでしょう。引っ越してきたばかりだから当たり前だが・・・・」
「・・・・・」
「春だというのに寒々しいったらありゃしない。家を建てる前にうちのと宅地を見に来たときには、ここに欅を植えよう。あそこには楡を植えようなんて、色々話したもんだが・・・。ぼくも妻も植物が好きでね・・・・」
そう言って、昭文は淋しげにニッと笑った。秋山はたまらない気持ちになる。
「ご主人・・・・・」
「教えてください。妻はいったいどうしたのですか? 妻に何があったのですか? ぼくの知っている妻はあんな女じゃないんだ。あんな・・・・」
そこで昭文は言葉を詰まらせた。秋山は近寄ってその肩に手を置いた。
「ぼくにも分かりません。まだ、分かりません。でも何か理由があるはずです。必ず」
震えている昭文の肩に手を置いたまま、秋山は一気にそう言って、それから優しい目で昭文を見つめた。
「希望を捨てないでください。ぼくにやれることは何でもします。二人で頑張りましょう」
秋山の言葉に、昭文は何度もうなずいた。うなずくしか出来なかった。そうしながら昭文は、哀しみのあまり涙を流したのはいつ以来のことだろうと考えていた。

F市市内にある高級マンションの一室―――。
高島礼二は窓ごしにマンションから見える、都会の夜景を眺めていた。
「何をぼんやりしてるの?」
妖艶な赤のイブニングドレスを着た夏海が寄ってきて、声をかける。礼二がそれに答えずに黙ってキャメルをくわえると、夏海はライターを出して火をつける。
「お前、そろそろ出勤の時刻じゃないか」
紫煙を吐きながら礼二が言うと、夏海はうなずいたが、そのまま悪戯っぽい笑みになる。
「昨日はまた大芝さんが来たわ。あのひと、顔は爽やかなのにベッドの上では凄くしつこいのよ」
「そうか」
「あなた、妬かないの」
「別に」
礼二は煙草をくわえつつ、またマンション下の夜景に目を移す。
「ひどい人」
夏海はすねたように口を尖らせたが、また妖しい微笑を浮かべて、背中から礼二にしがみついた。
「でもいいの。どんなひどいことをされても、わたしはあなたが好き。あなたがいないと生きていけないの」
「もう行けよ。本当に遅れる」
「いや。まだこうしていたい」
「言うことを聞かないならまたお仕置きだぞ」
「お仕置きされたっていいもの」
あどけない口調に凄いほどの色気を滲ませて、夏海は言った。礼二は黙って煙草をもみ消し、夏海の背後に立つ。
「窓ガラスに手をついて、尻を突き出せ」
夏海が言うとおりにすると、礼二はドレスの裾をまくり、下着をずり下げた。染みひとつない夏海の尻が露わになる。その尻を礼二は平手で打った。打つたびに桃肉が揺れ、夏海は「あん」と甘ったるい声を出す。尻が赤く染まる頃には、夏海の肢体も火照っていた。
「ねえ、ねえ」
夏海が媚びた目つきで、気だるげに次をねだる。礼二も少し興奮してきていたが、あえて仏頂面を作って、
「ダメだ。続きは帰ってきてからだ。早く店へ行け」
「・・・きっとよ。帰ったらしてね。昨日もしてくれなかったんだから」
夏海は稚い口調で礼二を咎めると、名残惜しそうに幾度も振り返りながら部屋を出て行った。
礼二はまた窓の外を見た。
月が浮かんでいる。不吉なほど綺麗な三日月が。
  1. 2014/07/10(木) 00:19:12|
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夏の生贄 第二十八章 「灰色の決断」

「だいぶお疲れのご様子ですね」
夏海の叔母の陽子は、その日久しぶりに現れた昭文にそんなことを言った。
「そうですか。疲れるほど働いてはいないんですけどね」
そう言って昭文は笑うが、その笑顔にもどことなく陰があるように感じる。以前はこんなふうではなかった。根っから明るく、快活な気性の持ち主だと思っていた。
「晴喜はどうしてます?」
「奥の座敷でお昼寝の最中ですよ」
「ちょっと顔を見てきます」
昭文はそう言って立ち上がった。陽子も後ろからついてくる。
晴喜は畳の上に大の字になって寝ていた。その健やかな寝顔に昭文は安心する。もともと明るい子だったが、母の失踪以来、淋しげな表情でいることが多かった。
晴喜はもうこの陽子の家での暮らしが長い。陽子もその夫も母のいない晴喜を心配し、可愛がってくれているのがよく分かるので、昭文はありがたく思うと同時に心苦しかった。
「風邪をひいてしまうわ」
陽子はそう言って、押入れから毛布を取り出すと、晴喜にかけてやった。その表情は慈愛に満ちた母のものだった。
昭文は思わず瞳を逸らす。陽子はもともと夏海にとてもよく似ているが、こんなときに見せる表情は生き写しといっていいほどだった。それが辛かった。
「それではぼくはこの辺でお暇させてもらいます。また寄らせてもらいます」
もう少しゆっくりしていけばいいのに、と陽子は不服そうだったが、昭文は家を出た。
門の前の道路に車が停まっていた。秋山が運転席側から顔を出す。
昭文は目顔で軽くうなずいて、助手席に乗り込んだ。
「もういいんですか?」
「ああ」
昭文はフロントガラスごしの光景を見つめたまま、短くこたえた。
「息子さんはどうでした?」
「元気そうだったよ、安心した」
「それで・・・決心はつきましたか」
「うん・・・・、いったい夏海の身に何があったのか、どうしてあんなふうになってしまったのか、さっぱり分からないが・・・・あいつはぼくの妻で、そして晴喜の母だ。それだけはたしかなことなんだ」
自分自身に言い聞かせるように、昭文はゆっくりと言う。
「だから、ぼくにやれることをやらなければ・・・・そうだろ?」
「そうです。がんばりましょう」
そう返事をしながら、秋山は少し心配になる。愛妻のあのような姿を見せつけられた後では仕方のないことなのかもしれないが、昭文はひどく疲れきっているように見えた。決意の言葉を語りながらも、その口調にはどこか諦念の色があった。
きょうこれから二人はF市に行き、夏海とコンタクトを取り、場合によっては無理やりにでも奪還しようという腹積もりでいる。だが、はたしてこんな状態で昭文は変貌した妻とまともに対峙できるのであろうか。
秋山のそんな疑念を感じ取ったように、昭文はふと横を向いて秋山に笑いかけた。
「大丈夫だよ。ぼくなら・・・大丈夫だ」
秋山はその瞳をしばらく見つめていたが、やがてうなずくと、ハンドルに手をかけた。
「行きましょう。勝負はこれからです」
「そうだ」
そして車は走っていく。その先に待ち受けているものは、はたして聖か魔か―――。
  1. 2014/07/10(木) 00:19:58|
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夏の生贄 第二十九章 「世界の壊れる音」

雨の気配を感じて、礼二はベッドの中から窓の外を見た。どんよりと曇った空から、針のように細い雨がさあさあと降り注いでいる。
時計を見ると、もう夕方の六時だった。クラブ“POPPER”へ出勤する夏海を送っていく時刻だ。礼二は上半身を起こした。
傍らで眠っている夏海。その顔を見つめながら、礼二はしばしじっと考える。
―――自分はこの女に妄執していた。それも随分長い間。そのために兄を嵌め、非道な行いにどっぷりと手を染めた・・・。
そして、手に入れた女がいま自分の横で眠っている。その容姿は礼二がかつて恋焦がれたときと同様に美しい。だが、その美貌にまとわりついていた清楚な空気、芯の強さを感じさせる凛とした気配はすでに消え失せている。代わりにあるものは、淫蕩な笑みと絶え間ない媚態だった。
変わり果てた夏海と礼二はこの半年もの間、狂乱の生活を送ってきた。いま暮らしているこの高級マンションの部屋を見ても、それは分かる。荒廃した生活の気配と、セックスの残り香が部屋にこもっている。いまの夏海はかつてのようにかいがいしく家事に取り組んだり、男の心を安らげるような家庭の温かさを感じさせる女ではなくなっている。彼女に出来るのは、セックスだけだった。そういうふうに礼二が仕込んだのだ。
狂った生活を送る中で、礼二も徐々に変質した。陰惨な翳がその顔を覆い、荒涼とした風がその心で渦巻いた。すべてがなげやりだった。もう何もかもどうでもよかった。
より深い快楽! 礼二の心にあるのはもはやそれだけだった。そのために夏海とともにいるのだ。今となっても、礼二のリビドーを喚起させる女はこの世でただひとり、夏海しかいない。礼二はやはり狂っているのかもしれない。
夏海に、夏海に与えられる快楽に狂っている。
「おい、起きろ。時間だ」
そして今日も礼二は、夏海を揺り起こす。クラブ“POPPER”。あの爛れた快楽の館へ向かうために。
夏海は小さく呻いて、薄目を開けた。唇の端を淫らに、あどけなく歪めて言う。
「もう時間なの?」

昭文は狭い路地に停めた車のミラーをじっと見つめている。
そのミラーに映っているのは、夏海と礼二が住むというマンションの正面玄関だ。
様子を見に出ていた秋山が小走りに戻ってきた。
「まずいですね」
運転席に戻って、開口一番秋山はそう言った。さきほどから降り出した雨で濡れた髪の毛先から水滴がぽつりと滴った。
「いつもならここから夏海さんは礼二さんが歩いて付き添って、例のクラブに向かうのですが、きょうは雨のために迎えの車が来ているようです。あっ」
秋山が小さく叫んだ。ミラーの中で派手な衣装の夏海と、スーツ姿の礼二が並んでマンションの玄関から出てきたところだった。
昭文もそれを見た。覚悟はしていたことだったが、凍てついた風が昭文の身体を吹き抜けた。
ミラーごしの夏海は、礼二と腕を組んで歩いている。礼二は仏頂面をしているが、夏海は盛んに何事か話しかけ、時折、弾けるような笑顔を見せている。その笑顔は夫の昭文でさえなかなか見たことのないような、あけっぴろげな笑顔だった。
夫を捨て、子を捨て、世間を忍ぶ立場となった女。そんな女があれほど、明るく振る舞うことのできるものだろうか。まして、昭文はその女をよく知っているのだ。

あの女は夏海なのだ。妻の夏海なのだ。

いまでも信じられなかった。
そして―――その妻があれほど無垢な信頼をあらわしている傍らの男は、実の弟の礼二だった。その礼二もしばらく見ない間に相が変わって、遠目からでも何やら得体の知れない妖気を感じる。
礼二。いまの昭文にとって、この名前はもっとも憎むべきものに変わり果てていた。

お前がおれたちの家庭を壊したんだ。

昭文は声にならない声でそう叫ぶ。だが一方で、そう考えている自分を惨めに感じていた。負け犬、敗北者、という言葉が昭文の頭の中をよぎり、一瞬吐き気を覚えるほど胸がむかついた。
  1. 2014/07/10(木) 00:20:41|
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夏の生贄 第三十章 「焦燥」

どろどろと四肢を腐らせていく毒液のような想いに耐えかねて、車外へ飛び出そうとドアに手をかけた昭文を秋山は必死で止めた。
「いまはまずいです!」
「そんなこと言ってられるか!」
昭文は悲痛な目で秋山を見た。
「あいつは・・・・おれの妻なんだ!」
その気迫に気圧され、秋山は黙った。
二人が言い争っているうちに、礼二と夏海は迎えの車に乗り込んだ。
「早く・・・! 行ってしまうぞ!」
「いまは無理です。夏海さんと礼二さんだけのときを狙うんです。朝方に二人が店から帰るときを狙いましょう」

クラブ“POPPER”は礼二のマンションから歩いて十五分ほどの、いかがわしい店の立ち並ぶ繁華街沿いの小ビル地下にあった。
そのビルの出入り口を見渡せる道に車を停め、昭文と秋山は待機していた。
秋山の心中はむろん穏やかではない。もう他に手段はないと思い切って、昭文に夏海と直接コンタクトをとらせることを提案したのは秋山だったが、本当にそれで事態は好転するのか。まるで別人に変わってしまった愛妻に、いまだ彼女を深く愛している夫を会わせることは更なる悲劇を呼ぶことになりはしないだろうか。しかもその女の傍らには、実の弟が愛人として寄り添っているのだ―――。
秋山はちらりと横に座っている昭文を見る。
小刻みに震える肩、額に浮かんだ脂汗は昭文がいまどんな精神状態にあるのかを、痛々しいほど如実に伝えている。無理もないだろう。いま彼の愛する妻は、卑猥な秘密クラブで娼婦として働いているのだ。かつては昭文の目にしか晒されることのなかった肢体を、好色な客たちが列をなして鑑賞し、好きなように弄ぶのだ。夫としてこれほど辛いことはないだろう。
「秋山さん」
それまでじっと黙っていた昭文が声をかけてきた。
「はい」
「ここは会員制のクラブでしたよね? そしてあなたは会員しか入ることの出来ないここのサイトに入ることが出来た。となれば、あなたはここの会員になったわけだ」
「それは・・・そうですが」
「それなら・・・あなたはいまからでもこのクラブに入れるわけだ」
「送付されてきた会員証は持っていますが・・・・ですが、いまぼくがここでクラブへ入ったとしても、奥さんを連れ戻せはしません。―――待ちましょう、お願いします」
「いや、待てない」
昭文はもの凄い目で秋山を見た。それからいきなり、秋山に掴みかかり、その懐を探り始めた。
「あ、何をするんです・・・やめてくださいっ」
「もう一秒だって待てるものか!!」
狼狽した秋山を強い力で殴りつけ、昭文はその懐から財布を抜き取った。そのまま車外へ飛び出す。
「待って―――待ってください」
よろめきながら必死で制する秋山の声も聞かず、昭文は飛び出していった。
クラブ“POPPER”へ。
  1. 2014/07/10(木) 00:21:26|
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管理組合の役員に共有された妻・エス (136)
団地・妄人 (50)
抱かれていた妻・ミリン (18)
パーティー・ミチル (33)
友人・妄僧 (7)
甘い考え・白鳥 (22)
乳フェチの友人・初心者 (6)
1話完結■隣人または友人 (7)
■インターネット (54)
チャットルーム・太郎 (19)
オフ会・仮面夫婦 (10)
ターゲット・アイスマン (5)
奇妙な温泉宿・イワシ (14)
落書きの導き・マルタ (4)
1話完結■インターネット (2)
■旅先のアバンチュール (63)
バカンス・古屋二太郎 (7)
妻との旅行で・けんた (5)
無題・ざじ (10)
A温泉での忘れえぬ一夜・アキオ (18)
露天風呂での出来事・不詳 (2)
たった1度の体験・エロシ (9)
旅行・妄人 (12)
■医者・エステ・マッサージ (62)
孕まされた妻・悩める父親 (7)
とある会で。 ・けんじ (17)
亜希子・E-BOX (14)
子宝施術サービス・かえる (23)
1話完結■医者・エステ・マッサージ (1)
■借金 (56)
私達の出来事・不詳 (9)
私の罪・妻の功・山城 (9)
失業の弱みに付け込んで・栃木のおじさん (3)
変貌・鉄管工・田中 (5)
借金返済・借金夫 (5)
妻で清算・くず男 (5)
妻を売った男・隆弘 (4)
甦れ・赤子 (8)
1話完結■借金 (8)
■脅迫 (107)
夢想・むらさき (8)
見えない支配者・愚者 (19)
不倫していた人妻を奴隷に・単身赴任男 (17)
それでも貞操でありつづける妻・iss (8)
家庭訪問・公務員 (31)
脅迫された妻・正隆 (22)
1話完結■脅迫 (2)
■報復 (51)
復讐する妻・ライト (4)
強気な嫁が部長のイボチンで泡吹いた (4)
ハイト・アシュベリー・対 (10)
罪と罰・F.I (2)
浮気妻への制裁・亮介 (11)
一人病室にて・英明 (10)
復讐された妻・流浪人 (8)
1話完結■報復 (2)
■罠 (87)
ビックバンバン・ざじ (27)
夏の生贄・TELL ME (30)
贖罪・逆瀬川健一 (24)
若妻を罠に (2)
範子・夫 (4)
1話完結■罠 (0)
■レイプ (171)
輪姦される妻・なべしき (4)
月満ちて・hyde (21)
いまごろ、妻は・・・みなみのホタル (8)
嘱託輪姦・Hirosi (5)
私の日常・たかはる (21)
春雷・春幸 (4)
ある少年の一日・私の妻 (23)
告白・小林 守 (10)
牝は強い牡には抗えない。・山崎たかお (11)
堅物の妻が落とされていました・狂師 (9)
野外露出の代償・佐藤 (15)
妻が襲われて・・・ ・ダイヤ (6)
弘美・太郎棒 (11)
強奪された妻・坂井 (2)
痴漢に寝とられた彼女・りょう (16)
1話完結■レイプ (5)
■不倫・不貞・浮気 (788)
尻軽奈緒の話・ダイナ (3)
学生時代のスナック・見守る人 (2)
妻・美由紀・ベクちゃん (6)
押しに弱くて断れない性格の妻と巨根のAV男優・不詳 (8)
妻に貞操帯を着けられた日は・貞操帯夫 (17)
不貞の代償・信定 (77)
妻の浮気を容認?・橘 (18)
背信・流石川 (26)
鬼畜・純 (18)
鬼畜++・柏原 (65)
黒人に中出しされる妻・クロネコ (13)
最近嫁がエロくなったと思ったら (6)
妻の加奈が、出張中に他の男の恋人になった (5)
他の男性とセックスしてる妻 (3)
断れない性格の妻は結婚後も元カレに出されていた!・馬浪夫 (3)
ラブホのライター・され夫 (7)
理恵の浮気に興奮・ユージ (3)
どうしてくれよう・お馬鹿 (11)
器・Tear (14)
仲のよい妻が・・・まぬけな夫 (15)
真面目な妻が・ニシヤマ (7)
自業自得・勇輔 (6)
ブルマー姿の妻が (3)
売れない芸人と妻の結婚性活・ニチロー (25)
ココロ・黒熊 (15)
妻に射精をコントロールされて (3)
疑惑・again (5)
浮気から・アキラ (5)
夫の願い・願う夫 (6)
プライド・高田 (13)
信頼関係・あきお (19)
ココロとカラダ・あきら (39)
ガラム・異邦人 (33)
言い出せない私・・・「AF!」 (27)
再びの妻・WA (51)
股聞き・風 (13)
黒か白か…川越男 (37)
死の淵から・死神 (26)
強がり君・強がり君 (17)
夢うつつ・愚か者 (17)
離婚の間際にわたしは妻が他の男に抱かれているところを目撃しました・匿名 (4)
花濫・夢想原人 (47)
初めて見た浮気現場 (5)
敗北・マスカラス (4)
貞淑な妻・愛妻家 (6)
夫婦の絆・北斗七星 (6)
心の闇・北斗七星 (11)
1話完結■不倫・不貞・浮気 (18)
■寝取らせ (263)
揺れる胸・晦冥 (29)
妻がこうなるとは・妻の尻男 (7)
28歳巨乳妻×45歳他人棒・ ヒロ (11)
妻からのメール・あきら (6)
一夜で変貌した妻・田舎の狸 (39)
元カノ・らいと (21)
愛妻を試したら・星 (3)
嫁を会社の後輩に抱かせた・京子の夫 (5)
妻への夜這い依頼・則子の夫 (22)
寝取らせたのにM男になってしまった・M旦那 (15)
● 宵 待 妻・小野まさお (11)
妻の変貌・ごう (13)
妻をエロ上司のオモチャに・迷う夫 (8)
初めて・・・・体験。・GIG (24)
優しい妻 ・妄僧 (3)
妻の他人棒経験まで・きたむら (26)
淫乱妻サチ子・博 (12)
1話完結■寝取らせ (8)
■道明ワールド(権力と女そして人間模様) (423)
保健師先生(舟木と雅子) (22)
父への憧れ(舟木と真希) (15)
地獄の底から (32)
夫婦模様 (64)
こころ清き人・道明 (34)
知られたくない遊び (39)
春が来た・道明 (99)
胎動の夏・道明 (25)
それぞれの秋・道明 (25)
冬のお天道様・道明 (26)
灼熱の太陽・道明 (4)
落とし穴・道明 (38)
■未分類 (571)
タガが外れました・ひろし (13)
妻と鉢合わせ・まさる (8)
妻のヌードモデル体験・裕一 (46)
妻 結美子・まさひろ (5)
妻の黄金週間・夢魔 (23)
通勤快速・サラリーマン (11)
臭市・ミミズ (17)
野球妻・最後のバッター (14)
売られたビデオ・どる (7)
ああ、妻よ、愛しき妻よ・愛しき妻よ (7)
無防備な妻はみんなのオモチャ・のぶ (87)
契約会・麗 (38)
もうひとつの人生・kyo (17)
風・フェレット (35)
窓明かり ・BJ (14)
「妻の秘密」・街で偶然に・・・ (33)
鎖縛~さばく~・BJ (12)
幸せな結末・和君 (90)
妻を育てる・さとし (60)
輪・妄僧 (3)
名器・北斗七星 (14)
つまがり(妻借り)・北斗七星 (5)
京子の1日・北斗七星 (6)
1話完結■未分類 (1)
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